32.山道を越えて
メリアが口をへの字にして不満そうに顔を近づけてきた。
「随分と不満そうな顔をしておるのぅ?
重症だったのじゃぞ?」
そんな事を言われても、無色透明な精霊を出されてもファンタジーさに欠ける。
水色の濃い薄いとかでもいいから色は付けて欲しかった。
神々しさや色気がサッパリだ。
メリアはボクを諭すように続ける。
「それに何を気に入られたのか、名を聞かれ精霊の祝福を賜ったではないか。
回復魔法の精度が上がるであろうし、喜ぶ所じゃ」
そんな効果があるのか!
魔法の欄に『水』が追加されているし、試してみよう!
試しに左手の掌に、回復魔法、回復魔法! と念じて効果を想像してみる。
イメージは前にメリアに使ってもらった魔法だ。
なんだか温かいようなオーラが手を包み、光球がゆっくりと生成されていく。
結構大きくなるな、バレーボールくらいになった。
メリアは顔を青くして叫ぶ。
「……馬鹿者! それをどうするつもりだ?!
えぇい、向こうの木にでも投げろ! 早く!!」
なんかメリアが怒ってるので、5mほど先の指差された木に向かって投げてみた。
ゆっくり飛んで行くが、途中で落ちそうだ。
「ディグート殿!!
全員抱えて向こう岸まで飛んでくれ! 今すぐだ!!」
「……ん? おう!」
急に抱えられてジャンプされた。
若干酔っているから気持ちが悪くなる。
光球が木の近くに落ちると、そこを中心とした直径5mほどの円状に緑や水色の光の螺旋が渦巻き上昇する。
すると、木や植物が驚くような速度で成長した!
……そこだけ周囲と比べて突出した木の高さになっている。
知らなければ何かイベントやアイテムでもあるかと探し回るだろう。
メリアにスパーンッと頭を叩かれた。
「この馬鹿者!
あんなにマナを垂れ流す奴がどこにおる!
死ぬ寸前の奴すら飛び起きるような量じゃぞ!」
言われて見たら、確かに自分のマナの残量が5割を下回っている。
1発でそんなに消費するのは驚いたが、マナの残量が数字で見えないので凄さがわかりにくい。
そこから再度説教をされたが、途中でディグートが割って入ってくれて無事眠ることができた。
朝食後、馬車の中で小一時間説明をされた。
意外とプレダールも真剣に聞いていたのが面白かった。
要約すると、回復魔法とはマナで細胞を刺激し、再生を促し成長エネルギーを与える魔法なのだと言う。
傷を修復させるには血液やリンパ液などの体内水分をうまく流す必要があるようで、水の祝福があった方が効果は高いみたいな事を言う。
マナの流れも水に似た性質があるので、他の魔法とも相性が良い基本的な感覚らしい。
先日のボクがやった魔法は、効果としては良いがマナを不必要に垂れ流し過ぎだった、とのこと。
たぶん、言われた事の半分くらいは理解したはず。
メリアはボクの反応が鈍くて不満みたいだ。
「無詠唱でも魔法は発動する、と何度も言うておるじゃろうが!
その効果と、消費するマナを一定にする為に呪文を詠唱し、自己とマナに暗示をかけるのじゃ!」
そんな感覚を言葉で説明されてもわからない。
逆上がりできるよ! ほら、できた!簡単! と小学校低学年が言っているような気分だ。
言われてできれば苦労はない。
普通、最初はマナの所持量が少なく効果の小さい魔法から習得し慣れていく過程を経験して、マナの上限が上がっていくのだと言う。
だが、ボクは色々あってマナの所持量だけは多いので慣れに時間がかかりそうだ。
「先日、精霊も言っていたがお主はマナの所持量が規格外すぎる。
魔法もロクに使えないのになぜそんなにあるのか、呆れるばかりじゃよ」
化物のようなバケツって、そういう意味だったのか。
表現がわかりにくい。
確かに、エルフの加護を3倍ブーストしてるし普通ではないな。
生きているかどうかわからない時田さん、ありがとう。
君の幸運を祈る。
「そろそろ説教は終わったか?
馬車を止めて飯にしたいんだが?」
旅の進行調整役のディグートには逆らえない。
あんな大きな馬を御せる気がしないし、料理も得意な方ではない。
相変わらず大鬼人2名の食事の量は多い、多すぎる。
ディグートなんて人間の5人前以上は食べている。
体も筋肉も大きいから腹が減るのだろうけど……
メリアがスープに水を少量足している。
塩味が濃いからだろうか?
ボクも真似してみたが、むしろ味が薄くなってマズかった。
ディグートが思い出したように口を開く。
「今日はこれから長い山越えに入るが、野盗や獣が襲ってくるかもしれん。
プレダール、御者を変わってくれ。先に寝ておく」
「はーい。
服部さん、メリアさんも教えるからやってみてください」
ディグートは荷台の後ろでもうイビキをかいている。
寝るのはやっ!
プレダールの後ろからかぶさるように座り、一緒に手綱を取る。
風や振動に揺れるポニーテールが顔に当たってくすぐったい。
基本的には馬任せで良く、鞭を打つのは馬との信頼関係ができてからの方が無難だと言う。
できれば今後、ブラッシングや撫でたりといったスキンシップを取るように、とのこと。
こんなデカい馬とスキンシップね……
草食だろうから正面からカジられないと思うが、それでもやはり大きい動物は恐怖が勝ってしまう。
……難しそうだ。
何事もなく何度か夜になり、朝を迎えた。
山を下り始め、遠くに街が見えてきた日の夜に外が騒がしくて起きた。
「随分豪華な馬車じゃねぇか、荷物を置いていけよ。
命は取らないでおいてやる」
外を恐る恐る覗くと、男性大鬼人がリーダーのようで、数人の人狼と人間がいる。
暗いので詳しくはわからない。
「ディグート殿だけで大丈夫と言われておるが、一応、補助はかけてある。
心配無用じゃ」
「副将軍ですからね。あのくらい楽勝ですよ」
メリアもプレダールも表情に不安の色がない。
個人的には戦闘とは数だと思うので、不安で仕方がない。
そりゃ、こっちにはヒーラーもいるし補助もかけたそうだが……
ディグートが素早い人狼を長い槍の石突きの方で数人叩き伏せる。
殺さない余裕があるなら大丈夫そうだ。
「ちったぁ強いじゃねーか。
ワシとタイマンで勝負しろや」
ありがちな展開にディグートは応じ、しばらく剣戟の音が響く。
ふと振り向くと、後ろの荷台にいくつか光った目が動いている。
「アチョー! てやー!」
プレダールがすっ飛んでいき、格闘で戦闘不能にした。
文官なのに、閉所とは言え人狼複数を倒すとか怖い。
ヤツは幼女の皮をかぶった化物かもしれない。
怒らせないよう気をつけよう。
「ディグートさーん、こっち終わりましたー。
1匹当たり所が悪くて死にましたけど」
「おう、こっちも終わったー。
……弱い癖に野盗なんてやるなよお前」
2名が強すぎるだけではなかろうか。
野盗も運がない。
構成だけで考えたら実際カモに見えるだろう。
「誰だよ男の大鬼人1名だから楽勝だって言ったやつは!」
「それお頭が……」
「あぁ!? ワシが悪いって言いたいのか、このチビが!」
リーダーが人間を殴ると動かなくなった。
大鬼人怖い。
少し名の売れ始めた賞金首だったようで、縛って街まで連れて行くという。
慢心は最大の敵だ。と誰かが言っていた。
自分も気をつけようと思った夜だった。




