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29.最初の野宿


 流れとしては納得したが、まだ疑問が残る。

 

 「でもボクは呪文を詠唱された覚えがありませんよ?」


 「初めて会った時に教えたと思うが、魔法は決まった呪文を必ず詠唱しなければならない、というわけではないのだ。

  魔法を無詠唱で行使することはできるし、土魔法で穴を掘って埋まったと聞いたが、それが詠唱を誤魔化す為に使った可能性もある」


 言われてみれば、そんなようなことを言われたような気がする。

 試しに小さな風の渦巻きをてのひらの上に出るように念じてみた。



 ……出なかった。

 ガッカリである。

 メリアは、やや見下した表情で口を開いた。


 「誰でもすぐできるというわけではない。

  我も先程呪文を唱えておったじゃろう?

  周囲に確認の意味も込めて唱えた部分もあるが、無詠唱で安定して行使するにはかなり長い年月や鍛錬が必要なのじゃよ。

  そういった部分も含めて、サンドである可能性が高い。

  手間を取らせた、旅を続けようぞ」


 皆で馬車に戻る時、ディグートが全員を馬車まで上げてくれた。

 3mの梯子は怖いので助かる。

 しかし長生きってズルいな、やりたい放題じゃないか……

 エルフ強すぎ! 弱体化はよ!!!

 実演してくれたのは助かったので、お礼を言う事にした。


 「メリアさん、実演ありがとうございました。

  やはり見て体験してみると違いますね」


 「そうですねー、多少わかってはいましたが実際に体験すると得られる危機感が違います」


 「そうじゃろうとも。

  我をもっと褒め称えていいんじゃよ?」


 めっちゃドヤっててカワイイ。

 全然憎らしくないから困る。

 美人は得だなぁ。

 ……じゃあ、なんで牢屋にいたんだ?


 「そういえば、そんな素晴らしい魔法使いのメリアさんが、なぜ捕まっていたんです?」


 ピシッという音が聞こえたようにメリアの表情が固まる。

 やばい、地雷を踏んでしまった……

 だが仲間の弱点などは聞いておかないと、いざという時に困る。

 ボクはこの世界の常識を全然知らないのだ。



  (マズイ……逃げる時に転んで気絶していたのを捕らえられた、と正直に言ってしまっては、せっかく上昇した我の威厳が地に落ちるっ……!)


 「その話は好きではない。

  いずれ、そう、いずれ話してやろうぞ」


 表情がヒクヒクしている。

 よほど知られたくないようだ……

 当分聞くのを辞めようと決意し、謝罪した。

 

 「ディグートさーん、お腹すいたー! すいたー!」


 「おう、そうだな。

  俺も場所を探していた所だ。

  もう少し先に小川がある。そこで飯にして今日は休もう」


 「やったー!」


 初めてのキャンプだ。

 プレダールは楽しそうに叩き蛙をバチーンと地面に叩きつけ焚き火を灯す。

 とても満足げだ。

 殺さないように火花を出すコツが難しい、と解説されたが難しさがわからん。


 夕飯はディグートさんが作ってくれた。

 昔は良くやらされたもんだ、と懐かしそうに。

 塩味が若干濃いのが玉にきずだけど美味しかった。


 ふくろうのような鳴き声や虫の音、川の音、焚き火の音、馬の息遣い。

 意外と静かではない野宿は少しワクワクした。


 プレダール、メリア女性ペアが荷台でガサゴソしている。

 出てきたと思ったらツンデレ丸出しの少し恥ずかしいという表情で指を差してきた。


 「わ、我らは今から行水ぎょうすいをしてくる!

  覗くでないぞ! 絶対じゃぞ!」


 「じゃぞー! ほいじゃねー」


 遠くの木陰まで行って姿が見えなくなった。

 正直、覗く趣味はあまり無いし、旅の道中がギクシャクするリスクを考えたら行くのは賢い選択ではない。

 セーブ・ロードができるならやるけど。

 そんな危険な橋より、よく知らないディグートと会話がしたかった。


 「今日は御者台お疲れ様でした。

  食事の支度までして頂いて、助かりました」


 「いや、俺の方から付いて行きたいと言ったんだ、構わねぇよ。

  無駄に副将軍なんかになっちまうから部下が全部やっちまってな。

  たまには楽しいもんだ、ガハハ!」


 本当に楽しかったような笑顔をしている。

 少しホッとした。


 「ボウズ……じゃなかった、服部、で良いんだったか?」


 「えぇ、服部と呼び捨てでもボウズでも好きにして下さい。

  言葉遣いも砕けた方が気が楽です」


 「おめぇ、来てまだ4日だって言ってたが、本当なのか?」


 ディグートは色々聞いてきた。

 デリン、ソラル、プレダールと過ごした2日の事を。

 合間合間で、デリンならそう言いそうだ! と少し悲しそうに笑った。

 その顔を見ると、自分がやってしまった罪の重さを知る。

 しかし、ディグートはボクの背中を軽く叩いて笑った。


 「おめぇがそこまで荷を背負うこともねぇよ。

  先に来た奴らは一杯いたって言うじゃねーか。

  デリンもソラルもいっつもイライラしてたよ。

  やる気がない無駄飯ぐらいが増えただけだった、ってな。

  少し申し訳なさそうな顔すらしてた」


 ボクにとって、来る前のデリンもソラルも知らない。

 少し気が楽になった。


 「それがどうよ、初めてお前と会ったあの日のあいつら2人の顔は、なぁ!?

  明るい顔をしてたじゃねーか。

  俺は嬉しかったんだよ、ボウズが来てくれてよ」


 そんな風に言ってくれて嬉しかった。

 自分が来て間違っていたんじゃないか、失敗してばかりだったんじゃないか。

 他の誰かが代わりに来ていたら、他の人達とも仲良くやって誰も死なずに済んだんじゃないか。

 そう何度も考えていたから……


 「だからよ、そんなに気負うなや」


 太くて大きな右拳を目の前に差し出された。

 初日にやった拳をコンッと合わせるやつをした。


 「ありがとうございまスーーーっ?!」


 後頭部に何かががぶつかった。


 「なぜ覗きに来ず、男同士楽しく語らいあっておるのじゃ!」

 「のじゃー!」


 プレダールも悪乗りして小枝でペシペシ叩いてくる。

 行っても怒る癖に……世の中は理不尽だ……


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