26.城塞からの旅立ち
考えてみたら、ボクには荷物なんて無かったんだった。
準備をすると言ってなんとなく帰った誰もいない宿舎で、もう着ない寝巻きのジャージと布団しかなかった事に気付く。
エルフのメリアと2人で追い出されるかと思ったが、幼女とマッチョさんが付いて来る事になるとは予想外だった。
確かに同行する大鬼人が誰もいないと道中でエルフ側と思われるし、呼び出した異世界人が敵側に回ってしまう可能性もある。
そういったお目付け役としての仕事もあるのだろう。
気楽な旅ができる世界ではない事を思い知らされつつ、2階のプレダールの部屋に向かう。
ノックして入ると、散らかし放題だった部屋は足の踏み場すらなくなっていた。
「あ、もう支度終わったんですか?
ワタシもうちょっとかかりますよ!」
「な、なるほど。
何をどう支度してるのかわかりませんが……
デリンさんから貰った剣を装備と一緒に返してしまったので、それがどこかと聞きたくて」
「あー、どこにあるかなー……」
口をぽかーんと開けて上を向いて考え込んでいる。
アホっぽくてカワイイ。
「たぶん、2つ隣の部屋だと思いますよ。
ねーフィスー! この人間さん入れてあげてー!
……はい、どうぞ。入れますよ」
はい、じゃねぇよ……
大声出したと思ったら、またバサバサと本やら巻物をひっくり返し始めた。
……ほっとこ。
廊下に出て左右を見渡すと、こちらに向かって敬礼をされる。
あの部屋のようだ。
「先日はありがとうございました!
久しぶりに思いっきりパイプ吹けて気持ち良かったです!」
「え? あぁ、どうも……
お礼はデリンさんに言ってあげてください。
あの人が教えてくれなかったら、できない作戦でしたから」
急に覚えのない感謝をされると固まってしまうものなんだな。
フィスと呼ばれた女性は深緑のミドルロングの髪が目を引く、たぬき顔といった印象だ。
どうぞ、と通されると中にはフード付きマントを着たメリアもいて、装備を探しているようだ。
10畳程度しかない広さに木製の棚が5つ所狭しと配置されている。
結構色んな物が雑多に置かれていた。
「おぅ、なんじゃお主も来たのか。
我はあと1つ装備が足りなくてな。
どこにやったのやら……」
「ボクは剣が1本と革鎧だけなので気が楽です」
フィスがすぐに見つけて革ベルトと一緒に渡してくれた。
形見のようなものだから絶対に持って行きたかった。
部屋を出て扉を閉めると『一緒に探せ薄情者!』と聞こえた気がするが、気の所為と思ってスルーした。
そんなに広くないし大丈夫だと思う。
フィスにお礼を言って修練場に向かった。
最後にデリンさんに会った場所だから、もう1度見に行きたかった。
少ない日数だったが色んな事があった。
知らない部屋もまだ一杯あったのに、と思うと感慨深い。
広い修練場は、昨日の今日なのに人が大勢いた。
気付いた大鬼人がボクを指差し、大声で例の人間が来たぞー! と叫ぶ。
うっ……これはまた罵倒される流れか。
立つ鳥跡を濁さずと言うが、ボクの場合は濁し放題だ。ごめんなさい。
周囲の大鬼人がこちらにザッと向き直ると、敬礼された。
「我らの英雄に、火の神ザラー、水の神スーユ、大地の神ポーレの加護あれ!」
よくわからないけど、釣られて敬礼をしておく。
数秒経過しても誰も何も言われないので、お辞儀をして逃げ出す。
むしろ良かったのかもしれない。
誰もいなかったら感慨に浸って、また泣いてしまったと思う。
そういえば、ソラルを見かけない。
別れの挨拶をしたいんだけど。
2階で聞き込みしていると、屋上方面に行ったのを見たと教えてくれた。
ほとんどの人は敬礼してくれるが、中には不満そうな顔で無視する人もいた。
そうやって嫌ってくれると少し助かる。
殺してしまった人の罰を受けているような、自分で自分を許せない気持ちが風化しないような、辛いけど受け止めなければならない事と感じられた。
階段を上がっていくと、風になびく薄桜色の髪が目に止まった。
ソラルは気付いて振り返ったが、いつものニコニコ顔じゃなく、ばつが悪い表情だ。
「ランデルバールを出ていくって聞いたわ。
ココで見送ろうと思ったんだけど……見つかっちゃったようね」
「ソラルさんの笑顔のおかげでボクは初日頑張れました。
そのおかげで2日目も乗り切れました。
だから絶対にお礼とお別れの挨拶はしたかったんです」
そう……と言うと、城塞から戦場跡のある道へと視線を向ける。
遠くを見るような視点が定まらないような悲しい目で。
なにか……言わなければ。
謝るのか? 許しを請うのか? しらばっくれて別れの挨拶をするのか?
どれも、違う気がする。
そんな気安い関係じゃなかったように思う、デリンとソラルの関係は。
何を言っていいのかわからず、ボクは黙って立ち尽くしていた。
「怒って責めようと思っていたんだけど、実際に顔を合わせるとやっぱり無理ね。
……元気でね」
視線を遠くにしたまま、ソラルはいつもより小さな震えた声で言った。
少し強く吹いている風に、桜のように散って消え去りそうな表情をしている。
こんな時、デリンがいたら何て言うだろう。
なんて声をかけたらいいんだろう……
自分の気遣いの無さが恨めしい。
「短い間でしたがお世話になりました。
ありがとうございました!」
退社のテンプレ挨拶しか出てこなかった。
涙目で深々とお辞儀をした。
しばらくお辞儀を維持したが声はかけて貰えなかった。
頭を上げても顔を合わせてくれないので、何か一言伝えてからこの場を去りたかった。
よくある流れだと手紙書きます、また来ます、とか言うんだろうけど。
その両方は言えるわけがない。
考えたけどやっぱり出てこなかった。
階段前でもう一度お辞儀をして去ることしかできなかった。
戦争は悲しみしか生まない。
ありきたりな言葉が思い出され、腑に落ちた。
日本人の考え方のままじゃ異世界で生きていけない。
当たり前のようで、まだわかっていなかった事が少し理解できた。
ボクは今日から旅に出る。




