25.父親と将軍
「食いながらでいい、聞いてくれ」
ディグートは神妙な面持ちで話始める。
ボクは水をガブ飲みしたのでご飯はあまり入らないし、目を見て聞き入る事にした。
「城主のドリス=ベリン将軍から、昼食後に会見したいのでキミを連れてこいと言われている。
同伴の可否は言われていないし、誰が付いて行っても大丈夫だろう」
プレダールの顔色が曇り、それを見てボクも不安になる。
ディグートはボクを安心させるように、肩に手を添えてくれた。
「将軍だって今回の戦果には大変満足しておられた。
悪いようにはされないはずだ。
ちゃんと食え、昨日も全然食ってないんだろう?」
心配すんなよ! とニカッと豪快に笑う。
下から見上げたアナタの顔は、むしろ不安になるんですけど。
ガブッと頭から食われそうだ。
捕食される側の動物は、こういう心境なのかもしれない。
ディグートを先頭に、ボク、プレダール、メリアが後ろに付いて城主の部屋に入る。
ドリス将軍は苦虫を噛み潰したような表情だ。
本当に大丈夫なのだろうか……
考えてみれば、敵対しているエルフを好きだと言い、戦に勝ったらエルフが欲しいと言い、エルフによって娘を殺したようなヤツを信用できるはずがない。
逆賊として捕らえられて、牢獄で飼い殺しまであるのではないか。
マズイ事を言ったと後悔してしまう。
ドリス将軍は大きな咳払いをして喋り始めた。
「一同、面をあげよ。
先日の戦については見事であった。
だが、我が愛娘を……エルフによって操作されていたとは言え、同族を殺した者を簡単に許し置くことなどできん。
それは他の大鬼人についてもそうであろう、先程も食堂で騒動があったと聞いている。
そんな者を自由にして置ける余裕は、ココには無いのだ」
さすが上に立つ人間は理路整然としている。
反論の余地もない。
「儂は貴様に死刑を言い渡したい!」
「待ってください……!」
プレダールが直訴しようとするのを、ディグートが手で遮る。
それを見て、ドリス将軍は頷いて続けた。
「父親としてはそう言いたい、という願望なのだよプレダール上級文官。
心配せず最後まで聞いて欲しい」
苦しみ、悲しみ、諦め、どうとも取れる複雑な表情をしながら、ドリス将軍は続ける。
「戦なのだから死者も出よう。
だが、たった1名の犠牲で、城塞を守り敵軍を殲滅できる案が誰に出せた?
誰にもできなかったから今があるのだ。
デリンを殺したのは儂の力不足という側面もあると感じている。
それについては皆も同じだ」
状況を自分に言い聞かせようとしているようにも感じる。
本当は父親としてボクを殺したいのほど憎いのだろう。
だが、そうしてしまっては将軍としてのメンツが立たない。
「だが、それでもだ!
頭では理解できても、父親としての心が貴様を許せんのだっ!」
石の床をドンッと踏みつけ、空気がビリビリと振動する。
さすがデリンさんの父親だ……全身がシビレるくらい怖い。
「今この瞬間にも貴様の手足を握り潰し、死んだ方がマシだという苦痛を与え、死なせて欲しいと懇願させたい。
それをさらに踏み潰してもなお、足りぬ!
加えて、勝った報酬にエルフを要求していたなど、敵軍と内通しているのではないかという疑いもある!
許してはおけぬ!」
毅然とした表情だが涙が頬を伝っている。
父親と将軍の両役をこなさなければならないのは辛いだろう。
急に眉間の皺が、ふっと取れて急に優しい表情になった。
「本当はな、儂は貴様を殺すつもりだった。
そして将軍を辞任するつもりだった。
だがな、今朝の夢に娘が出てきたのだよ。
貴様を許してやって欲しい、と。自分が招いた結末なのだと。
反論すると、頭にモヤシが詰まってんのか! と説教されてしまったよ、フフフ……」
プレダールとディグートが横でホッと息をついたのがわかる。
「加えて、先程の魔法陣を止めたのも貴様だと報告を受けている。
殺すと再発動するということもな。
儘ならんものだな……
運命が貴様を殺すなと言っているようにも思えてくる。
よって、ランデルバール城塞及び周辺地域からの追放を言い渡す!
2度も救ってくれた恩人に対して、することではないのはわかっている。
だが、このままでは誰かが衝動に駆られ、貴様を殺してしまうかもわからん。
儂もしてしまうかもしれん。
それを未然に防ぐ対処だと思って欲しい。
路銀や物資は十分に持たせる故、これで許しては貰えんだろうか」
将軍が頭を下げ、ボクも周囲もオロオロしている。
プレダールから、返事をしろ! とでも言うように肘突きをされた。
「十分な配慮痛み入ります、ドリス将軍閣下。
ボクは、ココに4日しかいませんでしたが皆さんの気持ちはわかるつもりです。
すぐに準備を整えて城塞を発ちます。
……ありがとうございました」
「ドリス将軍閣下、ワタシも発言してよろしいでしょうか?」
ボクが深々と頭を下げると同時にプレダールが許可を求めた。
「この者の旅に同行する事をお許しください。
デリン副将軍は、この服部さんの事を高く評価していましたし、力になってやりたいのです。
見も知らぬ大鬼人の土地に案内人もいないのでは、2度も命を救ってくれた恩を仇で返すようで嫌なのです」
ドリス将軍は、ふむ……と考え込んでいる。
「自分も、同行を許可して頂きたいです将軍閣下!
この者達だけでは男の大鬼人達に絡まれた際に殺されかねません。
せめて、港街までの護衛だけでも!」
「フフフッ、副将軍が一度に2名も抜けられては困るのだがなディグート副将軍。
……だが、許可しよう。
1度ならず2度までも救われたのだ、誰かしら付けるつもりではあったが、立候補する者もおらんだろう。
送り届ける程度の期間であれば、問題もない」
ドリス将軍は左右をゆっくりと見て、他に意見はないかと確認している。
「では、以上でこの件は終了とする。各自戻って良い」
ボクは再度深々と頭を下げ、退室する。
最後に見たドリス将軍は、とても悲しそうな目をしていた。




