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24.もっと、強く、抱きしめて

 

 食堂と言われ、なんとなく了承したものの歩きながら涙が溢れる。

 昨日昼を食べた時のデリンさんの表情、初めて大勢に注目されながらデリンさんに紹介された事を思い出してしまったからだ。

 泣いたって戻ってこないのはわかってる。

 でも、昨日あんなに元気だった、やかましかった、兵を沸かせた人はもう絶対いないと思うと、勝手に涙が出てしまうんだ……

 

 「なんじゃ、また泣いておるのか。

  死んだ者も辛いじゃろうよ、自分の所為で生きている者が歩みを止めるのは」


 「アンタに何がわかんだよ!

 あんなウザくてすぐ怒って優しくて大食漢で、たった3日で人の心にズカズカ入ってくるような人を、どうやって気にせずいろって言うんだ!」


 「すまぬが一切わからぬよ。

  会うたこともないヤツのことなんざな」


 「じゃあ口出しすんなよ!!!」


 「だが、お主が其奴そやつの代わりに死んだとして、代わりに其奴が生きてたとしてな?

  逆の立場で泣かれて普段通りにできないのを見て嬉しいのか?

  我は嬉しくなんぞない。

  死んだ後まで足を引っ張り続けて申し訳なくなるわ」


 言い返せなかった。

 でも全然想像できないよ、ボクが死んでデリンさんが泣いてるなんて。

 でも……普通にしてるのも想像できなかった。

 死んだ事に怒って余計にエルフ側に闘志を燃やしてそうだ。

 酒飲んで騒いでそうだ。

 弔いとか言っていつもより余計にご飯食べてそうだ。

 プレダールさんの頭を事あるごとに殴ってそうだ。

 この人すげーウザいな……


 気づけば少し笑っていた。


 「忘れろとは言わんさ。

  忘れてやるな、そこまで悲しい想いをした相手を。

  そして、其奴の分まで生きろ。

  ……まぁエルフは長寿であるし、我は回復魔法が使えるからサッパリわからんがな。

  どこかで人間に聞いた話じゃが、涙が止まる程度には役に立ったようじゃの」


 「へへっ、さすが無駄に歳食ってないですね」


 「う、うるさいわ!

  200余年ではまだ若輩の部類じゃ!

  年寄り扱いするでないぞ!」


 メリアさんは良い人だな。

 それに困惑してる顔もカワイイや。


 「へー。エルフって存外優しいんですね。

  同族以外に排他的なイメージがありましたよ」


 「そうじゃとも、エルフは優しいのだ。

  捕虜に2週間も食事を出さない、どこかの種族と違ってのぅ!」


 すげー根に持ってるじゃん。

 自分のせいじゃない! とプレダールはメリアと言い争っている。

 そうこうしている間に食堂に着いた。


 「よう、人間。ココ座れよ」


 初日に食堂で会ったディグートが仏頂面で少し距離のある隣の席に着けと促す。

 座った周囲には多くの大鬼人オグルがいて、威圧するように見ている。

 ディグートは大きな顔と目でじっと座ったボクを見てくる。

 飲めと言われ、ツーンと強いアルコールと果物の匂いをさせる木製のコップを渡される。

 美味しいけどすぐに酔いが回りそうだ。


 「どうだった? デリンの最後は。

  教えてくれ、看取ったお前の口から」


 喋りながらまた思い出し、涙が溢れる。


 「もっと強く抱きしめてくれ、と。

  ……本当に言ったんだな?」


 「デリンの姉さんがそんな人間に言うはずが……」


 「うるせぇぞ! 外野は黙ってろ!!

  俺はこいつに聞いてるんだ!」


 怒り心頭した修羅のような大きな顔が目の前にある。

 怖くて声がうわずり、言葉に詰まる。


 「え、えぇ。言われま、した」


 「そうか、言ったか……」


 ディグートの顔はふっと表情が緩んでいく。


 「いいかぁお前ら!

  俺だってデリンの最後を見届けた、他の奴らから話を聞いた時は、聞き間違いじゃねーかと疑った。

  だがな、こんな小さな人間が、だ。

  俺らに囲まれて嘘が吐けるか?

  こんなにガタガタ震えながらよ、涙まで流して。

  俺はコイツを信じる。

  デリンが愛したこいつの言葉を信じる!」


 「そんなことわかんねーじゃねーですか!

  人間はすぐ嘘をつきやがる!」


 「そうだそうだ!!」


 多くの大鬼人が不満と怒りの表情で声を荒げて否定する。

 このまま殺されたなら文句はないかな。

 あぁ、でも殺されると指輪発動しちゃうんだった……



 「なぜみなさんは信じられないんですか!」


 プレダールが悲しみと怒りの表情で、聞いたこともないくらい大きな声で言い続ける。


 「ワタシだってね、最初はデリンさんよりこの人間が死ねば良いと思いましたよ!

  でもね、この人は昨日この城塞のみんなを救う、デリンさんがベタ褒めする作戦を考えた人なんです!

  忘れたんですか!!

  脳筋だから1日で忘れちゃいましたか!!」


 ボロボロ流した涙を袖で拭い、さらに続ける。

 周囲は全員息を呑むように聞き入っている。


 「さっき戦場跡にあった巨大魔法を止めたのも彼ですよ!

  ワタシはずっと見てました。

  このエルフが止まらない魔法だ、国中全員が死ぬって諦めて言っても一生懸命考えてて。

  それでも自分が死にそうになりながら止めてくれたんですよ!!


  それなのに何ですか、口を開けばデリンさんデリンさん!!

  デリンさんはもう死んだんです!!!

  死んだ人より、目の前の2度も救ってくれた恩人に、礼を言うのが先でしょう!!!!

  そんなに会いたければ死ねばいいんですよ!」


 泣きながら大声でキレているプレダールの言葉に、食堂にいる大鬼人一同は俯き、完全に沈黙している。

 プレダールの右隣で聞いていたメリアは右手の小指を耳の穴に入れ迷惑そうな顔をしていた。

 右手を腰に添えて話し始める。


 「此奴こやつの言う事は本当じゃぞ?

  今そこの人間を殺したら、奇跡的に止まった不可止の魔法が発動して国中全員確実に死ぬ。

  それで良ければ殺るが良いさ、もやしの言うことなんぞ信じないかもしれんがな」


 メリアは、どっちでもいいぞ? という挑発的な表情だ。

 誰よりも先に死ぬ事を確信し、一度諦めた命を拾ったというのに。

 奇跡を見た代価とでも思っているのか。

 ディグートが頭を下げる。


 「そんな恩人に周囲を含め、俺も悪い事をした、すまなかった。

  ありがとう、小さな命の恩人よ。

  俺の命で気が済むならやってくれ、せめてもの償いだ」


 「い、いや……その……」


 「俺もすまなかった、悪かったよ!」

 「ありがとう!2度も救ってくれてありがとう!」

 「ありがとう!!ありがとう!」

 

 大きな体で大きな声で、そんなに大勢に言われても鼓膜が破れそうだ。

 ありがた迷惑だよ!

 ボクが耳を抑えているとディグートが手を伸ばし、周囲の声を止める。


 「デリンと同じ人間に殺されるなら本望だ。

  ……さあ、やってくれ」


 「いや、ちょっと!

  なんで殺す前提なんですか! しませんよ!!

  そんなことより水をください!

  喉が乾いてしょうがないんです!!」


 水だ!水だってよ!!俺が持っていく!いや俺だ!!我先に水を汲みに行く。

 ボクの目の前のテーブルには水が入った樽が5つドンッと置かれた。

 そんないらんて……

 大げさだけど良い人達なんだと感じた。

 みんなデリンさんが大好きだったことも伝わってくる。


 「ちょっと邪魔ですよこんなに樽置かれても。

  今からご飯なんですからどかしてください」


 プレダールが向かいにお子様椅子を置いてすまし顔で座る。


 「そうさな、まずは飯にしよう」


 ひとまず安心という表情で、メリアは4人分のトレーを空中に浮かせて運んできた。

 魔法万能! かっこいい!

 めちゃファンタジー!


 ボクが嬉しそうに笑うと周りの人達も笑ってくれた。


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