20.憎みきれないろくでなし
誰かが死んだら心にポッカリと穴が開くなんて嘘だ。
ボクは戦場から帰りながら、ずっとデリンさんのことばかり考えている。
もう3人の緊張感のない会話も見れない。
ご飯の時に遠慮なく肉を持っていき、バクバク食べるのも見れない。
お酒を好きなだけ飲ませてあげることもできない……
ボクが初対面のエルフを信用したばっかりに。
事情を知らないソラルと、城主に戦果報告に行く。
「城主のドリス=ベリン将軍だ。
今回の戦の功労者と聞いている、素晴らしい戦果だった。
デリン副将軍から聞いておるだろうが、敵軍大将の服飾品は今お持ちかな?」
頭が真っ白になりながら、敵軍大将を倒した証拠のブローチや指輪やタグをアイテム袋から出して渡す。
あれ? あんな指輪持ってたっけ?
「おぉ! 本当にそなたのような小さき人間が1人で敵大将を討ち取ったのか。
その勇気ある行動を取った褒美に、事前に言われていた通り地下牢のエルフを好きにして良い。
他にも何かあるか? 何なりと申せ」
「いえ、その……今は初めての戦が終わって頭が真っ白で……
特に思い当たりません」
「なんと! 初めての戦でこのような武勲を立てられたのか。
さすが我が愛娘デリンが呼び出したガチャであるな」
ビクッ!とした。
どうしよう……なんて言ったらいいんだろう。
体がガタガタ震えて頭から血の気が引いていくのがわかる。
「おや? 今になって武者震いか。
疲れたであろうし、また後日にしよう。
下がって良いぞ」
城主の部屋から出るとソラルが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「本当に顔が真っ青よ? 大丈夫?
そういえば、デリンを見かけないわね。
いつもはうるさいくらいなのに……」
「すいません、プレダールさんも一緒にいつもの部屋でお話したいことがあるんです。
デリンさんは呼ばないで下さい……」
「……? わかったわ。
じゃあプレダール呼んでくるから先に部屋に行ってて」
何度も来た部屋、何度も座った椅子。
先日励ましてくれたデリンさんはもう来ない。
悲しくて虚しくて悔しくて、涙がボロボロと零れ落ちる。
元気いっぱいのプレダールが扉を勢いよく開いて入ってきた。
「服部さーん、おっつかれー。
大勝利だったじゃないですか!
なんか帰ってくるの遅かったけど、その件かな?」
「城主様の部屋で顔が真っ青になったままなのよ。
デリンは呼ぶなって言うし。なにかあったの?」
「デリンさんが死にました。ボクが殺しました」
ソラルは両手を勢いよくテーブルに叩きつけて口を開いた。
「服部さん、あなたは正直な人です。
つまらない冗談を言われた覚えもありません。
ですが、言って良い冗談と悪い冗談があるんです。
わかりますよね?!」
「殺しても死なないようなデリンさんが死んだ、と言われても現実味がないですが……
詳細を話してください。
懺悔はその後です」
変に冷静になって淡々と話せた。
敵大将の首を取った後、食料がないと確認した天幕に次々と火炎壺を投げて混乱をさせた所から、怪我をしたエルフを助けようと思った所までは。
燃える天幕が倒れてきたのをエルフが土魔法で穴を掘って助けてくれ、上の穴を塞いだ話しを始めたくらいから涙声になった。
きっと一生忘れない。
無事でよかった、という安堵の顔で近づいてきたデリンさんを、自分の腕が勝手に動いて胸に深く剣を押し込んでしまったことを。
後ろでエルフが笑い始めた事も。
「そんな……ことが……」
デリンの死が現実であると受け止めたからか、その先を2人共言えなかった。
ソラルは急に立ち上がって壁の隅で声を殺して泣き、プレダールは子供のように上を向いて口を開けながらわーわー泣いた。
一生分流したと思うくらい流したボクの涙は、まだまだ溢れてきた。
急に扉が開いて涙を流した男の大鬼人が何人もいる。
「お前のせいで!
……お前のせいで……デリン副将軍が……っ!」
「お前がいなければ!お前が死んでいればよかったんだ!
デリン姉さんが……なんでっ……!
……お前なんかの為にっ!」
口々に大声で叫ぶ。
その中の1人に胸ぐらを掴まれ高く持ち上げられる。
苦しいけど殺された方が楽になれる。
抵抗する気力はなかった。
「やめなさいアナタ達!!」
ボクの胸ぐらを掴んでいた大鬼人をソラルが殴り飛ばす。
「この子だって辛いのよ!!
憎くて殺したわけじゃなくて愛していて自分の手で殺すのよ!!
それでも私達に直接話した!!
自分だって辛いのに、私達を気遣って!!」
「もう……わずれだんですか!!!
今日の戦の作戦は服部さんが立でたんでずよ゛!!!!
ごの人がい゛ながっだら、ここのみ゛んな゛餓え死にです!!
無礼ですよ!!」
プレダールが泣きながら、小さな体を大きく震わせて叫んだ。
「わ゛がっでるよ……わがってるけどよぉ……
そんなことって……ねぇよ……」
ソラルに付き添われて宿舎まで帰った。
「優しい言葉をかけてあげたいけど、ごめんなさい。
私もまだ心の整理ができないの。
……おやすみなさい」
布団に入ってからも泣いた。
デリンの顔を思い出しては涙が溢れた。
気がつくと眠っていたようだ。
誰かにゆさぶられて起こされる。
エルフだ!!!!
咄嗟に突き飛ばしてしまう。
「おうおう、随分な対応じゃのぅ?
助け出してもらっておいて礼を言う前なのに何じゃが、いきなり突き飛ばすのは失礼じゃぞ?」
昨日まで地下牢に繋がれていたメリアは不満そうに続ける。
「昨日も隣の布団で慰めようと待っていたのじゃぞ?
女性を待たせるのも失礼じゃ!」
夢じゃなかったんだ……デリンさんが死んだの……
不思議と涙は出なかった。
心が砂漠のように乾燥し、その砂に涙が吸われていくように1滴も出てこなかった。
泣きたいのに泣けないのも辛いんだな。
「ごめんなさい。
昨日名も知らぬエルフに呪いをかけられてしまって、とても嫌なことがあったんです」
「簡単には聞いておる。
我が同胞が無礼をしたようだ。
代わりに詫びよう。すまなかった」
聞いたことのない、大きな音が連続する鐘の鳴り方がした。
とても嫌な予感がした。




