2.幼女文官
……文官を呼びに行ったソラルは全然帰ってこない。
デリンはピリピリしてるし早く帰ってきてくれないだろうか。
少しでも関係をよくしようと世間話を振ってみる。
「おニ人共とても背が高いですよね。
大鬼人族はみなさん背が高いのですか?」
「アタシもソラルも小さい方だ。男はもっと大きいぞ」
冷や汗がドっと出る。
2m半ある人が小さい方で、男がもっと大きいって何?!
3~4mくらいあるってこと?!
通路も扉も大きいと感じていたが、男性の大鬼人と実際に会ったら会話できる気がしない。
デリンは聞かれた事を答えると黙ってしまうので、ボクはそのまま質問を続ける事にした。
沈黙に耐えられない。
「さ、先ほど武器は棍棒がメインとのことですが、武器はどのくらい大きいのでしょうか?」
「あー、大鬼人は自分の身長くらいの武器を振るえて一人前だからな。
大体そんなもんだと思ってくれりゃーいい」
ステータスは全部筋力に振ってます! って感じの見た目だから武器は大きいと推測していたが想像以上だ。
……ん、ちょっと待てよ?
仮に身長3mで2.5mの棍棒を装備した金属鎧のマッチョ軍団として。
それと戦争して劣勢にさせる相手ってどんなよ?!
同じタイプの脳まで筋肉タイプか? エルフとかの魔法使うタイプか? 色々アリな魔物タイプか?
異世界は常識が通用しないのだから、悩むより何でも聞くしかない。
例え地雷原だとしても。
……やっぱ文官の人に聞こう。
せっかくデリンを怒らせずに会話できているし、もっと他のことを聞こう。
「食事は1日何回、どんなものを食べているんですか?」
「今は物資不足だからメシは1日2回だ。
戦わないヤツは1日1回しか出ないからな?
食うのは肉とか豆とかだ」
「物資不足じゃない場合は1日3回ですか?」
「普通は早朝・昼前・夕方・夜の1日4回だ」
怒られずに会話できてる、良い流れだコレ!
体が大きい分、食事も多いのか? などと考えていると扉をノックしてソラルが帰って来た。
……小学生みたいなの連れて。
「デリンさーん、おひさー」
「昨日会っただろプレダール!
この人間に戦況を教えてやってくれ、ちったぁ使えそうだ」
「まともなガチャは久しぶりですね。
……やっぱソラルさんが回したの?」
「アタシがハズレしか出さないみたいな言い方はやめろ!」
プレダールと呼ばれた身長130cmほどの大鬼人女性は、エメラルドのようにキラキラした薄い緑色の髪を、縛る場所が高いポニーテールにしている。
両サイドに羊のような巻き角が生えていて、前髪は7:3で分けてピンで止めてる。
目が若干垂れているのが幼さを増長させている。
幼女のように見えるが、万が一偉い文官という可能性もある。
黒と白がメインの衣装で、背中に大きな紋章のマークが真っ赤な糸で刺繍されている。
(初対面の人は全員社長と思って丁寧な対応をしろ!)
どこかの会社の上司に言われた事が脳裏をよぎる。
女性3人で和気合い合いとしているのだが、本当に負け戦濃厚なのだろうか?
かなり余裕があるように見えるんだけど。
しかし、今ガチャって言ってたのは聞き間違いだろうか?
後ほど聞いてみるとして、ボクは三国志が好きとか戦国時代が好きというわけではない。
そういった漫画を1度サラッと読んだことがある程度で、戦略なんてサッパリわからない。
なんとなく嫌われないように真面目に応対していたが、ボロが出て怒られませんように……
「ほらプレダール、人間に説明してやってくれ。
負けた戦のことが聞きたいんだってよ」
「なるほど、確かに他のガチャよりイイですね!
勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし。と言いますから。
負け戦から学ぼうという考え方を持っているなら、私も説明しがいがあります」
やっぱりガチャって言った!
アレか? ガチャキャラとして異世界召喚されたみたいな感じなのか?
だとしたら最低?の星2じゃなくて嬉しい反面、星4や5じゃないのは悲しい。
異世界だったら無双してゆるく生きたいよ……
「どこの負け戦からお話しましょうか?
あんまり負け戦の話ばっかりすると、デリンさんがイライラしちゃうのですよ」
「うっせーよ!
戦の話なら勝った話をした方が気分良いだろうが!」
「デリンは短気だからなー、もうちょっと落ち着きが欲しいよねー。
だから昇進しないんだよー」
プレダールさんもソラルさんも笑顔で火に油注ぐのやめて欲しい。
でも仲良さそうだし、実はデリンさんイジられキャラなのか?
イジられ系姉御えぇな! カワイイ。
ボクは雑談が終わったタイミングを見計らって、プレダールに質問を投げかけた。
「デリンさんから籠城戦を初めて半年と伺いました。
その半年間の戦を負けも勝ちも含めて最初から、地形なども詳しくお聞きしたいです」
「わかりました、では失礼して」
ピョン! と座っているデリンの太ももに飛び乗って、地図をテーブルに広げる。
お子様身長では椅子に座っても、立っても説明できないのだろう。
デリンもしょうがないという表情をしているが、パッと見は完全に親子の風景だ。
地図を見て説明を聞く。
今いる場所は、地形はUの字状に断崖絶壁の山に囲まれた標高の高い城塞である。
正面からしか敵は攻められないし見通しは良いし、素人的には強そうな地形だと思うんだけど?
敵の攻撃方法が特殊なのか?
「申し訳ないですが、この世界に来たばかりなので敵軍の種族や攻撃方法も詳しくお願いします。
一切知りませんので」
「了解しました。
ちょっと長くなりますけど、頑張りますよ!」
ニッコリ笑った幼女顔がカワイイ。
頭を撫でたくなる。
「開戦当初、敵軍・人間が約7000・エルフ10ほどでした。
エルフは後方からの攻撃魔法・回復支援・バフ支援など後方に陣取るので詳しい数字はわかりません。
自軍は、ほぼ非戦闘員の人間200・大鬼人兵士2000です。
数字だけ見ると大鬼人軍は圧倒的不利に見えますが、近接戦での大鬼人兵1名は人間20名軽くなぎ払い、戦闘不能にします。
人間の鎧や盾など役に立ちません」
最初は圧倒的な暴力差で勝利を続けていたと言う。
しかし、相手は増援・物資の補給などの後方支援が受けられるが、こちらは補給が受けられない浪費戦。
長期的な攻めたり引いたりの戦いにより、大鬼人軍は物資をジリ貧にさせられた。
さらに、猛進部隊と呼ばれる重装備の盾持ち突撃兵大鬼人50名が敵軍に捕獲され、戦況は一変する。
最前線に捕獲された大鬼人部隊が、直線状に大盾を構えた巨大な一枚の壁役として配置され、盾の隙間からの魔法砲撃、雨のような矢、エルフの魔法攻撃、死体を使役するネクロマンサーにより撤退を続ける。
長引けば長引くほどこちらに不利だ。
最前線の仲間を傷つけたくない大鬼人軍は、次第に立て籠もるようになったのだという。
「そこでガチャなのですよ!
ガチャで一発当てれば反撃の狼煙もあげられようと言うもの!
異世界人間召喚ガチャによって排出される人間は、ギフトという特殊能力を付与されていますから。
対エルフ・対ネクロマンサーの能力持ちが当たれば……という一縷の望みを託されました。」
「あのー、もっと前から使わないんですか?
……そんな便利なガチャ機能」
「その疑問はもっともだと思います」
うんうん、とプレダールとソラルは頷いている。
デリンは奥歯をギリギリと鳴らしながらテーブルを叩く。
「アタシ達はそんなもんに頼らなくたって勝てるんだよ!
異世界の、しかも人間に勝たせて貰わないといけないほど、弱くねーんだっ!」
また地雷を踏んでしまった……
プレダールはクスクス笑いながら続ける。
「と、このようにデリンさんのような方が多いんですよ大鬼人は。
凶暴さ・火力・機動に置いて、他種族に対して圧倒的な身体能力ですからね。
戦況を左右する大きな役を、他種族に取られたくない方々がほとんどなんです。
それで籠城してれば世話ないです」
やれやれ、という言葉が聞こえて来そうな顔をして両手を肩まで挙げる。
そんなプレダールの頭をデリンがゴンッと叩く。
幼女は涙目になりながら睨みつけた。
「すーぐ叩く!
私がチビなの、絶対デリンさんのせいですからね!」
「つまんねー話が長い」
「負け戦の話が長いからイライラしてるんでしょー フフッ」
……ほんと緊張感ないな、この3人は。
このまま、ほのぼの喋るだけの日常的な異世界だったってオチが欲しい。
しかし、メモを取るインクは血のような匂いがする。
殺伐とした雰囲気は、そこかしこから溢れている気がした。