194.秘密のお茶会
長期間滞在した交易の街テスラヌで車を降り、馬車に乗り換えた。
白いユニコーンが2頭で引く大きくて豪華な馬車だ。
リリとロロは懐かしそうに目を細めていた。
「三光にも許されていないユニコーン馬車を使えるなんて、偉い人は待遇が違いますね!
撫でて欲しそうに頭を下げてくるから可愛くて好きです」
「ロロも触るー!」
しばし撫で回すと、ユニコーンは気力を充填したように鼻息を荒立てた。
どうやら2人共そういう事らしい。
手を出さなくて良かった。
シャリアの時でも5日くらいかかったであろう道を、3日で移動できた。
エルフ直轄領に続く関所は、10年前と変わらずそこにあった。
リリとロロが、副皇帝様のお通りです素早く門を開けなさい! と怒鳴り飛ばした。
門番は顔を青くして懸命に開けてくれた。
うーん……なんだか悪い気がしてならない。
ワリナスの里に着くと、大勢のエルフが頭を下げて迎えてくれた。
つい先日お世話になった気がするマリベルも居て、丁寧にお辞儀していた。
随分とメリアの事を好いていたし、現状を把握しているかもしれない。
長老に促された家ではなくマリベルの家に泊まる事を伝える。
最初はボクが誰だか分かっていない様子で、表情が堅かった。
「マリベルさん、で合ってますよね?
ボクです。
10年前にメリアと一緒に蜜の森の事で伺った服部です」
「あらまぁ!
随分と若いままでいらっしゃられるから、似ている人としか思いませんでしたわ。
それに随分と偉くなられて……
相変わらず狭い家ですが、どうぞくつろいで下さいませ」
案内された家は10年前と変わらず、綺麗に整頓されている大きな家だ。
リリとロロを自由行動にさせ、マリベルの部屋で話したいと伝えた。
一瞬首を傾げたが、察したのか案内してくれた。
「すいません、突然押しかけてしまって……」
「いいえ、すぐにお茶を淹れますから3階に上がっていて下さい」
相変わらず美しい銀髪をゆらしながら台所に入って行った。
10年経っても優しいお姉さんっぽい風貌は老化の気配が見えない。
言われた通りに3階に上がると、妙に可愛らしく装飾されたドアが1つあった。
淡いピンクと青と白を基調とした乙女ちっくな雰囲気がある。
恐る恐る中を開けると、沢山の人形が置いてある。
自作だろうか……
勝手に中に入るのを躊躇っていると、お盆を持ったマリベルが顔を赤くして口を開いた。
「そちらの部屋ではございません!
向かいの部屋にしてくださいませ」
促された部屋は、前にメリア達が泊まった部屋だったはずだ。
ボクとバーレンは4階に泊まったので知らなかった。
ピンと張った綺麗なベッドが2つとテーブルがある、来客用と思われる寝室だった。
ティーカップをそこに置かれたので座った。
一口飲むと、マリベルの方から質問してきた。
「その後、どうですかメルルお嬢様は?
相変わらず我儘を言っておられませんか」
「いえ、その……メリアは一緒ではないんです。
エルフ王家の呼び出しが5年前にあったきり、会っていません」
「そうですか……
教育職から退いて私も特に王家に呼ばれませんし。
良いお話では無さそうですね」
ボクの顔色を読んだのか、急に眉間のシワが深くなった。
知らないのであれば伝えにくいが……
「元・エルフ公国の第……6王女だったかな?
ジュリカさんから聞いたんです。
メリアは今、地下牢に入れられていると」
「第7王女のジュリカ様は首都におられるのですね。
ほんの10年しか教育に携わりませんでしたが、知的で可愛らしいお方でした」
懐かしそうにぼんやりと上を見て言う。
10年を『しか』と表現するのに違和感があるけど、エルフらしい気もした。
マリベルはそのまま続ける。
「メルル様はご家族から良く思われておりませんでしたから、不遇を受けている可能性はございます。
ですが、私はただの元・教育係の1人。
王家の方々の意向に反論など、できるはずもありません」
悔しそうに唇を噛んで目を伏せた。
美味しい紅茶を一口飲んで質問を変えた。
「もしも……もしもですよ?
エルフの樹木化の呪いを解く事ができたら、メリアを助け出す事はできるでしょうか?」
「そんな事が可能なら、王家の方々は喜んで手を貸してくださるでしょう。
ただでさえ肩身が狭い昨今です。
そういった明るい話題だけでも興味をそそられるかもしれませんわね」
馬鹿馬鹿しい、と言わんばかりに軽く溜め息をついた。
実際に出来た訳でもないが、先人のコピー能力者はやってのけたのだ。
今のボクにも出来るはず。
「マリベルさんは秘密を隠し通すのが得意かと思われます。
ボクの秘密をお話しして、誰にも言わないと誓えますか?」
「確かに、王家で長年務めて秘密の1コや100コは抱えておりますわ。
このまま樹木化まで、誰にも言わずに終えるでしょう。
そこに1つ秘密が増えた所で何という事はありません」
念の為、と言って呪文を唱え始めた。
「我が秘密、相手の秘密、壁の耳にもドアの目にも触れさせはしない。
サイレント・カーテン! 」
両手を前から横にふわっと広げると白いカーテンが現れてゆらめいた。
綺麗なものだなー。
「これで誰にも聞かれる事はありませんわ。
どうぞ、何でもおっしゃって下さい」
「マリベルさんの寿命は、残り2ヶ月ですね?」
小手調べのつもりでギフトを見たまま言ったのだが、マリベルはテーブルに勢いよく両手を叩きつけた。




