191.皇帝の戦い
闘技場の観覧席までは、ほとんど一本道だった。
真っ赤な絨毯が敷かれ、窓からは円形の観客席に人が大勢座っているのが見える。
開催までまだ30分ほど時間がある。
かなり人気があるというのを実感した。
大きな椅子に座るように促され、サイドテーブルに水晶で作られたような美しいコップが置かれた。
10年前の木製のビールジョッキが懐かしく思える。
「何をお飲みになりますか?
冷蔵庫の中にはビールにワイン、果物のジュースもございますよ」
そう言って開かれた白い冷蔵庫らしき物体は、大きさの割に内容量が少ない気がする。
まだ試行錯誤の段階なのだろうか。
マモと言う知らない名前のジュースを頼んだ。
……モモのジュースだ。
リリが数枚の紙を手渡してきた。
「こちらが対戦表と16名の選手の登録内容です。
今回は優勝候補が3名おりますので、皇帝様も楽しみにしてらっしゃいました」
3名の登録内容を見たが、全員知らない人だった。
長槍を使う大鬼人男性のサビマン
長剣と盾を使う人間男性のワッサン
魔砲と短剣を使う人間女性のキッス
全員年齢が25前後なので、10年前の事を考えれば知らないのも当然か。
三者三様の得意武器というのもあり、どうなるか期待するのも分かる。
オペラグラスのような上品なデザインの双眼鏡を手渡された。
2~300mくらい先に豪華な観覧席が見える。
パフェッタやメイドが最終チェックをしているかのように見える。
キッチリしてるなー。
やがて雷冴が到着し、開会宣言して大きな歓声が上がった。
第一試合からして無残な死人が出ている。
それに沸き立っている様子なので普通の事なのだろうが……
どうにも人型同士の殺し合いは直視しにくい。
「顔色が優れませんよ?
こんなに楽しい催し物だというのに、おかわいそう」
ウィスが上目遣いで覗き込んできた。
ボクは全然楽しくないとは言いにくい雰囲気だ。
ロロもガレナも楽しそうに拳を握りしめて観戦している。
精霊を呼び出して2対1で戦う人だけは自分の事のようで少し面白かった。
1回戦は勝ったものの、2回戦でキッスと対戦し銃撃戦の後に頭を貫かれていた。
……伯爵御前試合でヘッドショットが有りだったら、あぁなっていたかもしれないと寒気がした。
昼休憩を挟んで15時まで続いた武道会は、長槍使いのサビマンが大鬼人とは思えない身軽さを発揮してキッスに勝利した。
観客は全員立って祝福の拍手を送っている。
景品授与の後に副皇帝の紹介がありますから、下に降りましょうとリリに促された。
部屋を出て重要職専用の出入り口まで案内された。
一足早く別の入り口から金貨袋を持ったパフェッタと武装した雷冴が闘技場内に入ると、一斉に静まり返る。
サビマンは5m位の距離から一瞬にして雷冴に近づいて不意打ちの一閃を放った。
観客から大きな悲鳴や歓声が響き渡る。
……雷冴は槍を掴んで嬉しそうな表情をしていた。
「久しく現れなかった挑戦者が、まさか不意打ちしてくるとはな。
中々観客を沸かせてくれたようで嬉しいぜ」
「なぜこの奥義が破られたのかっ……!
試合ではカケラも見せてはいないはず!!」
大鬼人が押しても引いてもビクともしないなんて、雷冴のステータスはどうなってるんだ?!
これがLv99のチカラだとでも言うのか。
雷冴はサビマンを槍ごと押し飛ばし、左手で指をパチンと鳴らした。
高さ2mくらいのグリフォンが現れる。
「素早さ自慢をしたいなら、コイツ相手で十分だろう」
自慢気に言った瞬間、大きな槍を投げてグリフォンは壁に張り付けになった。
先程までの試合中と違ってサビマンの表情は怒りに満ちている。
魔石をかざすと、槍が手元に戻った。
「その様な雑魚に用はない!!
貴様に虐げられている人々開放の大義の為だ!
みんな降りて来い!!」
観客席から杖を持った小さな女性エルフと、忍者のような黒装束の人間男性が飛び降りてきた。
続いて大弓を持った男性大鬼人と、大鬼人と見間違えるような巨大な人間が棍棒を持って大きな物音と共に降り立った。
サビマンは槍を雷冴に向けて大声で叫ぶ。
「例え今は卑怯と言われようとも、この機会を逃す手はない!!
その命、頂戴する!!」
「不意打ちに加えて仲間まで呼んだか。
おもしれーじゃねーか!
こういうのが無くちゃいけねーよなぁ!!」
雷冴はパフェッタに下がれと手で合図すると同時に右手と左手で1つずつ指を鳴らした。
瞬時に現れた4~5mの赤いドラゴンが、火のブレスを吐いて目の前は煙で見えなくなってしまう。
その煙幕に気を取られていると、黒装束の人間が雷冴の後ろを捉えていた。
「皇帝の命、このシャルが頂いた」
言葉と同時に首を半分以上も切り裂いて、大量の血飛沫が飛んだ。
……だが、それはほんの一瞬だけだった。
傷は消え去り、空から首に傷のついた青いドラゴンが降ってきた。
その尻尾を叩きつけられてシャルと名乗った忍者は押し潰されてしまう。
高笑いした雷冴が余裕たっぷりに叫ぶ。
「おいおい、たかが子供のドラゴン2匹に苦戦か?
反乱軍なんだろうが、弱すぎて欠伸が出るぜ!」
「その傲慢さが命取りになるのだ、つまらぬ男よ」
押し潰されたはずのシャルが、背中から雷冴の心臓を剣で貫いていた。
それでも軽く血を吐いた程度で左手で反撃された拳でシャルの頭は飛び散る。
「傲慢だと?
これは余裕っつーんだ、まだわかんねーのか?
俺様はお前らゴミクズが100や200いても負ける要素なんざねぇ!」
重症そうな赤と青のドラゴンを左手の指パッチンで消し去ると、両腰にぶら下げた剣を2本抜いた。
真っ赤な刀身に黄緑色の光がまとわりついている。
ミスリルとは違う金属のようだ。
「お前らはドラゴンさえ倒せれば良いと勘違いしているようだが……
それを使役している俺様が、ドラゴンより弱い訳がねーだろうがっ!」
いくつもの刃が雷冴の体を貫いても、何度も首を切り裂いても、瞬く間に傷は閉じる。
反乱軍はヒーラーのエルフを真っ先に潰され、捨て身覚悟の必死の形相だったが無力に終わった。
ゴリ押しを体現した雷冴にしかできない戦い方で、反乱は5人の死体を残して幕を閉じた。




