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184.当然の権利


 フェローナは1~2分で小屋から出てきた。

 まだ信じられない様子で後ろを何度も確認している。


 「さすがは大精霊様じゃな!

  それにルティスの笑顔を戻してくれて礼を言う。

  少々話し込みたいので妾の部屋で、2人きりで夕食にしよう。

  他人には言えない話が多いのであろう?」


 ルティスがそう進言してくれたのかもしれない。

 何かと配慮が行き届いていて本当にありがたい。

 提案に乗ってフェローナの部屋で食事をしながら話をした。


 「病魔を消し去ったのは服部殿の魔法だったのか!

  高名なエルフを呼んだが対処法がわからないと言われていたのだ……

  本当に、貴殿にはいつも驚かされてばかりだ」


 前にも誰かに言われた気がする。

 エルフに不可能な事をしたなら確かに驚くか……

 言い忘れておったが、とそのまま続けた。


 「皇帝様のご指名で、服部殿を元ファッシーナにある帝国城までお連れしなければならない。

  なんでも急ぎの用事なのだそうだ。

  明日には発つぞ」


 なんで指名されたんだ……?

 Aランカーだった頃の記録でも見られたんだろうか。

 地雷蜂の女王をまた獲ってこい! とかだと困るな……

 拒否権は無さそうなので了承した。


 「そういえば、プレダールと話がしたいんです。

  どこの部屋にいますか?」


 「彼女なら先日ここを発ったぞ?

  今では出世して上級文官筆頭の地位におるからな。

  暇がないにも関わらず、貴殿が見つかった事を告げると即座に駆けつけてくださったのだ」


 偉くなったのに、わざわざ殴る為だけに来たのか……

 あの幼女が何を考えているのかサッパリわからん。


 「何か言伝ことづてとかありませんか?」


 「あぁ、そうであったな。

 『金貨2000枚払える時になったら呼んでください』

  と申しておった。

  服部殿の発掘作業は、当初の我が家の財政では費用が賄えなくてな。

  それでプレダール殿は、ほうぼう金策に駆けずり回って下さった。

  まだ返し終わっていない、と先日もボヤいておったよ」


 そんな事までしてくれたのか……

 あれだけ地位に頓着しなかったのに出世しているのも、それが関係しているのかもしれない。

 色んな人に迷惑をかけたんだな……



  『いつか必ず、笑って全員揃う時がくるはず』



 ついさっき言われたような気分の、メリアの言葉を思い出した。

 シャリアもどうしているか気がかりだ。

 バーレンは元の仲間とうまくいっているだろうか。

 レイネスはSランクになっただろうか。

 シェイナー伯爵は元気だろうか。

 自分にとっては一瞬でも、10年の月日の流れたのだ。


 またイチから旅が始まる。

 いや、金貨2000枚のマイナスからか……

 それでも、みんなとまた旅がしたい。

 そんな事を考えていたからか、少し良い夢を見た気がする。


 

 翌朝、朝食後にすぐ出かけると言われた。

 ルティスに挨拶すると、行ってらっしゃい、と昨日より元気な様子で手を振ってくれた。

 不安な心に光が差したような気がする。


 これに乗って行く、と言われて案内されたのは古風な車だった。

 小さな馬車に動力が付いたような簡素な車だが、蝶の紋章をメインにした内装は綺麗だ。

 フェローナと一緒に後ろに乗り込むと、まだ不慣れそうな運転手がぎこちなく起動した。

 ……大丈夫だろうか。


 街並も10年前と比べて段違いで、なにより地面がアスファルトだ。

 凄く違和感がある……

 フェローナに問いかけると、鼻が高い様子で説明を始めた。


 「ふふん! これはな。

  皇帝様に信頼されている三光さんこうと呼ばれる貴族にのみ使用を許されたものじゃ。

  この自動車というのもそうだ。

  と言っても、まだ帝都との直通しか無いがな」


 まだ一般に普及するほどでもないのか。

 特権階級にしか使えないと言うだけあり、専用道はスピードを出し放題!

 これは楽しそうだなー。

 三光って言うくらいだから3名いるのだろう。

 どんな人達なのか気になる。


 「三光ってどんな人達なんですか?」


 「うむ……それはな。

  コメを量産しているラオス侯爵。

  緑茶を量産しているリンティ侯爵。

  そして、醤油と魚の干物を量産している我がクレット侯爵の3名の事だ。

  服部殿のおかげで最初の侯爵に指名されたゆえ、知名度は1番高いぞ!

  カッハッハッハ!」


 くそっラオスめ……と苦い顔で言う。

 確かに重要度で言ったら米が1番だからなー。

 米の生産地はエリートのようだ。

 と言う事は日本酒とかも作っているのだろうか。


 そんな事を考えながら、ふと外を見ると寂れた村を横目に通り過ぎた。

 服装も汚らしいし10年前にはあまり見かけなかった貧困丸出しという感じである。

 昼までにそんな村がいくつか見てとれた。

 貧富の差が激しくなっているのかもしれない。


 昼食は帝都ファッシーナ直轄領に入って最初の大きな街で食べる事になった。

 何もかもが10年前と違い、そこらじゅうに黒煙を上げている工場らしき建物がある。

 アパートと思われる集合住宅が綺麗に立ち並んでいるし、急激な近代化を見て取れた。

 人々の服装も随分変化している。

 シルクハットを被っている黒いスーツっぽい服装は、ちょっと羨ましい。


 昼食は10年前と調味料が違い、美味しく感じる。

 ケチャップやドレッシングがあるのは嬉しい。

 食事のありがたみを痛感した。



 街を出ると、さらに車をカッ飛ばす。

 やっぱり馬車と違って車は早い!

 1週間くらいかかっていた道のりを1日で移動できる! と自慢気に言われた。

 急に車のクラクションが鳴り響く。


 「プップッププップーーーー! 

 

  おいゴラァ!!

  ここは三光様専用だぞ!

  はよ道をあけんかい!!」


 優しそうだった運転手が窓を手動で開けて怒鳴り散らす。

 ハンドルを握ると性格が変わるタチなのか……?


 周囲はいつの間にか森になっていて、馬車が避けられそうなスペースは見当たらない。

 荷馬車から小さな男の子がペコペコと頭を下げている。

 そこまで急がなくても、とフェローナに声をかける。


 「何を言うておるのじゃ!!

  我ら三光にのみ許された道を下民が使って良いはずがない。

  近道だからと使ったのであろうが、それでは他に示しもつかぬ。

  即座に降りて殺さぬだけ落ち着いたものじゃ」


 問答無用で殺すというのが、異世界に来る前の貴族イメージ通りでドン引きした。

 まだまだ日本の感覚が捨て切れない自分として、煽り運転はやめさせたい。

 なんて言って止めさせようかと悩んでいる間にも煽りは増長していく。

 このままでは前の馬車が事故で死にかねない。


 「フェローナ今すぐ車を止めろ!!」


 「おいエイデル、止めてくれ」


 急にかしこまった運転手がブレーキをゆっくりとかけた。

 フェローナが呆れ顔をボクに向ける。


 「結局殺すのか。

  まぁ問題ないが道を塞がぬようにな?」


 「ボクはそんな簡単に人を殺さないよ!

  日本人ってのはそういうものなんだ。

  彼らは急用があったのかもしれない。

  許してやれないのか!?」


 「……そういうもの?

  下民の急用より死より何より皇帝様や三光は優先されるのだ。

  例え伯爵だろうが子爵だろうがひれ伏す。

  当然の権利を行使して何が悪いのじゃ?」


 さも当然という表情。

 ボクは10年前の安易な協力を後悔し始めていた。

 でも、自分自身を助けてくれたのも事実……

 やりきれない思いのまま数分経過すると、馬車は無理やり森の中に突っ込んで道を開けた。

 乗っていた人達が全員地面に降りて土下座しながら震えている。


 「ほらな? これが普通の対応なのじゃ」


 すまし顔で、急げ!と運転手に伝えるとスピードをあげる。

 帝国城が遠くに見える頃には夕暮れになっていた。


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