169.地雷蜂の巨大な巣
しばらく走ってきた方角を戻ったが、途中で完全に足跡を見失ってしまった。
かなり厄介な森だ……
災厄の森と言われるのも頷ける。
常時甘い匂いがしていてボーっとするとつい舐めそうになってしまう。
常に行動していないと誘惑に負けてしまいそうだ。
周囲にいるトレントが、パクパクと蜂蜜を食べているから尚更である。
ボクは一流の冒険者に支持を仰ぐ事にした。
「こういう迷った時はどうしたらいいんでしょうか?」
「そういう時はな、こうだ!!」
固まった蜜の場所に槍を置き、倒れた方角に向かって進むと言い出した。
全然頼りにならないなこの人……
見ているトレント達も笑っている。
「信用していないのだろう?!
顔に全て出ているぞ!
だがな、私はこれまでコレを使って間違った事などない。
槍の加護を信じろ!」
レイネスについているのは風の神の加護なのだが……
深く考えないようにして従う事にした。
とにかく真っ直ぐだ! と蜜の小川を渡り、地面の裂け目があれば木を倒して橋にして進む。
いくら焦って走っていたとはいえ、両方とも記憶にないような地形だ……
ちらほらいる蜂蜜漬けのトレントが興味津々に声をかけてくる。
「そっちは危険だぞ、引き返せ」
「向こうに出口があるぞ」
「疲れただろう? 蜂蜜を舐めるといい」
「うまそうな人間だ、ここで休んでいけ」
どれもこれも胡散臭い。
どんどん不安が心を蝕んでいく。
この薄暗い怪しげな森から本当に出られるのだろうか……
時間の感覚がボヤけるくらいに歩いた頃。
遠くに開けた草原のようなものが見え始めた。
レイネスがドヤって振り向いた。
「ほらみろ!
私の槍の加護はいつでも正しいのだ!」
まだ森を抜けた訳でもないの元気になって歩く速度が早くなっている。
前向きな性格が羨ましい。
しかし、そこは学校の校庭くらいの開けた場所で周りは森だった。
広場の中央には10mほどの高さの巨大な塚がある。
通気孔となる煙突部分が5本も立っていた。
ちらほら地雷蜂が出入りしている。
「マリベル殿の授業でも、これほど大きな物の話は無かった。
これは素晴らしい発見なのではないか?!」
レイネスの目は輝いているが、大きければ良いという訳でもない。
大きいってことはそれだけ中にいる蜂が多いって事だ。
むしろ女王蜂だけその辺に飛んでいてくれるのが1番なんだけど……
「なにを弱気な顔をしている!
これだけ大きな塚を作れるということは、強い女王蜂だと言う事だ。
もしかしたら複数いるかもしれん。
それはそれで有利ではないか!」
「そりゃそうですけど……
こっちは増やして水の精霊1名とボクらで3名です。
あまりに不利じゃないですか!」
「雑魚のEランカー100人いれば貴殿は満足なのか?!
こういうのはな、やってみりゃどうにかなるもんだ!
まず巣から離れた場所にある地面の通気孔を探そう」
会話すればするほど、意外と脳筋タイプなのだと知る。
冒険ギルドで冷静に注意してくれた人と同一人物とは思えない。
潜入したくて仕方ない様子で、盛り上がった土が目印になるという通気孔を探し始めた。
しかし、今は唯一頼れる仲間だ。
下手に喧嘩するのは得策ではない……
ボクもレイネスも遠距離攻撃ができる。
ヒーラーよりは攻撃手段を増やしたいと思った。
手足が弾け飛ぶリスクより、潜入後に3方向以上の敵を相手する方が危険だ。
海淵の爺さんを呼び出すと、しばらくゴッホゴッホと咳き込んで口の前で手を振った。
「随分と甘臭い所に呼び出されたものだな。
地雷蜂の巣か、いつぞやの契約者と蜜を取りに行ったのぅ……」
感慨深い様子でヒゲをいじっている。
自分の体をキョロキョロと見て、ホッ! と言ったかと思うと一回り小さくなった。
さすが精霊……なんでもアリか。
「小さくならんと通路に入りきらんからのぅ。
威厳が大きすぎるというのも困りものじゃ、ホッホッホ!」
適当に褒めて相槌を打っていると、レイネスが心配そうに声をかけてきた。
「なんだこのイカレた雰囲気の老爺は……
私が全力をぶつけても倒せる気が微塵もしないぞ?!
貴殿はどれだけ余力を残して私達を倒したのだ!」
「この海淵の帝王様が1番強いので、これ以上残してませんよ……
気さくな良い精霊です。
少し威厳が溢れ出過ぎですけどね」
「そちらのお嬢さんも、普通の人間と比べると良い賦質を持っておる。
服部君と比べるとかなり見劣りするがな。ホッホ!」
不満げなレイネスを先頭、ボクが中央、海淵の爺さんを背後に配置。
縦1列で地下の通気孔に潜り込んだ。
少しヒンヤリとした空気が流れている気がする。
ライトの光球を10mほど前にしたので足場は基本的に見えない。
来た道を忘れないよう、所々に小さなライトを壁に貼り付けて進む。
後ろでフンッ! と声が聞こえた。
1匹倒したようだが、蚊を潰した程度の雰囲気だ。
後ろが安全なのは頼りになる。
三叉路に突き当たり、どちらに進むか悩むまでもなくレイネスは槍を置いて倒れる方角に決めた。
下に降りていくので合っているようだ。
見落としていた右側の細い通路から蜂が一匹出てきてカチカチと顎を鳴らしている。
羽を小刻みに動かして変な音を出し始めた。
レイネスが急に青くなって声をあげる。
「まずい、警戒音を出された!!
大勢襲ってくるぞ、構えろ!!」
地雷蜂は通路の天井や壁を這って一度に3~4匹ずつ襲ってきた!
レイネスが真剣な物言いで槍を構え始めた。
「頭数だけの雑兵など私の雷の前には木偶も同然!
霹靂式槍術 破ノ型 伍番 雷怒雨突き!」
何度か槍で突いたかと思うが、ピカピカ光って何にも見えない。
サングラスとか欲しいな……
コロコロと足元をナニかが転がっている。
蜂のようだが……?
振り向くと海淵の爺さんは暇そうな顔で死んだ蜂を引っこ抜く。
槍を地面に刺し、両手でホッハッ! など言いながら一匹ずつ小さく圧縮している。
蜂の死体と水の壁を使って通路を塞ぎながら対処してくれているようだ。
器用だなー。
レイネスのマナの残りが半分以下になったのを見て、交代するよう声をかけた。
「私はまだまだやれるぞ?
貴殿は休んでいろ、私が全て倒し終わるまでな!」
「どれだけの数がいるかわかりません。
マナポで回復してください!
もしかしたらその辺の通路に穴が空く事もありえます。
ここは敵の本拠地なんですよ!」
怒って言うと、仕方ない……と代わってくれた。
かなり死体が山積みになっていて蜂が四苦八苦しながら後方に片付けている。
ならば、全ての死体を押し流してみよう!
雨が降っても問題ないのだろうし、マナの水は比較的すぐに消える事を知っている。
「我が内の偉大なる水よ 全ての雑兵を押し流せ!
激流突き!! 」
旅の途中で見かけた流れの速い川をイメージして突き出す。
蛇口を最大まで捻ったかのように勢い良く水が飛び出して蜂を押し流した。
……だが、それによって脇道から蜂の増援がわんさか出て来た。
どうしようこれ!!!




