153.水と氷
伯爵のロイリア入国許可証と冒険者タグを見せると厳重な国境警備兵は門を通してくれた。
ほとんど国境を渡ろうという人はおらず、すぐ通れたのは幸いだ。
地平線まで続いている長く高い外壁は、その他の国と隔離されている様に感じられる。
ロイリア合衆国に入って1番に目に飛び込んできたのは、短い草木が混じる荒れた岩石砂漠だった。
門を一つ通るだけでここまで環境が変わるのか、と驚く。
赤茶けた岩肌がどこまでも続き、日を遮るものが見当たらない。
早く次の街まで着かないとみんなダウンしてしまいそうだ。
そういう事を見越してか、簡易な露店や宿屋がいくつも立ち並んでいる。
ボッタクリ値の水樽、日よけの帽子や服。
何も知らずに入ってくる人ばかりなのだろう。
「おにぃさん、珍しいねこんな時期に初顔なんて。
安くしてあげるから買って行きなよ。
次の街まで2日はかかるぜ?」
「おじさーん、これ頑張って編んだんだよ。
買ってっておくれよー!」
何人も馬車を取り囲んでモノを売りつけようとしてくる。
メリアに目配せして追い払ってもらった。
エルフの権威が強いのは変わっていないらしい。
存在自体がありがたい。
この小さな町に滞在したら金がいくらあっても足りそうにない。
足早に出発した。
だが、いつまでたっても日除けが無くシャリアもバテてきている様子だ。
足取りが重く、ハァハァと息が荒くなっている。
岩陰で全員休憩するが、暑い暑いと口々に言う。
着ている水鎧も蒸発してしまっているのかいつもよりかなり薄くなっていた。
ここはリーダーとしての威厳を示す時!
「我は深海の姫と契約せし者!
黒き芳香な水を求めるなら、我らに一時の冷たい真水を与えよ!
先着3名、早いもの勝ちだぞ!!」
3人の水の精霊が岩陰から現れ、気だるそうに冷たい水を両手から流してくれた。
全員飛びついて体にかけている。
ボクも水鎧に含ませて補充した。
今までで1番水の精霊がありがたく感じる。
「噂のバケツ殿は精霊使いが荒い。
このような水気の無い場所に来いとは……」
「そうは言うても、来たのは我らだからのぅ……
噂の黒き水を頂けるのであれば嬉しい限りじゃ」
「そうじゃそうじゃ、何であろうと来た方が悪い。
妾はバケツ殿と知り合いであるし当然といえば当然だが……」
1人は最初に見た水面の女王だった。
他は見覚えが無いが、マナポの小瓶に半分ずつ醤油をチラつかせると、チョロチョロと少なくなっていた水が大量に出てきた。
精霊って本当に気分屋なんだな。
馬のシャリアが1番辛そうなので、危険がない程度に体を冷やしてもらった。
嬉しそうに顔をこすりつけてくる。
もう少しだけ頑張っておくれ、君だけが頼りだ。
それぞれの精霊に礼を言って小瓶を渡す。
太陽に透かしてみたりして物珍しいようだ。
「では、我らはこれにて失礼するぞ」
「さすがに辛いでな……」
「またどこかで……バケツ殿」
最初から最後までバケツ呼びか。
あいつらボクの名前覚えてないんじゃないのか?!
まぁいいけどさ……
「いやー、大将って本当に頼りになるぜ!
生き返った!」
ゲンキンな態度のバーレンが1番嬉しそうだ。
他は布に水を浸したりして頭や腕を拭いている。
「そう長居もしていられない。
ボクらより辛いのはシャリアなんだ。
早く乗り込め!」
もうちょっと良いではないか! とメリアやレイネスが愚痴る。
気持ちはとてもわかるけど、シャリアがダウンしたら全員砂漠で立ち往生だ。
そこを強調して乗り込んでもらった。
最後に一拭きシャリアの顔を撫でる。
頷くように頭を軽く上下させたので大丈夫そうだ。
馬車に乗り込むと、メリアがマナポの小瓶を投げてよこした。
「精霊を3体も呼び出したのだ、飲んで補充しておけ。
マナポの過剰摂取も回復酔いと同じ症状になる故、飲みすぎるなよ?」
あんまりマナゲージ減ってないんだけどな……
気遣いはありがたいので飲んでおいた。
さっさと街まで着きたい気持ちが人一倍強いシャリアは、いつもより駆け足で馬車を引いた。
おかげでどうにか日暮れ前に着くことができた。
何物にも目をくれず、高そうな宿を探して部屋を頼む。
シャリアをすぐさま人型に戻して担いだ。
かなりバテている様子だ。
「おや? こんな時間に着く客は珍しい。
1番良い部屋は7人で金貨10枚だが、どうするね?」
何であろうと1番高い部屋でゆっくり休みたい。
黙って金貨10枚出すと驚いていた。
「冗談混じりにふっかけたつもりだったんだ、すまないね。
さぞ砂漠が辛かったんだろう。
金貨7枚で2部屋7名様ご案内だ!
お荷物を持ってさしあげな!!」
大勢のボーイが荷物を持ってくれて先導してくれる。
とりあえず冷たい水をくれ! と言うと氷の入ったピッチャーが3つすぐに置かれた。
氷なんてあるのか!
ここは天国かもしれない!!!
お風呂に水を張ると、ほど良く冷たい。
辛そうなシャリアを足だけ入れると、もっと!暑い!!! と気力が戻ったようだ。
レイネスが心配そうに風呂場を覗き込んできた。
「本当に良いのか?
このような高い宿に泊まって金を払わずとも……」
「1番安い部屋に泊まりたいなら、それでも良いですよ。
ボクは嫌です。
ぬるい水と砂だらけの部屋なんてまっぴらです!」
「それはそうなのだがな……」
何か気まずい様子だった。
確かに高い宿かもしれないが、払える範囲内である。
「自分が嫌なら他人にもするな。
これはボクの田舎の言葉なんです。
大事な仲間に、辛い目に合って欲しくありません。
気にせずくつろいで下さい」
ルティスが後ろからレイネスの肩を叩き、いくつか会話して部屋まで連れて行った。
気配りができる人がいると助かる。
「はるきー! 水がぬるい!!」
「はいはい、ボクが悪かった。
ちょっと良い物を持ってこようか」
氷の入ったピッチャーを軽くシャリアにかけるとキャー! と楽しそうに笑う。
氷を珍しそうに触り、とりあえず口に入れてカジっている。
これ美味しいね! という細めた目の笑顔を見て、ボクもひとカジリした。




