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148.それぞれの傷


 時折咳き込んで3人前目を食べていた少年が、食べ終わって落ち着いたので話を聞いた。

 よほどお腹が空いていたのだろう。


 「あの、依頼を受けてくださってありがとうございます。

  僕の名前はローレンス=カジミールです。

  昆虫博士の父がほら吹き呼ばわりされて寝込んでしまったのです。

  そのうち元気になるだろうと思っていたものの、半年以上寝込んで弱っていく一方で……」


 「カジミール博士って、読んだ昆虫記の作者ですよ服部さん!」


 記憶を呼び出したばかりだからか、アホ面をしないでも受け答えできている。

 アレがあるから良いんだけどなー。


 「父の本を読まれたのですね、ありがとうございます。

  蜂や糞虫ふんちゅうに熱中する事が多く、あまり世間には受け入れられていませんけど……

  でも、一部のファンの方々から未だに応援の手紙を頂くくらいなのです。

  そんな父の無念を晴らしてやりたいんです」


 「少年、と言うことは地雷蜂のロイヤルハニーは必要ではないのか?」


 レイネスが興味深そうに問いかけた。

 その分前わけまえが欲しくて来たのかもしれない。


 「体の弱った父に少しは栄養のあるモノをあげたいので、少量は欲しい……ですけどね。

  でも、生態研究で地雷蜂の行動パターンが解明できそうだ、と2年前の父は喜んでいました。

  その発表が嘘偽りでペテンだと烙印を押された事を覆したいだけで、ロイヤルハニー目的ではないんです」


 「それならその後の……」


 「レイネスさん、この依頼はボクが受けたものです。

  やっぱり次の街で降ろした方が良いかもしれないね、プレダール」


 「そうですね、自分が1番! と他人のPTにいても思われては困りますし。

  いっそここで、前と違ってメリアさんのバフを貰って全力で叩き潰した方が良いかも……」


 「アレで全力ではなかったのか?!!

  てっきりエルフの補助込みだと思い込んで自分を奮い立たせたというのに……」


 真っ青になったレイネスは、深く両膝を抱え込んだ体育座りのようにして塞ぎ込んでしまった。

 ……黙ってくれたし良いか!


 「ではローレンス君、捕獲して父上に飲ませる分以外のロイヤルハニーの権利や、その後のロイヤルハニーの権利はボクらが貰って良いかい?」


 「それはもう、全然構いません!

  僕は父が元気になって、前通りに働いてくれれば良いんです。

  それで、報酬の金貨100枚なんですけど……」


 「それは分割払いなんだろう? 全然問題ないよ。

 むしろ、ロイヤルハニーが生産できたらお金を払う事になりそうだ。

  ……全部うまくいけば、だけどね」


 「お主は欲が無さすぎるぞ?!

  なぜそこで金を払う必要が出てくるのだ!」


 「ボクだったらお金貰わなかったら絶対嫌です。

  蜂が死んだら楽になるからと殺すかもしれません」


 どっちの意見も分かるだけに何も言えない、と他3名は頷いていた。

 シャリアはちんぷんかんぷん! と顔に出ている。

 頭がショートする前に少しずつで良いよ、と頭を撫でた。

 教育は難しいな……学校にでも放り込みたい。


 「では、それで契約成立だ。

  ローレンス君の家まで送るよ。

  どこの街なんだい?」


 「それでは悪いですよ!

  僕はこんな身なりですが、アヴェローまで歩いて帰れます。

  沢山ご馳走になってありがとうございました」


 その街までどのくらいかとルティスに聞くと、次の交差点で西に2つ行った街と言う。

 ほとんど通り道じゃないか。


 「近くみたいだから送って行くよ。

  シャリア、ちょっと遠回りするけど良いかい?」


 「シャリアは良いよ。

  童貞には優しくしろって母様に言われてるもん!」


 そういう事では無いんだけどね……

 バーレンだけは真っ赤になったローレンスを見てバカ笑いしていた。

 他の女性陣からは、何か勘違いをされたみたいだ。

 可哀相な人を見る目付きでボクを見つめて納得したように頷いている。

 別にそれでいいや……


 「獲物を送り届ける事になるだろうから家が分かった方が良い。

  他に意見がある人はいるか?」


 「昆虫の専門家なら、世に出ていない新しい捕獲方法があるかもしれんぞ?」


 「他にも蜜の森を攻略する上で役に立つ情報があるかもしれません。

  絶対に行くべきですよ!」


 メリアもプレダールも冷静に考えている。

 ただの送り届ける言い訳のつもりだったのに……


 「2人共、良い意見をくれてありがとう。

  では反対する者はいないので決定だ。

  ローレンス君、道案内を頼むよ」


 ありがとうございます! と涙ながらに何度もお辞儀された。

 自分の胸につかえていた何かが、少し緩んだ気がする。


 「まだ本調子ではないのだ、また倒れては困るぞ?

  では、御者台に乗り込め。

  隣はバーレンが良かろう」


 「おっしゃ分かった!

  ボウズ、よろしくな」


 周りを見ると人通りの多い街道、とレイネスが言っていただけに人目につく。

 近くの林に隠れてシャリアに馬に戻ってもらった。

 頑張ってね、と何度も撫でる。

 耳の後ろから首にかけて撫でると気持ち良さそうに目を細めた。

 動物と会話できると思うと楽しい世界だ。


 行く準備ができても座り込んで固まったままのレイネスをプレダールに運ばせた。

 なんでワタシがここまでしないといけないんですか! と理不尽さを隠すことなく表に出していた。

 荷台に放り投げたがレイネスは固まったまま動かない。

 その辺で売り払ってもバレないかもしれん。


 

 御者台で久しぶりに会う兄弟のようにバーレンは嬉しそうに話し込んでいる。

 それぞれ抱えた古傷を胸に、馬車は走り出した。


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