146.レイネスの提案
ギルドカウンターで依頼を受けると告げた時、受付嬢はぎこちない笑顔だった。
何かマズイ事でもしただろうか……?
20年分割払いということを重々告げられ、受けて欲しくないかのような口ぶりだった。
5千万もするんだ、そういう払い方があっても良いのではなかろうか。
そういう意味ではボクの感覚は既にインフレしまくっている気がした。
まだ身悶えしているレイネスに出ていくと声をかけると、驚いてテーブルに手を叩きつけた。
「なにっ! もう私を置いて行くというのか!
人を呼び出しておいて失礼だぞ!!」
それに関しては何も言い返せない。
謝ろうとすると、ただし……と小声で言葉を続けた。
「私を1ヶ月雇ってくれるなら話は別だ。
ウチのPTは別に気にしなくて良い、割とよく個別行動をするんだ。
特別に金貨10枚と依頼報酬の山分けで手を打ってやるぞ、どうだ雇うだろう?」
あれだけ強い人を金貨10枚で雇えるなら破格だと思うし、嬉しいけど……
これ絶対プレダール目当てじゃん。
シャリアにもハマったら面倒なんだけど……うーん…………
害は無さそうだから良いのか……?
唸って考えているとレイネスが焦って早口でまくしたてる。
「そ、そんなに悩む所なのか?!
槍雷迅のレイネスを雇えるのだぞ?!
普通はこんな安売りはせん!!」
「わかりましたわかりました、では金貨10枚で1ヶ月お願いします。
宿は別々にお願いします。
ボクらのPTメンバーがAランカー様に失礼をするかもしれませんので……」
「そ、それもそうなのだがな!
私は意外と気さくなのだ、気にしなくて良い。
詳細は馬車内で行うとしよう、ほら行くぞ!」
急に馴れ馴れしく肩に手を置かれ、冒険者ギルドを後にした。
有名人は周りに応えたり大変そうだ。
何かのイメージキャラクターでも担当しているんだろうか。
美人だし広告塔としてスポンサーが付いていても不思議ではない。
馬車まで戻って不機嫌なシャリアを撫で回す。
馬の状態を撫でるのは久しぶりだ。
レイネスが早速質問を投げかけてきた。
「随分と良い馬車を使っているな、ウチ程では無いにしても……
その黒い馬はどこで手に入れたのだ?
できれば同様の品種で白い馬が欲しいのだが……」
「入手経路は秘密なので、教えられません。
あと、ボクらのPTは色々と秘密が多いので教えられない事も多いです。
決して意地悪をしている訳ではないので許してください……」
「それぞれに事情は大小あるものだ。
言えないなら詳しい詮索はしないさ。
私も言えない事は多々ある」
さすが慣れている人は聞き分けが良くて助かる。
シャリアの変身の秘密も守ってくれそうな気がする。
「PTメンバーに出かける事を伝えなくて良いんですか?」
「それならもう伝えたし問題ない。
サブリーダーのララーニャがどうにかしてくれるさ」
強いサブリーダーがいると楽で良さそうだな。
うちはプレダールとメリアの2名がそんな感じだけど、どっちかを優先する事もできないし羨ましい。
他のPTの話は参考になる。
今まで余裕があった馬車内は2名増えた事もあり、少し窮屈になった。
御者台に2名座って貰う事にする。
「そういえば、その男の子起きないね。
メリアは気付けの魔法とか無いのか?」
「お主に言われんでも、もう試した。
恐らくほとんど何も食べていないのだろう、体力が弱っておる。
昼を少し早めにして食事を与えた方が良い」
「それでは先にロイリア合衆国に向かいましょう。
戦争が始まってしまっては元も子もなくなってしまう。
ルティス、急がせてくれ」
「わっかりましたー」
南口へ向かうと言って地図を広げ始めた。
道が3本あるがと聞かれたので真ん中! と答える。
よくわからんが、真ん中の道なら後々修正もしやすいだろう。
「ロイリア中央道を使うのか?
蜜の森からは少し逸れるが、まぁいいだろう。
安全で整備された数少ない道だから混むが、他の道に比べれば良い判断と言える」
何か勝手に納得して勝手にボクを褒めているが、どうしたら良かろうか……
この世界の地図を暗記している訳でもないし、蜜の森の場所すら知らん。
(後で聞いて怒られるよりは先に聞いて怒られるようにしろ!)
常に怒っていたどこかの上司の言葉が頭をよぎった。
結局怒るからむしろ聞かなくなったが……
今は先に怒られた方が良さそうである。
「レイネスさん……その……
ボクは蜜の森の場所すら分かりませんし、捕獲方法や準備するモノすら知りません。
何かご存知でしたら教えてください」
「呆れたな……
それでよく受けたものだ。
依頼失敗料だって安くなかろうに。
プレダール殿、このリーダーで本当に大丈夫なのか?」
「いつも問題しかありませんから大丈夫です!
何かしら足りない役割があったらリーダーが何とかします。
ならなかったらオシマイですね、あはは!」
随分とぶん投げてきたな……
言ってる内容の通りにしかしてこなかっただけに、何も言い返せない。
行き当たりばったりでここまでこなせる訳もないか、とレイネスは勝手に納得した様子だった。
不安を煽りたい訳でもないので黙っておく事にする。
「蜜の森は、ここから南東のロイリアとエルフ直轄領の境目にある。
ロイリアの首都は南西だから結構遠ざかる事になるな。
蜜の森周辺には多くの花畑もあり素晴らしい所なのだが、地雷蜂以外にも多くのモンスターがいると聞いている。
それ故に森の中の詳細な地図を持っている者は少ない。
森そのものが生き物のように地形を変えるという話。
まだ知られていない特殊な生物が地形をいじくり回しているという話。
色々あってどれが本当かはわからん。
ま、ロイリアに行けば少しはわかるだろうさ」
レイネスは自信たっぷりな様子が漂っている。
このくらいドーンと構えていられたらPTメンバーはさぞ安心だろう。
実際に強いのだし、ついていって大丈夫だと思える根拠もある。
この旅でボクがレイネスから学ぶ事は多い。
彼女が加わった動機は良く分からないが、嬉しい誤算になった。




