136.喝采の中で
メリアが1つの疑問を投げかける。
それはボクも気になっていた事だった。
「そういえば、バーレンは先程の女性と何を話していたのだ?
急に両手を上げたと思ったら『チェック』されておったが」
急に汗が噴き出したバーレンは、気まずそうに後頭部に右手を当てながら口を開いた。
「いえね、その……
後ろのエルフが倒れたぞ!
って言われたもんでして……
それで気を抜いてしまったという訳で……」
シャリアが顔をジーッと薄目で見る。
メガネをしてない視力が悪い人みたいだ。
「嘘ついてるよ!!
ヤれる、とかなんとか心の中で言ってる!
まだ全部はわかんないけど……」
急に疲れた様子でシャリアは座り込んでしまった。
抱えて椅子に座り、頭を撫でながらバーレンに向き直る。
なんとなく分かった。
「見逃してくれたらヤラせてあげる、とか1晩付き合うとか言われたのかもしれない。
相手の女性がしたたかだった、とも言える」
「だ、だろう?!
さっすが大将! 男前だね!
許してくれるとは話しが分かる!!」
「誰が許すと言いました!
ルティスが昏倒から復帰していなければ、そのミスで負けてたんですよ?
何か罰が必要ですね」
悩んでいるとルティスが前に出てきて口を開く。
普段あまり積極的に喋らないのに珍しい。
「アタシは、前にメリアさんから
『一応、過剰回復昏倒に気をつけろ。
すぐに素手で剣を握りしめられるようにしておけ。
昏倒を一瞬でも耐えて己を傷つければ回復マナは……』
……あと何でしたっけ?」
「回復用のマナは傷を修復するのを優先する。
そちらに使われれば当然マナ酔いは軽減されるのだ。
着弾から約2秒の間に己を十分に傷つけられるかどうか、が勝負所なのだがな。
実行できるとは、やるではないかルティス」
珍しくメリアが褒めている。
確かに、急に意識が朦朧とする中でその決断を即座に下すのは難しい。
聞いていても対処できるかどうかは別だ。
「それに、ルティスは『チェック』を3回も入れてたしな。
これは特別報酬を出さないといけないね」
その言葉に目をキラつかせて抱きついてきた。
「じゃあ、アタシと一晩一緒に寝て下さい!
耐えればきっと御主人様なら我儘を聞いてくれるとメリアさんも言ってました!!」
……完全に読まれているな。
その報酬を認めるかどうかは、また別の話だと思うんだけど。
大勢の前でヤりましょう! って言われて即答できん。
「わかった、考えておくよ……
要求を全部飲むとは言ってないが、何かしらは与えないといけない。
だが、今後に響く要求は受けられないと思ってくれ」
「大丈夫です!
一緒に寝るだけ、寝るだけですから。
うふふ……楽しみだなー」
急に乙女チックな表情になってポーっとしている。
絶対違うと思うんだけど……
それにしてもプレダールの表情が全然戻らない。
完全に脳みそスポンジになってるぞ……
目と口が半開きでヨダレがポタポタと垂れている。
「なぁ、メリア。
このずーっとボケた表情をしているプレダールは治せないのか?」
「大鬼人を治療する、という経験が全く無いからのぅ……
いくら長生きが多いエルフとは言え、その経験がある者は少ないじゃろう。
ましてマナ酔いの症状を軽減する法は試した後だろうし……」
試しにチビ! と言うとピクリと反応した。
幼女! と言っても反応するが、チビの方が強く反応する。
ちょっと楽しくなってきたぞ!
全員で遊び半分で色々言って試す。
肉関連の言葉を言うとヨダレが10倍増しになる!
逆に野菜関連の言葉を言うとピタリと止まる。
頭を撫でるとサッと手を払いのけるのは笑ってしまった。
本能レベルで刷り込まれているのか。
「バーレン、プレダールを治せたらさっきの失態を帳消しにしても良いよ」
「本当ですかい?!
そんなの楽勝っすよ。
こういうのはね、ぶっ叩けば治るんです!」
昔の家電製品じゃないんだから……
一発頭に拳をゴツンとすると目がカッと開いた。
「チビになったらどうしてくれるんですかーーーっ!!
あれっ?
お肉の楽園はどこに行ったんですか……?
お腹が空きました……」
ぐぅーと腹を鳴らしながら腹部を抑えてションボリしている。
後で一杯肉を食べさせてあげないと。
レイネスを制する事ができたのは大手柄だ。
後ろで声を殺して笑っているのが聞こえる。
振り返ると執事のカービスが顔を赤くして笑いを堪えていた。
「……ノックもまともにできないのか?」
「いえ、何度もしたのです!
皆様一生懸命に何かしてらっしゃったので見入ってしまって……
そうです!
表彰式が始まりますので、早く扉から中に入ってください!」
入るとシェイナー伯含め全員待っていた。
全員整列し、中央だけスペースが空いていて誘導される。
大きな拍手で迎えられた。
表彰された経験が無いので戦うより緊張する……
シェイナー伯が咳払いをすると、会場は静寂に包まれた。
「此度の戦い、見事であった。
優勝の賞金として金貨1000枚と、ミスリルの剣と盾を与える。
これからも努力を惜しまず高みを目指して欲しい」
また会場全体から惜しみない拍手が降り注ぐ。
ついついお辞儀をしたくなるが、手を上げて応えるように、とカービスから耳打ちされた。
執事のケルガーから賞品を受け取った。
思っていたより重い。
それから2位のレイネスが表彰され、観衆に美しい笑顔で応えている。
悔しいのだろうが、そんな様子をほとんど見せない。
「では次に、最優秀賞を発表する。
誰もが敵うまいと思われた槍雷迅のレイネス殿と互角以上に戦い、素手でひれ伏させたプレダール殿!」
さっきより大きな割れんばかりの拍手が舞い上がる。
観衆としては1番意外で面白かったのだろうというのが伝わってくる。
「双剣を使っていらしたので、ミスリルの双剣をお渡しする。
以後も研鑽に努めて欲しい」
プレダールは照れた様子で双剣を受け取っていた。
帰ってくると、剣じゃなくて大きいお肉がよかった、と呟いていた……
まだ寝ボケているのかもしれない。
「では、優秀賞を3名発表する。
ルティス殿、アンターク殿、レイネス殿」
後ろでルティスがエェーッ! と声を上げる。
なんでアタシが1番最初なの……と肩をすぼませ怯えながら前に出ていく。
「ルティス殿は全試合中、最多のチェック回数を記録している。
それに、決勝戦では戦場に配置された罠を利用して敵を追い込むなど、技術面の他に大局観においても優秀であった。
兵士達も学ぶ所が多かったと思う。
金貨200枚と副賞として剣魔の砥石を授与する」
なるほど、色々見ているんだなー。
勝った負けたではなく内容となれば、ボクはそこまで貢献していない。
仲間が褒められるのはリーダーとして嬉しかった。
アンタークとレイネスも同じ物を受け取り、慣れた様子で観衆に対応していた。
いつかボクも、あんな風に表彰される事に慣れるのだろうか。
羨望と夢を込めた視線の先に自分が立つのは、まだ想像がつかない。




