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117.ムローザとターシャ


 ボクが見惚れていると、スコープを覗いて助言していた人がこちらに気づいて近づいてきた。

 不貞腐れた表情で大きな溜息を吐き、喋り始めた。


 「黙って見ているだけじゃなくて自分でもやるんだろう?

  そのデカい魔砲は飾りなのかい?」


 茜色の髪をおかっぱの様にした髪型は、ふわっとしていて夕日が沈む海のような印象を受ける。

 キツい目付きだが、敵意は無いみたいだ。


 見様見真似で射撃ポーズを取る。

 10mと書かれた1番近い的に狙いを定め、すり傷を回復するくらいの少量のマナを込める。

 キュゥン……カチッと音が聞こえる。

 これが装填音なのだろうか?

 とりあえずトリガーを引いてみると、銀玉鉄砲のような小さな玉が5mくらいで放物線を描いて落ちた。


 横で見ていた仲間達もプッと噴き出している。

 こちらを凝視していたらしい、近くの女性2人は爆笑していた。


 「随分身の丈に合わない魔砲だと思って見ていたら、なんの事はない!

  野郎が自分を大きく見せようとしているだけの飾りかい。

  見てる時間が損しただけだったわ。ヒーッヒッヒ」


 嫌味たっぷりの表情だ。

 ボクは気にせず、少しずつマナを多く込めて狙いを定めていく。

 火薬の銃器と違って自分で出力と属性を調整できる利点がある分、不慣れでは即戦力にならないみたいだ。

 下手にマナを込めすぎると魔石が暴発する、と前回メリアに言われた事もありどうしても恐る恐る込めてしまう。


 20発も打ったくらいだろうか。

 先程のスコープを覗いていた人ではなく、射撃をしていた人が口を開いた。

 真っ赤な長い髪を5~6本の前髪の束だけ残して全て後ろで纏めている。

 ピッタリとした服装から大きな胸が主張していた。


 「なぁ……アンタさ。

  どうしてそんな少しずつマナを込めるんだい?

  初心者だってのは見ればわかる。

  だが、マナポで補給もせずに20発もぶっ放しておいて平然としてるのは変だ。

  ナンパや勧誘目的ってわけでもなさそうだし。

  確かに、私達は7日後に戦う事になるんだろう……

  でも素質があるのに教官に恵まれないヤツを見過ごせる程、私は無慈悲になれない!」


 「ターシャ!

  わざわざ敵を強くしてどうするんだい!

  冒険者としての商売敵でもあるじゃないか!」


 茜色の髪を大きく揺らしてもう1人が止めに入った。

 それでもターシャと呼ばれた赤髪の女性はキッと睨んで喋り続けた。


 「黙ってろムローザ!

  私がどれだけ不遇の扱いを受けた時間を悔やんでいるか知ってんだろ!

  同じ境遇のヤツを見過ごすなんて、私にはできねぇんだ。

  例えそれが、大嫌いな男だろうとな!」


 2人はギリギリとオデコを付けて睨み合っている。

 後ろの仲間も呆然としているが、射撃台で座って見ていたプレダールだけは溜息をついていた。

 ”また服部さんが厄介事を引き込んだ”とでも言いたそうに。


 自分のせいで他のPTの仲が悪くなるのは辛い。

 魔砲を置いて頭を下げて侘びる。


 「下手な自分の射撃を見せて申し訳ない。

  仲間割れの原因になるのでしたら退散します。

  お邪魔しました」


 持ち物を担いで帰ろうとすると、ターシャが肩を掴んで止めてきた。


 「見ろムローザ!

  そこらの自尊心の塊みてーなクズ野郎とは違う!

  悪くもねーのに頭を下げて気遣う変なヤツだが……

  仲間の女共だってビクビクしてねぇ!

  こいつは良いヤツかどうかは知らんが、悪いヤツじゃねぇ!」


 「それでも教えてやる必要なんて無いじゃないか!

  どうしてターシャはそう、お節介を焼きたがるんだ!

  クレンスの件だって……」


 「その話は出すなって約束だっただろ!!

  先に帰っててくれ!

  私はこいつに基礎だけ教えてから帰る。

  じゃーな!」


 ターシャは怒りながらムローザの背中をドンッと押して帰るよう促す。

 怒った表情で1度ボクを睨むと、足早で歩き去った。

 ターシャは両手を腰に当てて一息ついてから話し始めた。


 「騒がせて悪かったな……

  ムローザだって意外と優しいヤツなんだけどね。

  伯爵様の御前試合だってハリキリすぎてんだ。

  嫌いにならないでやってくれ」


 「嫌いになるなんて、そんな……

  素直な良い人だと思いますよ」


 お前やっぱ変なヤツだよ。

 そう言って苦笑いしながらターシャは質問してきた。


 「ところで、アンタはどのくらい素人なんだい?

  完全にズブのド素人ってわけでもなさそうなんだが……」


 「いえ、完全にズブズブのド素人です。

  魔砲や魔石の性能からしてよくわかってませんから」


 仲間もターシャも、うっそだろ! と笑う。

 よくわかんないけどマナを込めたら弾になって、トリガーを引いたら弾が飛んでくのだ。

 現実世界の銃器と違うのは薬莢やっきょうを排出しない事だが、それにも違和感を感じる。

 呆れて物も言えない様子でターシャは口を開いた。


 「それで納得したよ、アンタがおっかなびっくり打ってたわけがな。

  マナを込め過ぎたら魔石がすぐ爆発するとでも思っているんだろう?」


 違うの?!

 メリアを見るが、自分は悪くない! と驚いた顔でそっぽ向いた。


 「エルフのお嬢ちゃんに、そう教わったのかい?

  完全に間違ってるわけでもないのさ。

  しっかりした製品の魔砲ならアース機能があるからね。

  一定以上マナを込めたら大気に放出されるんだ。

  エルフのお嬢ちゃんが言ったのは、恐らく大手工房の既製品じゃない場合だろう。

  責めるのはお門違いってもんだよ、ド素人のリーダーさん」


 「はい、ド素人なのに他人を責めてすいませんでした。

  ボクが全部悪かったです。

  仲間に迷惑かけない為にも0から教えてください、お願いします」


 ついつい癖で頭を下げてしまう。

 ターシャは一歩引いたようにして驚いたようだ。


 「おいおい……

  オタクらのリーダーは随分と頭が低いけど、本当に大丈夫なのかい?」


 「頭は低いですけど、性能は良いですよ。

  ワタシとメリアさんが同じPTにいるのが良い証拠です」


 プレダールは使い慣れない家電製品を見るような目付きでボクを見ながら説明した。

 ターシャは納得しきれない表情で後頭部をポリポリかいている。

 周りにいるボクの仲間を再度見渡してから、また溜息をついた。


 「いやまぁ、どっからどう見ても普通じゃねーわな……

  んじゃ次の鐘までゆっくり教えっから、続きは明日にしてくれ。

  あんまり帰りがおせーとレイネスにドヤされちまうからね」


 アッハハ! と軽い調子で笑い、ボクらもつられて笑う。

 久しぶりに初対面が最悪じゃない人に出会えて嬉しかった。


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