114.精霊の常識観念
「ほら、お前達離れなさい。
話しができないじゃないか」
「今日の晴樹なんか変だぞ?
いつもとちがう!」
シャリアは率直すぎる反論をして離れてくれないが、ルティスは察して離れてくれた。
元・貴族の側仕えとして、そういう所は素直で嬉しい。
シャリアがくっついて離れないのを諦めてカービスに確認の結果を聞いた。
「ケルガー様に伺った所、
魔石の型やマナ量を確認したいので4階の城主の間まで来るように。
との事でした。
お手数ですが、よろしくお願いします」
急にかしこまった態度になっている。
ケルガーに叱られたのだろうか?
早めに魔砲の有無を確認したいので城主の間に向かう。
……シャリアがくっついたままだけど。
さっき急にいなくなったから怖かった! と駄々をこねて離れない。
考えてみれば、見た目は12、3でも中身は2歳なのだ。
甘やかしすぎない程度に甘やかすのは仕方ないか。
城主の間に到着すると、門番がシャリアを見て訝しんでいる。
確かに城主に会うという雰囲気は無いよね……
危険は無さそうだと判断したのか、中に入って確認した後に通してくれた。
まるで玉座のような広間の豪華さと広さに圧倒された。
兵士も20人ほど配備されている。
シェイナー伯の隣にはケルガーと、もう1人男性エルフがいる。
漆黒の生地に美しい装飾をされた衣装だし、偉い相談役かもしれない。
ケルガーに阿修羅魔石を見せると、驚いた様子で色んな角度から見ている。
真っ赤で高そうな布に魔石を乗せ、伯爵とエルフに見せに行った。
2人共驚いて兵士を全員外に出して近くに寄れと言う。
また説明を求められるのか……
どこまで話して良いものかわからん。
口外させたくないから兵士を下げてくれたのだろうし、大丈夫だとは思うんだけど。
男性エルフが顔を真っ赤にして声を荒げた。
「この様な大きく高純度で一寸の狂いもないカッティングの魔石、どこで手に入れたのだ!
貴様のような人間には過ぎた物だぞ!」
「まぁ落ち着けデミトリ。
彼は未曾有の力を秘めた者なのだ。
もう1つ魔石があると伝え聞いているのだが、そちらも見せては貰えぬかな?」
話の出処はレンツィア商会のポルタフさんか!
伯爵証書を見せてしまったし、魔石を欲しがっていたからシェイナー伯に打診したのかもしれない。
どこで情報が漏れるかわからないし、今後気をつけなければ……
ゴーレム魔石をケルガーに渡す。
先程の物と比べると見劣りするが……と言った所で言葉を詰まらせている。
シェイナー伯とデミトリも2つの魔石を見て驚嘆しているようだ。
「この歳では簡単に驚かないつもりだが、貴殿には驚かされっぱなしだな。
高価で買い取ると言われても手放すつもりはない、と断言したそうであるし。
何がお主をそうさせるのかね?
金の成る木でも持っておるのか?」
そんな物を持っていたら依頼なんて受けたりしません!
と反論したいのは山々だが、落ち着いて話せば分かってくれる人のはず。
「両方共、偶然手に入れただけの物です。
先程の会議室でも言った通り、私のPTは自分も含めて攻撃の術や練度にまだまだ難があります。
幸い私はマナの量だけは人一倍ありますし、遠距離攻撃手段がない現状で魔砲が欲しいのです。
戦術の幅を広げる為に必要な魔石を売ってしまっては本末転倒なのです」
「偶然でこのような物が無傷で手に入るものかー!!
シェイナー伯、この者は嘘をついているであろう!」
興奮して声を一層荒げるデミトリに対し、シェイナー伯は首を横に振った。
風獣の加護の効果で嘘が見抜けるとかなのだろうか?
シャリアは怖がってボクの後ろからギュッと抱きついている。
「この者が嘘を付いた事は一切ないのだ。
狂っていると呼べるほど嘘の無い言葉しか出さない。
それ故に儂は彼を信用しているのだ。
そして、彼が敵に回る事を恐れもしている」
随分と過大評価されたものである。
腹芸ができない馬鹿! を違う表現すればあぁなるのか。
貴族の言葉遣いは参考になるなぁ。
「念の為、聞いておきたい。
この魔石にマナを込めたのは貴殿かね?」
「はい、シェイナー伯爵様。
馬車の移動日に使わないマナを込めました」
デミトリがすぐさま手を大きく振って声を張り上げた。
「馬鹿なバカな馬鹿な!!!
並ならぬエルフ2~30人分は貯蓄できるぞ!
人間如きがこれほど込めるには数十、いや百年以上はかかるはずだ!」
あれっ?
エルフ6~8人分ならマナの寵愛にマナ貯蔵庫の3倍、それを2回分で計算が合うんだけど……
どこでさらに増加しているんだ?
魔法やマナを恋い焦がれた異世界人としての『愛』がスキルに反映されているのかもしれない。
マナの総量が数字で表されないから実感がなくて困る。
「今の発言にも嘘は無いぞデミトリ。
だから儂も言ったであろう、未曾有だと。
常識は捨てた方が良い。
先程も深海の姫君と対等に会話していたのだ。
下手に刺激すると領土に危険が及びかねん」
デミトリは歯を剥き出しにしてギリギリと怒っている……
「そんな馬鹿な事があってたまるか!!
深海クラスと契約するまでエルフが何百年かかると思っている!
まして姫君となど!!
人間風情にできようはずがない!!
貴様らは幻術にでもかかったのではないか?!
そうだ、そうだとも……
俺には下等な人間の幻術なぞ効かぬ。
さあ、呼び出して見せてみろ。
フハハ、出せまい!
呼び出せるはずがないのだ!」
いつぞやの冒険者ギルド面接官のエルフも同じ思いだったのだ……
エルフが数百年かかって契約できる精霊が、普通は人間に呼び出せるはずがない。
尺度がわからないボクには今までピンと来なかったが、ようやく理解できた。
火と風の魔法スキルを持っているデミトリの魔法は未知の物だ。
両方とも誰かが使っているのを見たことがない。
精霊を呼び出さないと、最悪消し炭にされる可能性がある。
シェイナー伯はボクがまだ炎甦の首飾りを持っていると推測しているはず。
だからこそ安心して呼び寄せているのだろうし頼れない。
「わかりました、そこまでおっしゃるのであればさらに強い精霊を呼び出します。
私も慣れている方ではありませんので、抑止できる保障はありません。
温厚な方ではありますが……」
「深海の姫君よりも上位だと?!
ボロが出たなクズで下等な人間め!!
さあ呼び出してみせろ、俺は騙されんぞ!」
なんかエルフって変な人ばっかりだな……
普通にしてればイケメンなのに、顔芸してるみたいで凄い事になっている。
ご要望に答えるべく、オヴリーネを呼び出す時に使っていた羅針盤に岩塩を砕いて振りかける。
なんだその陳腐な物体は! とデミトリはボクの一挙手一投足が気に入らない様子で顔を真っ赤にしていた。
しかし、海淵の帝王と叫んだ時デミトリの表情は真っ青になった。
注釈 未曾有「未だ曾て有らず(いまだかつてあらず)」と昔訓読されたらしい。
意味は、今までに一度もなかったこと。また、非常に珍しいこと。
(ぐーぐる調べ)




