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4.地下組織リベレイター

『──彼らは今の地球ではスーツ無しには生きられないの。粘膜組織がディール粒子か、もしくは粒子が媒介するエネルギーに弱いみたい。』

 地下の一室。ここには窓もなくLED照明が1本あるだけのやや薄暗い空間だ。地下組織リベレイター、その隠れ家の一つがここだ。俺はそこで実に数か月ぶりの娘からのムービーメールを視聴していた。


『スーツが無いと数秒から数分で煙を吹きながら溶けてしまった……。だから、縮退炉があれば火星も……、ま、また何かわかったら、連絡するね』

 フィルのムービーは、やや尻切れ気味に終わった。言いながら気が付いたのだろう、火星には縮退炉が無いことに。

 娘は10年前、7歳の頃から私の元で重撃格闘を学び、今ではかなりの使い手だ。今回の"潜入"任務においては充分以上の実力を有している。だが、それで心配しないわけではない。


 50年前の感染症パンデミックの後、収束したかに見えた感染症は、その様相を変え残っていた。パンデミック当時、研修医としてその対策に当たった俺の父、つまりはフィルの祖父であるヴェスティ・ミオタイカは、今から40年前に感染症が別の形で広がっていることに気が付いた。

 いつしか"アレス"と呼ばれるようになったその感染症は、ただの病気ではなく一定の意思を持つかのように振る舞う。その正体や動きを探ろうとした者は容赦なく闇に葬られる。俺の父ヴェスティは"アレス"に対抗するため、信頼できる有志を集めて"地下組織リベレイター"を結成した。俺も30年以上リベレイターとして活動し、俺は反対したのだが、娘のフィルも2年前から参加した。

 今回の"地球帰還"は、明らかに"アレス"の意向が強く反映されている。その目的を探るため、フィルは立候補し、"帰還軍の先行調査員"として地球へと旅立った。その娘からの連絡で"アレス"の大きな弱点を発見することができた。"アレス"の目的を探れたわけではないが、彼女の任務としては大成功と言っていい。


「無茶、しないでくれよ……」

 俺の父ヴェスティも6年前、リベレイターの活動過程で死亡している。俺は記録映像でしかない娘の姿に対し独り言をつぶやく。


「ラヴィタス、娘さんからは何か良い情報が届いたかね?」

 俺の名を呼びつつ、白髪でツナギ姿の老人が問いかけてきた。リベレイターでも"博士"の愛称で呼ばれるニクス・ルシハーニだ。彼は俺の父であるヴェスティとも旧知の仲だ。


「ああ、かなり重大な情報だ」

 小型端末を渡しながら俺はそう付け加えた。

「……、なんと!」

 博士はムービーを観て、驚きの声を挙げる。

「ディール粒子とは意外じゃったのぅ、しかし……」

「ああ、火星には縮退炉が無い」

 いい澱む博士の言葉を、俺が捕捉した。縮退炉が無ければディール粒子を生成することができないし、なにより"ただのディール粒子"ではなく、"強いエネルギーを帯びたディール粒子"でなければいけないかもしれない。地球での現象を再現するならば、縮退炉は必須だ。


「今から縮退炉を組み上げて……、果たして何年かかるかのぅ……」

 地下組織活動をしておいて今更だが、火星では縮退炉の作成は犯罪だ。今以上に秘密裏な活動が必要となる……。


「とりあえずはリベレイターの幹部を招集し、この情報を──」

「縮退炉、と言ったか?」

 博士が言いかけたところに、一人の男が言葉をかぶせてくる。彼はイウス・ショーナイド、俺より10歳下で35歳の若手(?)で、元警察官という異色の経歴持ちだ。おそらくはアレス感染者であろう警察上層部の動きに疑念を抱き、そんな折に動員されたリベレイター摘発において、逆にリベレイターに勧誘されたという一風変わった男だ。


「俺、縮退炉を見たことがあるぞ……、押収品倉庫で」

「押収品……」

 俺は呟きつつ考える。確かに、縮退炉の違法制作で摘発された、という報道を聞いたことがある。なら、押収された縮退炉が警察の倉庫に在ってもおかしくはない……。


「押収品とな……、確かに噂では聞いたことはあるが……、しかしそんな大型設備はなかろう?」

 確認するように博士はイウスに問う。

「俺が見たことあるのは高さが2,3mだったかな……」

「そりゃ小型の炉じゃなぁ、そのサイズでは火星の人類生活圏全体に粒子を振りまくには足りんのぅ……、いや、あるいは……」

 イウスの言葉に、博士は腕を組み唸るように答える。が、突然何か閃いたように考え込む。

「何か手があるのか?」

「あくまでも可能性じゃ。じゃが確認のためにも"エクソダス"に行く必要があるのぅ」

 火星渡航船エクソダス。300年前に今の火星人類が地球から渡航するために使用した3隻の同型艦の1番艦だ。既に航行能力は失っているが、内部の核融合炉は生きており、都市動力として利用されている。と、同時に、大型コンピュータが搭載されているために、さまざまな技術のデータベースとしても活用されている。


「なら──」

「警察だっ!!」

 室内に飛び込んできた若手構成員の叫びに、俺の言葉は遮られた。途端、室内にいた数名の構成員が一斉に動き出す。壁に設置されていた棚を倒し、その裏にある隠し通路へのハッチを露わにし、全員がそこへと一斉に飛び込む。俺は全員が飛び込んだことを確認した後、ハッチを閉め、ロックレバーを引いて閉鎖した。これですぐには追跡できないだろう。


 地下通路は下水道に通じており、そこでメンバーは散り散りに逃げる。俺はイウスと共に、博士を護衛しつつ逃走、下水道を1kmほど移動した場所のマンホールから地上へと出た。そこは、人通りのない裏路地の一画だ。


「ふぃぃ、何度やっても息が詰まるわい」

 俺が手を貸し、マンホールから博士が這い出して来る。

「また服に匂いが付いちまうよ、まったく……」

 博士に続いて、匂いに愚痴を言いつつイウスがマンホールから出てきた。確かに最近こういう事態が多い。まだ隠れ家は残されているが、この調子で潰されて行けば組織の存続も危うい。


「やれやれ、縮退炉どころじゃなくなっちまったな」

 マンホールの蓋を直しつつ、イウスが言う。


「いや、逆にこのまま行こう……。縮退炉強奪だ」





「盗んだトラックで走り出し~、警察の押収品倉庫へカチコミだ~っと、犯罪行為のオンパレードでめまいがしそうだぜぇ~」

 都合により少々お借り(・・・)したクレーン付きトラックを運転しつつ、イウスがとても語呂の悪い歌を口ずさむ。

「地下組織に加入しといて今更じゃろ」

「心配するな、ここからまだ増える」

「わかってるけど、なんの気休めにもなってねぇっ!!」

 博士と俺の言葉に、イウスは悪態をつきつつ、目の前に見えてきた建物へ向けさらに速度を上げる。


 ドーム状に形成された火星の生活圏、その外縁部にあたる位置にその倉庫はあった。中には危険な代物もあるからだろう、広い敷地が塀で囲まれ、その中央部に数棟の"いかにも倉庫"という風情の背の高い建物が建っている。

 塀の一画、出入口らしきゲートがあり警察官2名が立ち警戒しており、さらに車止めまで設置されている。そこに向け、速度を上げていくトラックに、警察官は明らかに警戒を強める。それでも構わずイウスは速度を上げる。

「ラヴィタス!!」

 イウスの声に応え、俺は助手席から身を乗り出し左手を突き出す。背中のGバッテリーが低い唸りを立て、左手のガントレットから重力波が放出され、車止めがゴリゴリと横に押しのけられる。


「うわぁぁぁぁっ!!!」

 警察官2名が左右に飛び退き、その間をトラックが強引に突破していく。そのまま敷地内を疾走し、倉庫の正面扉もぶち破って内部へと侵入する。

「ウヒィィィッ!」

「さらに器物破損と公務執行妨害も追加だなっ! そろそろ逮捕状でトランプが出来るぜ!」

 博士の奇妙な悲鳴とイウスの自虐ジョークを背に、俺は窓から飛び降りトラックを見送る。


「抵抗するなら撃つ!!」

 破壊した倉庫の入り口に、多数の警察官が現れ、銃口をこちらに向けてくる。


 一瞬のにらみ合い……。直後、警察官の一人が銃口を少し下に向ける。俺は重力障壁を展開、脚を狙ったらしき銃弾は障壁に逸らされ飛び去る。

「早く積み込め!!」

 警察官たちの連続発砲を重力障壁で逸らしつつ、イウスたちに声をかける。

「G装備だ! G装備持ってこい!!」

 警察官たちもただ無駄弾を撃つだけではなく、Gバッテリー搭載の重力装備を持ってくるらしい。あまり時間の余裕はないな。



「博士! どれが要る!?」

「そっちの大き目を3基でよいっ……、たぶん」

「たぶんかよっ!!」

 イウスと博士がなにやら不穏なやり取りをしている。

「ぬぉ! これはGボムではないか! こいつの中には大量のグラビトンが──」

「博士、余計な物持ってくなよ!!」

 早くしてほしい……。


「っ!」

 俺の重力障壁が揺らぐ、警察官たちの背後から俺と似た装備、G装備の警察官が接近してくる。彼らが俺の障壁を中和しているようだ。

「ふぅっ!」

 呼気と共に体を躍動させ、銃撃の中を真っすぐに突き進む。相手に相殺されづらい小さな障壁を数枚生み出し、体の表面に展開。


 重撃格闘 斜偏向


 斜めの障壁表面を滑るように銃弾は通り過ぎていく。俺は銃撃の雨を物ともせず警察官たちへと一気に間合いを詰めた。

「うわぁぁぁぁぁぁっ!」

 俺の接近に慌てる警察官の一人に肉薄、頭と足、拳銃を持つ手、それぞれの末端部に少しだけ重力をかける。

「へぁ?」

 くるりと体が回転した警察官は間抜けな声を出し、直後俺の掌撃で吹っ飛んでいった。


「なっ!?」

 拳銃を構えた警察官を全てなぎ倒し、ちまちまと重力で妨害してくるG装備の警察官は、少々きつい一撃で沈黙してもらったころ……


「ラヴィタス! 行くぞ!!」

「車を出せ!!」

 イウスの叫び声に答えつつ、俺は重力を操作し周囲で伸びている警察官たちの体を両脇に除ける。と、そこをトラックが勢いよく通過していく。

 更に集まってくる警察官の増援を後目に、俺は跳躍しトラックの荷台に飛び乗る。




 振り落とされないように気を付けつつ、俺はトラックの荷台から身を乗り出し、横にへばりついた状態で助手席側の扉までやってきた。


「案外、楽勝だったな」

「生きた心地がせんかったわい……」

 イウスの呑気な声と、疲れ切った博士の声が対象的だ。俺はドアの取っ手に手をかけ──

「!?」

 視界の隅に差し込む影。何かが上からくるっ!!

「イウスっ!!」

 トラックがグンッと加速し、直後けたたましい破砕音と共にトラックの最後尾部分が破壊される。


 明らかに戦闘用らしきエグゾスーツ。その両手は多段関節状になっており、まるで鞭のようにしなっている。その特徴を隠すつもりもない、まぎれもない"感染者"だ。


「ふっ、久しぶりだな、ラヴィタス」

 エグゾスーツはトラック背後の中空に浮かんだ状態でそう言いながら、フェイスカバーを展開した。


「あ、兄貴……」

 それは長らく行方知れずだった俺の兄、ディトル・ミオタイカ、その人だった。


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