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7.レインの記憶

【オメガ%^$'m#せ&-】


 何かの声が響く。

 唐突に視界が開けた。



 いや、今意識が覚醒したという表現が正しい。



 私は立っている……。

 ここは────?



 (ラボ)



 そう、ラボだ。ラボとはなんだろう?

 右手を額に当て少し考える、と同時に自分が全裸であることに気が付いた。


 いい年の女が全裸で立ち尽くしているなど、様々な面でマズい。


 いい年? 私はいくつ?


 ───、思い出せない。


 私は、誰?



 (,%&#|$'-レイ^n)



 これは記憶喪失?

 わからない。



 (オメガ%^$'m#せ&-)



 頭に響く声。だが何を言っているのか分からない。


 ───、とりあえず着るものを探そう。

 自分でも意外なほど、全裸であることの動揺が少ない。が、やはり何か着ておく方が良いだろう。



 ここはどこかの建物の一室だろうか。窓が無いため、ここがどのくらいの高さなのか、今が何時ごろなのか、さっぱりわからない。


 室内は地震でもあったのかと思うほど乱雑な状態だ。

 あちこちの棚が倒れ、書物や書類、何か分からない部品などが床に散乱している。


 床に散乱する物の中から、白い膝丈の羽織を見つけた。



 (白衣)



 そう、白衣だ。

 全裸に白衣とは、いけないプレイみたいだ。プレイ? どういう意味?


 とりあえず全裸よりはマシなので白衣を羽織る。

 元々は扉があったところが壊れてなくなった、と思われる出入り口から廊下にでる。


 廊下は左右に伸びており、どちらにも複数の部屋があるようだ。

 先ほどの部屋と同じように、扉が壊れている場所もあれば、扉が閉まっている場所もある。


「……ん?」

 カタカタと床が微かに揺れている。

 もしかして余震? 大きな地震があって、それで私は記憶喪失?



 そんな私の思考を打ち砕く激震が響き、盛大な破壊音と激しい砂煙が巻き起こる。

 ぐらぐらと激しい揺れの中、私は頭を押さえて廊下を転がった。





 揺れと破壊音が止んだ。

 私は静かに顔を上げてみる。



 先ほどまで私が居た辺りから先、廊下が無くなっていた。

 瓦礫を払いつつ、立ち上がって外を見上げると眩しい青い空が見えた。


「今は昼間……。」


 意図せず、そんなつぶやきが漏れた。



 その眩しい空から突然に視界を埋め尽くすような巨体が舞い降りる。

 着地の衝撃で周囲の瓦礫と砂埃が再び舞い上がる。

 粉塵の影に見えたのは、


「ドラゴン……。」


 何かで見たことがある。確か西洋竜?

 首が長く四本足で、羽の生えた巨大なトカゲのような存在が目の前に着地した。


 鼻息が吹きかかるような距離。いや、実際吹きかかっている。

 全身鉄錆色の堅そうな鱗に覆われている。視線の向きは良くわからないが、多分私を睨みつけている。



 

 どうしようか。とりあえず逃げた方が良いだろうか。

 半歩ほど後ずさると、それを咎めるようにドラゴンはフンと鼻息を荒くした。ダメか。



 ドラゴンが大きく息を吸い込む。


 私は即座に飛びのいた!

 直前まで私が居た場所では巨大な顎が激しく噛みあっている。


 2度、3度、続けて飛びのく!

 たなびく白衣がドラゴンの爪や顎で削り取られていく。


 だがそれもここまで、背後は壁。もう下がれない。

 一瞬の逡巡を許されるほどの間も置かず、追撃が来る。

 白衣と共に私の胴を切り裂きながら巨大な爪が通過していく。


 ドラゴンの一撃は勢い余って壁と床も破壊した。

 切り裂かれた私は、壊れた床材と共に下へと落下していった。








「と、いうのが私の覚えていることです。」

「え、それどこの話? この近く?」

 俺は現実逃避気味にレインに確認する。その話が本当なら、俺が襲われた猿なんてその比じゃない危険物が近くに居ることになる。


「さぁ、どこでしょうか。ついでにここはどこですか?」

 だめだ、レインも分かってないらしい。


 この状況をどう解釈すべきか。俺自身のことも分からないし、レインのことも分からない。

「分からないだらけだ……。」

 あまりの不明具合に独り言が漏れる。


「コースケにもわからないですか。」

「俺だって何がなにやら───、」

 今なんだって?


「今の俺はルクト・コープのはずだ。それなのに、俺をコースケと呼んだか?」

 レインはきょとんとしている。


「コースケはコースケでしょう。」

 何を当たり前のことを、といった表情だ。

「なぜ、俺が孝介だと知っているんだ?」

 レインは突然難しい顔をし、しばし考え込む。



「そういえば、なぜでしょう?」

 俺を騙している……、ようには見えないな。レインは眉間にしわを寄せ、うんうんと唸っている。

 だめだ、真面目にわかってないようだ。


「でも、俺のことは知っているってことだよな?」

 レインは一瞬考え、頷く。


「なら、レインが記憶を思い出せば、今の状況について何か分かるかもしれないな。」

 さっぱりわけのわからない状況の中、レインの記憶だけが唯一の手がかりと言える。

 

 今の俺はどちらかというと"識名(しきな) 孝介(こうすけ)"だ。だが、"ルクト・コープ"としての記憶もある。

 ルクトとしての生活もあることだし、ここはルクトとして生活をしつつ、レインの記憶について探っていくしかないか。

 となると、"ルクトらしい振る舞い"に気をつけないといけない。いずれ生活をルクトに"返す"ことになるかもしれないな。


 俺は顎に手を当て黙考しつつ、そう結論付けた。


「今はまずここを脱出して、ベースキャンプへ───、あ!」

 そこまで言いかけて気が付いた。

 俺、途中脱落みたいな状況だけど、実地戦闘実技の評価ってどうなるんだろうか……。


 しばししゃがみ込んで落ち込んでみた。が、ここで凹んでいても仕方ない。

 ──ん?


【mu phage】


 落ち込んだフリで、床に溜まっている黒い液体を突いていたら、|視界投影型ディスプレイ《インサイトビュー》に文字が表示された。


「ミューファージって、なんか聞き覚えがあるような気がする。」

「汎用人造半有機細胞です。指示を与えることにより医療用途、工業用途と様々な場面で使用可能です。足元の黒い液体はμファージの高密度集合体のようです。」

「ぉぉー。」

 ただの黒い水じゃなかった。すごい水だったらしい。というかレイン詳しいな。


【mu phage 圧縮格納しますか?(YES/NO)】


 YESにしてみるか。


 選択した瞬間、足元の黒い液体表面に波紋が広がったかと思えば、急激に俺の体に纏わり付いてきた。


「んなぁぁぁ!?」

 体の隙間や腕の隙間、隙間あるのか!?という場所と言う場所に入り込んでくる。


「うああああぁぁぁぁ……あ?」

 いや、気が付くと何ともなっていなかった。


【圧縮格納完了しました。】


 周囲の黒い液体は、また水位が下がった気がする。

「もしかして、俺の体の中に格納したってことか?」

 体のあちこちを触ってみたが、特に問題はなさそうだ。


「まあ、良しとしとこう──。それでだ、ここからどうやって出るか、だよなぁ。」

 俺は周囲を見回しながら、薄暗い室内をぐるりと一周したが、壁には出られそうな扉どころか窓すらない。


「と、なると、やはりあそこか。」

 天井を見上げる。そこには俺が落ちてきた穴がぽっかりと口を開けている。しかし穴の位置までは5m近くありそうだ。


「登れそうな取っ掛かりも無いし、どうやってあそこまで上がるか……。」

 |視界投影型ディスプレイ《インサイトビュー》に自分の状態を表示する。いっそ、ワイヤーフックみたいなものでも付ければよかったかな。


 なんだろう、両手両足の義体にWFGという装置が付いている。

「WFG?」


【Willact Field Generator ON】

 両足からキーンという高周波音が立ち、足元の液体が波立つ。

 次の瞬間、フワリと妙な浮遊感と共に体が浮き上がる。


「ぉ、おわ! と、飛んだ!」

 両足それぞれの足裏に、足より一回り大きな半透明の円盤が発生し、俺は宙に浮いている。まるでガラスのお皿に乗って飛んでるみたいだな。


「よ、おっと、それ、」

 1m位の高さで少しずつ移動したり、旋回してみたり、その場でくるくる回って見たりと、いろいろな動きを試してみる。

 5分ほど浮遊を楽しん──、練習した結果、なかなか安定して飛行できる感じになってきた。


 無言で見ているレインの視線が痛い。


「よし、少し上に出てみる。大丈夫そうなら、迎えに来るから。」

 俺はレインの冷ややかな視線に気づいていない風を装い、天井の穴に向け、少しずつ上昇した。


 穴から顔を出す。一つ上の階にある一室だ。ここは先ほど猿に襲われた部屋だ。更にこの部屋から上に抜ける穴が見える。

 俺はゆっくり旋回しつつ、周囲を観察して───、


 目が合った。



 全身黒い外殻に覆われ、ノッペリとした仮面のような顔をした猿。奴と視線がぶつかった。


「げぎゃ!」


 ものすごい勢いで飛びかかって来る! 奴の爪が煌めく。俺は咄嗟に両手を交差して体を庇いつつ、穴の中へと落下するように戻る。


「ぎゃぎゃぎゃぎゃぁ!」

 天井の穴からぶら下がるように猿の右手と首だけが突出され、手は何かを求めてバタバタともがいている。

 穴のサイズが小さかったため、右手と首しか通らなかったらしい。さすがに下まで腕は届かないようだが、迂闊に立てないな。


 左手を確認すると、外側に4本の切り傷が付いた。

「あ、あっぶな。」

 だが、先ほどの時のように左手が輪切りになることは無かった。義手は生身よりかなり頑丈らしい。


 その直後、左手の上腕部からジワリと血が滲み出す。

「義手も義足も、取り付けたばかりで接合組織部は戦闘に耐えられない。」

 レインが俺の左手を慈しむように触れながら述べる。


 ボコッ バチャン


 大き目の石が落下し、床の黒い液体を跳ね上げる。


 俺とレインは跳ねるように天井を見上げる。

 天井の穴が少し広がった。なおも暴れる猿の動きに、更に天井の穴が広がるのは時間の問題だ。


 どうする! 出口はあそこしかない。なら奴を退けるしかないが、今のままでは戦えない!

 体を保護する物! その上で戦力になる物!


 CAD(コンピュータ支援設計)を開き、図面データリストをスクロールする。

 ビキビキと天井の素材が裂ける音が響く。

 負担を和らげる鎧だ、そして奴を退けられるだけの力!



【構築しますか?(YES/NO)】

 YES!


【EQコンストラクタ 起動】

【starting construction system...】

【mu phage developers tools startup】


 画面のメッセージに呼応するように、周囲の黒い液体、μファージに波紋が広がり、直後蠕動(ぜんどう)する。


【constructing...】


 蠢く黒い液体の中からいくつもの筒が屹立する。

 大小のパーツが液体の中から組み上がりながら構築されていく。それに反比例するように黒い液体が目減りしていく。どうやら【Material Point】というのはμファージそのものだったようだ。μファージを素材として物体を構築しているらしい。


 ついに天井の強度が限界を超え、盛大に崩落を起こした。


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