3.英雄たちの後身
パスワード付のハッチを50%ほどの力業で突破した内部、そこは人が2人並べる程度の幅しかない通路だった。照明もなく、ほぼ真っ暗だ。だが、10mちょっと先にうっすらと明かりがみえる。これも大した明るさではないが……。
背後にレインをかばった状態で通路を進む。壁面に手を付いた瞬間、そこに違和感を感じた。
「これは……」
壁にしっかりと手を当てる。
「まさか全部μファージ?」
非常にわずかだが、壁面に弾力を感じる。直径500mはあろうかというこの施設の外壁、通路の長さからしてたぶん厚さは10mほど。これが全てμファージで出来ているのか!?
「こんだけあったら、なんでも作り放題だ!!」
いいなぁ、ちょっと削って持って帰ったらだめかな……。軽くコツコツと叩いてみる。どうやら外壁は硬化したμファージで構成しているようだ。おそらく、攻撃により外壁が破損してもμファージが流動し、自動で破損個所を塞ぐのだろう。多少目減りしても、素材だけ与えてやればμファージは自己増殖する。硬化μファージはコンクリート程度の強度はある。確かに非常に効率的な外壁素材だ……。コストに目をつぶればだが。
「ずいぶん豪勢な施設だな」
ディヴァステータの"ヨルムンガルド"もかなりのサイズだが、ここまで膨大なμファージ量ではなかった。これ作ったやつはかなりイカレてるな。
通路を抜けると、一気に空間が広がった。この黒い山に見えた施設は内部が空洞だったらしい。まるでドーム球場みたいな構造だ。その薄暗い内部空間には、どこか懐かしい街並みが広がっていた。2階建て3階建ての箱状の建物、つまり鉄筋コンクリートのビルが立ち並び、ところどころの街灯が道を照らす。深夜で人が居なくなり閑散としたオフィス街のような雰囲気だ。そんな街並み道沿いに続いている。
「元は人が住んでいたのかな……」
外は昼間であり、ここはドームであるため薄暗いだけだ。にも拘わらず人の気配は一切ないし、明かりが点いている建物もない。どうやらこの街は完全に無人のようだ。アスファルトらしき地面はあちこちひび割れ、修繕されていない。無人になって結構な年月が経っているように見える。
ひび割れ、でこぼこになった道の先、おそらくドームの中央部らしき場所に、天井まで届くほどのひと際高い建物がある。
「おそらく、あれがこの施設のコントロール棟……、っ!」
レインの言葉を遮るように、突然目の前の地面が陥没……、いや地下への通路!? それが展開し、中から何かが飛び出してきた。
「人!?」
白いボディーアーマーを身に着け、白い剣を持った人間。それが何十人と飛び出してきた。不気味なのは全員同じ顔をしていることだ。|視界投影型ディスプレイ《インサイトビュー》に、この人間たちの識別情報として「arva scrubi」という名称が表示される。
「アルヴァ……、アーヴァ? アーヴァ・スクラビー!?」
なぜここにアーヴァの名前が……? いや、そうか、思い出した! アーヴァ・スクラビー! 聖戦を終結させたという神の予言を受けた英雄……! これはつまり"アーヴァ・スクラビー"という人物は、オメガが作り出した傀儡もしくは現身で、オメガは自分で世界を混乱させておいて、自分が作った道化でそれを終わらせた?
「ひどいマッチポンプだな!!」
気づけば納得、オメガのやりそうなことだ。それでゲームの主人公に使った名前も"アーヴァ・スクラビー"だったのか。
俺は両手から速射束撃を発射し、接近してくるアーヴァ達にむけて掃射する。しかしのけ反り、転倒はするが、すぐに態勢を直し、再び突撃してくる。思った以上にタフだ。
「それなら! 攻勢手甲! 無幻残影!」
周囲に光を纏った思念力製の拳が多数浮かび上がる。接近してくる奴らに次々と打ち付け吹き飛ばしていく。アッパーカットで打ち上げた1体、それが打ち上げられた勢いのまま宙返りをし、建物の壁面を蹴って再び突撃してくる。その顔面は肉が抉れ、機械の混ざった内部構造が露わになっていた。
「半有機義体か!」
タフなわけだ。攻勢手甲でも一撃で沈まない。数発撃ちこんでやっと停止するくらいだ。その上、なぜか数が減らない。いや……、路地から、地下から、建物の中から、さらにアーヴァ達がワラワラと飛び出してくる。
「どれだけ居るんだよっ!!」
頼んでないのに追加オーダーされ、潰すより早くアーヴァが増える。これだけの半有機義体を製造するだけの有機物をどこから収集したのだろうか……。この施設が無人で、周辺には廃墟になった集落が多数……。いやな想像しかできない……。
「仮想拡張演算装置!!」
身動きできなくなる変わりに、周囲のディール粒子で自身の拡張演算領域を作成する技能、"仮想拡張演算装置"をレインが行使した。彼女のバックパックが展開され、周囲には半球状の領域が生成される。
途端、一部のアーヴァがクルリと向きを変え、同じアーヴァに向けて攻撃を始める。
「周囲の義体へ強制侵入し、コントロールを奪いました」
アーヴァによる同士討ちが始まった。アーヴァがアーヴァを攻撃し、かと思えばいきなり俺に飛び掛かってきたり、直後に再び踵を返したり……、周りのアーヴァ達はあっち向いたりこっち向いたりとクルクルクルクル攻撃対象を切り替えて混乱状態に陥る。どうやらコントロールの奪い合いが発生しているようだ。
「……っ、この対応速度は……、想定以上です。敵の演算能力はこちらの予想を超えています」
レインの仮想拡張演算装置は、オメガの持つ演算能力で言えば人間数千人分の並列処理と並ぶほどの性能だ。にも拘わらず、コントロール奪取の状況は拮抗しているように見える。この施設内に数千人の人間が居るようには思えないのにこの演算能力……。
「どこかに超高性能演算装置があると考えられます」
仮想拡張演算装置に匹敵する演算装置が、施設内のどこかにある……。だが、この状況ではおいそれとは探せない。
どうする、何か打開する手は……、俺はレインに接近するアーヴァを処理しつつ、状況打開の一手を探す。せめてもう少し戦力があれば……。外のアッシュとフィルトゥーラを中へ引きこみたいところだが、どこから? 先ほど侵入した小型のハッチではなく、車両などを搬入するための大型ゲートもどこかにあるだろうが、これだけ殺到してくるアーヴァ達を掻い潜って探し回る余裕はなさそうだ……。当然10mの外壁を破壊することも困難だろうし……。
上方向で動く何かを視線の隅で感じ上を見る。なんと建物の屋根の上からアーヴァ達が降ってくる。
「なっ!!」
俺への直撃コースで落下してくるアーヴァに向けて束撃弾をぶつけて叩き落す。その先、視線の向いた天井に開閉機構があることに気が付いた。おそらくヘリコプターのような飛行する機器の進入用ゲートだろう。
「レイン! 天井にゲートがある! あれを開ければアッシュたちを引き込める!!」
レインの周囲にある拡張演算領域はいつも以上に忙しなく光が飛び交っている。
「現状、施設の管制システムへ介入が、ま、間に合いませんっ!」
「なら、力業だ。レイン! 単独でアーヴァを抑えられるか?」
「……、5分なら可能です」
「2分で終わらせる」
俺はレインにサムズアップして見せ、両足から思念力を発し、天井のゲートに向けて飛び上がった。




