2.修復済みファイル
いつもご覧いただきありがとうございます。
本話は少々内容が少ないため、本日は2話更新いたします。
「まさかあの女、自分のコピーを残していたか。」
視界に映るのはヨルムンガルドの戦い。大きな棍棒のようなものを振るう女の姿。
「私を脅かす可能性は消しておかねばならない。」
その女の顔が大写しになる。
「さぁ、探せ。あの女はどこへいった……。」
レイヤーを1段階下げ、視界をジャックする。
ここではない……、
更に別の視界へ
ここにもいない……、
……、
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私は夢を見た。
それは、あの記録を埋める夢。
あの時の記憶……。
≪ファイルの修復に成功しました。修復したファイルを再生しますか?≫
->はい
いいえ
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≪Memoirs-002 修復済みのファイル≫
全身義体となり飛び去った彼。
彼を見送った私は、少しでも彼のフォローをできないかとディールネットワークを介して戦況や情勢の情報をひたすらに収集した。
だが、集めれば集めるほどに情報は混沌を極め、情勢は支離滅裂であることが露わになるだけだった。
そんな時だった。ネットワークに異常な存在が居ることに気が付いたのは。
公共放送に走るノイズ、軍部の命令系統にも影響の在る異常、そして混乱する指揮。明らかに判断のおかしい部隊長。
影響するネットワークを逆探知していくと、グリッド化された巨大なネットワークシステムが浮き彫りになった。
人類の頭脳リソースを少しずつ使用して構築されている巨大グリッドコンピューティングシステム。
"システム:オメガ"
死んだはずの同僚、大村 明日斗の情報化人格がそこに存在していた。
「まさか……、」
私は理解した、この状況は"コイツ"が原因であると。
数年ぶりに研究室に足を踏み入れた。大村の死後、研究室は規模が縮小され、さらに戦争のドサクサで教授が亡くなったために無人となり放置されていた。
研究室のデータサーバ内の大村が残したファイルを次々と調べていく。だが、研究に関する資料はことごとく消されており、大村という人物の存在すら怪しげな程だった。
一見すると、何一つ残されていないようだった……。最後に、配線も外され、研究室の隅で埃をかぶる旧式端末だけ確認しようと思った。
「こ、これは……、」
そこには、プロトタイプオメガとも呼ぶべきファイルが残されていた。
プロトタイプオメガのコードを解析した。その間の記憶は少々あいまいだ。数日は徹夜していたと思う。
これはプロトタイプだからなのか、多くのセキュリティホールを発見した。中でも最もクリティカルであろう点が、頭脳リソース同士の通信を平文で行っているということだ。
この時、私は焦っていたのかもしれない。
オメガが使用している帯域、そしてポートを特定し、通信を傍受し改ざん、そして妨害するシステムを構築し稼働させた。
結果論で言ってしまえば、妨害直後に"オメガシステム"を侵食するウイルスプログラムを即座に流すべきだった。だが、この時の私はそこまで考えることができなかった……。
「やった……、」
期待通りオメガは動作不全に陥った。これで世界は救われるはず……!
『お前か。』
研究室の外。
非現実的な光景。そこには巨大な竜が滞空し、こちらを見下ろしていた。
「まさか……、オメガ!?」
竜は口腔から暴力的な音の波を発し、研究室の壁を粉砕する。
緩やかに空を舞う瓦礫や電子機器。棚や机と共に私も宙を舞う。
私は研究室諸共に吹き飛ばされた。
体が寒い。頬に張り付く濡れた感触……、まだ、生きている……。
私は自分が作り出した血だまりの中に倒れているらしい。
幸い、先ほどの"竜"は既にどこかへと去ったらしい。
体を起こすことができない、が、何とか腕の力で這いずって動く。
どこへ向かう? 何ができる?
"プロトタイプ"の情報を収めた記憶媒体を握りしめ、私は這う。今、奴をどうにかできるのは世界で私だけだ……。
寒くてたまらない。腕も動かなくなってきた。無情にも体は限界を迎えつつあった。
すると、目の前に人が立ちはだかる……、
孝介。
瀕死の私の前に、彼が立っていた。私を見下ろす表情は虚ろで、でも私から視線は逸らさない。
元々壊れかけていた彼は、度重なる過酷な戦いのためか、完全に壊れていた……。
「──こうすけ──、」
私は血の池の中から、彼の名を呼ぶ。
だが、私の口から出たのは空気の抜ける音と、追加の吐血だけだった。
その様子を見ていた彼に表情の変化は無かった、しかし、彼は血の池から私を引き上げ、その胸に抱きしめてくれた。
ごめん───。
彼がそう言ったように聞こえた。そうだ、まだ、彼は生きている。
彼に肩を借り、私は自分の現在のラボへ戻った。
まだ動けるうちに、
まだ考えられるうちに、
端末に向かい、私はキーを叩く。
透明な円形容器の中に黒いねっとりとした液体が注がれ、容器を全て満たした。
|多用途人工ファージ《Multipurpose artificial phage》。
略してμファージと呼ばれるこれは、有機合成された極小の機械装置のようなものだ。指示を与えてやれば様々な用途に使えるし、多数のファージをマトリクス状に接続してやることでコンピュータのようにも使える。
OSをクリーンインストールしたμファージの溶液を満たした容器に彼を漬けた。μファージに新たな指示を打ち込む。
辛い記憶は圧縮し、ロックをかけよう。インパクトの強い記憶が復元ポイントとして最適だ。直近なら交通事故の記憶が良いだろう。
交通事故より後の記憶は全てアーカイヴした。私のことも忘れてしまうけど、それでも……。
端末を通じて、彼を包むμファージにさらに指令を打ち込む。彼はμファージの溶液に分解され溶けていく。分解後、彼はμファージ溶液に溶けたまま、地下のシェルターへと流れ込んでいった。
世界がこの先どうなるかわからない。でも、できれば平和な時が来たら、再び目覚めてほしい……。
地下へ流れ去るμファージを見送る。
意識が朦朧とする。視界が赤く染まる。だめ、まだ死ねない……、まだやらなければならないことがある。
再びキーを叩く。新品の全身義体を1体構築する。
この義体に私の人格をインストールして……、今の私から完全な人格情報が取得できるかわからない。だけど、奴をそのままにはしておけない……。
脳も損傷を受けており、このままでは人格コピーができない。私は残ったμファージに新たな指令を書き込む。
【対象者:鈴城 怜、身体を溶解し、人格情報を義体へ注入】
μファージが流動し、私の体に纏わり付いてくる。足から徐々に溶かされていくのが分かる。ああ、こんな状態でも怖いと感じるんだ……。
最後だ、私のコピーへ指令。
【オメガを抹消せよ】
μファージを経由し、これから作られる私のコピー体への指令を遺す。
あとは、これだ。唯一と言っていい切り札。"システム:オメガ"のそのプロトタイプソースコード。
大村の旧式端末からサルベージできた僅かな情報。だが、今となってはこれが残されたわずかな希望。
視界が曇って見えなくなっていく中、義体と目が合った気がした。
あなたに、オメガのソースコードを託す。
ごめん ね、あとは、 たのむ ね
>添付ファイル:「プロトタイプオメガ.zip」
≪EOF≫
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「ハァッハァッハァッハァッ!!」
目覚めてから初めて、私は激しく息をしていたことに気が付いた。
時間はまだ早い。夜明前だ。とりあえず呼吸を落ち着かせる。
そして記憶の内容を検める。
「私の、使命は、オメガを……。」
手を見つめる。そこには何もない。だが新しく得たモノの実感はあった。
プロトタイプオメガ。
「生み出さなくては……。」
私は未だ明けぬ闇の中、荷物と装備をまとめる。
「ここに居ては、みなさんに危害が及ぶ……。」
静かに扉を開け、外へ出る。
「コースケ、サンディさん、ありがとうございました。」
下宿の建物に向け頭を下げる。
私は黎明の中、私は少ない荷物を手に、下宿を後にした。
引き続き、次話も更新します。
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