10.続・回顧録《Memoirs Sequel》
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≪Memoirs-002≫
大学病院義体課に就職して数年。今にして思えば、研究室所属当時の私は燃え尽き症候群だったと思う。打ち込み過ぎも良くない。
今はほどほどに頑張って、ほどほどに休みつつ仕事をしている。今のところ立ち止まってしまうようなことは無くなった。
その患者は今時珍しい交通事故被害者だった。乗用車とトラックに挟まれてしまったとかで、両手両足共に切断を余儀なくされた。
「私が担当の義体技師、鈴城です。」
自己紹介した私に対し、彼は力なく微笑みかけただけだった。
「最近は再生医療もかなり質が良くなってますから、そちらにされる方も多いですが、どうしますか?」
「──でも時間がかかるんでしょう?」
少々考えたのち、彼はゆっくりと答えた。
確かに再生医療は欠損部の培養に数週間以上かかる。義体なら既製品を元に調整で準備できるため、早ければ1週間程度で装着できる。
「どちらにしても数か月のリハビリは必要ですよ?」
「あと、お金の問題も……。」
欠損部の培養と移植に伴う手術は安く無い。培養費用だけで義体よりも高くなる場合もある。
以前なら義体は定期的なメンテが必要だったが、最近の義体はμファージによる自己診断自己修復でほぼメンテフリーだ。確かに費用で言えば義体が安くなる。
「使用感に差がないなら、義体でお願いします。」
最新の義体は高密度に触覚センサーも搭載されており、リハビリ後の使用感は生身と同等以上と言われている。とはいえ、心情的に再生医療を選ぶ人が多いにもかかわらず、珍しい人だと思った。
だからだろうか、リハビリ以外でも院内で会うと少しずつ話をするようになった。
昔見たテレビ番組の話が合ったのも要因かもしれない。いつの間にか私は彼とのひと時を楽しみにしていた。
気が付けば彼は私にとって大切な人になっていた。
ある日、旧研究室時代の同僚だった大村 明日斗が死亡したというニュースが流れてきた。当時はお互い別アプローチで人格完全情報化を研究していた。原因不明のショック症状による突然死だったらしい。
身近だった同僚の突然死。動揺が無かったと言えば嘘になるだろう。だが、この時は"まだまだ若いのに、人生一寸先は闇だなぁ"くらいにしか感じていなかった。
でも後で考えると、その時から何かがおかしくなった。何がおかしいのか、それは良くわからない。だけど、周囲が、社会が、世界が──、ひび割れた皿のように、どこか歪になった。
全世界で同時テロが発生した。実行犯は「トゥルーライフ」と名乗るグループだ。
曰く、"全身義体「トランスヒューマン」は人に在らず、人が人を作るなどおこがましい"
曰く、"生命は機械のように部品交換などするものではない、それは神を冒涜する行為だ"
トゥルーライフは「救済」という名目で、独自調整したμファージを全世界に散布した。このμファージは彼らが独自調整したもので、義体使用者、主に全身義体化したトランスヒューマンの義体機能を阻害し、使用不能にするためのもののはずだった。
散布されたμファージは異常動作を起こし、あらゆる生命体を攻撃、変性させてしまった。
世界が大きく歪み、これまでにない異様なものへと変貌していく。
大国首脳部にもトゥルーライフ信望者が居た。トランスヒューマン化していた人達が迫害され、殺害されていく。
変性してしまった異常生物が人々を襲う中、人が人を殺す。世界の正常がどこにあるのか分からなくなっていく。
そして世界大戦が勃発した。
戦況が進むにつれ、状況はトランスヒューマン派VS人類の様相となっていった。
大学病院はバイオテロ対策として未確認のμファージを侵入させない設備があった。
テロ当時、院内にいた私たちは被害もほぼなく、大戦勃発直後も病院の建物に守られ無事だった。だが、家族は違った。
いつも笑顔で私と話をしていた彼は、テロ発生後、暗い表情をしていることが多くなった。
早くに両親を亡くした彼には、歳の離れた妹がいた。高校卒業後にすぐ就職し、まるで親の様に妹を養ってきたのだ。
その妹はテロにより変性し、射殺されていた。
「全身義体化兵器になれば、俺でも戦えるかな……。」
彼は、自身が交通事故で四肢を失ったときよりも遥かに思いつめた表情をしていた。
私はどうにか彼を止めたかった。彼に行ってほしくなかった。
「妹は……、もうすぐ結婚だったんだ……、それなのに………、あんな姿にっ!」
彼の悲壮と憤怒の入り混じった表情に、私はかける言葉が見つからなかった。
変性してしまった人は、とても正視できないような異形になってしまう。
彼にとっては娘のようであった妹が、変わり果ててしまった心情は私には図り切れなかった。
彼に押し切られるように、私は彼に全身義体化処置を行った。
この時、戦況は混沌を極め、敵も味方もわからないような状況に陥っていた。
テレビやラジオから僅かに伝わってくる情報は、とても正気とは思えない物だった。
味方より敵が多く死んだとか、数時間前まで味方と伝えていた相手を倒したとか。
人々がよくわからない熱のような物に浮かれ、周囲が異常なテンションになっているように感じられた。
この混乱で軍組織も正常に機能していないのか、彼は病院を警護していた部隊への所属となり、新たな身体で出撃していった。
部隊は病院を拠点としていたため、彼は頻繁に戻ってきた。戦いの場で何があったのか、私にはわからない。しかし、目に見えて荒んでいく彼を見るのはとても辛かった。
彼を見送った私は── zz %&0#"\_^_]]! ──
≪ファイルの再生が停止しました。強制的に再生しますか?≫
->はい
いいえ
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体が寒い。頬に張り付く濡れた感触……、私、まだ、生きている……。
私は自分が作り出した血だまりの中に倒れているらしい。
幸い、先ほどの"竜"は既にどこかへと去ったらしい。
体を起こすことができない、が、何とか腕の力で這いずって動く。
どこへ向かう? 何ができる?
"プロトタイプ"の情報を収めた記憶媒体を握りしめ、私は這う。今、奴をどうにかできるのは世界で私だけだ……。
寒くてたまらない。腕も動かなくなってきた。無情にも体は限界を迎えつつあった。
すると、目の前に人が立ちはだかる……、
孝介。
瀕死の私の前に、彼が立っていた。私を見下ろす表情は虚ろで、でも私から視線は逸らさない。
元々壊れかけていた彼は、度重なる過酷な戦いのためか、完全に壊れていた……。
「──こうすけ──、」
私は血の池の中から、彼の名を呼ぶ。
だが、私の口から出たのは空気の抜ける音と、追加の吐血だけだった。
その様子を見ていた彼に表情の変化は無かった、しかし、彼は血の池から私を引き上げ、その胸に抱きしめてくれた。
ごめん───。
彼がそう言ったように聞こえた。そうだ、まだ、彼は生きている。
彼に肩を借り、私は自分の現在のラボへ戻った。
まだ動けるうちに、
まだ考えられるうちに、
端末に向かい、私はキーを叩く。
透明な円形容器の中に黒いねっとりとした液体が注がれ、容器を全て満たした。
|多用途人工ファージ《Multipurpose artificial phage》。
略してμファージと呼ばれるこれは、有機合成された極小の機械装置のようなものだ。指示を与えてやれば様々な用途に使えるし、多数のファージをマトリクス状に接続してやることでコンピュータのようにも使える。
OSをクリーンインストールしたμファージの溶液を満たした容器に彼を漬けた。μファージに新たな指示を打ち込む。
辛い記憶は圧縮し、ロックをかけよう。インパクトの強い記憶が復元ポイントとして最適だ。直近なら交通事故の記憶が良いだろう。
交通事故より後の記憶は全てアーカイヴした。私のことも忘れてしまうけど、それでも……。
端末を通じて、彼を包むμファージにさらに指令を打ち込む。彼はμファージの溶液に分解され溶けていく。分解後、彼はμファージ溶液に溶けたまま、地下のシェルターへと流れ込んでいった。
世界がこの先どうなるかわからない。でも、できれば平和な時が来たら、再び目覚めてほしい……。
地下へ流れ去るμファージを見送る。
意識が朦朧とする。視界が赤く染まる。だめ、まだ死ねない……。
再びキーを叩く。新品の全身義体を1体構築する。
この義体に私の人格をインストールして、奴を倒す。今の私から完全な人格情報が取得できるかわからない。だけど、奴をそのままにはしておけない……。
ネットワーク受容体が焼ききれているため、このままでは人格コピーができない。私は残ったμファージに新たな指令を書き込む。
【対象者:鈴城 怜、身体を溶解し、人格情報を義体へ注入】
μファージが流動し、私の体に纏わり付いてくる。足から徐々に溶かされていくのが分かる。ああ、こんな状態でも怖いと感じるんだ……。
最後だ、私のコピーへ指令。
【オメガ%^$'m#せ&-】
≪ファイルが破損しています。≫
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目を開くと、見慣れた天井。ここは、下宿の俺の部屋だ。
右手に暖かな感触。見れば、レインは俺の手を握り、ベッドに寄りかかって眠っていた。
「あ、コースケ、目を覚ましましたか……。」
「あ、あぁ、心配かけてすまない。」
「アモルファスを使った反動だったようです。思った以上にあの義体は負担が大きいです。」
レインの視線の先、アモルファスボディがバラバラの状態で部屋の隅に置かれていた。
「そうだな……。」
しばしの沈黙が流れる。
「……、やはり、見ましたか……?」
"何を"とは言わない。言うまでもない。
「俺、事故で死んだわけじゃ、なかったみたいだな。」
未だに思い出したわけではない。だが、時折フラッシュバックしていた映像は、たぶんレインが封印した記憶なのだろう……。
「そうですね、私が、貴女の義手義足を造った……。」
「貴方を全身義体にして……、」
「貴方の記憶を消して……、」
「貴方をここへ送って……、」
レインは、指折り数えるように、先ほど見た事実を述べる。
「全ては私のせい……。」
彼女は悲壮感のにじむ声で告げる。
「俺のためにしてくれたことだ……、」
「でも……、」
確かに帰れないとわかった時には戸惑った。娘であるかのように面倒をみていた妹が、悲惨な死に方をしたらしいことを知った今も動揺はしている。
でも、記憶を封印されているためか、俺の中でそこまで深刻な事態にはなっていない。
むしろ、二人で過ごした記憶をきれいに無くしてしまった俺は、レインへの想いも失ってしまっていた。彼女からの想いに答えてあげられているのかが心配になる。
俺は体を起こし、レインを抱き寄せる。
「俺も、今知った事実に動揺していないわけじゃない。でも、こうして今、一緒に居られることに……、」
俺は抱き寄せる力を強める。
「感謝してる。」
「……、うん。」
距離を置いたレインは目じりの涙を指で拭った。
「そういえば、先ほどの記録でレインの本名が分かったけど、レイって呼んだほうがいい?」
「ぇ……、」
一瞬、言われたことの意味を考えるような素振りを見せたレインだが、すぐに笑顔で言葉を返した。
「いえ、今の私はレイン。今まで通り、レインと、呼んでください。」
その笑顔は眩しいほどの輝きに見えた。
用語説明
・情報端末
総合的な機能を有した携帯型情報端末。現在のスマートフォンをさらに機能拡張した装置。
孝介たちの住んでいた時代では、パソコンやスマートフォンは統合化され、情報端末を用いるのが一般的。
入出力は神経接続にて行われるため、出力情報は視神経へのバイパス。入力は脳波制御で行う。
非常に便利な反面、外から分からない状態で「歩きスマホ」状態となるため、事故が絶えない。
ルクトとなった孝介の場合、情報端末本体器を所持していないが、体内に存在するμファージの並列化処理により稼働している。




