3.魔法模擬戦
「危ないと感じたら俺が止める。お互い使っていいのは魔法だけで、武器などによる直接攻撃は禁止だぞ。」
兵学校入学から半年が過ぎた。おれは今、兵学校の校庭に立ち、教官から模擬戦のルール説明を受けている。
憂鬱になりながら、おれに相対して立っている男を見る。
そこには、同じクラスのマグダイム・ヒジエがおれに獰猛な笑みを向けている。
マグダイムはがっちり体系で身長もおれより高い。薄い茶色の髪を短く刈り上げた雰囲気は近接系っぽく見えるが、これでも魔法系だ。
現在は魔法の授業時間中だ。
魔法の授業では、頻繁に模擬戦を行う。マグダイムは狙ったようにいつもおれを対戦相手に指定してくる。まあ、目的は分かりきっているんだが──。
「それでは、模擬戦初め!」
合図と同時に、お互いに魔力凝縮を行う。
おれが先に魔力凝縮が終わり、手を翳し呪文を唱える。
「『火炎放射』!!」
おれの手から火の玉が飛び出す。炎の幻想魔法だ。これは幻想魔法なため実際に燃えているわけではなく、炎のイメージを相手に送っているだけだ。
イメージであるため周囲の物は燃えたりはしない。だが、炎の熱さもイメージとして送っているため実際に熱さを感じるし、イメージが強ければ火傷する場合すらある。
マグダイムにおれが放った火の玉が着弾する。が、奴はまるで羽虫でも掃うようにおれの火の玉をかき消す。同時にマグダイムはニヤリと嫌な笑みを浮かべる。
「『火炎放射』!!」
おれの時とは大きく違い、マグダイムの右手からは噴出されるように炎の帯が発生する。
「ぐぅ、あつっ!」
数回吹きかけられた炎に煽られ、おれは顔を覆いながら熱から逃れるように横へ回避する。
マグダイムに視線を戻すと、既におれに向けて左手が翳されていた。まずいっ!
「『衝撃波動』」
マグダイムの声から一瞬の後、不可視の衝撃がおれの体を強かに打ち付け、おれは後方に吹き飛ぶ。
宙に浮いた体は数秒後に地面に落下し、そのまま校庭を数m転がったところで止まった。
閉じそうになる意識を強引に引き戻す。このまま寝転がっていては「攻撃してください」と言っているようなものだ。おれは痛む体を急いで起こし、マグダイムに視線を戻す。
視界に捉えたマグダイムは、既に次の魔法発動準備を終えていた。
「『霹靂』」
差し向けられた奴の指先から電撃が生み出され、おれの体を貫通した。
「うががががああぁぁぁぁっ!!」
体が痙攣するように震え、声を出すつもりも無いのに醜い悲鳴が口から洩れる。
痙攣と感電の痛みが治まったとき、俺は校庭に仰向けで倒れていた。
「そこまで!」
教官から模擬戦終了の声がかかる。
「ルクトくぅん? 僕を倒すなら、あんな火の玉程度じゃ無理だぜ~?」
マグダイムはニヤケ面を隠すこともなくおれに嫌みを言ってくる。
「そうそう、"マグナ乗り"になるなら、もっと魔法がんばらないとダメっしょ?。ププッ」
マグダイムの背後からスピネル・センゲンが現れ、ニヤニヤと笑いながら嫌みを追加してくる。
スピネルはマグダイムの腰巾着で、大柄なメイベル・ルマノンサという男も加え、いつも3人一緒に居る。
メイベルは……、授業中なのに干し肉をかじっている。良くわからない奴だ。
おれは奴らに抗議することはせず、無言で服についた砂を落してその場を去る。
授業では、引き続き別のペアによる模擬戦が行われる中、おれは校庭の隅へ移動し腰掛ける。一人"アニマ"に魔力を集める自主練を始めた。
数回目の授業で判明したことだが、おれの"アニマ"は非常に小さかった。
"アニマ"は実際に存在する器官ではないため、直接的に大きさを図ることはできないが、魔力の凝縮・解放を行う過程で大体の大きさが分かってくる。
標準的な人で20~30cm位、50cm以上あれば有名人レベルらしい。小さい人だと5~10cm位の場合もあるらしく、そういう人は兵学校では近接系を選ぶらしい。
"アニマ"の大きさがそのまま使える魔法へつぎ込める魔力量となり、大きければ魔力量が多く、さらに魔力凝縮もより高い凝縮率となる。
おれの"アニマ"は1cm。一般で小さい人達よりも圧倒的に小さい。だから魔法の威力がないし、連発もできない。それに近接系であっても、戦闘用魔法武器を使用するため、最低限5cm程度の"アニマ"が必要だ。
もちろん、マグナの操縦にも魔法が要る……。
つまり、このままだと俺はマグナ乗りになれないどころか、戦技科も魔法科も無理だ。本当に整備科になるしかないのか……?
「諦めるもんか……、」
初めての魔法の授業で、魔力凝縮を使うほど"アニマ"は鍛えられると聞いた。
「地道な努力が、いずれ大きな差になる……。」
いつか本で読んだ言葉を反芻し、自分を鼓舞させながら魔力凝縮を行う。
凝縮して、解放
凝縮して、解放
凝縮して、解放
凝縮して、解放
凝縮して、解放
凝縮して、解放
凝縮して、解放
凝縮して、解放
凝縮して、解放
凝縮して、解放
……、
「ぐっ……。」
悔しさから漏れそうになる嗚咽を膝を抱え込むことで堪える。
おれはひたすら魔力凝縮を続けた。
おれは教官の講義内容をメモしつつ、魔力凝縮をしていた。
「300年前、世界には四魔王の脅威に晒されていたとされ──、」
凝縮して、解放
凝縮して、解放
今は歴史の講義中だ。
皆「歴史なんて何かの役にたつのか?」という発想だろうか、真面目に受けているのはおれだけのようだ。
教官が黒板に書いた"審判"、"聖戦"の内容をノートに転記する。
「魔王の跳梁に心を痛めた神は、世界を浄化するために"聖なる雪"を降らせ、それにより魔王の信徒は地に還った──、」
教官は板書しつつ、説明を続けている。おれは"聖なる雪"とノートにメモを取る。
「くっくっく」
後ろから、イラつく嗤い声が聞こえる。
「更に神の予言を受けた英雄 アーヴァ・スクラビーと英傑たちはヴェタスマグナを駆って魔王を封印し、聖戦を終結させた、ここ試験に出るぞ。」
頭の後ろに何かが当たる。床に紙屑が転がる。背後の席には、マグダイムとスピネルが座っている。
おれは努めて気にせず、ペンを走らせ"アーヴァ・スクラビー"と書き写す。
「聖戦終結後、アーヴァ・スクラビーは一線を退き、盟友だったアダルブレヒト・モーラーが聖教会を興し──、」
再び後頭部に軽い衝突の感触。今回は跳ね上がった紙屑が卓上に乗る。
紙は微妙に開いており、中には文字が書かれているようだ。
──魔法が使えないのは原始人──
「ぷっ」
後ろで噴き出している音がするが、おれは見えない、聞こえないふりを貫く。
「他の英傑たちはそれぞれに国を興し、そのうちの一つが今のこの国、"メディオ王国"になったわけだが──、」
凝縮して、解放
凝縮して、解放
凝縮して、解放
おれは余計な思考を頭から追い出すように、魔力凝縮を繰り返した。
兵学校の放課後、掛け持ちしている商店の宅配、酒場の給仕の仕事を終えて下宿に戻った。時刻は既に日を跨いでいる。
兵学校は国立の養成機関であるため、入学金授業料などは存在しない。ただ、兵団の予備兵扱いとなるため、"有事"の際には動員されることになる。
学校に金はかからないが、下宿代や自主学習に必要な書籍などは自費だ。
孤児であるおれが我儘で兵学校に通っているのだ。ジェイスさん達に負担をかけるわけにはいかない。
下宿代もメリルさんの知り合いということで、相場よりかなり安くしてもらっている。払いを遅らせるようなことはできない。
寝る前に今日の復習をしつつ、傍らで魔力凝縮を行う。
凝縮して、解放
凝縮して、解放
凝縮して、解放
……。
入学から半年。兵学校に通いつつ掛け持ちで仕事をし、空いた時間は復習と魔法の自主練を繰り返している。
毎日数時間は魔力凝縮自主練をしているが、"アニマ"が強化・拡張されたような気配が一切無い。
「おれには───、」
無理なのか……?
言葉にしてしまうと本当に折れてしまいそうで、それ以上言葉にはできなかった。
復習していた歴史のノートが見えない。視界がかすむ。
「だめだ、余計なことを考える暇があるなら、復習だ。」
きっと今日は疲れているんだろう。ここだけ終わったら今日は休もう。
俺は余計な思考を排し、今日の復習に意識を集中させた。