5.巨人
その巨大な顔は全体に白一色で能面を思わせる無表情だ。眼窩は空洞があるだけで何もない。だが、こちらを見ているとわかる。
巨大な顔が持ち上がっていく。いや、屈んでいた巨人が背を立てたのだ。
海岸の崖下に立っているはずなのに、胸から上が崖上に見えている。確か崖は30m近くあったはずだ。ということはあの巨人の大きさは40m程度はあるということになる。
『なんて大きさだ……。』
誰かのつぶやきが思念波で伝わる。
あの大きさは、大型モンスターとしてもあり得ない。巨大すぎる……、
巨大な人型の機械が闊歩──、
機械が放つ光線が地を焼き──、
俺の腕がその人型を粉砕し──、
だが、その人型は大地を埋め尽くすほどの──、
「クルゥワァァァァァァァァァ!!」
けたたましい騒音に、俺は意識を引き戻される。巨人の上げた奇声はまさに騒音、耳を塞いでも頭の中に響いてくるようだ。
呼応するかのように、周囲が騒がしくなる。
近くの藪から大小さまざまなモンスターが現れる。崖下の水中から、ワニやらサンショウウオのようなモンスターも這い上がってくる。空には今まで見かけなかった猛禽を思わせるモンスターまで、大量のモンスターがこちらに集まってくる。
『総員!! 迎撃っ!!』
周囲を埋め尽くす程のモンスターに囲まれる中、円陣を組んで迎撃を行う。
「レイン、空の敵をやるぞ!!」
「はいっ!」
俺とレインは浮かび上がり、上から襲い掛かってくる猛禽や飛ぶ蛇を撃ち落とす。
「バジスが──、」
レインが珍しく焦って様な声を出す。俺はそれに反応し、バジスに視線を向ける。
バジスは高度200m程の高さ、少し離れた位置に滞空していた。その周囲を30匹以上のモンスターに集られている。あの数は危険だ!
「すまないレイン、先に行く!! 制限解放!!」
【All systems limiter released ...】
【Thought acceleration system starting ...】
【... started.】
景色が白黒に変わる。思考加速により視覚情報から色彩情報が抜け落ちた。
周囲が恐ろしく緩やかに動いている。そんな中、俺だけが元と同じ速度で移動する。
未だにゆっくりと流れる世界の中、俺はバジスに接近した。
バジスの周りには猛禽っぽいモンスターや、空飛ぶ蛇型モンスターが多数集まっている。だが、今はそのいずれもが緩やかに動いている。
制限解放での難点は、束撃弾の発射速度は加速されないため、相対的に速度が遅くなってしまう点か。
俺は束撃弾は使用せず、敵に接近して迫撃掌を撃ちこんでいく。
頭部や胸部の心臓部を俺に破壊され、飛行型のモンスター類が落下を始める。落下の速度すらもゆっくりだ。
「解除!」
制限解放を解除する。
それと同時に頭と体にはずっしりとした疲労感が襲う。周囲をゆっくりと落下していた飛行型モンスターたちは、一気に速度を上げて落下していく。
制限解放には使用時間制限などは無いが、あまり長時間行使すると"疲労感"程度では済まなくなる。
実装後のテストで、調子に乗って1時間くらい制限解放状態を続けていたら、その後半日はひどい頭痛と吐き気、倦怠感が消えなかった。
「コースケ、大丈夫ですか?」
レインが遅れて追い付いてきた。
ついでに言うと、レインは全身義体なので俺と同等か、それ以上に制限解放を使いこなせる……、かと思われたが、インストールして試してもらったところ、壁に衝突、家具破壊など、様々な事故を起こしたためアンインストールした。
人格における適正の問題だろうかね……。
さてと、バジス周囲の敵は掃討した。まだ追加でモンスターが襲ってくるが、散発的な襲撃であるため当面は問題無さそうだ。
見下ろすと、地上メンバーは襲ってくるモンスターの群れを相手にしている、が、マグナ2機は包囲を突破し、白い巨人と相対していた。
白い巨人が口を開いて息を吸い込み、再び咆哮を──、
レミエルは瞬く間に巨人の腕を駆け上がり、肩から頭部目がけて大剣を振り下ろす! が、巨人は駆け上がられた腕を捻じ曲げて剣閃を受け止める。気持ち悪い曲がり方だ。
その隙に巨人間近まで接近したアルバートのマグナが、巨人腹部に斬撃を加える。
「クルゥワァッ!!」
巨人は肩の上にいるレミエルを叩き落とそうとして両手を振り回す。しかし、レミエルは羽根でもあるかのようにヒラリヒラリと腕を回避し、岸壁の上に着地する。
アルバートが跳ぶ斬撃を巨人の顔面目がけて連続で撃ち出す。
それほど効き目は無いようだが、巨人が嫌がって顔を庇うと同時にレミエルが空中を蹴り、後頭部に大剣を叩きつける。
「すごいな……、アルバートってちゃんと戦えるんだ!!」
これまではエリーゼのお守りしているところしか見たことなかったが、2機でがっちりとコンビネーションしている。
再びアルバートが牽制しつつ、レミエルが接近攻撃を敢行する。
レミエルの横薙ぎが、白い巨人の顔面に深い溝を掘る──、そしてアルバートのマグナが消え去った。
『アルっ!!』
思念波で響くエリーゼの悲痛な声に遅れること一瞬、空を裂くような爆音が周囲に響く。
先端部が音速を超える巨腕の振り抜きにより、アルバートのマグナは一瞬にして粉々に打ち砕かれた。
「あいつっ、嗤ってやがる……っ!」
巨人の顔面は相変わらず無表情だ。周囲を舞うマグナの破片の中、しかし奴は確かに嘲笑していた。
「クワッ、クワッ」
腹立たしい声を上げつつ、白い巨人は両腕をめちゃくちゃに振り回す。レミエルはそれを全てギリギリで回避する。
時折先端が音速を超えるのか、空気の破裂音が響く。その度に岸壁が砕け、その破片が少しずつレミエルを打ち据える。
『ちっ!』
巨腕の暴風を掻い潜り、レミエルが一太刀浴びせる。だが、浅い! 外殻にうっすらと切り傷が付いたのみだ。
改めて見ると、頭部の傷も塞がってしまっている。時間が経てば回復してしまうようだ。
『回復を許さないほどの飽和攻撃が要る!! バジス!! 有効射程まで接近して多段式魔導加速銃で攻撃を!!』
『了解!!』
バジスが最大戦速で前進する。呼応するかのように飛行型のモンスターが新たに接近してくる。
「どけぇっ!!」
俺は再度制限解放し、接敵するモンスターを直ちに撃墜する。
「クルゥワァアァァァァアァァァ!!」
白い巨人が大口を開け、何度目かの奇声を上げる。
【Willact Field Detected ...】
【Emergensy!!】
【Emergensy!!】
1km程度も距離があるはずのここまで届く思念力反応。
まずい、来るっ!!
「拒絶障壁全開!!」
俺の前面に不可視の防御壁が展開される。直後、生身で大型トラックに衝突したかと見紛おう程の衝撃が襲う。
「ぐはっ!」
一撃で障壁は拡散してしまったが、なんとか防げた。代償として全身の状態表示が軒並みイエローとレッドに変わる。
「あんなのがバジスに直撃したら、轟沈するぞ……、」
「クルゥ……、」
『く、これ以上はやらせないわ!!』
巨人が二発目を撃つべく溜めに入るが、それをレミエルが妨害する。
「クワクワクワクワクワッ!!」
巨人は執拗に岸壁に腕を叩きつける。海岸の岸壁が更地になる勢いだ。
「クルワァァァァァァァーーーーーー!!!」
巨腕を振り抜き、砕いた岸壁の岩山を吹き飛ばす。大小大量の飛礫や岩石が打ちあがる。
再び拒絶障壁でバジスを護る。
『ぐっ』
飛礫はレミエルをも襲っていた。
「悪いレイン、少しここを頼む!」
巨人が右手を打ち下す、紙一重でレミエルは回避──、が、左腕を掴まれてしまった。巨人がシールドを握りつぶす。
『がぁぁぁ!!』
エリーゼが女性とは思えない声を上げながら、レミエルを捕まえている巨人の腕に大剣をがむしゃらに叩きつける!
巨人はそんなレミエル目がけ、左腕を振りかぶり……、
「自壊迫撃!!」
巨人左側頭部が爆散する!
制限解放の超加速状態の勢いを乗せた自壊迫撃を撃ちこんだ。
巨人は左側頭部外殻が砕け、首も90度折れ曲がっている。直後、俺の右腕でフィールド発生器内の圧縮器が破裂した。
「ク、ルワァァァ」
巨人はそのまま横に倒れ……、はせず、そのまま左腕をレミエル目がけ振り下ろした。
崖に突き刺さる巨人の左手。そこにはレミエルの姿は無く、切断された左腕が残されていた。
俺は破裂した右腕のフィールド発生器を排莢、腰に取り付けた2つのストックのうち一つをセットし直す。
「おぉぉぉらぁぁぁぁぁ!!!」
空洞の眼窩に迫撃掌を叩き込みつつ背後へ回り込む。
「クルワァッ!! クルワァッ!!」
巨人の奇声には怒りが滲み出ている。
「こっちはもっと腹が立ってるんだよ!!」
巨人頭部の周りを飛び回りつつ、眼窩、鼻、口、とにかく穴に向けて迫撃掌を執拗に撃ち込む。
「グルヴァァ!! グルヴガァァァァ!!」
『ルクトっ!!』
思念波越しに届くエリーゼの声に反応し、俺は巨人から一気に距離をとる。
『一斉射っ!! ──てぇっ!!』
巨人のほぼ直上、バジスから連続で砲弾が降り注ぐ。
「グガッ、グガァッ、カァァァッ!!」
巨人が苦し紛れに口から思念力を上空に発射する。エンジンの1基に命中し、小爆発を起こす。
『1号エンジン大破!!』
『火災発生!! 消火をっ!!』
『パージだ!!』
思念波の通信には、バジスの混乱が流れてくる。
「グルワァァ……、」
それでも尚続く砲弾の雨の中、巨人は粉塵の中へと消えていく。
切り離されたエンジンが落下していく、粉塵の中に落下したそれは、間もなく爆炎を上げ大爆発を起こした。
五十数発の砲撃に加え、切り離したエンジンの爆発の後、晴れた粉塵の中からは、崩れた岸壁と入り江の海だけが覗く……。
『アル!』
一瞬の放心から急に戻ったエリーゼが声を上げる。
戦場となった場所から数十m離れた岸壁に、アルバートのマグナがめり込んでいた。
隻腕のレミエルが崖を下りつつ、マグナの残骸へ向かう。胸部装甲を剥がし、中のアルバートを確認する。
『──、良かった、生きてる……。』
俺も自然と安堵の胸をなでおろす。まあまあ嫌味な奴ではあるが、死なれるのは後味が悪い。
海中から巨大な手が出現し、レミエルの胴体を掴む。
『っ!!』
「グルガボアァァ!!!」
海面から巨大な顔面が出現する。巨人は全身の外殻は砕け散り、既に半身を消失していた。そのままレミエルの胴体を──、
「しつこいです。」
レインの銃口が巨人の眉間を捉える。轟音と共に、巨人顔面中央に大穴が穿たれた。




