11.義体
時間はまちまちですが、毎日更新できるように頑張ります。
街を繋ぐ街道、そこから外れ背の高い草原をかき分けながら進む影がある。
「シャァァァァァッ!!」
硬質な黒い角を湛ええた1m程もあるウサギが飛び上がり襲い掛かってくる。
俺は中空で、飛びかかってくるウサギを冷静に撃ち落とし、草原に落下し腹を見せているウサギに向け落下しながら腹に迫撃掌を叩き込む。
「シャァァグフゥ!」
ウサギは角と魔核を残して溶け消えた。
最近、兵学校で少々イラつくことがあると、俺はパワードアーマーを着こんで郊外でモンスター狩りをしていた。
いきなりルクトが強力な物理魔法とか使い始めたらおかしいし、かといって隠したままなのも無理だろうから、徐々に能力を見せていくようにしているが、その辺りの匙加減は思いのほかストレスが溜まる。
そして突っかかってくる奴ら。所詮ガキと相手にしないようにはしているが、イラつくものはイラつく。
ハァ、モンスター相手なら加減しなくていいし、思いっきりやれる。これも弱い物いじめなんだろうか……。
街道近くは討伐兵団が日常的にモンスターを駆逐しているため、ほぼモンスターは出現しない。
だが、街道から外れると散発的とはいえモンスターとも遭遇する。
俺は飛行できるため、多少街道から外れても迷うことはない。
今日も放課後に王都を脱出し、平原でモンスター狩りだ。
今日はそろそろ引き揚げかな。バイトの時間も迫っているし──、
「囲まれるぞ! 回り込ませるな!!」
50mほど離れた場所、どうやら討伐兵団の小隊がモンスターと戦闘をしているようだ。
「あれは──、」
中型サイズの狼型モンスターだ。3m程もあるその狼3体に、5名編成の小隊が追われている。
小隊は5人の内2名が負傷している。あのままだと小隊は全滅かな……。
「気が付いたのに見捨てていくのは、自分の心情的に良くないものを残す気がする……。」
俺は一気に上昇し、狼の上空10m程から急速落下。勢いのまま、胴体部に全体重プラス落下加速力を乗せ、両足で踏みつぶす。
「ゴルゥァァブフゥゥ!!」
踏みつぶされた狼は妙な音を口から漏らしつつ、地面に半分埋まる。
そのまま地面を滑るように高速移動、両手両足のフィールドを小刻みに発動し、変則的な軌道で2体目の狼に接近。
束撃弾で目くらましの隙に懐に入り側頭部に迫撃掌を叩き込む。
「ガルルガァァ!!」
残り1体は不利を悟ったのか、逃げ去っていく。
「き、きみは──、」
あ、時間が無いんだった!!
俺は両足のフィールドを全開にし、王都に向けて飛び去る。
小隊の皆様、あとは自力で帰ってきてください。
1つ目のバイトを終え、2つ目のバイトまでは少し時間が開いたため、俺は一旦下宿に戻ってきた。
下宿の食堂では、既に夕食を終えた他の下宿生たちの食器をレインが片づけているところだった。早くもお手伝いが板についているな。
食器が片付き空いた机に座る。なんだか妙な疲労感を感じ、俺はそのまま突っ伏した。
なんとなく今日の適合テストのことを思いだす。別にそこまで期待していたわけじゃないけど、実は少し自信があっただけに、なんだかショックだ。
あんな混沌とした仕組みでも適合して操作できるやつが出てくるとは……、本当に人体とは不思議なものだな。
「コースケ、夕食たべる?」
いつの間にか、すぐ横にレインの気配があった。
「いや、この後バイトで賄いメシでるから。」
俺は顔も上げずに答えた。
「疲れたなら、部屋で休んだほうがいい。」
突っ伏している俺からはレインの表情は覗えない。が、心配したような声色だ。
「あー、だいじょうぶ、もう少ししたら出かけるから。」
俺は相変わらずだらけた姿のまま、レインに答える。
すると、頭に柔らかな感触。レインが俺の頭をゆっくりと撫でている。
レインの柔らかい手で撫でられ、気恥ずかしいような、心地よいような。少しほっとする。
「なんか少し元気出た気がする。」
「……ん。」
簡素だが、その声には少しだけ喜色が含まれているように聞こえた。
しばし感触の余韻を味わっていたが、ふと気になっていたことがあったことを思い出した。
「あ、そうだ。レインは情報端末を持ってる?」
情報端末があれば、その中に記録か何かが残っているかもしれない。
レインは首を傾げる。
「ん……、わからない。でも、目の前にいろいろな情報は見える。」
明確には情報端末を持っていないけど、機能としては使えているってことか……。
俺もルクトとして目覚めてから極自然に利用しているが、情報端末を明確に所持してはいない。
おそらくは、体内に入り込んだμファージが情報端末としての働きも行っているということなのだろう。
レインも情報端末が稼働しているのであれば、それに接続できるかもしれない。
「ということで。」
俺は右手を差し出した。俺の知る情報端末と機能が同じであれば、握手による接触でデータ通信が可能になるはず。
レインは少し考えた後、両手で包み込むように俺の右手を握る。
意表を突かれ、変にドキリとした。
「と、とりあえず─―、」
俺は情報端末の外部接続機能を起動、接続可能な端末が1件表示された。その端末に向け、接続要請を飛ばす。
「kosukeさんからの接続要請がきました。」
レインが中空を見ながらつぶやく。|視界投影型ディスプレイ《インサイトビュー》に表示された文字を読んでいるらしい。
「承認して。」
「……、ん。」
俺の視界にレインの情報端末内情報が表示される。が、ほとんどの情報が圧縮され、ロックされている。
「ほとんど、中身が確認できないなぁ……、あっ」
スクロールする中、俺はうっかりレインの身体情報を開いてしまった。
Name:,%&#|$'-レイ^n
Head======State:Green / Attribute:Artifact
Chest=====State:Green / Attribute:Artifact
Abdomen===State:Green / Attribute:Artifact
Back======State:Green / Attribute:Artifact / Expansion port
Buttocks==State:Green / Attribute:Artifact
Arm-Right=State:Green / Attribute:Artifact
Arm-Left==State:Green / Attribute:Artifact
Leg-Right=State:Green / Attribute:Artifact
Leg-Left==State:Green / Attribute:Artifact
Thought===State:Delight
Vital=====State:Palpitate
……
……
「アーティファクト……?」
アーティファクト、つまり人工物? ということは──、
「レインは、全身義体なのか?」
珍しく少しぼんやりしていたレインは、俺の言葉で意識が引き戻されたのか、こちらに視線が合う。
「……、そうみたい。」
少し考えたあとレインは答えた。
目覚めてすぐにレインから聞いた話で、レインはドラゴンから攻撃され傷を負ったと言っていた。
その時は、レインに全く傷らしきものが無いことから夢かと思っていた。が、義体に高速自己修復機能があるなら目覚めた時点では既に傷が回復していただけ、という可能性もある。
そうなると、あの時の遺跡周辺には巨大なドラゴンが居るということに──、
「コースケは──、」
俺が左手を顎に当て黙考していると、レインが少し表情を曇らせつつ俺に問いかけてきた。
「──全身義体は好きじゃない?」
心なしか、瞳が潤んでいるように見える。
俺が思考に没頭していたため、どうやらレインの全身が義体であることについて考え込んでいると勘違いさせたらしい。
「れ、レインはレインなんだから、俺はそんなの気にしないぞ!」
俺は焦ってなにやら良くわからないようなことを口走ってしまった。何を"気にしない"んだか。
だが、そんな俺の言葉にレインの表情は僅かにほころぶ。
なんだか急に恥ずかしくなってきた。えっと、どうしよう、何をしようとしてたんだっけ?
あ、そうだ、先ほど見たレインの身体情報では、各部のアプリケーションがほとんど未設定だったな。よし、少し設定を変更しよう!
「ご、ごめん、もう少し身体情報を確認させて。」
俺はレインに断りを入れ、身体情報を更に展開する。主に義体の機能についてだ。
スペック上、戦闘向けの機能対応が可能なようだが、戦闘用アプリケーションは全く設定されていない。
それどころか、義体の設定状態だけ見れば"未設定"もしくは"構築中"といったところだ。
義体の素体から外見の構築をして、システム初期設定の途中で中断されているようだ。
受けた傷は回復した、というよりは、「システムが構築中だったために状態を維持しようとして修復された」というだけのようだ。
今は時間も無いし、すぐにできる設定だけでも……、
とりあえず、すぐに起動できそうな飛行システムと、格闘戦プログラムのセッティングを行った。
「飛行と格闘戦を有効化したから。何もないとは思うけど、何かあったら使ってくれ。」
俺の言葉を受け、レインは直ぐに何かを起動したらしい。
彼女の両足、脛と脹脛が展開し、足の下に半透明の円盤が形成され、数cmほど、レインが浮き上がる。
「ぉぉー。」
「こらこら、この世界には飛べる人は居ないんだから、あまり大ぴらに飛ばないように。」
俺は自分のことを棚に上げてレインに注意しつつ、未だに繋いだままの右手でレインを床へ下す。
しかし、レインの全身が義体だったとは……、俺の義手義足もそうだけど、言われなければ全然気が付かないな。
思わずレインの体に目線が行く。
遺跡の中で目覚めたときに触れてしまったことを思いだし、「触った感じは、ごく自然だったな」などと内心感想を述べて──、
「また、触りたい?」
弾かれるように視線を上げレインの顔を見る。
レインは胸元に左手を当て、ほんの少しだけ朱が差した表情で俺を見ている。
「え、なっ」
「──ん、コースケなら……、いいよ。」
一瞬の逡巡。い、いいのか!?
「いや! いくない、いくないから!!」
「こらー、いちゃいちゃするなら部屋に連れ込んでからにしなー」
俺が慌てているところへ横合いから声がかかる。
食堂の入り口でサンディさんが壁にもたれつつ、口の端をニヤリと持ち上げてこちらを見ていた。
「お、お、お、俺、バイトあるからーーー!!」
「──ん、いってらっしゃい。」
下宿から転がるように外へ飛び出し、俺は何かをぶちまけるように夕暮れの街を走っていった。
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10代半ばの少年が夕暮れの中を走り去っていく。
「……。」
路地の影から、男はその姿を見送る。
少年が走り去った直後、建物の中から白髪の少女が姿を現す。透き通るような白い肌を持つ美少女と言って差し支えないだろう。
「おぉ、これはこれは……。」
男は誰に見咎められることもなく、一人不敵な笑みを浮かべた。
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