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脱サラして第二の人生を始めます(強制リスタート)

本日、3話投稿します。 1/3

 "歩きスマホは危険!"


 いまどき情報端末(メディア)を"スマホ"なんて呼ぶのは老人だけだ。さすが政府広報の広告、コピーが時代錯誤だな。


 空に浮かぶAR(拡張現実)広告なんて、久しぶりに見上げた気がする。

 AR(拡張現実)広告なんて今時珍しくも無い。本来なら良く見かけるものだ。にも関わらず、俺がそれを珍しく感じてしまったのは、自覚している以上に日頃から下を向いて生活していたためかもしれない。


 沸き立つ、というほどでもないが、今の気分は少し上向きだ。



『やるじゃないか。』



 本人としては、何気ない一言だったのだろうと思う。だが、俺にとってはその先輩に初めて認められたと感じられる一言だった。


 高校卒業後、製造の現場作業員として数年勤めてきた。

 大きなやりがいがあるわけではないが、それなりに自分の時間も取れるその仕事を、俺は結構気に入っていた。


 しかし1年半前、俺は設計変更を行う事務部門へ異動となった。

 パソコンなんて学生時代の実習くらいでしか触ったこともなく、ましてはCADなんてほとんど覚えていなかった。


 そこで俺の指導を任されたらしき先輩からは、「仕事が遅い」だの「報告が足りない」だの散々な指摘を受け、俺は日々、『元の部署へ戻りたい』と考え続けていた。


 今日、先輩から初めて褒められたような言葉をかけられた。

 たったそれだけのことで結構気持ちが上向いてしまう自分は、なんとも単純だ。


「もう少し続けてみるか。」


 ひとりごちつつ視線を向けた先、道の反対側にある行きつけのスーパーが目に入った。


「たまにはデザートでも買って帰るか。」


 俺の言葉に呼応し、|視界投影型ディスプレイ《インサイトビュー》にスーパーのスイーツラインナップが表示される。

 情報端末(メディア)のAIが俺の好みに合わせた商品を表示したのだ。


「ロールケーキがいいかな。」


 家には来年結婚する予定の妹が居る。その妹が、このスーパーのロールケーキがおいしいと言っていたはずだ。

 仕方ない、妹の分も買っていくかっ!



 そんな浮ついた状態で歩いていたからだろう、俺はいつの間にか赤信号で道を渡ってしまっていたことに気が付かず、そして手遅れな距離に接近されるまで、大型トラックにも気が付かなかった。


 急速に接近する走行音に意識を向けたときには、もうトラックは目の前だった。

 その事実に俺の体は硬直し、現実逃避のように目を閉じてその瞬間を覚悟した。



 ──? だが、一向にその瞬間は訪れない。



『車道は危険です。歩道にお戻りください。』


 大型トラックは、まさに俺の目前で停止していた。


『車道は危険です。歩道にお戻りください。』


 無人の大型トラックから、機械音声による注意メッセージが発せられている。

 車両の自動運転が一般化した現代においては、うっかり車道に出てしまって大型トラックに轢かれるなんて事故は起こらないし、それにより異世界に転生するなんてことも無いのだ。




 そう、違法な有人運転車両でもない限りは……。




 地を切り裂くような甲高いブレーキ音が意識の反対側から鳴り響く。

 咄嗟に振り返った俺の目に入ったのは、セダンタイプの運転席で驚愕の表情を張り付けた違法運転者の顔だった。










 暗転する視界。

 暗闇の中、スライドショーのように景色が流れていく。




 白い部屋だ。




「私が担当の────、──です。」

 白い服、黒い髪を肩でそろえた女性だ。なぜか見ているとホッとする。




 これが走馬灯? 見たことのない景色だけど、走馬灯ってこういうものだっけ?




「使用─に──ないなら、───お願いします。」


 俺の声?




「全身─────になれば、俺でも──────。」





 ごめん───。






 なんだこれ? よくわからん。

 ぐるぐると黒い空間が渦巻いている。

 俺は渦に巻き込まれ、どこかに吸い込まれた。








 えーっと、どうなったんだっけ?

 まあ、落ち着け俺。ちょっと記憶を整理してみよう。



 俺は識名(しきな) 孝介(こうすけ) 28歳 独身、彼女いない歴~年(本人の名誉により非表示)。

 趣味はゲーム。特にRPGが好き。休日はもっぱら家で過ごす。


 だんだん思い出してきた。


 そうだ、会社帰りにロールケーキを買いそびれた! いや、じゃなくて、トラックに轢かれ───、なくて、車に轢かれたんだ。




 どぷん。




 何かが落ちたような水音。

 真っ黒な闇の中に、いつの間にか青年と呼ぶには少々若い男が漂っている。


 薄い茶色の髪をしたその男は全身傷だらけ、両腕は肘から先が無く、両足もおかしな方向にねじ曲がっており、見ていて非常に痛々しい。



 誰だ?



 いや、思い出した……、いや、知っている。俺はこの人物をよく知っている。



 ルクト・コープ。



 俺の中に、ルクト・コープとして生きた15年の記憶が湧きあがってきた……。


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