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DAMON HORN★



No1 ドレスコード


労働者階級地帯のマンション201号室。

シャワーから出る。

ダイランはヴィンテージジーンズに足を通し白シャツを着る。

ブロンズ蛇バックルのメッシュベルトをジャランと手に取った。ラフな黒のスーツジャケットを羽織、指に嵌めたシルバーが光る。

燻したブロンズアンティークを首から下げる。トルコ石と黒エナメルの象嵌された大きなシルバー丸装飾付きで、上がロケット、下が懐中時計になっていた。中世物で、毒を入れるケースだ。

ネックレス平らチェーンと同じワッカのピアスを嵌めると癖付くブロンドを軽めにワックスで流し、黒ガラスに金縁のクラシックサングラスを切り抜いたように大きなエメラルドの目元に嵌め、鋭利な目が見えなくなった。

キャメルとジッポーを右ケツに、札を胸ポケットに差込み部屋を出る。

キーを差し込んで階段方向へ向おうとした彼は、首を傾げ目に長身で振り返る。

一番奥の203号室の前を振り返った。

ドアから女が出て来た。今からお出かけ、といった装いだ。

焦げ茶木綿のワイドパンツに、クリーム色ビロードに鳳凰の丸が赤でプリントされた穂ルターノースリーブからしならかな撫で肩が手先まで続く。

その手首にも腰にも古い金のアクセがジャラジャラ着き、簪で留めたひっつめ団子の黒髪が小さな頭だ。顔横と胸元をウッド素材の民族アクセが飾った。

彼女は麻製の大きなバッグを肩に掛け、ジャラジャラアクセがついたキーを回すとノンヒールの牛革サンダルの足でくるりとダイランを振り向いた。

オレンジテラコッタの唇にオレンジのチークのその女は背もスラリとして、オリエンタルな風雅がある。

女は「あ。いい男」と思いながらも茶色マニキュアの指で茶色と黄色グラデーションの大振サングラスを下げ上目で彼を見た。

「よう」

「こんにちは」

透き通っているのにハスキーな声で平坦な日本訛でそう言い、涼しげな鹿目はどこかボーイッシュな作りだ。西洋の血も混じってか、繊細な顔つくりだ。

ダイランはそこまで歩いていくと手を差し出した。

「俺はダイラン=ガルドだ。201に入ってる」

「よろしく。あたしはユリ=ミナツキ」

水月百合みなつき ゆりのその手を取ってがっしりと握手を交わした。

地主リカーの秘書である江戸っ子の日本女ミランダ=白鳥のきっぱりした日本語とは違い、京女のゆったり感と視線のはんなりさがある。

口調ははきはきしていてそれが全体を中性的な印象で覆っていたが、撫で肩と仕草が女らしさを一層引き立てた。

「何か問題が生じれば俺のところに駆け込むといい。手助けする」

「ありがとう。頼りになりそうだわ。今度、何か困ったことがあったら相談に覗わせてもらう。実は、ここの管理人はあまり頼りにならなそうだと思っていた所よ」

「あのエジプシャンは完全に仕事放棄する事に忙しいからな」

「まあ。やっぱり。でも安心したわ。こうやって親切に言ってくれる人がいたから」

「なんなら、102の家族も頼りになる。俺も一人暮らしだし、男じゃあ言いにくい事も201の妻が助けになってくれるだろう」

「分かったわ。201ね。あなたの事も頼りにさせてもらえないかしら。その時はよろしく」

「ああ。喜んで受ける」

ユリ=ミナツキは微笑んでからダイランに並んで階段を降り始めた。

「それと、101の野郎には声をかけられてもシカトするんだ」

「昨日会ったわ。彼女連れの男性でしょう?」

「あれは怪物だ」

ダイランはユリ=ミナツキを振り向きながら話していた背後を何者かに蹴られそのまま転がった。

ユリ=ミナツキはきゃあと叫んで口を押え、そうしたごろつき101を見た。

「この馬鹿。何しやがる」

逆さになったままのダイランは、ブーツと革パンツ先の、黒髪を丸く刈り上げた101のいつもの見下ろしてくるだるそうな垂れ目を見上げた。

「お前みてえな魔物に怪獣呼ばわりされたくねえ」

「じゃあ怪物だ」

「このガキ」

ベージュのシャツと黒地にごく細のブロンズ線の入ったジャケットを羽織、胸ポケットにボルドーブラウンシルクを刺挿している。首を25金の平らチェーンが飾った。

彼エスリカは黒の虫型サングラスをはめるとダイランを引き起こした。

「俺は大天使ガブリエル様だぞ。口慎めよ」

普段ダイラン自身の嫌う名だ。

「おいユリ。こいつ、セカンドがガブリエルって言うんだぜ。ガビーって呼んでやれよ」

「ああそうなんだ。実は本名を天使の名を貰い受けた」

今日のダイランは妙だ。怒りもしない。

「いい名前」

ユリはそう言うとくすくす笑ってから2人に「じゃあ」と手を振り、随分古い型のBMWバイクに乗り込み去って行った。

4日前に302のオランダ人バレリーナ女、ラメリアがムショに突っ込まれた事件が当マンション内で起きた事をエジプシャンオーナーは知らせずにいたらしい。

ラメリアは殺した男達を時期毎に殺して部屋で凍らせていた凍結イカレ女だ。

ダイランは101を振り返らずに去っていった彼女の方向を見ながら言った。

「おい。随分美人が越して来たじゃねえか」

「男は」

「今の所見てねえ」

「よくお前の部屋の階に来たもんだな。ニューフェイスか?」

ダイランの階にはこの街の誰もが嫌がって入らずにマンションオーナーは困っていた。

「さあ。そうかもしれねえよ」

「お前、狙ってみろよ。転がるか賭けようじゃねえか。どっちに乗る?」

「美人はいいが、俺には心に留める天使が近場に」

「おい。今日は一体どうした?LSDでもやってんのか?」

「やってねえよ」

「そのロケットの中見せよよ」

「ハッ何も入ってねえよ」

2人はダイランの車体、ワイルドオーズッドに乗り込んだ。

最近、前の所有者のマリファナの匂いが染み込んだシートを若牛の柔らかいベージュシートに変え、内装壁を黒馬のハラコにした。

余りに署内のドーベルマンが水曜になると煩くダイランに吠え立て、噛み付かんばかりになるから訓練官達にどうにかしてくれといい加減言われていた。

今日はヴィンテージショップと動物の皮革ショップのパーティーだ。

隣町のJ=オースティンにあるクラブバジョーで行われる。10代の頃ダイランが経営していたストリップバーのあった跡地にオープンした。

そういったわけで今日は小洒落ていたわけだ。



No2 アヴァンゾン=ラーティカ


明らかにこの3年でスラムハイセントル出のごろつき警官だったダイランは、ごろつき達には豪く始末悪いデカになっていた。

スロットにでも当たったのか、101がマリファナを吸ってきたのだろう。嗅覚がそれを告げたがダイランは何も言わなかった。いつもの事なら酷いことになっていたのだが。

今日のファッキンルシフェルことダイモン=Gスポット=ゴールドはそれという覇気が無い。

濃い紫で色着きされたハラコで覆われる携帯を取り出し101は連れのマジェスタと連絡を取り合った。

すでに彼の元にはバジョーオーナーの息子、カルロもいるらしい。彼からは有給が入ったらカルロの従兄弟が経営するイビサのクラブハウスへ誘われているが、今の所ダイランにその気は無い。

「おい。手帳は置いて来たんだろう警部殿」

「持ってなかろうが今や素性はバレバレだ」

そう言い助手席の101に見せ、101は肩をすくめてから座席を倒し足をクラブコンパートメントに放っった。煙を吐き出し琥珀色の曲をガンガンに掛ける。

「昨日のパーティーどうだった」

「ああ。まあまあだったんじゃねえ?ポカスの野郎、気分上々だったぜ。ハハ、あのAに気に入られたんだ。当然かもなあ」

昨夜、演出家兼ストーリーテイラーのポカスの凱旋パーティーが隣街のシャンパンバー、エクセレントゴールドで行われた。出演するほどの美形だからデスタントファミリー幹部キース共に女共から人気がある。

デビューとなる今回のフィルムは、渋くアングラなサックスジャズミュージシャンの自伝的な映画物だ。音楽を手がけ、サックス奏者であるビット=Aは今注目され始めている若手のカリスマだ。

Aの演奏はどこまでも高く、パンチの利く胸真中に小穴が開きそうな程パワフルな物も得意とすれば、そこまでも高く官能的な甘いセクシーな音も得意とし、脳天まで突き上げ抜けていくような爽やかさ、そして艶やかさで攻めてくる時もあり、万人を魅了すし、どこまでも野太い音を地の心底まで響かせると思えば、天高くに掲げ高い音を存分に鳴らす事も得意だ。

彼は仲間からの支持も大きく伝も広い。その彼に気に入られると言う事は巨大な喜びというわけだ。

シンガーのスリーク=BはAと同じ界隈出で、Aをスリークは兄貴の様に慕っていた。彼女とのフューチャリングも何度となく行われていた。

101はカルロと連絡を取り合っていて、車体は丘を越え山々の横を進めて行く。

「よう。ガルドの愛しのスリークはビットにしっかり着いて来たんだろうな」

「おいあいつまだ街にいるのか?」

「ちょっと待て。何だって?」

「スリークのおまけはまだいるのかって言ったんだよ」

「妹分差し置いておまけにするにはでかすぎるぜ。会場にいるらしい。それにスリークもいる」

「マジかよ」

「おい急ぐなよ。消えやしねえ。コロンビアでの賭けじゃあ負けたんだ。延長戦に持ち込めるって大喜びらしいぜ王子様」

「肉体関係持つつもりはねえよ」

「おいお前、あの女とどういう関係なんだよ」

「別に」

「進めようぜ〜」

「………」

フィスターの事になるとダイランは点で無口になって行く。ダイランは目玉を回して口をつぐんだ。そして……

やんちゃな仔猫のように唇をぺろりと舐め狙いを定めたのをエスリカはしばらく見ていたが、信号を見て咄嗟に横から乱暴にブレーキを踏み込んだ。

エスリカはトンでいたダイランの頭を本気で叩いてダイランは驚きエスリカを睨んだ。

「勘弁してくれよ運転中だぜ!殺す気か!」

「あんだよいきなり!!」

自覚していないのだ。ダイランはどういうわけか目は開いているものを稀に何かの人格になるまるで何かの動物のようにだ。

それで危うく轢き殺しそうになった美人な女3人組みは、2人の男を見て怒鳴る準備をしていた険しい顔を微笑させた。

エスコート請負会社で働くズィーと、隣街百貨店HOUTEILでイヴサンローランのコスメティックユニットで働くシルズに、3階のジバンシーのショップで働くメローだった。

着飾っていて、装い的に今から他のイベントに向うつもりだったらしい。

「Hiダリーにエースじゃない」

「よう。悪かったな」

「雄猫ちゃんは余りのあたし達の魅力的な様にボンネットの存在も忘れてしまったの?」

まさに猫まっしぐらな美人揃いだ。

「どうしたのよダリー?ベライシー=レキュードは今日もサーカステントにあるの?」

彼女は背後のアヴァンゾンの街並みを振り返り、その遠く先の海側にある遊園地からはメリーゴーランド色の花火が上がって派手に夜の遊園地の様子をそのまま煌びやかな照明とともに浮き出しにし、鏡の国の迷路のように空を複雑にしていた。

その方向に同じように在るここからでは見えない豪華絢爛で妖美なサーカステント側を指した。

「あれ、爆破したんだぜ」

「なんですって?」

「ダリー。エースが適当言ってる。殴っちゃいなさいよ」

「事実だ」

「何故?いつよ」

「捜査中にやられちまった」

「信じられない!あの最高にクールでセクシーなベライシーが爆破されただなんて!」

ベライシーは車名で、5つのブラックスターを従えるシルバーのコブラエンブレムを先頭にしたワインパープルの車体で、光の屈折により赤紫、濃い紫、青紫、紫に色がグラデーションを見せ、夕陽にはゴールドパール、琥珀ゴールド、ブラウンゴールドに色の反射を見せるボディーだった。

ベライシー=レキュードは黒の車体が多い中、珍しい配色であり、世界に一台のベライシーロイヤルはダイランの愛車だったのだが、ある紛い物武器製造系列の密輸輸送船で船もろとも被害にあってしまった。

「乗っていけよ。どこの会場だ?」

「2丁目のビズリー。その宝石店、新しいデザイナーが着いたのよ。知ってた?」

同じ事もフィスターも言っていた。

「噂は聞いた」

「美人か?」

「男よ。ホモっぽいけど美形のスパニッシュ」

前のデザイナー女はオーナーとの浮気が発覚し妻にライフル銃で乱射されていた。数ヶ月前の事件だ。

「今からマジェスタと落ち合う」

「Rのパーティーなんですってね」

Rは最高に渋くダンディーな68歳で、元は他の国にいた。

「途中からこいよ」

「適当に抜けて行くわ」

メローはダイランの頬にキスをしてから微笑み、3人は後部座席に乗り込んだ。

ズィーはダイランの背後に乗り込み、彼の両肩に両腕を絡ませてから小声で囁いた。

「ねえダリー。あんたの先輩刑事、エスコートした」

「どれ」

「チャリール」

「カードのキングか」

「奥さんとは別居しているみたい。そんなわけでモンテカルロまで出張」

「へえ」

「寝たの」

彼女を横目で振り返ってから深い色の彼女の細い眉が引き上がった。それを見て前に向き直った。カードのキングはダイランは大嫌いだ。

「離婚間近らしいわ。問題はそこじゃなくて、殺人課の女の子といい仲だっていう事。狙ってるのよ」

「誰を」

「レオン=キャンリーの事」

「おいふざけるなよ」

「でまかせだって思う。なんだか、話を誇張して来るわ。でも事実ならあんたの事聞き出そうって、魂胆なんじゃない?今でも周り見張られて無い?」

「ふん。あの女には何の情報も与えてねえ。出る物なんか何も無い。勝手にさせておけ」

「それならいいんだけど」

深い声でそう言い彼女はダイランの頬に頬擦りして微笑んだ。

「おいマジか?あのじじい、レオンに手を出してるって?」

「聞いてみれば?元カノなんだし」

「何をだよ。奴のサイズをか?」

「あなた、そんな物知りたいの?だから変な噂立てられるんじゃない」

「ホモになったとかって」

「好きに言ってろ」

「今日のダリー、おかしい」

「それほど興味ねえって事だ」

「あんなに綺麗な子だもの。本当は気になるくせに」

ダイランは金色の煌き粒子を空間中に纏ったレオンの美しさを思い出していた。彼女はまるで女メレクのようだった。だが、警官に本気になることは彼自身が禁止事項に置いていた事だった。彼の考えを留めさせる結果になり得るからだ。

だが、ダイランは確実にフィスターに惹かれていた。

正義の女、キリシタンの女、清純な女、彼女に。それでも手を出してはならない、まるで禁断の果実のように思えた。

自分の血で汚れた手では畏れ多く、触れてはならない存在に思える……。

「あらダリー?あんた、誰かの事思ってるでしょう。目が行ってる」

「目だけ?ねえ」

エスリカはシルズがダイランにちょっかい出すのを押えた。

「エース。あんたいつまでダリーに運転させておくつもりよ。変わりなさいよ」

「おいこれ以上屈辱的な事言ってみろよ」

「蹴り出してごらんなさいよ」

「いいやその綺麗なケツでいかせろ」

「まだ綺麗なままよ。これからもね」

「ハッ、清純振りやがって」

「ねえダリー?」

「ここに来てよ」

「おいガルド。後ろ行けよ。お前なんだかぼうっとしてるぜ。この所アメリカに帰ってから様子おかしくねえか?」

確かに自覚している事だ。部長のハノスの野郎にダイランのZe−nとしての闇権利と仲間、地下金庫を全て剥奪されFBIに押収されてからというもの、半年間ダイランは刑事を一時辞めてZe−nとして海外のアングラに根を置き再生を図ったが、それもFBIGメンのハノスに再び崩された。

「一発きめーなさいよ。ポンプ持っ」

メローがズィーの腕を小突いたものの、ダイランはやはり聞いてはいなかった。今の彼は薬への規制緩和中なのだろうか。

ダイランが運転を変ることは無かった。

「今からパーティーなんだ。はしゃいでこうぜ」

ダイランはそう言いながらボリュームを最大限にしてスピードをワイルドオーズッドの最大限にした。女3人もはしゃいだ。

「そうよ!今からマーティーよ!」

エスリカも賛同した。

「盛り上がってこうや」



No3 クラブバジョー


ヘリポートからもパーティーに参加する人間達が向って来ていて、その中のどれかにヘリで来たカルロの従兄弟などもいる筈だった。

そのまま道をコーナーで曲がり、巨大マンション地帯に向っていく。

一気に駆け抜けマンション地帯に到着すると、ポカス達がメキシコ仕様にしたリンカーンとセダンキャディラックに腰や背を着け、ダイランのオーズッドが流れ込んだのを軽めに手を上げた。

「今の所の面子は揃ったようだな。行くぜ」

ポカスがそう言いキャディラックに乗り込んだ。

窓をスライドさせ、彼はダイランに微笑み掛けた。

「まだお前に祝いの言葉渡して無かったな」

ダイランにポカスは口端を上げ肩をおどけ上げた。

「今度、Aに会いに行こうぜガルド。さっき連絡が入ったんだが、物用でNYに帰っちまった」

「おい本気かよ」

「まあ、忙しい奴なのさ。お前のお陰だぜ。Aを紹介してくれて感謝してる」

「お前の実力だろう。応援するぜ」

「ありがとうよ」

ポカスは軽く手を上げてからそのまま窓枠に腕を置き滑らかに双方の車体を進めていった。

RはNYにも305#という秘密クラブを持っていて、密猟されてきた様々な大型動物、巨大生物達を専門で卸すバイヤーでもある。通り名がRだが、本名はロッキーと言った。

ダイランのチーム時代の部下のアマゾネス女メイシスの鰐を輸送したのも彼だった。10代の頃、メイシスがダイランにあげた物だ。2年前に逃げた。

ショップバジョーは1階ホールがクラブ、2階がシガーバー、3階に皮革ショップが入っている。入り口を有角動物の頭部骨格が飾っている。

シガーバーではビリヤードも楽しめ、カウンターではRの娘のジョウがショコラとウィスキーを提供していた。

1階のクラブは幅の広いジャズクラブでやはりその中でもAのドーナツ盤も今日流される。

本来ならば生で演奏させたかったのだが理由が理由だ。

Aは元々まだクイーンズに来たばかりの少年時代、荒れていた。

その時代はまだ12歳だったディアンとダイランは連れ添い立った。よく2人でNYに来ていたが、そこで喧嘩が始まった相手がAだった。

ディアンは腕っ節があったのだが、それに勝っていたのがAだった。ダイランはとんでもない肺活量なのだが彼はそれも上回っていた。ダイランもディアンもこてんぱにのされ、翌日Aの所にダイランの連れが団体で落とし前に来た。

Aが母国アフリカの国旗を燃やされた瞬間、負けかけていたのを全員をのした。彼は血眼でダイランとディアンを殺すつもりで探した先で、彼は目を見開いた。

ダイランがトランペット、ディアンがサックスを吹くその威力的な姿に圧倒させられた。パワフルで力強く高くも時に複雑に、まるで夜空の月を中心に悪魔が乱舞しているような見事なセッションだったのだ。何らかの魂が宿っていて、一気に彼は惹き付けられた。

だが、今となってはそれも既に聴く事は出来ない物だった。ダイランとディアンは既にトランペットもサックスも手に取らない。互いの手もだ。

一度Aがその時の話をしたら炎の先でダイランのエメラルドが険しく静かに変り、一気に殺されかけた。2度としてはいけない話だったわけだ。

緩く車体を進めていき、この時期にしては涼しい夜だ。

街並みはどこも煌びやかで派手な装いをした人間達が溢れ返っている。

バジョーに到着し、女3人は自分達の会場のある2丁目へ向い、男達に手を振った。

ダイランは入り口へ歩いていき、ハイセントルのビリヤードバーマスターのリドがいる事にすぐに気づいた。定休日の今日はビリヤードをRの店に突きに来たのだろう。リドは自らの店の台では滅多に打たなかった。Rと話をするためにたまに来る。

「よう。ダイランじゃねえか」

ダイランは軽く手を上げた。ホール奥を見てからリドの所へ行く。

エスリカは先行ってつぜと言い、既に始まっているホールのパーティーに加わりポカスやマジェスタ達もダイランの肩を叩きリドに軽く言葉を掛け続いた。

「上にディアンもいるぜ」

ダイランは無言で相槌を打ってから息をついた。

「少しは仲良くしてやれダイラン」

それ以上は何も言わずにリドは口端を上げ階段を上がって行った。

ディアンが他のバーに来るのは珍しいが、リド同様Rの店にはどんな客でも不思議と集まる。

ダイランはホールへ入っていき、騒がしさに同化して行った。

Rとカルロに挨拶に向かい、シャンパンを手に会場を見回した。

「セプテンバーが逃げた」

Rはダイランの横で声を潜めそう言った。彼は横目でRの頭部を見てグラスの手を組み、頷いた。

「これで残るはフェブラリーとディッセンバーだけだぞ。完全に今の状況で引いたらまずい」

Ze−nとして他国の都市を回らせ半年前からカジノ経営などを任せていた12人だ。7年前からRも幅広くZe−nの元で規制を敷いてきていた。

それもFBIに感づかれてからというものはハノスの目がいちいち厳しい。

今引けば、Ze−nは完全に機能停止に陥る。動かざるを得ない。

クラブにはダイランのペット、アギとヴェレがいて、2匹とも大人しくごろごろ転がっている。まさかディアンの黒豹ジャスミンのようにはリーデルライゾン中を徘徊させ散策させはしない。

第一、いずれももともと猛獣園で繁殖されたのだが、アギとヴェレは警察から野外に出すことを禁止されていた人食いだ。ダイランの制服時代に店と共に押収されると処分をどうにか免れ、サーカステント横の華麗な繁殖猛獣園の非公開牢屋の中でサーカスのパフォーマンサーだったダイランの部下達の3人に昼を飼育されていた。

それが、このクラブが新しく出切ると、クラブのペットとしてRが買い取った。パフォーマンサー3人もFBIに連行され飼育をする人間もいなくなっていた。

黒豹ヴェレの頭を撫で微笑み、黒皮のなめし皮ドレスで歩いて来たのがグラマラスなガーラだった。

艶やかな顔にセクシーな目元に口元。黄金の髪を下ろし波立たせ豊満な胸元を開け肉付きの良い腿の上までスリットが入っている。

柔らかな肌は肌に密着し、その線を引き立て表した。

「ハアイ、ダリーボーイ?」

「ガーラ」

マゼイルの姉だ。

彼女にはしっかりとした身分があり、それは大手ランジェリーメーカー社長という物だった。NYとヨーロッパ各国とHOUTEILに店舗を構え、アダルトビューティーな店内はどの国でも人気がある。

「あんたもこの夏、どう?」

「俺はシャイなんだ」

「ぞくぞくするわ。そういう言葉」

以前10代に頃には男用の下着モデルをしていて、現在もダイランは彼女の所のストレッチトランクスを愛用しているが、今の身分ではそれ毎にロケ地のキューバやドバイの海岸だったりエジプトの宮殿には行ってはいられない。元々ダイランはその10代の頃ストリッパーだったから体を見せることは実は意に問わない。

ガーラは彼の男らしく整ったセクシーな肉体の線をなぞるように見てから視線と微笑みだけでのして来た。

ダイランはふらついて目頭を押え、首を振りアギが足に擦り寄ってきたのを頭を撫でた。

その反対側にガーラは来て、ライオンを挟み彼の手に自分の白く柔らかい手を重ねてライオンの頭を撫で、ダイランに言った。

「今から出ない?」

外には彼女のモルフォ蝶色にしたジャガーオープンカーが停まっていて、それは照明を受けることでシルバーゴールドパール掛かってアールデコに流線がレリーフされている特注品だ。

ダイランはまるで毒蝶に引き寄せられるように彼女に着いて行った。

様子のおかしいダイランにRもエスリカも気づいて、エスリカがダイランの後を追う前に意外な人物がその場に現れダイランの腕を引き振り向かせた。

ガーラも振り返り、その人物を見上げた。

デイズだ。

会場の誰もが一瞬で鎮まり返り、デイズはホールを見回すと構わず楽しめよという風に微笑した。

ダイランは一気に目を覚ました様に首を振り、デイズを険しい目元で睨み見上げた。

それと共に信じられない物がダイランの手から飛び出し、デイズはそれを無表情で見下ろした。

自分の手首に嵌められた手錠を。

「ほどいてくれ」

彼の低く深い声音でそう口端を上げ言った。

「駄目だ」

「場をわきまえられないのか?」

ダイランは会場を見回し息をつき、鍵を取り出し手錠を外したからどちらにしろ誰もがやはり驚いた。今日の奴は妙だ。

デイズはガーラに微笑み奥のRの所まで行った。今はただパーティーを楽しみに来ただけの話だ。カルロはデイズの元の連れでもある。カルロが皮革を卸し始めた時代、青年時代のデイズは兄と共にアメフトをしていてよくバッファローのいる草原に赴いては訓練がてらに捕らえて皮製品にしていた頃の伝だ。

「ようデスタント。勢力が随分脅威を見せてるじゃねえか」

「さあ。まだまださ。あの狂犬がそれをなかなか許さずに俺に加わらない気だからな」

「ガルドをあまり、けしかけるなよ。今に本気で撃ち殺す勢いだぜ」

「フ、上等だ」

ダイランは一時アングラに戻ったものをまた戻ればデスタント討伐熱を蘇らせた。あいつは今や、恨みと怨念と怒りの中を生きていた。デイズとディアンを死刑台に上げるためにデカになったのだから。

いつもの色っぽい目で会場のダイランを一度見てからRを見た。

「それで、奴は何か俺に情報を寄越すような事を企てているのか?まだ」

「さあどうだろうな。あいつは気紛れだ」

「その気紛れついでに俺は随分と焦らされているけどな」

「戻る事は無いだろう」

デイズは口端を上げ首をやれやれと振った。あいつの気紛れは何も今に始まったことでも無い。ガキ時代からのらりくらりとした性格で気をすぐにころころ変えてデイズに意地悪っぽく微笑んで来た。今のあいつは笑顔など作り出すことも出来ない程感情の波に揺られていた。

徐々に誰もが雰囲気を戻していき、酔っていった。

連れがダイランに何を言っても返事は返してくるが何だかおかしかった。

スリークもAと共にNYへ戻っていた。

いきなりの事だった。

ダイランが倒れてそのまま気絶したのだ。

その時共にいたゼルとバンダンは驚きダイランの上半身を引き起こした。

ぐったりし、大きな目は硬く閉ざされている。

「おい、酷い熱だ」

ジョウは走って行き電話を掛けに行った。



No4 黄金琥珀の夢


ダイランは夢を見ていた。

この世は戦時だった。全てが琥珀の戦争だった。ただ、黄金色の眩しい空に大砲が飛び交っている。大地だ。

煙の尾を引き、縞馬達も琥珀に染まり、湖は黄金の天空を移し風にたなびく。

その色の雲が風に流される様を水面に映していた。

その鏡から針金が3本ほど立ってはその先端に真っ赤な鳥の剥製がはばたく形でくちばしと目を開けている。

天から巨大な一本の指がその鳥を揺らしている。

他の色味はそのアザミの花のような羽根の赤い色だけで、その鳥は奇声まで上げ大砲のドンッドンッという音の上から高く天空と空間中に響いている。

よく見ると、背後の遠くの囲われた低い山々とは逆の地平線に何かが立っていた。

それは誰かが架けられている十字架だった。一人は髪が長く風にそれと白い衣服をなびかせた女で、何事かを高い声で叫び訴えている。

もう一人は力も無くし何も言わない金髪の男だった。2人の顔は見えない。彼等にはぼろ布で目隠しされていたからだ。

朽ち果てそうな十字架は強風にあおられ吹かれる毎に傾き揺れて、遂には斜めに倒れていった。

アリ達は列を作り土の上小石を避け、くぼみを避け途切れる事無く進んでいく。

その黄金色に、巨大な人を見つけた。

それは膝を折り地平線に肘を掛け手に顎を乗せ、ドングリ目を瞬きさせる事もしない襟足の長い黒髪のヨーロッパの男で、その男が子供のように鳥を揺らしてその目で追っていた。閉じられた口元は両方上がっている。

ダイランは知っていた。その男が何がしかの名を貰い受けている悪魔だと事をだ。

その瞬間、その男の頭から大きな角が生え、角が天に突き刺さった所から黄金を黒抜き闇が染みのように広がり始め、その悪魔は鋭い牙を剥け宇宙に怒号を轟かせた。

獣そのものの醜い声と、その地響きで地上は大地は崩れ出した。

湖の鏡はその事で鋭い音を立てて割れ、天にその破片はきらきらと金に輝き吸い込まれていき、地割れの暗い深淵から誰かの手がダイランを助け引っ張った。



No5 ガーラの黒石材ROOM


ダイランがガバッと起き上がるとそこは知らない場所だった。

ガーラは黒シルクのローブを前で合わせていて、黒シルクの丸いベッの縁に腰掛けダイランを見ている。

その視線のおぼろげな先でデイズが体を拭き腰に黒のバスタオルを巻いた。

そのよく磨かれた黒石材の床、壁、天井の広い空間の一部の壁に金色のシャワーヘッドが備え付けられている。

デイズは襟足の長い髪を後ろに流しながら振り返りジェット素材覆われたキャビネット上のクリスタルグラスを手に取り、初めてダイランが目覚めている事に気づいた。

ガーラの所まで来て彼女にキスしてからベッドのヘッドバッグに広がるホールへ歩いていった。黒シルクに黒糸で牡丹の刺繍されたソファー中心に腰を降ろして片腕を背もたれに掛け、グラスをジェットで出来たローテーブルに置いた。

ダイランはガーラに肩をゆっくり倒され横になった。彼の額と顔輪郭をなぞって汗を拭い、髪を退かした。彼は朦朧としていて意識が遠くなったり近くなったりした。空間中央から下がる黒石材で出来上がった巨大なシャンデリアが寝台の頭上にあり、その一つ一つまで黒の天井と同化し、それをおぼろげに見ていた。

デイズのシガーがゆっくりと煙立ち、琥珀のブランデーの氷を鳴らした。その音が空間に重厚にだが、高く鳴った。

そっとガーラはダイランにキスをして頬を撫でる。彼は頭がぼんやりしていて、何故こんなに体が重いのかが分からなかった。

「お前、毒打たれてたぞ」

デイズがベッド横まで歩きそう言うとダイランを見下ろした。

「毒……?」

自分の声では無いかの様に弱弱しく熱に冒されていた。

「大丈夫よダリーボーイ。あたしが汗を出させて毒だししてあげたから」

まだ汗の浮く額を撫でその額にキスをし、「この子、まだ辛そうだわ」と背後のデイズを振り返りそう言った。

ベッドのフット側のホールの壁際にある黒く何かが彫り込まれているマントルピースの中は、こんな時期だというのにまだ火がくすぶっていた。

「火を、あの火を消してくれ、暑くて仕方が無い」

余りの暑さに彼等も先ほど汗を洗い流した位だが、ダイランは立ち上がりたくも無かった。

「この毒は危険なのよ。とても強力な媚薬で、一歩間違えれば死に至ることは無いとしても後遺症を残すから、これからの事を注意しなさい」

ネイビーシルクの天蓋ヴェールが太い黒の柱にそって高い天井まで続き、風も無いのに微かに揺れている。

ダイランは瞳を閉じた。黒のシャンデリアは一つ一つの雫を、光も無いのにダイヤの様に白く輝かせた。

ガーラは優しくダイランの深いブロンド髪を撫で、頬に優しくキスをした。それは心地良いものだった。

「一体誰が毒なんか……」

ユリ=ミナツキ?エスリカ?ズィー?あと他に触れた者は誰がいた。マジェスタ達に肩を叩かれアギの頭を撫でガーラが手を重ねデイズがダイランの腕を恐い顔で引いた。

ガーラはデイズの女だ。今そうだと分かった。

部屋では平気だった。俺は、そうだ……

ニューフェイスのユリ=ミナツキと握手を交わした。

「ユリ……、ミナ……」

うわごとの様にそう言い、デイズはダイランを見下ろした。うなされて誰の名を呼んでいるのかが分からない。ハイセントルにはいない名だ。

体中に毒が回りダイランは巨大な夕日が細長い窓の外、天を血のように染め尽くすのを見た。違う。こんな時期の夕日はあんな色ではない。

実際今は、深い夜だった。

毒は麻薬とは全く違った。苦しいだけだった。体中が痛い。涙が出そうだ。だが全く出なかった。一体何故ユリは毒なんかを?分からなかった。本当に彼女かどうなのか。

デイズがガーラの横に腰掛け彼女は彼の片膝の上に座り、デイズはダイランを覗き見た。

「大丈夫か?おいダル?」

ダイランは何度も頷き暑さにシーツを蹴り付け邪魔なジーンズとシャツを脱ぎ捨てガーラの腹に腕を伸ばして抱きついた。彼の背骨をガーラは優しく撫でてあげた。

「可愛い坊や。怖がる事無い。死にやしないわ。平気だから」

完全にガーラ、自分の女に甘えるダイランには自覚が無くデイズは溜息をついた。

「あら。妬いているの?」

「俺の女はこいつに取られる決まりだからな」

「ふふ、何よそれ?」

ガーラはデイズにくすくす笑って背後の彼の首に両腕を伸ばし抱きついてキスをした。

デイズはガーラを膝から降ろしブランデーデカンターを持ち暖炉の前まで行き投げ捨てくすぶっていた暖炉の火を消した。

その事で部屋全体の暗さトーンが上がり、ダイランは瞳を閉じて開いた。


銀色の朝陽が床の上を流れていき、シガーの煙が光柱の渦巻き、それをデイズはおぼろげに見ていた。

ダイランはシーツに紛れて同じように眠るガーラに抱きつくように眠っていた。きっと目を覚ませば毒に冒され苦しんでいた事など忘れているだろう。人の女とその男の前で交わった事すら。

ダイランは唸って眩しそうに目を覚まそうとしているのか、体勢を変えてうつぶせになり陽を避けて転がり、ガーラは眠ったまま彼に頬を摺り寄せて深い眠りに入って行く準備を頭は始めていた。

大きなシルクのクッションに沈んでダイランは一度目を開いた。

「………」

驚いて物の見事に飛び起きた。

ガーラはシーツを押し上げた。何で俺の隣でガーラが眠っているんだ。

いつもの様にダイランは険しく眉を寄せて自分の体を見下ろした。服を着ていない。

眩しい朝陽に振り返った瞬間、ダイランは再びクッションとガーラの間に跳ね返っだからガーラはその事で起きて顔を押えるダイランの肩を抱きかかえ彼をぶん殴ったデイズを見上げた。

デイズはガーラを見下ろし、彼女は口をつぐんでダイランが口の中の血を吐き捨てるのを彼の顔を覗き込み肩と頭を撫でる。

「お前、昨日ユリとかって奴に毒盛られたらしいじゃねえか」

いきなり目覚めのパンチをかましてきたデイズはそんな事実も無かったかのようにそう言った。

頭上高い所に思える荘厳なシャンデリアは黒く輝き、プラチナ色の陽を浴び、美しかった。シャンデリアは完璧だ。

「毒?何の事だよ」

そう吐き捨てて痛い頭と殴られた頬と顎を押え、上半身を起こしデイズの胴をどついた。

「ガーラは俺の女だ」

ガーラを見てからデイズを見上げ自分の格好を見てからガーラを再び見た。彼女はおどけて微笑み、ダイランがガーラに抱きつきベッドに倒れたからデイズは呆れた。ダイランが意地悪そうに肩越しに見てくる目を見下ろして首を横にやれやれと振った。ダイランは舌を出して、蹴りが飛んで来ると思ってなんと、ガーラを自分の盾にしたが別に蹴り飛ばして来なかったから顔を覗かせた。

ガーラは白い目でダイランを肩越しに見た。ダイランはデイズがガーラにキスをするのを睨んでからベッドから降り2人がじゃれあい出したのをシャワーを見つけて歩いていった。金のシャワーポンプから出して髪を洗い体中を洗う服を拾い集めて着てから2人の交わる横まで来た。

「帰る」

「出口はその奥だ」

ダイランはその出口の方へ歩いていった。

扉から出てガーラの屋敷内を歩き回り広間に出てオルゴールの巨大な柱時計を見上げた。天井まで伸び、彫刻が掘り込まれたユニットの石材に内蔵されてい

る。

適当に外に出てグランド程広大な庭にはオーズッドは無い。屋敷外を歩いていくと車両用の瀟洒な建物の中に自分の車を見つけた。

エリッサ側のA地区、トアルノッテの屋敷からエリッサ通りに出て自分の部屋へ走らせていった。



No6 ラブフィスター


ダイランは部屋に戻るとシャワーを浴びなおしスラックスに白シャツ、ネクタイを軽く巻くと昨日の服を持って部屋から出てマンション隣のランドリールームに来て服を突っ込んで1セントを入れた。

横のスペースを振り返る。

日本女が「あら。おはよう」と言い服をつっこむとスロットか何かのメダルをいれて回転させた。

ダイランは目を見開いてランドリーと女の顔を見てから口をきゅっとつぐんだ顔が可愛かった。今まで一体何セントのコインを無駄にしてきた事か、あのけちなエジプシャンがメダルの山を月末に見ればがっくりうな垂れるか、喜んでスロットをしに行くだろう。大負けすれば女に苦情を寄越すことだろう。

彼女は歩いていき、交互に102主婦が入って来てダイランを見た。

「おいさっき美人がいた」

昨日の事は覚えていない。

「あんたの階に越して来たんでしょう?良くしてやってね。いい子だわ」

ダイランは頷き、彼女の消えていった方向を見た。

「よう」

「あら101さん」

外から101と女の声が聞こえ、ダイランもそこへ行った。

「ようよく生きてたじゃねえか。奴等心配してたんだぜ。俺はお前の事なんか全く心配しちゃいなかったんだが。お前、どこにもナイフ刺さってねえよな?」

そう言いダイランの後ろ前を見回しダイランに蹴られた。

「昨日デイズとガーラに浚われたんだぜ」

「だが別に平気だ。悪かったな」

「ったく心配させやがって。R達にもお前からしっかり連絡いれておけ」

「ああ。今は寝てるだろうからな。夕方、一度店に顔出す」

「そうだな」

大通りバートスクストリートを北上していき、突き当たりのエリッサ署に到着する。駐車場に停車し警備員に敬礼されドアを潜った。

彼に手を上げてきた人物を見て、ダイランは両手を上げた。

「ようA。それにポカスじゃねえか。久しぶりだな」

「ようガルド」

「お前等、よくやったじゃねえか。ポカスでかしたぞお前、こいつをどんどん使ってやれ」

Aは嬉しそうに口端を上げ、ダイランは2人の肩を叩き、昨日のダイランの記憶にはもちろんポカスはいなかった。

「昨日はお前もご苦労だったな。俺も早めに問題切り上げてパーティーに加われれば良かったんだが。体に異常は無いか?」

ダイランの顔色は通常通りだ。

「今日から数日、まあ2日間ぐらいになるんだがRの店にいるつもりだ。俺からもお前のこと言っておくぜ」

「わざわざ悪かったな。朝からこさせて」

「暇なんだ。朝は全て帳消しで行こうぜ。まあ、そう険しい顔するなって」

Aは軽い感じでダイランの肩を叩いた。アヴァンゾンにいる時ならまだしも、やは署に来ると古い友人の前でも仏頂面が覗いた。

「あ!警部!」

可愛らしく落ち着き払った高いソプラノが響いた。3人が振り向くと、可愛らしい顔の女がいる。

すらりとしたタイトな淡いカラーのスカートスーツを着込み、真っ直ぐの足が綺麗でお嬢様と言った清楚そうな雰囲気なのだが、蜂蜜色の緩いストレートロングも艶めき手入れされている。

淡い色の瞳とハニー色の唇は全体的に見て派手さは無いのに、不思議ととても可愛らしい。あくまで落ち着き払った顔つきで、物腰もきっと、どこかの良い所の育ちだろう。

フィスターが嬉しそうに小走りしてきて、ダイランの所まで来るとにっこり微笑み朝の挨拶をした。

「おう」

ダイランは険しく不機嫌な顔をし、怒っているようだがどうやら違う。ポカスは成る程と思ってフと笑うとダイランはそれに気づいてチラリと睨んだ。

Aもポカスも面白そうに笑ってからフィスターに言った。

「先輩は優しくしてくれるか?お嬢さん」

「いじめられたら俺にすぐに言えよ。一発のしておいてやる」

フィスターはパチパチと瞬きをして2人を見上げ、ダイランを見上げてから耳を真っ赤にして頷いた。ガルド警部の友人だろうか。顔は真っ青なのだが。

ダイランは仏頂面のままフィスターの背をドンッといつもの様に叩いた。

「さっさと行け」

フィスターは「はい!」といつもの様に頬を細い片手で押え、階段を小走りで上がって行った。

「可愛い女だな」

「俺のだ」

ダイランがついぽろりと、彼女の消えて行く姿を見ながらおぼろげに言った。Aはその声に背を振り向いた。その横顔は完全に彼女に恋をしていた。

エスリカには全く進めてなどいないと言ったが、実は半年間に及ぶ逃亡が始まる前に彼女は自分をマカオまで追ってきた。

ただ、体の関係など結んではいなかった。

思い余って「好きだ」と自分は言ってしまっていた。彼女はすぐにアメリカに帰らせた。

ダイランは本気な女の前では以前の女好きも覗えないほどシャイになる。

ダイランは2人の視線に気づいて咳払いした。

「俺も夕方バジョーに行く」

「良かったらあの子も連れてこいよ」

「あいつはトアルノ出のお嬢様だからああいうバーには行かない」

「照れるなよ。バレてるぜ」

「なぜだ!」

「ハハ」

「Rも昨日は心配してたんだぜ。無事な姿見せに行ってやれ。エースの奴は冷静に気取ってるが、結構取り乱してたぜ」

そう言うと2人はダイランの腕を叩いて軽く手を上げ、ダイランは自動ドアまで見送った。

Aはベライシーバイクに乗り込み、ポカスはその背にまたがりダイランに口端を上げ「待ってるぜ」と言い大通りを隣街に向け一気に走らせて言った。

煙草の煙が尾を引き2人の姿は小さくなっていった。

ダイランの自分の部署特Aがある3階への階段を上がっていく。

その背後から殺人課デスタント対応チームのマザレロ、ジョージュが上がって来た。

「おうガルド」

「おう」

肩越しに2人を見てその背後から上がってくるハノスを見て顔を前に向けた。

ハノスは特Aの部長だ。マザレロとジョージュはダイランの肩を叩き先に上がって行った。部長は彼に気づき横に並んだ。

「失踪した彼女達から君の所に連絡は」

ダイランは首を振り力も無いままの顔で一度部長を見ると階段を上がって行った。

半年前に襲撃を受け破損した刑務所は既に、マンション302のラメリアがふちここまれた2日前には修復が完了していた。3人の女は消えた。ダイランの所にも連絡は無い。

「それで、体に異常は?」

「ありません」

部長は何度か頷いた。

「あのMMに一撃されたんだ。無茶は体がもたないぞ」

「あんなボンボンごときに」

そのラメリアの事件でMMが依頼されビジネスマンとして証言者に変装した。ダイランは見破って、そのまま取調室で彼に気絶させられ1日眠りこけていた。

「彼は普通では無い」

部長はそう言うと階段を上がっていた。ダイランはその背を睨む様に見てから口を噤んだ。

部署のドアを開ける。女刑事ソーヨーラが機敏な動きで振り返った。

「おはよう。どうしたのよ。なんだか顔が青いわよ」

「ああ。毒を盛られたんだ」

「ふふ。なによそれ?」

女刑事ロジャーもソーヨーラとおかしそうに顔を見合わせてから腰掛けたダイランの机まで来てそのデスクに座った。

「実は、ディナー券があるのよ。しかもとっても素敵な所でね」

「トアルノッテのホールなんだけど」

「パーティーには素敵な男性と同行のこと」

「コーサーも誘ったの。あんたも来なさいよ」

「冗談やめろよ」

そんな物興味もない。ダイランは断っ

「フィスターも餌にな」

「行く」

2人の女は即答にくすくす笑った。ダイランは溜息をつき目をぐるりを回してからノートパソコンを開きながら言った。

「保護者としてだ」

「そんなに怒ること無いじゃない。じゃあ、今日は何も事件が起こらない事を祈るわ」

「素敵な男前さん」

そうダイランの頬を撫でて歩いて行った。

「あ。警部。聞きました?ディナーの話……」

フィスターはパステルカラーのスーツをパソコン裏から覗かせてダイランの前に笑顔を出した。

「勤務中に何の話だよ」

「あたしも行こうかなと思っています。ペアを組んでいただけませんか?」

5冊のファイルを薄い腹で整えてからにっこりした。

「何で俺がお前なんかと組まなけりゃあならねえんだ。俺は女嫌いなんだ」

刑事ハリスが横から来た。

「じゃあ俺と組むかガルド」

「ああそうだな」

可笑しそうにハリスがそう言った言葉にダイランはいじけ頬を膨らめて2人は笑った。

「フィスターとコーサー。俺とソーヨーラ。ガルドとロジャー。既に決まってるんだ」

そう言われるとあまりにそのペアの見た目の相性の良さにフィスターは気づいてがっかりした。コーサーが別に嫌だというわけでは無い。警部と組みたかったような気がするのだ。こうやって見ると男前で仕事にシビアなワイルドさのあるダイランはセクシーで大人なロジャーとよく似合っていた。お嬢様お嬢様の自分よりも。

「何で俺がロジャーなんかと。俺は女嫌いなんだ」

「ああそうだよな。男好きなんだもんな」

「ああそうなんだ」

フィスターは可笑しそうに笑ってから、「じゃあ、楽しみにしていますね」と言って自分のデスクへ歩いていった。

「おい俺が男装する」

そうハリスは彼女の背をみながら言った。

「お前が女装するつもりなら俺が」

「だから、俺が男装するって」

「そうか。そこまで女役買って出たいならドレスを用意しておけ」

「このガキ」

「俺の方が男前だ」

「ちくしょう!」

ハリスは悔しがって女物のカツラの注文に掛かった。

ダイランはペンを回しながらいつもの癖で署内カレンダーを見てから、もうその意味もなくなったのだが……。部署内を見回し部長室のドアを一度見た。

あの食えない大富豪MMとハノスの野郎のつながりは何だ?あのFBI長官のじじいの元派遣されて部長がリーデルライゾンに来た事は分かっていた。

MMを泳がせているだけか、なんらかの契約が交わされているのか。

自殺幇助事件で第一容疑者に上げられていたものを、2日前部長はMMを「そのままにした。

富豪連中との間で何らかの暗黙のルールがあるのだろう。

「おい。紫のドレスと黒のドレスお前はどっちが好みだ」

「紫」

「よし」

本気でハリスは女装用のパーティードレスをバートスクの衣装屋に注文し始めていた。

「あたしはそうね……猫男爵がいいわ」

「じゃあ男爵ヒゲも付けなさいよフィスター」

「タキシードで」

暇な仕事もそっちのけでソーヨーラは赤の悪魔の全身タイツとか言い出していた。

丁度社長出勤か何かのように入って来たコーサーを見てダイランに呼ばれた。

「おいコーサー」

そう言い、彼は指の付け根の紫色の痣を示した。

「おい部長に見つかったな」

「馬鹿。麻薬なんか俺は」

フィスターは首を傾げ振り返り、ダイランはコーサーに耳打ちした。

「毒を盛られた」

コーサーは怪訝そうな顔をみてダイランを見てから通路に呼び出した。その背にハリスの声が聞こえてダイランは受話器を奪った。

「LLサイズだ」

そう言ってはリスに「この馬鹿」と言って投げつけた。女物XLはダイランのサイズだ。

戻って来たダイランにコーサーは言った。

「どういう事だ?」

「男装女装パーティーらしい」

「毒ってなんだ?」

「さあ。俺にはわからねえんだ」

コーサーは目元を隠す役割も果たす眼鏡を外して目頭を押えて手招きしてこさせた。通路は誰もいない。

「冗談なら許さないぞ。毒を盛られただと?お前は仮にもレガント一族の人間だ」

「それも冗談話だ。やめろよ」

「真面目に聞け。いいか?もしそんな事が知られたらばあさんが怒り狂う」

「そうなればいい」

ダイランは高い一の腰を壁に着けてふん、投げやりに言い腕を組んだ。

「その時には俺がこの首から俺はレガントの人間だって垂れ幕下げて首つって橋からぶら下がってやる」

「そんな姿サーカスの演目にしかならない事だ。パフォーマンスはやめろ」

ダイランは赤い舌を出してからコーサーを横目で見下ろして言った。

「俺の部屋の階にニューフェイスが入って来た。知人にやられた可能性もある」

「錯覚だ。本当なんだろうな?パーティーで本当に麻薬は」

「よく聞けよコーサー。問題は現れたデイズが毒と言った事だ。危険な媚薬だとガーラも言った」

ニューフェイスの事を細かく調べたいらしい。

「何で俺が……、僕が個人情報なんか調べられるって言うんだ」

同僚が横を通りダイランは過ぎ去ったのを横目に言った。

「いいから調べろよ」

そう背を浮かせドアに入って行った。



No7 お誘い


「ディナーパーティー?」

デイズはガーラが渡してきたタキシードと目元を隠すビロード製のアイマスクを見下ろした。

「そうよデイズ。大切なあたしの顧客が催すパーティーなのよ」

まるでアダルトなガードルのような黒ボディコンの上質レースドレスはガーラの体にフットし、彼女は猫の耳着きヘッドマスクを手に収めた。

「ハッ、こんな子供騙し」

「あの猫ちゃんも来るわよ。アマンダに声を掛けて遠まわしにあの子にも誘いの声を掛けさせてあるから」

デイズの目元にアイマスクを当て、ガーラはその唇に人差し指を当て微笑んだ。

Vの併せで黒の上下から出たたくましい胸元に頬を寄せてから目を開き、その大きな彼の手にもたれているフェンシング用のサーベルに自分の細い手を重ねた。

「昨夜の事、怒っているの?」

マゼイルそっくりの声は、低く乾いた笑い声でそう言った。優しく彼の腕を撫でて顔を見上げる。

ガーラの下がる手からアイマスクが白大理石の床に落ちた。デイズは深くキスをするとガーラの色っぽい目が開かた。デイズは体を返してテーブルに腰を降ろした。

「お前が奴に毒を盛ったのか」

「違うわ」

「俺の計画の邪魔はするな」

「大丈夫よ。そんなつもりは無い」

ダイランの持つ権利は遠く見ても利用価値が大きい。本気で信頼を築き掠め取る必要がある。将来いずれにしろ、リカーばばあは老体で現地主の座を降りる。あのばあさんの事なら何をしでかすか分かったものでは無い。

このレガントの主導権を握る力を手中に収めるまでは諦めるつもりは無い。

「地主なんて名だけの時代は今に来る」

「ええそうね」

あなたはもっと飛躍出きるわ。ガーラはそう言い彼の葉巻に火を着けた。

「行って俺にメリットはあるのか?」

「ダリーボーイの命を狙っている人間がいるのよ?」

デイズは口端を微笑ませた。



No8 闇中の仮装パーティー


ダイランは会場でフィスターを探した。

タキシードに白石膏仮面の目元から覗くエメラルドは鮫皮の重厚な腕時計を見下ろし会場を見回した。

フィスターは柔らかい痩身にタキシードと猫耳に尻尾を下げて、赤デビルのソーヨーラと踊り笑ってはシャンパンに口をつけ笑っている。暗い照明の中では近づかなければ互いの顔は確認できない。

彼女は離れて空のグラスを下げに行くと、ドンッと暗い焦げ茶の暖色照明の会場で人と人のひしめき合う中、誰かとぶつかり顔を上げた。

その大女は同じように猫の耳付きのマスクで、サファイアの瞳とダークレッドのルージュを微笑ませた。

圧倒される威圧感、オーラという物がその女、ガーラにはあった。

フィスターは小さく微笑んでごめんなさいと言い、引き下がろうとしたその腕をつかまれた。

ダイランはフィスターがいない事を知ると早めに切り上げ、9時から回開かれるバジョーに向う事にする。その肩を、誰かに引かれた。

「おいお前。リアルに恐いぞ」

ハリスがその例の糞セクシーな紫のドレスに金髪パーマで立っていて、ドラッグクイーン張りのメイクをして鞭を手に持っていた。他に多くのドラッグキングなどがハリスに目を掛けてきていた。

ダイランは首を振って扉のほうへ歩いていくと、その目線の先にデイズがいた。

朝ぶちのめされた顎はまだ痛んだ。

目元に黒石膏のアイマスクを嵌め、その口元はいつものような余裕面の微笑は無なく、ダイランの背後に視線を持って行った。

ダイランは自分の横に立った女を見下ろした。

黒テンが縦に連ね重ねられ出来上がった裾の緩やかに広がるロングドレスの女は、金ブロンズの重厚なネックレス、ガーネットが嵌められ、琥珀のシャンデリアは輝いていた。

「こんばんは。違っていたらご免なさい。ミスターガルド」

白石膏で覆われた仮面を見上げ、ユリ=ミナツキは笑顔でダイランに手を差し伸べた。仮面をつけていない艶やかな深みのある笑顔は落ち着いていた。ストレートロングの黒髪を降ろしていて、深い暖色が艶をもって反射する。ダークブラウンの口元は上品だ。

彼女の柔らかい手を取り握手を交わした。

「よう」

「合っていたみたい」

彼より長身のデイズを見上げるとダイランに向けた握手の手を彼にも差し出した。デイズは軽くパンツポケットに入れていた手を差し出したが、ダイランがそのユリ=ミナツキの手を取って肩を抱き向き直ってデイズに肩越しに舌を出し歩いていった。

ユリ=ミナツキは肩越しにデイズに微笑み歩いていった。

ダイランに促されバーカウンターのスツールに座った。

ダイランは仮面をカウンターに置き、ユリの腕を持ち膝を折った。

「お前、俺に媚薬を盛ったのか?」

ユリは可笑しそうに微笑んでから目線が下になったダイランを見た。

「随分単刀直入に聞くのね。あたしに惚れたの?」

そう言いダイランの襟足の長く、後ろに流された緩いウェーブ髪の項を撫でて行ってから「ふふ」と笑った。

「それは嬉しいわ」

ユリは会場を見渡しながら言った。

「正義という物は、造られた美しい偽善の中で騙され続けているわけには行かないわ。あなたはどう?なんだか追われる男っていう所が似ている」

「俺が追われて?」

「ええ。あたしの視線に。例えば女達の視線に。例えば彼に」

そう言ってデイズの方向を見た。ダイラン側を見ては、他のゲストと話している。ギャングの連中はいない。その背後には女装した男、ハリスも恨めしそうにダイランを睨んでいた。

あの美人は一体誰なんだと。ダイランはユリが可笑しそうに笑うのを見て、バーに向き直り立ち上がり際、ユリは彼に顔が同じ位置に鳴ったのを彼に仮面を付けその石膏の唇にキスをしてから微笑みカウンターに置き、ダイランは背を伸ばしてユリを立ち上がらせた。

「あたし、お供してよろしいかしら」

凛とした顔でそう言い、ダイランはバーテンから目元のみ隠す黒シルクのマスクを取りバーテンはユリの斜めのキスマークつきの白の仮面を付けシェーカーを振りグラスに酒を注いだ。

会場の隅に来て黒とダークブラウンのビロード、グレーシルバーのシルクカーテンのレースカーテンを引き広げた。

外の外気は春と見まごう澄んだ群青に、明るい月が煌々と光りダイランは目を細めさせた。その水色掛かる彼の白めに光が滑らかに写り、ユリは横顔のその瞳から窓の外を見つめた。

「こういう日は……悪魔が光臨するのよ。古の悪魔がね」

ユリは彼に寄り添うように言うと多いまつげの黒の瞳を白に光らせた。

「内からは隅でも外からは全体像だわ。中に入りましょう」

そう言ったユリはダイランに腕を引かれてダイランはビロードとシルクの中に彼女を収め、暗闇の中の彼女を見下ろしその足元の波打つ青の月光を見下ろした。

ユリはダイランに腰に両手を抱かれているのを、広い胸に両手を置き、彼にキスをした。優しくだが、彼女の背を捕らえ深くキスをした。

ユリは微笑んでからダイランの頬を撫でシルクから抜けた。

ダイランは頬に触れたシルクの中、目を閉じ背後の柱に頭をつけた。

フィスターはガーラに連れられ踊らされていた。

エレガンスで華美なホール内は明るく、黄金が配色されてそれは輝きを称えている。華やかな花が花瓶に所々飾られている。

足元にがガーラの犬のドーベルマンがいて、彼女を鋭い目で見上げていた。

ガーラは一人掛けに腰掛けアーム代わりにテーブルに腕を掛け見ていた。

銀器オーバル上のグレープだとかマスカットを手にとっては弄んでいた。

監視され踊ったことなど無い。

フィスターは視線を漂わせてさっき着せられた金属製のドレスに身を包んで腰をゆったり振る毎にシャラン、ユリと軽く、だが深い重音に音が鳴った。

鈍色のそのドレスは嵐の日の空の様だった。

いきなり彼女のその背に鞭が飛んだからフィスターは驚き足を止めガーラを見た。

「監視され踊った事は無いのね。あたしはダイラン=ガルドには随分踊らされた人間でね」

「八つ当たりだわ」

「ええそうね。でもあなたは彼の今の偽善的な姿に騙されているから……」

ガーラはビキニラインからレーススカートを外して足を高々と上げた。

その真っ白の付け根内側には焼印。

「彼がつけたのよ」

「嘘よ」

「彼はあたしの妹にもこれを施すことで女達を自らの所有物にきてきた。彼女等は彼の所有物に専属的になる事を喜んだわ」

「話がわからないわ」

「あんたの事が気に食わない女は多いって事よ」

「何故よ」

ガーラは目を伏せフィスターを見た。

「あなたは美しい。だから、彼はあなたにはあたし達の様には手出しを出来ずにいる。彼は以前悪魔のような男だったわ。残忍で、残酷だった。天使の名を持つ美しいルシフェルのようにね」

「何が言いたいのよ!」

フィスターは心なしか苛立っている自分に気づいた。内臓が締め付けられるようでなんだか居心地が悪かった。

自分が全く知らない警部を彼女は知っている。彼の強いて来るだろう支配力も。その本来の威力も。ここは時の流れが違うのだ。

まるで炎の香りをかぐかのように……

「古い話なんかをあたしに聞かせてこないで」

ぴしゃりとそう言い、フィスターは垂らされていた髪を簪一本で結い上げ足を進めた。

可笑しそうにガーラが高笑いし、フィスターは背後の彼女を睨んで出て行った。

会場に戻るとダイランはやはりいなかった……。

安心したのは先ほどと同じ暖色の暗がりだった事だ。ブラウンの重厚な光を受けドレスはシルバーにも一部滑らかに光を受け輝き、彼女の光の美の一部を表した。トアルノの貴婦人達は微笑み合い華麗な仮面の中話し合っている。

「お色直しかい?お嬢さん」

ロジャーが男声でそう言い、同じくフィスターのようにほっとした顔をしてみせた。

「あたしのエスコート役は他の女の子とエスケープして行ったわ」

美しい空色のシルクは厚手で丁寧な深みのある色味は綺麗だ。

「いい色のドレスだわロジャー」

「あなたも素敵。コーサーはこんなに素敵なあなたを放っておくなんて罰当たりな貴公子殿ねジェーンプリンセス?」

「彼は今日来ていないのよ。娘さんが泣いて彼の傍にいたがったの」

「女の名をどっちにしろ出したのね」

「娘さんには弱いのよ」

小さく微笑んでから、フィスターはロジャーに言われて会場を見渡した。

「今、会場には多くの人間がひしめき合っているわ」

男、女、ドラッグクイーン、ドラッグキング、道化師、ダンサー、変装者、そして男と女、パフォーマンサー、情熱的に踊りあう男と女。

「この会の目的が何かがフィスターにはわからないでしょう」

彼等は社交の場を広げようと語り合っている。

派手に自らを魅せ、パフォーマンスする妖艶な彼等。オーラを重厚に表現している。

「誰もが本来の自らを偽っている。生まれ盛った自分でいつづけることは無いのよ。この琥珀の闇の中なら、悪魔だって身を潜めて操作を下す」

「ドラッグの話?」

「内面の事よ。取り締まられているわ」

「今日は悪魔の話をよく聞くわ」

「この会場は元々≪門≫の跡地に建てられているホールなの」

「≪門≫?歴史で叔母から教わったわ」

「この街は戦前より遥かに前、細かく区分されていた時代、大流行した疫病の時代より遥か昔、悪魔的力を秘めたとして≪鬼門≫毎に先祖の地主が門を建てたという噂があったのよ。監視の目的では無くね」

摩訶不思議な事を言い出したロジャーをフィスターは見て、怪訝そうに目を閉じた。

その壮大な門が、そして灰色で石造りの街並みを円形の広場が、そして色あせた水色の空が広がり、それは美しかった。首を振り目を覚ました。

「街の人々を守る為に?」

「いいえ。その力を精神的安定へと導くためよ」

「悪魔は平安を示さないわ。明星の悪魔ルシフェルは傲慢さを象徴する」

敬謙なクリスチャンの彼女は目を伏せ、まるで悪魔的笑いの繁殖する中を見渡した。人と人の間にこそ生まれるのだ。悪意は。

「彼女は何者なの?警部がまるで普通ではなかった言い分だったわ」

「彼は、悪魔の息子だから。そう言ったんでしょう?」

フィスターは哀しそうにロジャーの目を見てから赤ワインの深い色を見下ろし見つめた。

分かっている。充分。今の彼は自分を偽り生きている。警察に本当は追われる身分を、放置されている。

偽り生き、もがき苦しんでいる。



No9 Rの店


ダイランはバジョーに到着するとユリの手を引き、彼女は山羊の骨格を見上げた。

 彼女の視界に水銀が滴り、闇の中透明な瓶から落ちる……ユリは目を階段へ反らし普段着に戻っているダイランの背を見上げ上がって行った。

バジョーでは世界中の毒も取り扱っている。もちろん非公認である。

 『5本の剣は5つの力を示す物だ。炎、地、天、生、そして魔、我々は……』

 ユリは目頭を押え、高々と掲げられた闇の中剣が水銀の壺に鎮められたのを見た。血で血を洗い銀に輝いた。

木製に厚手のガラスのはめられた扉はアイアンで何かの紋章に模られている。

それをくぐり黒シルクの垂れ幕をくぐり店内へ入って行った。

鼻をまず突いたのは薬品やホルマリンや獣臭を消すお香の香り。店内は落ち着き、千年以上も前からまるで同じオーナーが納まり同じ空間が時を重ねている雰囲気があった。

銀器の古いお香壺からお香が立ち上り、ユリにエジプトの陽炎を心に抱かせた。

地の力は偉大で、天は死に満ちていた。

全ての動物の革製品がそろい、人の皮まで、そして骨細工まである。狼の牙と爪とガラスで閉じ込められた瞳で出来たブレスレットもあれば、孔雀とカラスの羽根で出来た人の皮製デスマスクもある。毛皮の皮で出来たその獣の仮面や、モルフォ蝶の羽がめぐらされた座ることも躊躇われる程のロマンティックな椅子も。

「よう。大事無かったか」

「ああ」

「そうか。それは良かった」

「悪かったな」

「なに。何かがあったのさ」

Rはダイランにそう言い、パイプを口から外してランタンの火種を調整した。

エジプトに古くから伝わる製法と調合の香水や顔料の入った美しい銀器の器の納まった古いガラスケースの中の装飾品にユリは見入っていた。

この燻し銀の時代に、この場の時間の悠久さは一種の砦だった。

「お嬢さんはこいつの恋人かい」

「あたしはユリ=ミナツキ。よろしく」

古いガラスケースから顔を上げ、ユリはRに手を差し出した。

カウンター背後の赤に金の更紗奥からジョウが薫り高い紅茶を客にもてなした。

革張りの椅子に2人を促し、ジョウは微笑んだ。

海賊が使用して来た剣や望遠鏡、使い方すら分からない方位磁石が置かれている。カウンター上のその複雑な地球儀のような方位磁石をユリは見ていた。

「今日、メディアンホールで宴があった」

「ガーラがその為に来たわよ。彼女には感謝したの?」

「ああ。何しに来た?」

「ビスチェドレスの裏地の皮探しよ」

「媚薬は」

「香水と着付け薬。それに人の目玉の銀製バッグ」

「悪いな。まるで取り調べ口調だ」

「毒を盛られたらしいってガーラは言ったわ。聞いた症状には思い当たるの」

ジョウは父親を振り向き、彼はガラス製の精巧なエッグ型の器に入ったその毒薬をガラスケースの上に置く。

「調合方法じゃあこれは男の神経を麻痺させ幻覚を抱かせる媚薬にもあるが、下手すれば血管肥大と異常なほどのアドレナリン放出を促す毒だ」

「へえ……」

「アマゾンに咲くメレッケンの花とその蜜を吸う毒を持った蝶で作られる代物で、メレッケンの根のエキスと蝶の体液で出来ている」

そして牛革張りの厚い書物を開いた。

「根には幻覚作用があっり、蝶の体液には痺れ作用がある。調合する事で視床下部に働きかけアドレナリンを放出させ血管を肥大化させる。蝶の体液が多いほど死に至らしめる毒だが、3割メレッケンのエキスが含まれている限り至死量には至らない」

「お前、これを使ったのか?」

薬を調合する古めかしい天秤を見ていたユリは顔を上げ、ダイランの顔を見た。

「何を?」

「俺を殺そうと」

Rとジョウはユリを見て、ユリは首をかしげて3人を見た。組んでいた足を解いて肩から掛けられたダイランのジャケットを引いて肩をすくめた。

「あたしが初対面の素敵な男性をひとまず殺しておこうかしら、と?」

可笑しそうに首を振ってから背を伸ばした。

「もしあたしに夢遊病があるとしたのなら記憶に無くそんな大それた事をしていても気づかないだろうけれど、あなたと交わした握手の温もりもキスの優しさもこの体にちゃんと記憶されているわ。それとも、媚薬無しにはあたしはあなたを惚れさせる事は出来ないかしら?」

ユリは美しかった。白人とジョージアと日本の血の流れる彼女は絶妙なバランスと気品とエキゾチックなオーラが備わっていた。古代の巫女のように。

「それとも、あたしを本気で口説きに掛かっているの?」

Rを見てダイランに首をかしげてから両手を広げてジャケットを背もたれに掛け立ち上がった。

「もうそろそろ怒っていい?」

「悪かった」

腰に手を当てユリはダイランを見て首を横に振った。

「仲良くなれそうだと思っていたのに。残念だわ」

そう言うとユリは扉から出て行きダイランは追いかけた。Rとジョウは顔を見合わせた。

今は7時。9時からバーを開くためにこの店を閉めなければならない。

下のホールはジーンズショップを横の雑居ビルで開く息子が既に閉店準備に取り掛かっていた。

そのショップ前まで来るとユリはその前に置かれて随分古い2台のハーレーにうつぶせて顔を押えた。

 『魔の力は地の光。地と光の間の闇に宿る。羽ばたきを見つめよ』

眩暈がしてユリはダイランに肩を引かれ、彼に抱きつき震えた。

この幻覚は一体何なの?ユリはにじむ汗を拭ってダイランの背を震え抱いた。

「怖いの……大きな力にねじ伏せられてしまいそう……」

「……。ユリ?」

「分からないの。この街は、呪われているの……?」

ユリは顔を上げてからダイランから体を離してその背後から歩いてくる男を見た。

カルロは女を泣かせているガルドを見てから両手を広げた。

「駄目じゃねえか。男ってのは女を微笑ませるもんだぜ」

「お前が何言ってるんだよ」

「違いねえ」

ジョウとは異母兄弟でイタリーの血の入るカルロは深い彫りに黒髪でまつげの多い目はワイルドさがあり色男だ。

ユリははにかんで「泣いてなんかいないのよ」と言った。

「親父に会って来たのか?」

「ああ」

「そうか。今日は気分直しに寄っていけよ。A達も来る」

「あたしは気分が優れないから帰るわね」

ユリはそう言い2人に微笑んだ。

「おい彼女大丈夫か?」

「俺が送って行く。悪いなカルロ」

「気が向いたら顔出せよ」

「ああ」

オーズッドにユリを促しカルロに軽くてを上げ進めさせていった。



No10 豪華絢爛な街


車は緩く進んでいき、アヴァンゾンの端に位置する遊園地裏の崖に来て車体を停めた。

背後では夜の派手で幻想的な遊園地が煌びやかに広がって、それを見下ろしてユリは微笑んだ。

その先に続くアヴァンゾン=ラーティカのイルミネーションはまるでロマンティックなお伽の国の星屑や宝納庫のようで、透明な星空の夜空さえも彩っていた。

遥か青いかすみの先のビル群さえも美しい。シャンデリアのような街。完璧だ。

遠方の山々の影は星の存在で明らかになり、月明かりのお陰で眺める北側の山脈レアポルイードの鋭利な頂きの滑らかな雪さえまるで今にも煌きが見て取れそうな程だ。

今に幻想的なペガサスが現れ青の夜空を駆け回りそう。

背後の墨のような海は恐くも感じた。

「美しい場所だわ」

目を輝かせ微笑んで、ダイランの顔を見上げた。彼はユリにキスをして肩を抱き寄せた。

「今からヘリポートに行こう」

「ヘリポートに?」

彼女の手を引き上げた時に街全体に流れる曲が回るように耳に響き、ユリは大きく笑った。

オーズッドに乗り込みダイランはヘリポートまでの海岸崖を走らせていく。

波音はまるで街の曲と重なり、シルクに星をちりばめたのようで、白くなっていく月を海面に移した。まるで月面の切り抜かれたような模様は海の波を写しているかの様に感じた。

ヘリポートに到着するとダイランの親父の仲間だったパイロットの息子、ヘドロがドラム缶を連ねた上に寝転がり女2人といたのを顔を上げた。

「ガルドじゃねえか。今日は暇だぜ」

「何々?あたし達も加えてよ」

珍らしくどうやら今日は気分は上々らしいヘドロはそう言うと、ユリ達をヘリに促した。

ヘリはプロペラを回転させ上昇していき天空を舞うように上がっていく。

2人の女は瓶を持ちはしゃいで曲に乗って体をしならせた。

ユリにチキンを差し出しそれを受け取り食べると女は気分を良くしてポテトを、そしてダイスをばらまいて大はしゃぎした。

その彼女のキラキラする金色スパンコールのミニドレスとくるくる金髪と艶掛かる大きなピンクの唇の先に煌びやかな花火が上がり、ユリは目を見開き声を上げた。

2人の女は奇声を上げスパンコールをばらまいてはどこまでもキラキラ舞い、クラッカーを引きヘリはカーブして花火の大群を囲い飛んでいく。

「素敵だわ!とても良い!」

ユリはダイランに微笑んでヘドロに感謝し女2人に抱きついた。シャンパンを開けて飲みハッチを開けて身を乗り出して見下ろした。

彼女の笑顔は輝いていた。

「まるで楽園だわ!」

ヘリは気分良く街をぐるりと回って南側の荒野を抜け向う街が広がる先のマンモス街へ向って行った。リーデルライゾン、アヴァンゾン=ラーティカから離れるとリカーの権力の行き届かない街になる。

カジノに来るとその横のショーステージに入って行った。

元格闘家だった女が肉感的なダンスを鋭利に披露して、ガルドを見るとステージから派手な顔つくりで微笑み、降りてくるとダイランとヘドロにキスをしまくり女3人を抱きしめた。

「よく来たわダリーにヘドロ、姫達?ホテルに上がりなさいよ。12時から仲間を募ってパーティーよ」

そのホテルはカジノとショーステージを股に掛けて建つ巨大高級ビルホテルだ。

そのグランドスイートの最上階を昔ダイランが買い取り、よく秘密のパーティーを開いていた。少年時代、デイズのグループだった奴等、裏切り者達をおびき寄せ麻薬に浸らせ自殺させてきた場所だった。

今はとりわけこの女の持ち物になっていた。



No11 密会


石の庭に出てフィスターは辺りを見回して息を呑んだ。

さっき会場にいた男とは違ってそれはデイズの兄のディアンだった。2人は顔が似ているわけではない。大まかな特徴が同じだったが、一卵性双生児に変りは無かった。兄は鋭い黒豹のような顔つきでがたいが良く、デイズは猛禽類のような顔で元は痩身だったが体を鍛え上げた。

彼はフィスターの存在にはまだ気づかずに誰かと話しているものの、その相手は木の裏からは見えない。

彼は煙草に火を着けられ怪訝そうに渋い顔をして話込んでいた。

いつも街で見かける時の小気味良く笑い掛けて来る雰囲気とは違う。夜のせい?

その彼女の肩をデイズが引き、フィスターはきゃあっと声を上げた。

ディアンは眉を潜めその方向を見てからガーラも同じ方向を見た。フィスターは気絶させられぐったりなっていた。

「手荒な真似するなよ」

フィスターを抱き上げるとデイズは彼女の滑らかな頬にキスをしてから、上目でディアンを見てから目を戻し背を伸ばした。

ディアンに彼女を渡すとガーラの横まで来た。ディアンは彼女を石のベンチに横にさせるとデイズに聞いた。

「何か探れたのか」

「いや。今の所は何も出て来ない」

2人の母国語のヘブライで話していて、結局フィスターには聞き取れずにいた。ディアンは数度頷くとフィスターを見下ろした。

「この女は使えそうか」

「ああ。充分にな。あいつに取り入らせる知能位はある筈だ」

ガーラは2人に視線を移した。

「人が来るわ」

ガーラは気配を消し、2人は別々になった。デイズは会場に戻り、ディアンは顔を上げ、「なんだ」という顔をみて男を見た。

同業者のガイだ。

「お前、指令も無視してパーティーか?」

「役目は果たしたさ」

煙草を吐き捨てディアンは口端を片方微笑ませた。

同業者は世界中にいる。

「今から向うんだろう」

「ああ」

「健闘を祈るぜ。あの狂犬は寝かしつけておいた。まずマンモス街に現れる事は無い筈だぜ」

「おう。ありがとうよ」

元はディアンが今回の仕事でガイが動き易いようにダイランの身動きを停めるよう、エスリカに金を渡し毒をもらせたのだ。階段から落とし引き起こした際に。それが、ディアンが分量を間違えた。上の階で様子を覗っていれば騒がしくなりダイランはぶっ倒れて小窓の中の街に豪華なジャングルの中、モルフォ色の深青豹は消えていった。

予想以上にダイランが再起不能に陥りそうになった為にディアンもしまったと思ったのだが。奴には死んでもらっては困る。

さっきはやりすぎよとガーラに諌められたのだ。デイズにばれれば大激怒物だと。

ガイは一度辺りを見回してから消えていった。

ディアンはフィスターの頬を軽く叩いた。

「おいフィスター」

「うーん……」

唸り目を上げて、一度咳き込み腹部を押えた。辺りを見回して首をかしげた。

「あら、あなたは……ディアンさん」

小気味良い笑みで彼女の引き起こした。彼はパーティーの装いでは無い普段着だ。

「あたし、気絶を?」

「倒れていたから驚いたんだぜ。平気か?」

「ええ。何も問題はありません」

フィスターは立ち上がり礼をした。ディアンはパーティーだとかの表に出たがらない人間だ。趣味もルート66をバイクで女と2ケツでかっとばし、イベントやコンベンションやコロンビア、メキシコに行く自由奔放なアウトロータイプだった。だからフィスターは辺りを見回した。

「あなたもパーティーに?誰かと話していたわ」

「その話し合いの為だ」

そう言うT庭から出て渋いバイクに乗り込んだ。

「顔色も良さそうだ。気をつけろよ」

デイズはまるで鷲のように狙いをさだめて掠め取ってくる。

「お待ちください」

フィスターはいきなりディアンの後ろに乗り込んだからディアンは肩越しに彼女を見下ろし、金属から覗いた長い足を見下ろし蜂蜜色の髪を見た。

ドレスは夜風にしゃらんと波打ち膝のレッグバンドの足は綺麗だ。

「実はあたし、あなたに連れて行ってもらいたい所があります」

「何処に?」

「ガルド警部の生まれ育った地区を見たいんです」

ディアンは呆れて首を振った。

「あの地区は危険だ。毎日機関銃ぶっぱなして薬狂い共がやたらめったら乱闘起こしてるからな。あんた等警官共をハントして追い込んで殺す場所に刑事のお嬢さんを連れて行けというのか?」

「はい」

「狂ってる」

「正常です」

「やめておけ」

ディアンは彼女の肩を軽く小突いてバイクから降りさせた。

「彼は悪魔だって」

「昔の話だ」

「彼の事、あたし恐いんです。彼は犯罪者の目をしているわ。狂気とした目」

あの鋭い怒りを称えた眼光、そして燃え盛るような眼光……。

「俺にどうしろって言うんだ?あいつは俺じゃ無い。俺もあいつじゃ無い」

「彼は狂人なんですか?」

「さあな。今のあいつを俺は知らない」

フィスターはディアンの横まで来て潤んだ目で彼を見上げた。

「あたし、彼を逮捕したくなんかありません。助けて上げてください」

ディアンは淡い色のフィスターの瞳を見つめて危うく引き込まれそうになった。

「あいつは恨みで生きている事はあんたも感づいている筈だ。愛するものを失った人間は盲目になる。あんたが救ってやれよ」

「恨みに?」

燃え上がりそうなダイランの目にはいつも『死と無』が横たわって思えた。ディアンにはダイランが無心になりたがっている様に見える。本当は全てを忘れたがって破滅に向いたがっているようにだ。

フィスターは強い目でディアンを見上げて、かの彼の腕を持つ手に力が入った。

「乗れよ」

そう首をしゃくり、フィスターはぱっと笑顔になった。

「ハイセントルには行かない。俺があいつに殺されるからな」

ディアンはそう言うとバイクを走らせた。

全てを悟られないようにするディアンの演技は完璧だった。男優賞を上げたいくらいだ。

市場でもガルドの株は上がる予想の中、彼を上り詰めさせることでディアン達の上司も隠せる物事がある。だが問題はダイランは意外に隠し持つ情報の多さだ。

MMまでわざと問題を起こし掻き乱して楽しんで賭けの群パイを上げようとする。あの悪魔の機嫌を損ねたら世界がひっくり返る。



No12 マンモス街


ユリは気絶し、ぐったりなっていた。

ダイランは土煙の中顔を上げ、死体の数々を見た。

この街のギャング共が押しかけホテル一室を襲撃した。

ダンサーだったカルゾラファミリーボスの女は血の塊になり、彼女の首からネックレスをもぎ取った後男達は引き上げて行った。

ダイランは飛び起きユリを抱き上げた。

眉を潜め、死にそうなヘドロのところまで来た。

「ヘドロ、」

「……、殺してくれ、糞痛え、」

「……、」

ダイランは目を閉じ、その手を彼が血の手で取った。

「俺は、俺やお前の親父の所に行くんだよ、俺等の最後のフライトは、」

「……おい喋るんじゃね」

だが、彼の手が落ちた。ダイランは目を瞬きさせて壁を見回し、崩れた瓦礫を激しく蹴散らしがなった。

「畜生!!!糞が!!!」

「ガルド!」

ユリはその背を掴んで振り向かせた。ダイランはそちらに顔を向けずに目元をきつく抑えるとユリの手を引き走った。

「ねえ、何故?」

「分からねえ」

ダイランは警報が激しく響くのを銃を腰に下げ、警官共が駆けつけるのもすぐだ。彼らはその階から降りていった。怒りで真っ赤な項は熱く、毒のような目の色にユリは身震いしてダイランの横顔から顔を前に向けて走った。まるで、鬼のような顔だ。

あの女は保管場所だったという事だ。あのネックレスの。元格闘家だった人間も無駄になったわけだ。だが、ただのネックレスとは限らない。

糞、畜生

ダイランは9歳の頃自分の親父が戦場から帰って、同じパイロットだったヘドロの親父が空で戦死した報せを聞いて何を言えばいいか分からなかった。よくチビ時代4人で2機のセスナで空を回った事もあった。

ヘドロは戦争を勝手に起こした他国を呪った。関係無いくせにそれに勝手に加勢したアメリカ国家を愛国として産まれた事に悔しがった。俺の親父は人殺すためにパイロットになったんじゃ無い。他国の関係無い人間殺しに行くために空を飛んでたんじゃ無い。

だが、ヘドロがパイロットになると言った時から9年経っていた。

駄目だ。もう遅い。今更……

ダイランはユリを安全な場所に置いて走って行った。考えられるギャングはこの街には幾つかある。18のファミリーが点在し、それをカルゾラファミリーがまとめていた。

Ze−n時代のダイランはマンモス街の実権を握るためにカルゾラに金融を裏から動かす契約を持ちかけ他ギャングよりも有力な力を与えさせ権利利益を分けていた。もちろんそれがボスからの言いつけだと交渉してきていた青年ダイラン自身である事はカルゾラは知らない。

激しい巨大な爆音が轟きダイランはそちらを振り仰いだ。

夜空を切り裂き、一機の真っ白いヘリがRSというロゴを構えて飛び去っていったのだ。白地に水色で地球儀をオリーブの葉が囲いRSと記されていた。

カルゾラの屋敷側。あの分だと、周りの多い緑の閑静な場もろとも吹っ飛んだ筈だ。はるか遠くの黒い雲の海底は赤い光が反射していた。

あのヘリのロゴ。はじめて見た。ギャング絡みでは無いのか?

ガイは今からそのギャングの奪ってきた物を貰い受ける為にマンモス街へ向う。ダイランがまさか今この街にいる事は知られてはいなかった。だからこれは誤算だった。まさか仮にも襲撃の現場にいたなんて。

 ユリは悪魔の幻覚に悩まされていた。ダイランにここにいろといわれた場は暗い。

何故こんな目に?あんな危険な男に関わるんじゃ無かった。裏で何している男なのよ、一体……ユリは足元を見つめ、悪魔の影が這い上がって来るのを見た。彼の横にいると、まるで何かのシグナルのように幻想を見る。

何故?

「ユリ!出るぞ!」

「!」

ユリはバッと顔を上げダイランに駆け寄った。しがみつくと闇の中に悪魔は姿を消した。違うわ。彼といれば平気なのよ。打ち消す太陽みたいに退くんだわ。

でも、一体何?

「……どうした?」

ユリのおびえる顔をのぞき見てユリが灰色の闇を見つめるのを自分に振り向かせた。

「闇なんか見つめるな」

「………、」

死にたくなる。

ダイランは彼女を促してタクシーに乗り込んだ。

ユリはドレスを古着屋で着替えた。シルバーグレーサテンシャツに黒皮のパンツ、黒のハーフブーツを履きブロンズバックルをはめ、黒ナイロンの極薄い皮のジャケットを羽織り長い黒髪をさらっと出した。

「あたし、このマンモス街には半月間いたから」

リーデルライゾンに住み、HOSTEILで働くことはユリの夢だった。大学卒業と共にマンモス街に赴いていた。

リーデルライゾンには、ずっと来たかったのだ。

「出身は」

「分からないの。実は。4年前まではNYにいたんだけれど、産まれた時から殆ど家族は移動を繰り返していたのよ。父は宣教師なの」

「宣教師……」

ダイランは宣教師嫌いだ。彼はキリシタン嫌いのアナキストで無神論者でもある。

「出身ははっきりとは分からないわ」

ダイランは頷いてから、ユリはダイランの横顔をずっと見上げていた。ダイランが気づかずに煙草を取り出しシャツポケットを探り出すとその事に気づいて仕舞った。

「あなたは……とても美しい人ね」

「……」

ダイランは憮然として、自分が表情の力をついつい抜いていた事に気づいて、常を心がけている眉を潜める表情つくりをしたが、遅かったから諦めて彼本来の顔で溜息をついてユリを見下ろした。

女っぽいという意味では決して無い。男らしさの中で整う美があるのだ。

「悪魔みたいに美しい……」

彼のくるんとしたブロンドのまつげを撫でて、くっきりした大きな切り抜かれた目は吊り上がった造りで、二重の下瞳が孔雀の様でもあって、毒を流し込んだかの様に鮮やかなエメラルドグリーンだ。

どこか甘味を帯びた色気が根強い。頑固そうなスッと通る鼻筋と気と自我の強そうな眉と硬い頬、大きな唇は厚くセクシーな形をしているのに、笑顔など思い浮かばない。

男らしい気強さと自信に満ち溢れた顔つき、健康的な肌。どこか、変った彫りの顔だ。

そして、気品溢れる確固とした何らかの血流が貴族的に息づいた、しっかりした整った顔つきをしているのだ。

なぜいつも眉を潜めてまるで死臭をかぎ分けるライオンの様に険しい顔をするのだろう。今のこの顔が全く浮かばない。

「ガルドって、お婆様か御爺様がトアルノの人なの?。若き貴公子って感じ」

「さあ。顔見た事ねえし俺はスラム出だ」

親族の事を聞かれると一気にダイランの顔は険しく戻った。

「煙草、構わないのよ」

そう言うとユリは火を差し出した。ダイランは肩をすくめてライターを下げさせた。

「1本いいかしら」

ダイランは彼女にそっと持たせて火を差し出した。彼女は口端を上げゆっくり吸い込んだ。闇の中うずまきユリは目を細めた。

「あたし……」

前方を見ていたのを、肩に掛けるジャケットの中で腹を片腕で抱えて組んだ足を見下ろした。

「死体を見たのは初めてだったの……」

彼女の鹿目から涙が落ち、ダイランは振るえる彼女の肩を抱き寄せて温かい髪を優しく撫でた。

「怖かっただろう……。可愛そうに」

彼女は涙でうもれる目で何度も頷き、熱を持った涙声で言った。

「父が死んだとき、あたしはまだ大学生で帰れなかったわ。来たらいけないって言われたの。殺されてしまったからって、もしかしてあんな気分を母もと思うとあまりにも不憫で……、」

「何でそんな目に」

「分からないわ、その街は田舎で閉鎖的で敬謙な信者や司祭がよく狙われていて、教会も燃やされる事件も起きて来た所だから。巻き込まれてしまったのよ。父も、」

「悪魔崇拝者に?」

「そうかもしれないわね」

ユリは目を閉じてダイランの腰に腕を回してダイランの顔を見上げた。ダイランの瞳が流れて、彼女の闇色の瞳は何かを感じた。どこまでも深いのだ。混沌としているのか、それとも純から来る汚れなさかどちらなのかが分からない。

見つめすぎては洗脳されそうな強烈な目だった。自分の眼力よりも。

ダイランは視野の明るいピンクの照明にふと目を向け、瞬きしてからタクシードライバーの頭をバシッと叩いた。モーテル前に停まられた。

ユリも可笑しそうに声を出して笑い、ダイランが行き先を伝えたのを2人は前に向き直った。

ユリはどこか掴み所の無い魅力があった。

ダイランは金を渡すとタクシーを降り、クラブの前で降りた。

女ダンサーも行きつけたこのクラブはダンスホールで知り合いも多い。このうらぶれたショークラブはカルゾラが裏でギャンブルをする一部会員制でもある。

「……。おう!ガルドじゃねえか。お前なんでストリッパーやめ」

男はダイランにビール瓶を胸に押し付けられ黙って、横に連れている美人を見てにやついた。

「いい女だ」

「俺の物なら良かったんだがな」

「ストリッパー仲間?ミスターガルド」

ユリはくすくす笑った。

「いや誤解するな。今はやってない」

「あ、ああ。やっていた方……」

「こいつの踊りは最高にクールでセクシーだったんだぜ。行きつけてた」

クラブ内はドラッグのような曲が流れ皆適当に酔っている。ダイランは薬を握らされたが断った。

奥へ歩いていき、悪魔のオブジェがアイアン門を囲う前では両端にブラックのガードマンが黒のTシャツからたくましい腕を組ませ仁王立ちしガルドを睨んだ。ごろつき時代はよく来たが、今奴はデカだ。

「会いたい人間がいる。この暇時、いつもの様にいるならな」

ホールを見回していたのを2人を見た。スーツの幹部が一人掛けに腰掛け酒を傾け女にしなだれかかられていたのを立ち上がり、ダイランの横に来た。

「なんでこの街にいる?ちょっと来い。話がある」

「知ってるのか?さっきあった事だ」

「その事探りに来たんだろう」

「話せよ」

「ここじゃあ出来ない。こっちに来い」

ボディーガードがアイアンの鍵を開け門を開き、その先の黒皮ボタンダウンの扉を男が開けようとブロンズの取っ手に手を掛けた時だ。

不穏な音が数度耳についた。

ガードマンを押し倒しブロンズレリーフで囲まれたその扉を開け階段を駆け下りていく。

通路を見回して取引用の部屋のドアを蹴り開けた。重厚な扉がダイランの馬鹿力のキック力でドシンと倒れ、3人が倒れて死んでいた。

ユリは短く叫び、ダイランは男と共に通路を駆け出し犯人を探しに行きユリも追いかけた。

3人の中の一人が起き上がり、危ねえ危ねえと言って部屋から出て階段を上がっていきガードマンにぶち当たった。

「何だどうした」

「いきなり交渉邪魔して来やがった。ブロンド髪の野郎だつまみだしてくれ!」

そうガイは言うとボディーガードは険しい顔になって「あのガキ、」と呟いたと共に一人が走って行き、ガイは激怒したままの様子でホールの中溶け込んで行き、便所に入って行くとヘロインで酔っている男の頭を踏みつけ小窓から出ると下のバイクに乗り込み走らせて行った。

フリッピー入りのネックレスは手の中だ。

ボディーガードが死体を見るとそこに戻って来たダイランに銃口を向けた。

「待て。こいつじゃねえ」

「さっき、男が一人上がって行った」

「おい死体が一つねえぞ」

「畜生!」

男は壁を横殴りして階段を駆け上がっていきホールを見回した。

「おいガルド。サツに話通すんじゃねえぞ」

そう彼の胸を軽くどついてから他の幹部達に視線で合図し走って行った。通報はダイラン側にも罰が悪い。第一ここは管轄外だ。

「おい待てよ。何があったんだ」

「ボスは騙されてたんだよ。デスタントファミリーにな」

「……。何があったか話せ」

「あの男を捕まえなけりゃあ分からねえよ。逃げた野郎をな」

そう言うとセダンに乗り込みチタン色の車体が走って行くのをダイランも走りドアを開け乗り込んだ。男は横に移動してユリはダイランの肩にしがみついた。

「デスタントはボスと共同開発をしていた。その橋立をあの男がしていた」

「プロジェクト内容は」

「俺達は知らされちゃいない。あのダンサーなら聞いていたかもな」

「デスタントが関わっていた記録はねえのか」

「無い」

「糞」

「何で知ってる。襲撃の話はどこで仕入れた?」

「俺もデスタントの動向探ってうろついていたからな」

「その美人を連れてかよ」

「ああそうだ」

ユリはダイランの腕を引いたが何も言わなかった。

「カルゾラの部屋には行けないのか?記録をなんらかの形で残している筈だ」

「あの爆破は知らないようだな。あの男のお仲間にやられたんだろう。屋敷は木っ端微塵にされていたらしい」

「RS……、RSって何の機関だ?」

「何だって?」

「そういうロゴのヘリを見た」

「そう関係している」

「爆音のあった方向から飛んできた」

「初耳だ。調べさせる」

「ああ」

闇は闇のまま、男は見当たらない。闇は薄汚れているか、緑か、暖色、深いかだけの違いだった。

「デイズ=デスタントとは会った。俺は命狙われた」

「デスタントにか?」

「分からねえ。きっと何か企ててたんだろう」

「それを放って、美人と遊びに来ていたのか?」

「バレたか」

「励ましてくれる為よ。あたしの為だわ」

「じゃあ知らないんだな?デスタントが具体的に何に手を出してボスと組んでいるのか。お前、デスタント取締りチームの主任だろう」

「既に前に降ろされてる」

無茶な捜査方法に出た為に市場を壊滅的な状態に陥らせた為だった。

リーデルライゾン出のディアンは直接がその近隣の仕事には関われないためにその場合は裏から手を回し情報を渡したり地区に詳しくなっておき戦闘員達の便宜を図る決まりがある。




No13 リーイン集合住宅地区


バイクは進んでいき、ディアンはレガントの街に入ると一気に加速させた。

今頃うまくガイはフロッピーを奪ってカルゾラのボスを始末した頃だろう。

「一体今から何処へ?」

フィスターは背後からディアンの頭を見上げて言い、そのデイズと同じがっしりした体つきはフィスターを心なしか気落ちさせた。前、デイズとは体の関係を一度結んでしまったからだ。その事にダイランは激怒し、激しくデイズに怒りを覚えていた。

デイズには黄金と琥珀のような強烈な色気がある。普段では覗かせないようなそれらは闇の中、静かに横たわった。

ディアンは大通りから左折しバートスク商店街を突っ切るとヒールコンストを貫くジーンストリートを走り商店街と隣接する地区、瀟洒な赤煉瓦の建物の連なる集合住宅地の石畳のリーイン通りを進んでいった。

その中の紫檀の扉の上に葡萄のステンドグラスが飾る前で停まるとゴーグルを上げて指だしグローブを外した。

フィスターもブロンズ薔薇の刻印されたメットを取り見上げた。

「俺の部屋」

「さようなら」

フィスターは回れ右してディアンはその腕を後ろから引いたからビンタされた。

外は肌寒くディアンの掴んだままの温かく大きな手に震えた。

その手を払って石畳をヒールを響かせ歩いていく。すっかり金属のドレスは夜気を取り込み冷えさせた。

「フィスター」

「気安く呼ばないで」

「じゃあジェーン」

「女好きなのね」

「前にも言っただろう。あんたは可愛いし俺はあの狂犬が手出しする前に掠め取るのが好きだってな」

「性格が悪いわ!」

ディアンは小気味良く笑って彼女の肩に牛皮のずっしりと温かいジャケットを羽織らせた。

「警部とあなた達の間に何があったんですか?」

フィスターは表情の無い顔でそう問い掛けた。

「恨みって、一体なんですか?彼はある女の子の事に深く傷ついている事を知ったんです。あなたや弟さんに関係が?」

「その事はあんたには関係無い」

「彼女の事があったから彼は悪魔の様になってしまったのでは無いのですか?」

「……」

ディアンは黙ってからフィスターの顔を見下ろした。

「あたし、彼が、警部の事が大好きなんです。どうしようも無く何故なのか分からないけれど。だから彼のことを考えると、とても悲しいわ……」

「……。うつむくな」

「誰が彼を悪魔のような人にしてしまったんです!」

フィスターはディアンを睨み見上げ、彼はバイクに腰をつけ横の石畳を見下ろしてから視線を上げた。

「俺だ」

「……」

フィスターは目を見開き、ディアンが彼女の頬に手を当て上を向けさせたのを見上げた。

「俺達があいつの心を壊した。完全に打ち砕いてあいつから全てを奪ったのは俺達だ」

闇が背後を浸蝕し、フィスターは瞬きした。

「……どういう事ですか」

ディアンはキーを手に収めてドアに入って行った。

「待って下さい、彼は苦しんでいるわ。あたしは……」

ドアが閉まるとそのトルコタイルの張り巡らされた玄関ホールでディアンは彼女を片腕で抱き寄せ、意地悪っぽく笑った。

「そう言えば入って来ると思った」

パアンッ

天井のデカダンなアイアンシャンデリアが揺れた様だった。

「嘘をついたのね?!酷いわ!」

「嘘じゃねえよ」

「そんな笑った顔であたしをからかうのね!何て事……!」

フィスターは涙をぽろぽろ流して顔を押え泣いた。女を泣かせた事等無い。

「……。ごめん。悪かった。そんなに泣くなよ。ジェーン?」

フィスターはふんっと顔を反らして涙で濡れる視界で踵を返した瞬間、ガンッと扉に額をぶつけ気絶した。

「………。ええ?」

ディアンは目を回し倒れたフィスターを抱き起こした。なんてドジなんだ。

ディアンは呆れ首を振って彼女を肩に担ぎ広いマホガニーの階段を上がって行った。ディアンの部屋の重厚な木の掘り込まれた装飾扉を開け、マホガニーと黒檀で出来上がった天蓋がシンプルな寝台に横たえさせてその上にジャガード織を掛けた。トレーサリーとアカンサスが刺繍された、リドの娘のマーチが持って来た上等品だ。

どうせ睡眠薬で眠らせて部屋を出るつもりも省けたわけだ。

ジャスミンがベッドに手を掛けたのを叱って、一応鎖で繋いでから部屋を後にし、ディアンはバイクに乗り込み走らせて行った。

ディアンが去った15分後にはフィスターは金属のドレスの寝苦しさに目を覚ますと、部屋を見回した。

ここはどこ?全く分からなかった。

豪華な男性的装飾で、彼女は寝台からシャランと開きあがると辺りを見回し照明を探した。

何か柔らかいものを踏んでしまって互いに叫んだ。

「ひ、黒、」

フィスターは月光の中、背を丸めて後ろ足を舐める巨大な動物を見下ろしザッと後じさり、急いでそこかしこの間接照明を一つ一つつけて行った。

暗い暖色の中はブランデー色に染まり、黒豹が彼女を見上げていた。

ここはあのディアン=デスタントの部屋なんだわ。

そう気づいて扉を見つけ走って行きノブを回すものの引いても押しても開かなかった。

ジャスミンは内側からでもドアを開けてしまうから外から鍵を掛けられているのだ。

フィスターは驚いて窓に駆けつけ、その窓を引き上げて見下ろしたが2階は飛び降りれる高さでは無かった。

フィスターはがっかりしてカウチに腰掛け、黒豹と目が合った。

「おいで。ここへいらっしゃい美人さん」

そうフィスターは微笑み黒豹は彼女の所まで来た。毛並みはしっかりしていて温かく、がっしりしているのに柔らかかった。

「あなたの色男なご主人様は困った人ね。優しいのか意地悪なのか分からないわ」

「グウン、」

フィスターは微笑み黒豹の頭を撫でて、洒落た装飾の小ぶりな円卓の上の銀製のトリーミングブラシを見つけると毛づくろいをしてやる事にした。

きっと、何かを企んではいても100パーセント悪者にはなれないのではないかしらと思った。彼がどんな事を言ってきても、分からないような何かを目論んでいるとしても、彼からは『悪の心』は全く感じ取ることは出来ない。

適当というわけでもない優しさで出来上がっている。それがディアン=デスタントだというように。




No14 蛇の目の男


ガイの状況を聞くためにガーラに連絡を取ったディアンは改めて運の強いガルドに呆れた。ガイがマンモス街で奴に出くわしたと言うのだ。

だが、顔を見られたわけではなくフロッピーも手に入れたようだ。

今はヘリに乗り込み屋敷を爆破させた仲間と合流し、フロッピーを処理させた後に処分するだけだ。

マンモス街の港。

いきなりの事に機体がゆれ、つづけ様に再び2度の轟音が轟いた。

ガイは舌を打って下を睨み、それは走行する車両からバズーカ砲を構え打ってくるガルドだったのだ。

威嚇射撃は減りの周囲を気圧だけで大きく揺らし、ガイはマシンガンを構え打ちつけるが車体に穴の流線を開けるだけだ。

ヘリのプロペラをやられて大きく傾きガイは痰を吐いてハッチを最大限に開きバイクにまたがりヘリが地に落ちる10メートルの所で一瞬でマシンガンで応戦しながら地面に降り立ちその横を大砲が掠める。

ダイランの頬すれすれに一度打ち付け炎の炎上する横を避け闇の中を走らせて行った。

ダイランも炎を避け車でバイクを追わせ他3人もバイクを打ちつける。

ガイはサングラスを嵌めオレンジと緑のライトが港を走らせるボーズ頭のガイのその目元を流れ反射させ、マシンガンを片腕に肩越しに振り向きながら腰を浮かせ走らせ、弾が掠めるのを避ける。

急激にブレーキを踏み後輪で立ち背後にジャンプし車両の屋根をへこませ窓から乗り出す2人を撃ち殺し運転手を屋根上から打ちつけた。

その瞬間再び走り出そうとしたのをダイランがガイの首に飛び移ってバランスを失った車は倉庫の壁に激突する瞬間、バイクはアクセルを踏み込み飛び走って行く。

ガイは自分の首を締め付け足を遠心力で回し腹を蹴り付けようとしたダイランに思い切り頭突きしてダイランはバイクから落ちアスファルトに転がっていった。

ガイは走らせて行く。

額を押えながら拳銃を取り出しそのタイヤをパンクさせる。ガイはスピンしたのをダイランを轢き殺そうと走ってきて弾を避けながらダイランに衝突する寸前で彼は跳ね起きバイク毎ガイの腹を蹴り付けた。

その先に派手に転がって行きガイのジャケットからネックレスが光を受け飛んでいきガーネットの輝きが闇色の海へ飲み込まれた。

ガイは咄嗟に海に飛び込みそれをキャッチしたがその頭を後ろから水中で蹴りつけられ闇の中をオレンジの閃光が駆け抜けて行った。

胸倉を掴まれ殴られるのをダイランの胴体を足で掴んで岸のコンクリートに手を掛け思い切り叩き付けた。

ダイランは思い切り海水を飲み海から上がったガイの足首を掴んだがその頭に銃口を突きつけられた。

「………」

そこに2回の爆音を聞きつけたパトカーがサイレンを鳴らした。

ガイは顔を上げてその方向を見て、一瞬その蛇のような鋭い目の顔を灯台が照らしつけ、ダイランは目を見開いた。

手の甲の蛇の刺青、

4年前、女殺したと現れたパートナーの殺し屋だ。

その瞬間ガイは銃床でダイランの頭を殴りつけ気絶させてから転がったバイクを引き起こし跨って走り去って行った。

パトカーが現場に駆けつけ海中に浮かぶ死体を引き上げたがそれは生きたダイランだった。

頬をばしばし叩いてこいつはこの成りでまともに泳げないから海を見て発狂し飛び込んだら溺れたのだろう。

ダイランは勢い良く飛び起きると辺りを見回した。

「あの男は」

「男というのは」

「分からない」

「はい?」

「何者なのか……」

「大丈夫か?」

「ああなんとか」

あの男はあの女のパートナーの蛇野郎だった。糞、逃がしたなんて。再び現れて、あの女はこの街に来ているのか?もう戻ったのか。LOGASTARに……。

タクシーが到着して途中で降ろされていたユリが駆けつけた。

「大丈夫?!一体何が!」

「大丈夫だ……ぶあっくしょん!!!」

「良かったわ!」

「うん」

「犯人は」

「逃がした」

ユリはハンカチでダイランの頬を拭ってから頭から血が流れているのを見て驚いた。

「怪我してるじゃない」

「救急車に乗って。さあ」

「どうってこと無い」

「あ!待ちなさい!」

ユリの腕を引きタクシーに乗り込み警官が止めるのも聞かずに走らせて行った。

「きっともう無駄よ。2度逃げたら捕まらない」

「デイズの野郎に聞く」




No15 デスタントの根城


デイズは一度C地区の背後を見てから部下達がライフルを持ち辺りを張っているのを根城のドアに入って行った。

葉巻に火を着けられマンモス街の様子を受けてから軽く頷き闇中の狭い階段を降りていく。

「くそっ!驚かせやがって、」

いきなり女の部下が彼の背後から腕を回し首にキスをしたからデイズはぞっとして首筋を擦った。

まるで悪魔声で言った。

「そんなに驚かなくなって、いいんじゃない?」

女はそう伏せ気味の目で微笑んでデイズの肩に前から腕を回して同じ背でまっすぐ見つめた。

デイズは目を反らし女の腕を退けて降りていった。女は上目で口端を上げてからその後ろを降りていき、デイズの手を取った。

「何だよ」

「ちょっといい情報掴んじゃった」

「情報?」

闇の中では深くなるデイズの声音に女は微笑み、彼女はガイとも繋がっている。

「ダイラン=ガブリエル=ガルドが今あんたの所に来ようとしてる」

女はデイズが嬉しそうな顔をしたから目を伏せた。

「あたし、邪魔しちゃおう」

「何でだ?」

「何だかあたし、嫉妬しちゃうな。魅力無い?」

女は自分の体を見下ろし見回しながら言った。

デイズは口端を上げ、女の手を取って引き寄せ細い腰を引き寄せた。女は微笑みデイズにキスをしてから掴まれる手首をまま彼を見つめた。

暗闇の中のデイズの表情はいつでもすべてw魅了する。本人がその時何を考えていても意識していなくとも、人を探って来ようとする目元は何処か甘くも思えたし、不安げにも見えた。

キスを続けたその瞳が開かれ、女は微笑して大きな猫目を細めた。

「手首を離して」

そう言って彼のがっしりした腰からそっと両腕を首に回し、女は意地悪そうに微笑み降りて行った。

「あの男、デスタントとマンモス街の詳しい繋がり掴んだみたいよ」

「どうやって。あいつがマンモス街に行ったのか?」

「女の子とデート中だったみたい」

「あの女デカと」

「さあ。誰だろう。何でいきなり現れたのかは知らないけど、ギャングの人間を訪ねたのよ。元々、何か手を組んでいたのかも。あんたの情報を得ようと買収していたかもしれないわよ。どうする?」

「あいつに今何の闇的地位は無い。もう昔とは違うんだ」

「じゃあ偶然?」

「あいつは感が鋭いからな」

女は嬉しそうに微笑んで振り返った。

「本当に今も闇とつながりが無いなんて、本当は分からないのよ。彼らチーム仲間が消えたとしても、何も彼が金融に今も手を出していなくアングラから完全に手を引いただなんて信じるの?FBIに叩かれた位じゃああの男は諦めない」

「ああ」

警官を隠れ蓑にその後も起動していたのは確かだ。4年前ムショに突っ込まれた仲間達の刑期が終わることを待ち、闇から世界に散らばる部下達に指示をあおりつづけZe−nを再起動させるためにデスタントに痛手を加え闇に戻る準備を推し進めていたのだから。それも全ておじゃんになったわけだ。

マイアミ、NY,ヨハネスをはじめとする世界中の都市のアングラに伝と力を有していた人間だ。

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