第56話
島に夕闇が迫ってくると、辺りに不穏な空気が漂う。
ここいらはエルゲドス島の奥でドワーフの住宅地なのだが……仕事が終わって夫婦揃って帰宅する坑夫たちの姿がとうに見られなくなっていた。
ギラギラと光る眼が沢山現れた。
「ぐるるるる~」と低いうなり声
それは頭が二つある三メートル近い大きな犬で、双頭犬たちだった。
「いや~ん♪ ドワーフは、飼い犬を夜は放し飼いにしてるのよ」とヘラクレスが言う。
何十匹と言う双頭犬が周りを取り囲んだ。
「う~~~~う~~~~~う~~~~」低いうなり声。今にも飛びかかりそう。
リオナとアチキは、エレオノーラにしがみついている。
「飼い犬?!」エレオノーラは拳を構えると、二人を振り払うと、一匹づつ殴り倒していく。
「きゃい~ん!」「きゃんきゃん!」
一匹倒すのに頭が二つあるので二回殴らねばならないが、とにかくエレオノーラは素早い。
やたら痩せこけた犬以外、全部を殴り倒したが、痩せこけた犬はうずくまって飛びかかってこない。
「お腹が空いてるみたいね」とリオナ
エレオノーラは自分のおやつのサンドイッチを投げてやった。
双頭犬は嬉しそうに食べると、「わんわん」とエレオノーラに尻尾を振ってペロペロ顔を舐める。
「まあいいか、こいつは野良かな?」「そうみたいね」
「仲間になれよ。飼ってやるよ」
とエレオノーラは犬の頭をなでる。
一匹の頭を撫でると片方が焼きもちを焼いてもう一匹を噛む。この犬は左右の両手で同時に二つ頭を撫でてやらないといけないようだ。
「エレオノーラ!」他の女の子クルーの声がする
デリラ、ハルナ、フレデリカが走って来た。
アイオラとジレッタとメーア以外の三人のメンバーが昼飯にも帰らない三人を心配して捜しに来た。ーーアイオラは魔動機械のチェック、船大工のジレッタは船の手入れ、メーアは夕食の支度だーー
「あら、その大きな女性だだれ?」とデリラが聞く。「あら、ヘラクレスさん?!」とハルナ
「うふん♪ あたしはエレオノーラとハルナのお友達の女僧侶のシスター・ヘラよ」と野太い声で、涙を拭きながらヘラクレスが嬉しそうに答える。
ヘラクレスもついて来た。
「ヘラちゃん、赴任地はあの教会でしょ? どうするの?」 とハルナが聞いた。
「うふん♪ あたし、赴任地の教会の神父さまに拒否されたの。怪物は要らないって……」
ハルナはぷぷっ……と噴き出したが、すぐに気付いて黙った。「うふん♪ きのう船を降りてから何も食べてないの。ここは食堂も宿も無いのねー」とヘラクレスは途方に暮れて座り込んだ。ーーでもこちらを当てにしていて、チラ見する
「うふん♪ あたしも一緒に行っていい?」とヘラクレスが聞く。
エレオノーラとハルナは顔を見合わせた。そこへデリラとジレッタとフレデリカが「大きな子だけど、いいじゃない?」と言うので、エレオノーラが、不承不承「私達の船においでよ」と誘った。
ヘラクレスは、即座に笑顔になって、意気揚々と、女の子たちに付いて来た。エレオノーラは自分がお弁当を分けてやった双頭犬を口笛を吹いて呼んだ。
「こいつも、仲間になったんだ。よろしく」
「まあ、ワンちゃん?! 可愛い♪」……幸い、メンバーに犬嫌いはいない模様。
「女教皇様のファイガを見て、犬が欲しかったのよ」とエレオノーラ。
この双頭犬は大きさがまだ二メートル無いので子犬の様だ。
船に戻ると、メーアとアイオラが口論していた。
なんと、アイオラの後ろに、でかいでかいモサザウルスが、にたーっ♪ と笑って 浮かんでいる。
ーージレッタはモサザウルスに齧られた船の修理に夢中で気が付いていない。
「アイオラがエルフの島で手に入れた魔法薬の団子を持ってきてて、それを先頭にいたリオナさんがとどめを刺した瀕死のモサザウルスに食べさせて、エリクサーを食べさせて、介抱してたのよ」とメーアが怒っている。
「あの~わたしぃ、海洋魔物の研究をしててぇ、モサザウルスを飼いたかったんですぅ」とすまなさそうにうつむいて言う。
「いけませんか? 魔法薬は二か月効きますので、切れかけたら、わたしになつくまで魔法薬の団子をまた食べさせますので、どうか許してください」
モサザウルスも、海の中から、40メートルの身体でペコリと頭を下げた。
「がるるるる~♪」
「餌はどうするの?」
「あ~自分で取って来ると思います。海の中で放し飼いですので、ご迷惑はかけないかとぉ……」とアイオラ。
ヘラクレスはアイオラとメーアともすぐ意気投合し、まるで最初から仲間だったくらいに溶け込んでしまった。
10人と犬一匹(頭が二つなので二匹か?)になったメンバーで食堂のホールで、メーアが多い目に作った特大のミートパイ6個とメガロドンのひれを入れたフカヒレスープに肉まん40個は完食された。
ーー犬嫌いはいなかったが、狼女のメーアだけが、少し嫌そうな顔をしたーー
二つ頭の犬に名前をつけるのがややこしいので、右の頭をワン、左の頭をツーと呼び、ワンツと双頭犬にエレオノーラは名付けた。
エレオノーラは神父のところで聞いたワンダーの情報を全員に話した。
「さすがは船長ね。 でもグリナス神父の20年前の話では、今は誰も居ないサナジェス島で女魔法使いワンダーの足取りは途切れたわね」とデリラ
デリラとジレッタが、親方たちのところで、別の大きな問題の情報を聞いてきた。
「このドワーフの島のエルゲドス島のすぐ横の海の底には、人魚族のトリトン族の都があるそうなんだけど、そこから宣戦布告があったんだってさ」
「えっ?!」
「エルゲドス島の大きな坑道に穴を開けて、坑道を海水で満たして、鉱石を取る掘削作業ができない様にしてやるっていうんだってさ」
「何が原因なの?」
「ドワーフが鉱石から魔石や金属を精製するときにでる廃液を海に捨ててるんだってさ。それが毒液で、都が住めなくなったから、廃液を垂れ流すのを止めないと、坑道を海水で埋める、ていう話らしい」
「じゃあ、ドワーフが悪いんじゃない」
「だよね、でも親方たちは、廃液を海に捨てるのは止める気はない、って返事したんで、宣戦布告されたらしいよ。それが明日だってさ」
「あららら……」
「ドワーフは人魚の言葉わかるの?」
「ドワーフはヴィルガルド語も人魚の言葉もどっちも話せるらしい」
「そんなの。でも私らは分かんないよね」
「とりあえず、大人の意見を聞こうよ」
食堂ホールにある魔法の鏡で、マダム・ブラスターに連絡をとり、事情を説明した。
「……そうかい、私に良い考えがある。取り敢えず、あなたたちが人魚語を話せるようにならないとね。私は魔法陣で学園都市ナムルベニアスに通勤して錬金術以外に人魚語の講師もしてたんだよ。今夜一晩であんたらに人魚語を教えてやるよ。文法はすごく単純なんで、6時間あればマスターできる」
ーーげえええええっ!!ーー
転移魔法陣でマダム・ブラスターが自宅のアトリエからエルゲドス島の港に現れた。
魔動帆船の中で、一晩徹夜で、エレオノーラたちは、マダム・ブラスターから人魚語を集中レッスン語学講座を受ける羽目になった。
「明日起きると言うその人魚族とドワーフ族の戦争をなんとしても止めるんじゃ」とマダム・ブラスター