第44話
クリスタルとアナスタシアは、まだ見ぬドウルガの魂を持つ我が子を捜して旅立って13年間に、ほとんどハルモニア王国には帰らなかった。
マダム・ブラスターの魔法陣で占星術王国からハルモニア王国の実家に帰って来てまだ次の日。
クリスタルはガウス王と王妃に報告しなければならないことに気が付いた。
「私は疲れてるからきょうは一日ベッドで休むわ。パパとママによろしく、って言っといて」とアナスタシア。
「仕方ないなあ」とクリスタル。
家に帰って来た当日の昨晩は、みんなで宴会を開いて飲めや歌えやだった。まだ居間は散らかりっぱなしだが、家政婦のミルルさんがマイペースで片付けている。
ギニーンとハルナはハルモニアの町の宿屋へ去った。
暫く、宿屋で休養してハルモニア王国のギルド酒場でまたハンター仕事を見つける……そのはずだった……があらためて、エレオノーラはこれからどうするつもりかを二人は聞きに来て、この家族の運命は変わった。
家の台所では、リユと小さな氷姫がお菓子を取り合って喧嘩している。
「このチョコはあちきのよ」「ふん、あたしが貰うべきなのよ!」
ーーマダム・ブラスターの家は父ブラスター師が住んでいた家で、古い屋敷だ。ハルモニアの近郊の山の中腹にあり町までは少し距離がある。この家には父ブラスター師から使っているアトリエがあるが、毒薬や劇薬や予想もつかない薬物があり、錬金術の素人が家族で同居するには危険である。ましてや子育てには不向きだ。
マダム・ブラスターはアナスタシアのために町に立派な家を借りようと思っていたが、王家の方が先に、降嫁した娘のために立派な家を町に、用意してしまった。
クリスタルもアナスタシアのことを案じて、母の家から、すぐにそのアナスタシアの家へ引っ越すつもりだったーー
女錬金術師のアトリエで
マダム・ブラスターはエレオノーラの装備している女性用の白銀の鎧を見て、「ほーう、その鎧、なかなかの逸品だね」と言った。
「そうなんだよ。これはね、動き易い良い鎧だよ」と着ているエレオノーラが得意そうに笑顔で言う。
「ああ、その鎧には、この鎧を着て死んだ女の魂がまだ籠ってるね。その女の魂がこの鎧を使う者を守ってるよ。錬金術を使えば、ゴーレムの身体でこの女を生き返らせることも可能なぐらいの生きの良い魂だね」と言った。「え?!」とエレオノーラ。
その場に、ハルナとギニーンも居合わせた。
「え、今何て言ったの?」とハルナ。
「その鎧を使えば、その鎧の前の使用者の女をゴーレムで生き返らせられる、と言ったのさ」
それを聞いて、ショックが大き過ぎてギニーンは眼を開けたまま気絶した。
ハルナが父親の肩を抱いて支えながら聞いた。
「いったいどうやれば、そんなことが……可能なんですか?」
「12年前に亡くなった人間を生き返らせるには、賢者の石の代用品に使う金が多く必要になるけどね。アステルスカス王国の場合は生命エネルギーと魂を理想的な形でリッチが吸い取ってため込んでいたから、金の砂一粒で人体丸ごとのゴーレム化ができたけど、この魂には生命エネルギーがないから、自然界から補給してやらないといけない、それに賢者の石……は途方もない高価な物だけど、金でも代用できるのさ。私が創出した錬金法だけどね」と笑顔で軽く言うマダム・ブラスター。
「どのくらいの金があれば母は生き返るのでしょうか?」
「生き返らせるわけではなく、ゴーレムに魂を固定して、姿を幻影で作り出すだけだよ。ま、生きてる時と変わらない生活はできるけど」
ギニーンがようやく声を出した。
「センセ。どのくらいの金があればリンダに会えるんだ?」
「金貨10枚あれば素材は十分だよ」とマダム・ブラスター
ギニーンはすぐに財布から金貨10枚出して、マダム・ブラスターに差し出した。
「これでリンダに会わせてください。センセ」
「わかったよ、仕方ないね」とマダム・ブラスターは腰をあげた。
「他にも貴重なものが必要だが、エレオノーラが世話になったから、まあいい」と言いながら……
「エレオノーラ、その防具を全部はずしな」とマダム・ブラスター
「ああ? 裸になれっての?」「倉庫に女性用の新品の魔法の防具が沢山あるから好きな物をもっておいき」とマダム・ブラスターは倉庫の鍵をエレオノーラに投げた。
「好きな物選んできな」
エレオノーラはギニーンにもらったリンダの防具をすべて脱いだ。
木綿のシャツズボンだけになると、すごすごと地下の倉庫に行った。
「さあ、素材を用意するか」とマダム・ブラスターはイキイキして言う。
「久しぶりだね、これだけ本格的なゴーレム蘇生は」とウキウキしている。
あちこちの戸棚やツボや薬瓶から素材を集めて、ブツブツ言いながら、使い込んだ真鍮の大きな釜の中に入れる。
「この金は水銀と反応させて金アマルガムにして……」と準備を整えたようだ。
エレオノーラが脱いだリンダの防具を全部、真鍮の釜の中に入れて、素材を入れ、魔法石の素材を入れて、
「ハルナさんの血を少しこの盃に必要さね」と水晶の盃を出す。
ハルナが自分の短剣を火にあぶって消毒してから、左手の指を少し切り、血を盃に取った。
その盃の血を真鍮の釜に入れて、最後に清められた女性の人骨を一人分入れて蓋を閉じる。
すぐ横に召喚魔法陣を杖で描くと
呪文の詠唱を始めた。
「日の出より明るきもの 命の流れより生きる力を あらゆる者をはぐくみ成長させる 偉大なる神の御名において すべての生き物が喜んで集うここで光に誓う 我らが進みしその前途に すべての畏きものに 神が力により等しく栄える喜びを与えると」
「全回復」
ーー召喚魔法陣の中央に清められた女の骨が浮かんでいた。その心臓に光が宿りーー赤く輝き、そして金色のキラキラ光る輝きがその女の骨を何重にも渦巻くように包んだ。そして人の姿のゴーレムが現れた
召喚魔法陣の中央に、死亡した当時の12年前のリンダが丸裸で立っていた。
「あれ?! あたしはどうしたんだい? ここは天国なのかい?」と確かにリンダの声。
涙でぐしゃぐしゃのギニーンがそのリンダに抱き着いた。
ハルナははにかんだ笑顔でリンダを見ている。
「なんだい? このおっさん? ぶっ殺すよ!」とリンダはとっさに抱き着こうとするギニーンを自分に触れさせず瞬時で蹴り飛ばした。
「あたしにゃギニーンてイケメンの可愛い夫がいるんだよ。たいがいにしなっ!」
マダム・ブラスターがハルナに自分の古いローブを渡した。
ハルナは12年ぶりに、まがい物の身体を得てでも、生き返った母に、事情の説明をした。
リンダはハルナからもらった古いローブを着て、その話を冷静に聞いた。
リンダの眼から涙が落ちた。
「この40になったおっさんが、あたしの可愛い夫だっていうんだね。あんたギニーンなのかい?」
「あ、ああそうだよ。リンダ。俺だ、俺だ」と少し不安げなギニーン。
「ママは12年の間に6歳年下夫だったパパが6歳年上になってるからね。
ママは死んだときの33歳のままだからね」
「ああ、そうなのか」とリンダ
ギニーンは隅っこで少しいじけている。
「なんにしても、これで一仕事済んだんだから、親子の積もる話はどこかよそでしとくれよ。ここは私の錬金術のアトリエで他にも仕事が立て込んでるんだよっ!」とマダム・ブラスターは三人の親子を自分のアトリエから追い出した。
クリスタルは予てのガウス・ハルモニア王との約束道理、失われた我が子が見つかったので、ハルモニア王室騎士の勤務に戻らねばならない。
久々の王宮への13年ぶりの登庁に際して、ガウス王より、クリスタルに辞令があった。
「そなたクリスタル・ブラスターをハルモニア王国国防大臣とし、将軍に任命する」
ハルモニア王国軍2000人の兵士がすべて王宮広場に整列し、その前での任命であった。
「アナスタシア王女がそなたに降嫁しておるのだから王族外戚のそなたにはそれにふさわしい任務についてもらわねばな」と王と王妃はご満悦。
クリスタルは久々に緊張し冷や汗。
「それではクリスタル将軍よ。よろしく頼むぞ」とガウス王。
クリスタルは冷や汗。
「……ありがたき幸せに……」騎士として跪いて首を垂れて王からの辞令を受ける。
整列した2000人の兵士たちが一斉に剣を掲げて歓呼の声を上げる。
「クリスタル将軍ばんざーい!国王陛下ばんざーい!」
またクリスタルは王室騎士の宮仕えの日々が始まるようだ。
その栄転の式典の最中にギニーンがクリスタルの家からマラソンで走って駆け込んだ。
「アナスタシアが産気づいたぞっ!」
「えええええええ?!」
クリスタルはびっくり仰天!!ハルモニア王宮は大騒ぎ!!大混乱
国王夫妻は即、国一番の産婆で女医のパイナレテを捕まえて、伴って六頭立ての馬車でクリスタルの家に急行した。
マダム・ブラスターと出産経験のあるミルルさんがすでに付きっ切りで、赤ん坊は無事産まれていた。
なんと三つ子であった。
「気づかなかった」とクリスタル「ごめんよ。アナスタシア」
「だいたい、おふくろ! 肝心の時になんで……知ってて言わなかったのか?」クリスタルはマダム・ブラスターを責める
「そう言っても、お前たちと久々に占星術王国で出会って、まだ三日目だよ。私だって、気づいたばかりだったよ」とマダム・ブラスター
二人が口論している隙に
国王夫妻は、アナスタシアと産まれた三つ子を即、六頭立ての馬車で王宮に連れ帰ってしまった。
もう14歳になる王太子のフリージア王女以来の喜びごとに国中が湧きかえった。
あらゆる人々の祝福で、クリスタルは大忙し。肝心の子供の顔も妻の顔もまだ見ていない……
クリスタル新将軍が大忙しなのに、アナスタシアはふくれっ面「クリスタルったら、ぜんぜん私と子供の世話しにきてくれないっ!」……ヤバい!……