第35話
売春宿やぼったくりバーのある通りのゴミ捨て場の物陰でギニーンが酔っ払ってパンツ一丁の丸腰で男泣きに泣いていた。「リンダー、おまえなぜ死んだー」ギニーンは泣き上戸である。
「ギニーン何してんのさ」と声がした。
見るとエレオノーラである。ギニーンは酔っぱらったままだが
エレオノーラの出現に、少し驚いた。
自分の今の状況を忘れて、エレオノーラに言った
「17歳の娘が来る場所じゃねえぞ。ここは……」
ハルナの親友であり自分の娘同様に考えているし、かつ自分と同等の戦友でもある。
「ハルナが小公子のお坊ちゃまの世話であんたの様子を見に行けないから、って頼まれたのさ!」と、そっぽを向きながらギニーンに言う。
「私はこういう場所で生まれ育ったから……娼婦宿ていうのは私にとって故郷みたいなもんさ」
エレオノーラは鼻の頭をポリポリかくと、
「ああ、分かったよ。私の育った鉱山町ジステンにも一つか二つあった店だね」とだけ言うと、こともなげに、ギニーンの横のドアを開けて、地下へ降りる階段を降りて、薄暗いぼったくりバーへ入って行った。
「お、おいっ! 女の子の行く店じゃあないぞっ!」と叫ぶギニーンの声は空しかった。
暫くして、店の中から、二メートル近い入れ墨だらけの強面の男が、ガタガタ震えながら、丁寧な言葉でギニーンに話しかけた。
後ろの戸口から恐る恐る半裸のドレスを着た厚化粧の女が三人、様子を見ている。
「どっどうもすいませんでした。こちらの手違いで、だんなの武器と防具とお財布預かっちゃいました。これお返ししますね」と頭を下げてペコペコ。
ギニーンの武器と防具と財布を横に置くと、「で、では、あっしはこれで……」と逃げて行こうとしたが、
エレオノーラは許さない。「まだだろ。もう二度としません!というこの念書の通りに、この店は健康的なただの明朗会計のバーにしなよ!」
「はっはーいっ!」と強面の男は体がガタガタ震えっぱなし。
「私のダチにこんなことしゃがって。こんど見かけたら二度と許さないよ。いいね?」
「はっはいっ! わかっておりますっ!」と二メートル近い強面の入れ墨男は、まるで半べそをかきながら逃げるように自分の店へと逃げ帰って、二度と出てこなかった。
「さあ、ギニーン。これ着なよ。ハルナが心配するよ」
「ああ、ありがとな」と頭をポリポリ掻きながらギニーンが自分の武器と防具と財布を抱えて立ち上がった。
ーーあの二メートルありそうな入れ墨男よりギニーンの方がはるかに強い。しかし女におだてられたら野放図に調子に乗る癖のあるギニーンは丸裸にぼったくられてしまった。ギニーンを素っ裸にして所持金もすべて取り上げたのは女だったのだ。プレイボーイのギニーンは「女にとられたもんは仕方ない」と諦めていたのだが。そこんとこに容赦のないエレオノーラとの違いであるーーギニーンの所持金のほとんどはハルナが管理している。結局、ハルナに怒られて、あとで武器と防具は自分で力づくで取り返しに行く羽目になるだけだったギニーンなのだが。エレオノーラの親切に感謝ーーしかしエレオノーラがハルナに「また醜態さらしてたよ」と報告済みであることをギニーンはまだ知らないーー「パパ~ッ‼」
カナッサの町の入り口が騒がしい。
ジステン鉱山町からオーボエン街道を必死の態で走って逃げて来た四台の荷馬車がカナッサ町に辿り着いたからである。
四台の荷馬車に乗って来た人々に、カナッサの町の守備隊隊長のオコーナが事情を聴いていた。
馬車はボロボロで、乗っている人々は傷つき血を流していた。
服装を整え、武器を装備しなおして財布をポケットに収めたギニーンとエレオノーラは、町の入り口が騒がしいので様子を見に行った。
カナッサ町のオコーナ守備隊隊長が事情を聴いている人々の中に
エレオノーラの母と仲の良い娼婦のフレデリカの顔があった。
「フレデリカ姉さん、いったい……どうしたの?」
「……あんたは……エレオノーラじゃないか……」
フレデリカは母ナナ・アーマイスの死をエレオノーラに告げた。
きのうの夜、バルカニア王国軍の一個大隊千人が、ジステンの鉱山町を襲い、住民のすべてを殺戮し、町に火を放って町は全滅だった。
着の身着のまま、逃げて来たフレデリカを、エレオノーラは自分の宿の部屋に連れ込み、事情を聞いた。
いつも、小ぎれいな格好をしているお洒落なフレデリカは、髪もザンバラで着ている服も半分敗れてあられもない格好であった。化粧をしなければ決して人前に出ないフレデリカがお化粧もしていない。
フレデリカ「……酷い何てもんじゃないよ……」
エレオノーラは無表情だった。
「ここは今、ハンターの仕事で護衛してる貴族のお会計だから」とエレオノーラは、フレデリカに付き添って、カナッサ町の中クラスの宿屋を借りた。
フレデリカに金貨1枚を渡して、「これでフレデリカ姉さん、身なりを整えて、またこの町の娼婦街で稼いでよ」
「ああ、すまないね。恩に着るよ」とフレデリカは喜んで、金貨を受け取ると、エレオノーラの頬にキスをした。
「私は、明日朝が早いから、じゃあこれで……」
「ああ、ありがとよ。気を落とすんじゃないよ」と中クラス宿の入り口から見送るフレデリカ。
フォグ副王が二千人の兵士を率いて現れた。これから鉱山町ジステンを滅ぼしたバルカニア王国軍を討伐に征くらしい。