第31話
四頭立ての三台の馬車は夕暮れのレッサム街道を走る。
途中にひなびた村があったので、宿屋はないかと一同が停車して見回したが、そこには凄惨な光景があった。
村の家々はすべて焼き払われて、村の住民達らしき屍が累々と転がっていた。
「これはいったい……」
「さっきのバルカニア軍が、フォグ副王の領土の町や村を焼き払って略奪するために侵入した、て言ってやがったな」とクリスタルが言う。
「なんてこった」とギニーン
「休める村も宿屋も根こそぎ……村ごと滅ぼすなんて……」といつもは無表情なエレオノーラが怒りを隠さない。
「だれかが、聖王ジョー・デウスを殺してくれたんで、またこういう時代に逆戻りしたのさ」とビオルがクリスタル・ブラスターを横目で見ながら言った。
クリスタル「…………」
リユが言返した「事情を知らない奴が何か言うんじゃないわよ!」とビオルの発言に苛立ち。
馬車は、取り合えず宿のありそうな町か村を捜し、もうすっかり日が暮れたレッサム街道を走る。
馬たちも疲れているので、休ませなければならない。
結局、明け方に、カナッサに到着した。
フォグ副王の早馬の使いが予約した宿屋のある大きな町のカナッサまでまともな村は無かった。
途中の馬車の中でアイロス小公子は体調を崩して熱を出し吐き気を訴えた。
ハルナがアナスタシアと馬車の座席を交代して、ギニーンの妹のリナの薬屋で貰った薬や聖チア修道院から持って来た薬で小公子の治療をした。
人混みで夜中や明け方でも賑わう大きな町のカナッサは内陸にある。
幾つものカジノや娼婦宿があり、レッサム街道と他のいくつかの街道の交差路に位置する賑やかな町である。
カナッサの町は大道芸人で有名であり、いくつかの旅芸の一座も常駐していて劇場もあるかなり大きな町である。
立派な宿屋の客室に通されて、ハルナは久しぶりにこの宿屋の大きな風呂にゆっくり入った。
エレオノーラも笑顔でハルナと一緒に風呂にゆっくり入っている。
宿屋のホールでクリスタルとギニーンとビオルとベルが小公子の執事と話している。
「飛び兎の月の15日までに到着するのはむりだわよ」とベル
ーーベルとバーバラはカナッサに着くまで熟睡していて、さっき目覚めたばかりであるーー
他の三人もそれに同意した。
執事「最初から余裕を見て出発してますので十分間に合います」
ビオル「そもそも、何の目的でこんな暗殺予告が出てるのに特攻して旅行しなきゃならんわけ? アイロス小公子は、何の用事でアステリスカス王国へ帰るんだよ⁇」
執事「ご婚約のためで御座います」
ギニーン「まだ10歳のガキなのに?」
執事「はい、アイロスさまがお生まれになる前からのフォグ副王家とアステルスカス王家とのお約束に御座います。 アステルスカス王国に帰られて小公子は12歳になるいとこのジーナ王女と正式にご婚約なさるのです」
ベル「なんで、そんなこと後何年後かじゃだめなわけ? 今な訳?」
クリスタルが口を出す「それってアステルスカス王国は占星術が盛んな国だけど、それと何か関係あるんですか?」
執事「左様でございます。 アステルスカス王家ではすべての物事は占星術で決められます。アイロスさまはアステルスカス王国生まれで、フォグ副王さまの妹君のお子様で御座います。フォグ副王様にお子様が産まれないので、アイロスさまは、副王都メジンにご遊学ということですが、事実上の跡継ぎに御座います。
ただしそれにはジーナ王女とのご結婚が条件なので御座います。来月の竜の月の16日までにアステルスカス王国に行ってジーナ王女様と正式なご婚約をされなければ、アイロスさまはフォグ副王さまの莫大な財産と広大な領土を相続する資格を失われるのでございます。すべては星の定めでございます」
ビオル「かったるい話だな~」と言い「それでなんで悪魔崇拝のババニア教団に狙われてるわけなんだ?」
執事「それは、私共にも皆目見当が尽きません……暗殺予告は何が理由なのか、こちらが聞きたいくらいでございます」
執事「取り合えず、皆さまもかなりお疲れのご様子なので、一日、このカルッタの町でお疲れを癒してくださいませ。明日の朝、日の出と共に出発いたしますので、それだけお忘れなき様にお願いいたします」
執事はため息をついた「なにより、アイロスさまご自身が慣れないご旅行で体調を崩してしまわれたので……アイロス様の健康の御快復でございますね」
ギニーン「あしたの朝ってことは、今日一日丸々このカルッタの町で自由行動というわけか?」
執事「自由行動?……休息を最優先にお願いいたします」ギニーンの嬉しそうな顔に、執事は失笑した。(執事の顔は、お前らのためじゃねえぞ! あくまでアイロスさまのためなのだ! と言っている)
ハルナはアイロス小公子の体調を気遣っていた。アイロスの体調が回復しないので手厚い治療を続けている
聖チア修道院は徳の高い聖チア大僧正の元に回復魔法の研究や貴重な種々の薬草の栽培をして無料で病人やけが人を治療しているので高名な修道院である。
ハルナはそこで大僧正として多くの医療知識を勉強し回復魔法を習得していた。
しかしハルナにとってアイロスの体調以外に、この町は頭が痛い問題が父親のギニーンである。
ハルナは父親の胸倉捕まえて言った
「ほどほどにしてよ! パパ!」
「ふぁ~ぃ♪……」ギニーンの心はもう娼婦宿とカジノの方向に……
アイロス小公子はアイロスで、涙目であるーー彼は何よりこの町の大道芸人や旅芸人一座の寸劇を一目見たいと楽しみにしていたのに……
余談だが、小公子の事を心配したヘラクレスが、カナッサの中央広場で寸劇を披露していた旅芸人一座の座長にその話をしたところ、一座をあげてアイロス小公子の宿屋の部屋へ来て、休んでいる小公子の部屋で人気の芸や寸劇を披露してくれた。
アイロス小公子はとても喜んだ。
ーー座長は小公子の執事からしっかり、ご褒美にチップに金貨5枚を頂いたーーホクホクである♪
一晩寝て、ハルナの看病の甲斐も有り、出発までには、小公子の体調も回復したようである。