第30話
なんと馬車を取り囲んで、目の前に200人ほどの武装した兵隊が殺気をみなぎらせて槍と弓を構えて今にも攻撃せんとしていた。
一見、フォグ副王の正規軍に見えるが、正規軍は全部、はるか南西のパナーム戦線に出征しているはずである。
「待ってたぜ」というくぐもった声のあと、軍隊の後ろの幌馬車が、にわかに盛り上がったかと思うと、三メートルはある大男が姿を現した。
左右の手に男一人でも持てないような鋼の大斧を楽々と一本づつ持っている。
クリスタルが馬車の外へ飛び出すや否や、巨大な斧をズシン!と打ち込んだ。
クリスタルは飛び退ると、妖剣ダイモスを構えた。
二撃目の斧は、妖剣ダイモスでガシッ!と受け止めた。
「俺はバルカニア軍のヴォルグ将軍だ。 副王軍のふりをして南西の関所から副王の領地に侵入した。途中で気づいた南西の関所は皆殺しにした」
パナーム戦争でフォグ副王軍と敵対しているバルカニア王国軍だった。
「個人的に聖王ジョー・デウス陛下の暗殺者であるクリスタル・ブラスター、お前が女教皇さまより、無罪放免の裁定を頂いてしゃあしゃあとこうやって公道を馬車に乗って夫婦で優雅に走ってるのが気に食わねえ」
「今の雇用主の敵なのね」とエレオノーラが無表情に言った。
これから、ここでも戦争が始まる。
むごい戦いになる
「俺はお前を殺しに来た。他の雑兵どもは子供のいないフォグ副王の事実上の王太子の甥のアイロス小公子を片付けるのさ」と身の丈三メートルはあるヴォルグ将軍が叫んだ。
パッと飛び上がると、三メートルもあるヴォルグ将軍はクリスタルの後ろについた。
巨体なのに恐ろしく身が軽い。
ヴォルグ将軍は皮の腰巻に鎖帷子の軽装だ。鋼の鉢がねをつけて、足は鋼鉄のサンダルを履いている。
巨大な斧で切り込むかと見せかけて鋼鉄のサンダルでクリスタルに蹴りを入れる。
クリスタルはヴォルグ将軍の鋼鉄のサンダルの蹴りをとっさに身を交した。
バルカニア軍の後方より一斉に矢が放たれた。
ハンターたちは次々に武器で矢を払いのける。
前衛の百人が槍を手に馬車を守るハンターたちに突撃してきた。
鎖帷子に鉄兜の殺気をみなぎらせた雑兵たち百人が一斉に槍を構え心臓を狙い突撃してくる。
ハンターたちは武器で敵の槍を払いのけ、攻撃を加える。
「すまない、ちょっと指揮とれそうにないわ。 ギニーン、たのむ」
とクリスタルはヴォルグ将軍の巨大戦斧を妖剣ダイモスではじき返すと、
ヴォルグ将軍に真正面に向き合った。
バルカニア軍はフォグ副王軍に見せかけていた旗や紋章をかなぐり捨てると、バルカニア軍の正規軍である旗を掲げた。
「なんであなた方が、アイロス小公子を殺すんですか? こんないたいけな10歳の子供を」とハルナが問う
「敵であるフォグ副王軍の正規軍の一万人がパナーム戦線に送られて領地の守備ががら空きなんで、町を略奪して火をつけて破壊するために来たんだが、タイミングよくフォグ副王の甥のアイロス小公子が馬車でレッサム街道を移動中という情報を得たんで、ここで明け方から待ってたのさ」
「そりゃ、ご苦労なこった」とギニーン。左右に大剣を持って、走って敵の中に飛び込むと、雑兵は飛び退って逃げ去った。背後に待ち構えていた兵士たちが槍でギニーンに突き掛るが、ギニーンは走って敵の中に飛び込み大剣で切りまくる。
ビオル、ゼネ、ハビンは正規軍との戦闘は初めてで、少しビビっている。
三人の若い男のハンターたちはそれぞれの武器を構えて真ん中の守るべき馬車の周囲に陣取り敵の出方を待っている。
クリスタルは身の丈三メートルの左右の巨大斧を振り回すヴォルグ将軍の相手で手一杯なようだ。
次々と打ち込まれてくる巨大斧を妖剣ダイモスで受けては弾いて間合いを取って相手の様子を見ている。
バルカニア軍の後方で凄惨な血しぶきが上がった。
「ぐはっ!」「ぎゃあ!」「うぎゃ!」「げえっ!」とにかく素早い。
と次々に、淡々と、大剣で人間を切り刻んでいくエレオノーラ。
敵の返り血を浴びてまさしく女鬼である。
ハルナとヘラクレスは真ん中の馬車の左右に身構えて中の人を守っている。
ビオルは弓に七本の矢をつがえると天に向け放った。
七本の矢は七人の雑兵の身体を貫いた。さらに矢をつがえる
ゼネは鋼鉄のブーメランを力いっぱい放った。鋼の冷たい刃は、二本の光りの弧を描いて兵士たちの喉や眼をえぐってゼネの手に帰って来た。
ハビンは左右の手に短剣を逆手に握り、素早く雑兵たちの中を走り抜けて的確に急所を突き、一撃必殺でつぎつぎと敵の命を奪う。
ヴォルグ将軍はすごい勢いで巨大な斧を左右の手元も見えないほどにクリスタルに打ち込んでくる。
クリスタルはそのすべての攻撃を妖剣ダイモスで受け流して敵に打ち込む隙を狙っている。
エレオノーラの大剣を振り回す速度はすさまじい。
彼女の振り回す大剣で雑兵たちは、槍で突撃する暇もなく肉塊となっていく。
槍でも間合いを取れないと分かると敵は剣に持ち替え接近戦で切り込んでくる。
しかしエレオノーラの素早さと怪力には太刀打ちできない。
かなわないと見た二十人ほどの雑兵が真ん中の馬車を守るハルナの方へ押しかけた。
ハルナは白銀のレイピアと白銀の盾を持ち、素早く盾で敵の攻撃を受け流して、雑兵を切り刻んでいく。
ヘラクレスの方に近づいた雑兵は残らず、その巨大なメイスで頭をたたき割られて殺された。
敵は後ろに退いて剛弓で鉄の矢を大量に打ち込んでくる。
ヴォルグ将軍は左右の巨大斧をそろえて左右の両手で渾身の力を込めてクリスタルに打ち込んだ。
クリスタルは妖剣ダイモスでがっしり受けた。そしてはじき返した。
ヴォルグ将軍は後ろへ飛び退った。
その時、クリスタルが渾身の力で妖剣ダイモスで斬撃を放った。
その斬撃をヴォルグ将軍はかわせず、まともに食らった。
一瞬、ヴォルグ将軍がたじろいた隙を狙い、クリスタルは妖剣ダイモスですばやく渾身の力で袈裟切りに切り込んだ。
将軍の身体は妖剣ダイモスに切り裂かれ真っ二つになり、そして呪われた妖剣ダイモスに黒い霧に分解されて吸収されて行った。
ヴォルグ将軍が遣られたのを見た残り60人ほどの生き残りの雑兵たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。
辺りの光景は凄惨を極める戦場となっていた。バルカニア王国軍の兵士の屍が累々と散らばって血が滴っている。
なんとかエレオノーラたちは馬車を守り切った。
執事が叫ぶ「ハンターの方々は、すみやかに馬車に乗ってください。御者さん今夜の宿へ向かってください」
「無茶言うなよ」とクリスタルは執事の言葉を遮った
全員が血まみれの状況で、このままでは馬車には乗れない
近くの川でみんな、身体を洗った
「さすがは悪魔崇拝のババニア教団ね。えぐい状況になってきたわね」と顔の血をぬぐいながらエレオノーラ
しかし、もうすでに夕日が西に沈み始めていた。
いくら急いでも、もう副王の早馬の使いが予約した町に辿り着くには明け方になるだろう。
ギニーンとクリスタルはどうするか、執事に相談した。
「暗殺者たちはこちらの予定してたスケジュールに合わせて来てくれるわけじゃないので、そもそも行程の距離と馬車の速度だけで計算して、宿を予約したのが良くなかったですね」とクリスタル
「お金で済むことではないので、皆さん方が守って下さらなければアイロスさまは殺されていたでしょう。感謝です。近くの村の宿へ行きましょう」という返事だった
「さすが、金持ちはちがうわね」とハルナが言った。
執事「実際、馬車が全速力で走って辿り着いた時間計算で途中の町や村に宿を予約したことに無理があったわけですから仕方ないです。一番大事なことは小公子さまが無事にアステルカス王国にお帰りになることですので。みなさんはお気になさらず、小公子をお守りすることに専念なさってください。宿の手配はこちらで何とか致しますので」
「これでまた夜中も来られたらたまらないわね」と仲間の負傷に回復呪文を唱えながらハルナがしみじみ言う
「こっちの予定を考えてきてくれるわけじゃねえからな」と全身傷だらけのギニーンは苦笑した
ハルナとヘラクレスはこの戦いで命を落としたバルカニア軍の兵士たちの遺体を弔った