第3話
朝から不気味な空模様だった。
いつ嵐になってもおかしくない空模様だが、戦争は始まっていた。
もう後戻りはできない。
すぐ向こうの目の前で、男たちが切りあって殺しあっていた。
ボロボ隊長は呪文の入った銀の取っ手の鋼の大振りの斧を片手に持ち
魔法の呪文入りの鋼の盾と鋼の全身鎧。
ギニーンはマッチョで気合を入れるとすさまじい腕力だ。
ギニーンは右手と左手に魔法剣と思われる、なんと大剣を2本装備し、それを軽々と振る
魔法の銀の鎖帷子のフルセット。氷河ライオンの皮のズボンと左上腕につけている白銀の腕輪はいわくつきの1品だ。
ボロボ傭兵隊長が声を張り上げた
「いいか、作戦は伝えた。あとはお前らの頑張りと神の意思次第だ」
「いけー!」
エレオノーラの初期位置はギニーンの少し後ろだった。
ーー陣形はできる限り崩さず、敵の前衛を突破して司
令官を狙うーー
それがボロボの作戦だった。
ギニーンの真後ろにできる限り離れずに付く。
ギニーンに馬はあるが、駆け出しの傭兵のエレオノーラに馬なぞない。
ただ、遅れないように自分の足で副隊長の後を追う。
嵐が来た。轟く雷鳴。いきなり吹き降りの雨の中を
泥水となった戦場を、見失わないように、エレオノーラはギニーンの後を追う。
横から、数十本の矢が飛んできた。ギニーンは意に介さず馬で走っていく。
一人が矢に腕を射抜かれたが、自分で応急の手当てをし、かまわず進む。
エレオノーラはすでに、麻布をはずし裸にした鋼の大剣を肩に背負い走っていた。
十数本の矢を数回、剣を振り、薙ぎ払った。
皮の鎧の上に鎖帷子を着たので、少し体が重いが、そんなことはどうでもいい。
誰よりも早くーーーエレオノーラがギニーンの馬の後に続く。
目の前に3人の敵兵が現れ、ギニーンに切りかかる。
それをエレオノーラが飛び出して、全員を一撃のもとに、切り伏せた。
エレオノーラは初めて殺人を犯した。しかし、そのような認識はもうない。
ギニーンが剣をふるう前にエレオノーラは敵を瞬時に切り裂いて、
副隊長の進路を開けた。
ーーこの女、おもったより使えるなーーギニーンは思った。
さらに、8人の敵兵が現れた。
頑丈な鎧を着た兵隊8人が槍や剣で切りかかってきた。
エレオノーラは瞬時で敵の後ろに回りこみ、敵の槍を奪うと、
横から8人に突き立てた。
3人が串刺しになった。ギニーンは馬で飛び越え、先を急ぐ。
敵の司令官を探し打ち取るためである。
あとにつづく13人ほどのボロボ傭兵隊の戦士たちは、
数本の矢が刺さった応急手当を各自でしながら副隊長の後に続く。
エレオノーラの素早さに彼らは舌を巻いていた。
----不慣れって言ってたが、この女ベテランじゃねえのか?
ギニーンははるか前方に指揮官らしき全身鎧の男を見つけた。
馬も鎧をまとっている。「あれが司令官だ!」
「よし、あいつを打ち取ったやつに金貨5枚だ!」
というより先に、司令官の馬がいきなりあばれ、倒れた。
なんと、はるか先の司令官の馬の下から女があらわれた。
剣で馬を突き刺したのはエレオノーラだった。
司令官は馬から落ち、重装備の全身鎧は逆に彼の動きを鈍らせる。
瞬時に、動きの鈍い落馬した司令官の背後にまわり込み、
鎧の頭と首の境目に、細身の短剣を突き立て、
エレオノーラは司令官の鎧の隙間の頸動脈を切り裂いた。司令官はどうと倒れ、
その上に馬乗りになったギニーンが司令官の喉に剣を突き立てた。
司令官は倒したが、敵はまだ崩れてはいなかった。
ボロボ隊長はそのとき、敵の30名ほどの兵士に囲まれ、
必死で防戦し動くことも退くこともままならない状態だった。
同じく20名ほどのボロボ傭兵部隊の戦士が隊長を守るはずが
わが身の防御で手いっぱいだった。
司令官討伐を命じた切り込み隊であるはずのギニーンが馬で
ボロボ隊長を助けに来た。
と、それとほぼ同時に、ボロボの前から切りかかってきた3名の兵士が
そのまま固まって倒れた。
その後ろから現れたのは、昨日雇ったばかりの美少女だった。
エレオノーラはすごい速さで、敵の兵士を切り裂いた。まるで鬼女のように。
顔が血まみれだったが、それを拭きもせず、隊長の前からさらに切り進み、
そのままこの戦争の総司令官のバルグス侯爵のいる本陣の方角へ姿を消した。
雷鳴轟く土砂降りの中、ギニーンが隊長の馬に自分の馬をよせた。
「第3部隊の司令官はやりました」
「そうか、あとはこの悪天候がどちらに味方するかだな」
「あのエレオノーラとかいう女傭兵、ものすごい拾い物ですな」
「そうか?!」
「です!」
そのとき、敵の城門の上に例の魔法使いが現れ、呪文の詠唱を始めた。
「げげげー!」
ギニーンもボロボもぞっとした。
この魔法使いのせいで、この戦争がこちらの雇い主が勝ちかけたのを
これまで2回もひっくり返されている。
雇い主側の弓手が20人ほど、剛弓で詠唱中の魔法使いを狙い
弓を撃つが、矢は風に遮られまともに飛びすらしない。
誰かの声が上がった。
「バルグス侯爵を打ち取ったぞー!」
「えええええ?!」
「ええええ!?」
すでに勝敗は決した。
魔法使いは詠唱をやめると、するどい口笛で大鷲を呼び、
その大鷲に乗っていづこともなく飛び去った。
嵐はいきなり終わり、黒い雲はまるで嘘のように消えていき、
太陽が照り始めた。
侯爵の首を打ち取ったのは、エレオノーラだった。
「すごい女だな」「うむ」
この戦争はボロボ傭兵隊の雇い主であった
ウィガーロ伯爵の側の勝利に終わった。
ボロボ傭兵隊長は契約金の金貨200枚を
伯爵より支払ってもらい、ホクホク顔であった。
活躍したのだが、エレオノーラは新人ということで、
もらえたのは基本給の銀貨100枚だけだった。