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あなたがみてきたものを、私が表記することは難しい。
その時あなたは庭に居て、飛ぶ鳥を追うように指先を空に伸ばした。あなたが何を感じていたのかは分からない。その指先は、太陽の熱に向かったものだろうか。飛ぶ鳥がいたとしても、その瞳はその輪郭さえ捉えることが出来ない。
昼食の時間を過ぎて出された紅茶の香りを嗅ぐ。一緒に出された焼き菓子を目で追う。それが何であるか、私には分かる。弾む会話の中、自分が口にするものがどんな味であるか、もう私は知っている。光る空の下弾けては消える笑い声、反射する緑、そんな中、いつの間にか噛み砕かれた焼き菓子は、私の胃に落ちる。いつ、食べたのだろうか。だけれど私にはその味が分かる。記憶にあるものを目で確認しているからだ。私はその時、味など感じてはいなかった。
冷えた指先が太陽の熱で溶かされる。粒子となって、溶けゆく。人間の皮膚は現実的過ぎて、独特の匂いを放つ。外界から内臓を守るのだ。私たちはその入れ物の中にいる、ふとそんな感覚を抱く。あなたは焼き菓子の味を、ちゃんと感じていたのだろう。これは好きで、あれは嫌いだと、はっきりと言った。あなたの中にある空を、ほんの一ときでも私に感じさせてくれた事、私は一生忘れないだろう。
光を放つかのような、見えない目を持つ人。私のヘレン。