幼馴染はご機嫌ななめ
ついに動き出した失恋作戦。
が、なにやら一波乱ありそうです。
翌朝、いつも通り学校へと向かうため玄関のドアを開けると、門の前で美少女が立っているのが見えた。
「師匠~」
美少女は俺の顔を見ると何やら笑顔で大きく手を振る。
紗々木澄花だ。
門を開けて路上に出ると澄花は「師匠、おはようございます」と礼儀正しく頭を下げた。
「こんな朝っぱらから何の用だよ……」
「決まってるじゃないですか。師匠と一緒に学校に行くために来たんですよ。例の作戦のこともう忘れちゃったんですか?」
澄花はそう言うと、少しだけ不満げに俺を見つめた。
もちろん、覚えている。
例の作戦というのは俺と澄花の失恋作戦のことだ。
「師匠、一緒に学校に行きましょ?」
澄花はしばらく俺を見ていたが、すぐにいつものご機嫌な笑顔に戻るとそう言って歩き出した。
特に彼女の提案を断る理由のない俺は彼女の隣を歩く。
「…………」
しかし、相変わらず可愛い顔をしている。
俺はさりげなく隣を歩く美少女を眺めながらそんなことを考える。
彼女の失恋のプロデュースのためとはいえ、自分の隣を何の躊躇いもなく歩いていることに違和感がある。
「どうかしたんですか?」
と、そこで澄花は俺の視線に首を傾げるので俺は慌てて「なんでもない」と彼女から視線を逸らす。
と、そこで俺は足を止める。
その理由は目の前の一軒家から一人の少女が出てきたからだ。
磯崎紗耶香。
幼馴染は手鏡で髪形を軽く直しながら門から出てきたが、すぐに俺の存在に気がつき、視線だけをこちらへと向ける。
そのタイミングで俺はいつも通り「おっすっ!!」と紗耶香に向かって手を挙げた。
紗耶香はそんな俺をまるで硬直でもしたように、身動きもせずにじっと俺を見つめていた。
が、
「お、おい、待てよ」
何故か紗耶香は俺には挨拶の一つもくれずにそのまま俺を置いて歩き出す。
俺はそんな紗耶香に慌てて追いつくと彼女の肩を叩いた。
すると、彼女は立ち止まってしばらく前を見たまま固まっていたが、すぐに振り返ると俺に微笑みかける。
「柄木田くん、おはよう」
柄木田くん?
何故か俺を名字で呼ぶ紗耶香。
そんな紗耶香に俺が首を傾げていると、彼女はまた前を向いて歩いて行ってしまった。
※ ※ ※
昼休み。
俺は立ち上がると紗耶香の机の方へと歩いていく。
いつものように彼女と一緒に昼食をとるためだ。
俺は紗耶香の机の前に立つと「おい、紗耶香。行こうぜ」と声を掛ける。
が、紗耶香は俺の顔を見やると首を傾げた。
そして、
「あら、これは柄木田くんじゃない。何か用かしら?」
紗耶香は何やら、余所余所しく俺にそう尋ねる。
「朝も思ったんだけど、なんで俺のことを名字で呼ぶんだよ……」
「呼び方なんてどうでもいいじゃない。で、何か用?」
いや、何か用って……。
俺は紗耶香の言葉を奇妙に思いつつも彼女を見やる。
「昼休みやることは一つだろ。飯食いに行こうぜ」
「お昼ごはん? どうして、私が柄木田くんと一緒にご飯を食べなくちゃならないのかしら?」
「だって、いつも一緒に食ってるし……」
「いつも一緒に食べているからといって今日も一緒に食べなくちゃいけない理由にはならないわ」
「い、いや、そうかもしれないけど……」
なんだ。
また、いつものように俺をからかっているのか?
「それに私はこれから少し用があるの」
「わかったよ。じゃあ、今日は一人で食べるよ」
用があるのならば仕方がない。
今までにもこういうことは何度もあったから俺は特に気にも留めずそう言うと、俺は手のひらを紗耶香に差し出した。
が、
「何、その手は。私、犬じゃないのよ。あなたが私にとって犬のような存在なのは否定しないけれど……」
「いや、弁当だよ。今日も作ってくれてるんだろ?」
こんな時でも紗耶香はいつも俺の分のお弁当を用意してくれている。
だから、きっと今日も俺の分を用意してくれているはずだ。
そう思って手を差し出したのだが、紗耶香は俺の手のひらを不思議そうに首を傾げる。
「お弁当? 何の話かしら」
「俺の弁当だよ。その鞄から顔を覗かせているのは俺の弁当箱じゃないのか?」
そう言って、机にかかったファスナーの開いたカバンから垣間見える二つのお弁当箱の内一つを指さした。
「それは私のよ」
「じゃあ、こっちは?」
「そっちも私のだけど」
「二つも食べるのか?」
「だったら何か問題でもあるのかしら?」
「別に問題はないけどさあ……」
と、そこまで話してようやく紗耶香がいつもと様子が違うことに気がついた。
いつも俺をこうやって弄ぶ紗耶香だが、何だか今日はいつもと少し違う。
うまく説明はできないが、いつも以上に言葉の節々に棘のようなものを感じた。
「紗耶香、お前、なんか俺に怒ってないか?」
俺がそう尋ねると紗耶香は一瞬「っ……」と口ごもり俺を睨み付けた。
やっぱり怒っている。
彼女と付き合いの長い俺にはそれがすぐにわかった。
が、紗耶香は直後、わざとらしくにんまりと笑顔を俺に向けると「そんなわけないでしょ」と俺への怒りを否定する。
「私が柄木田くん如き存在に感情を左右されるはずがないでしょ。柄木田くんってもしかして自意識過剰なの? なんか怖いんだけど……」
「悪かったな自意識過剰で……」
理由はわからないが、今日は素直に紗耶香の言うことを聞いておいた方がいいような気がした。この分だと怒りの理由を聞いたところで答えてくれそうにない。
俺は「わかったよ。今日は学食で食うよ」と答えると教室を出ようとドアの方へと向く。
すると、廊下で俺に向かって「師匠~っ!!」と手を振る少女の姿が見えた。
澄花だ。
「可愛い彼女が待っているじゃない。行ってくれば? リア充の柄木田くん」
「なんだよ。そのトゲしかない言い方は……」
俺、何かこいつを怒らせるようなことでもしたかな?
もしかして、あいつの買い物の誘いを断ったからか?
紗耶香の怒りの理由に全く思い当る節が見当たらずなんだかもやもやしながらも俺は澄花の方へと歩いていく。
そんな俺の背後から「ばか……」という声が聞こえたような気がしたが俺はあえて聞こえないふりをした。