可愛いウェイトレスと突然の修羅場
「師匠、私が師匠のことを好きになったら師匠は迷惑ですか?」
そんなことを本気で尋ねてくる紗々木澄花に俺は驚愕を隠すことができなかった。
いや~最近の子って怖いわぁ……。
そんなことを考えていた俺だったがふと、気がつく。
それは周りの客たちが何やらそわそわしていることである。
そう、澄花の声は静かな喫茶店の店内に響いていたのだ。
それに加えてさっきの俺の大声のせいでただでさえ周りの注目を集めていただけに、俺たちの会話を周りの客たちも聞いていたのだ。
なんだこの気まずさは……。
「師匠、聞いているんですか?」
が、澄花の方は周りのそんなざわめきに気づかず首を傾げている。
俺は周りの視線に目配せしつつ、澄花に顔を寄せると小さな声で返事をする。
「なんで、よりにもよって俺なんだよ……」
「だって、私、その写真の人たちのこと、好きになれそうにないですから……」
「だからって俺じゃなくてもいいだろ」
「でも、どうせなら師匠みたいに尊敬できる人を好きになりたいです。師匠、ねえ、いいですよね?」
と、俺に同意を迫る澄花。
そんな澄花に俺は動揺を隠せなかった。
が、冷静に考えてみると澄花の提案は思ったよりも悪くないかもしれないと思えてくる。
何せ、俺は彼女が失恋をしたいと願っていることを知っているからだ。
とりあえず彼女が俺のことを好きになるということが現実的かどうかは置いておくとして、仮に彼女が俺を好きになりさえすれば、俺は彼女の告白を断ればそれでミッションコンプリートということになる。
もしも他の奴らを好きになった場合、そいつらが澄花の告白を断るとは限らない。
いや、現に写真の奴らは過去に澄花に告白しているのだ。澄花が告白なんてすれば涙を流して喜ぶに違いない。
となると、澄花が俺のことを好きになってもらえれば全ては丸く収まる……のだが、
如何せん、俺には心配事がある。
さっきも言ったように彼女が俺を好きになることが果たして現実的なのかどうかということだ。
「本当に俺のことなんて好きになれるのか?」
「わかりません、でも、好きになれないのはその写真の人たちも同じなので、どうせなら師匠のことを好きになりたいです」
「いやいや、どう考えてもこいつらの方が魅力的だろ。俺はただの地味な高校生だぞ?」
「そうですか? 私は師匠の方が好きですよ。あ、でも、あくまで今は人として好きという意味ですが……」
そう言って男としての俺は全く好きではないとアピールする澄花。
「まあ、お前が俺を好きになりたいなら好きにしろ。俺としても色々手間が省けて助かるっちゃ助かるからな」
なんだか無ず痒くなりながらも俺がそう答えると澄花は「はいっ!! 師匠を好きになれるように頑張りますっ!!」と、元気よく言って笑みを浮かべた。
「お客様、お冷はいかがですか?」
と、テーブルに歩いてきたウェイトレスさんが俺たちに話しかけてきたので、俺は「ああ、お願いします」と答えた。
するとウェイトレスは俺の空になったグラスを手に取り、そこに水をそそぐ。
そして、「はい、どうぞっ」と俺にグラスを差し出すので俺は「ありがとうございます」とグラスを受け取ろうと顔を上げたのだが。
「っ!?」
ウェイトレスの顔を見た瞬間、俺は心臓が凍り付きそうになった。
どれぐらい驚いたかというと、ウェイトレスから受け取ったグラスが手からすり落ちるほどだ。
なんでそんな驚いたかって?
それはそのウェイトレスに俺はとっても見覚えがあったからだ。
藤村美沙。
それが彼女の名前である。
彼女は俺の同級生にして、昨日、告白をして見事に砕け散った相手である。
パリンッ!!
と、グラスが割れる音が店内に響き渡った。
ウェイトレスは「あら大変っ!?」としゃがみ込むとガラスの破片を拾い上げると丁寧にお盆の上に拾い上げていく。
「お、俺も手伝うよっ」
俺はその音にふと我に返るとしゃがみ込んでガラス拾いを手伝う。
が、藤村美沙は「いえ、お客様はどうぞお席にお座りください」と丁寧に俺の申し出を断ろうとする。
そして、
「お席に座って新しい恋人と仲良くおしゃべりでも楽しめばいいんじゃないですか」
と、何やらトゲトゲした言い方で俺に微笑みかけた。
「…………」
怒っている……。
彼女は笑みこそ浮かべているが目が全く笑っていない。
「言いたいことがあるなら何か言えよ……」
そんな彼女の視線に俺はそう尋ねずにはいられなかった。
すると、彼女を控えめのトーンでようやく本音を口にする。
「あなたの告白を断った私にこんなことを言う筋合いはないけど、ちょっと切り替えが早すぎるんじゃない?」
「切り替え?」
「昨日、私に好きって言ってくれたのに今日は別の女の子とデートするんだ」
「は、はあ、デートっ!?」
デートという言葉で俺は彼女の怒りの理由を理解する。
どうやら、彼女は俺と澄花の関係を誤解しているようだ。
「いや、デートじゃないから……」
「そうやってバレバレの嘘を吐くってことは、昨日の言葉も嘘だったのかもね」
「いや、だから誤解だって」
「でも、もういいよ。だって、私は柄木田くんをフッたんだから。柄木田くんが誰と付き合おうと私には関係ないよね」
そう言うと藤村は全ての破片を拾い上げ立ち上がると、俺に「ごゆっくりお過ごしください」と営業スマイルを見せると店の奥へと戻っていった。
俺はしゃがみ込んだまま、呆然とそんな藤村の背中を見つめることしかできなかった。
「告白もせずに失恋できるなんて師匠はやっぱり凄いですっ」
そんな澄花のトドメの一発を食らわされ俺はその場に崩れ落ちた。