第六枚 クラス<ドラゴン>について
とある県のとある街。そのとある住宅街の端の端の端。その辺鄙なところに、ゲーマー妖怪の巣はあった。
その巣で、最も危険な場所と言える、サティスファクション都の部屋のある奥へと、ニシワタリは向かっていた。
目的は、解き放ちとの交換条件である、未来見の水晶である。
そう、ニシワタリは、自身の解放の代わりに、未来見の水晶を取ってくるという契約を、九十九眼のリリと結んだのだ。
(元々、ワタシとサティスファクション都は主従ではありマセンシネ。こういうこともありマスヨ)
心の内でそう思うことを強いりながら、ニシワタリはサティスファクション都の部屋へと到着する。この家の奥の奥である。そして、この家妖怪の中心にも近い場所だ。既に、油断ならない場所に、ニシワタリは踏み込んでいる。床が軋むような気がする。
そこで、警戒しつつニシワタリは悩む。
(サテ、サティスファクションはどっちに置いているデショウカネ)
今、ニシワタリのいるのは廊下の曲がり角。真っすぐがサティスファクション都の部屋で、右に曲がればこの家妖怪の中心だ。ニシワタリの部屋は既に通り過ぎている。そこから先は、あまり入ったことのない領域だ。用が無いので来たことは数えることができる程度だ。
だが、危険な場所であるのは間違いない。サティスファクション都の部屋は汚部屋な意味で危険であり、家妖怪の中心は身体的な意味で危険である。等分に危険な場所なのだ。だから、どちらかにあるには違いないけれど、同時に二つとも処理できるとは思えない。実のところ、手に入れるのには日をもらっている。片方を片づけてもう片方を、というのは無理ではない。だが、どうせやるなら一発で決めたいところである。
「さて」
と、ニシワタリが口を開いた。その瞬間である。
「何が、さてなのかしら?」
ニシワタリの肌が、人のそれのように泡立つ。振り向けば、背後にサティスファクション都がいる。
そのサティスファクション都が続ける。
「何が、さてなのかしら、ニシワタリ? こんな場所でさて、どうするの?」
「あー、いや、その」
何とかはぐらかすことを考えるニシワタリ。しかし、そっちの、つまりサティスファクション都にここでばれるということへの覚悟が出来ていなかった。明らかな覚悟の配分ミスだ。侮っていたわけではないが、ここまですぐに、と思ってもみなかったのだ。
だから、言葉はふわふわと彷徨う。
「あー、サティスファクション。あなた、ワタシの3DSかっぱいでマセンカ?」
「……そんなこと、あったかしら?」
「いやだって、ワタシの部屋に無いんデスモノ。そうなると和室デスガ、そっちに置いた記憶はありマセン。となると、サティスファクション、あなたってことになりマセンカ?」
苦しい言い訳だが、一応用意していた3DSがあるのをさりげなく確認しての言動だ。これでサティスファクション都の部屋に入った後に適当なタイミングでこれを出す、という緊急避難なことは一応予防線として用意はしていたのだ。まさかここまで速攻されるとは思わなかったが、これで入れれば何とかなる。
「まあ、私は相手のを勝手に持っていく時はあるっちゃあるけどね。でも、最近はそうした記憶がないんだけど?」
「物忘れがひどくなったんデスカ?」
一瞬、二者の空気に鋭利なものが走る。お互い歳のことはご法度なのだ。
しかし、ここでサティスファクション都はすぐに雰囲気の剣を引く。
「いくらなんでも、そこまで老いさらばえてはいないわよ。……まあ、それは後で調べておいてあげるから、ちょっとこっち来なさい。すぐ出るにしては暇そうだしね」
「……何の御用で?」
口から出まかせによって話が逸れていることに気づき、心中安堵するニシワタリに、サティスファクション都は言った。
「ちょっとアシスタントが欲しいところなの」
「うわー! やっぱり勝てない!」
「落ち着きなよ、茂美ちゃん。もうちょっと墓場の数を理解出来れば、たぶん大丈夫だから」
「いやだもう! <ロイヤル>にバサバサ出されたらどうしていいのか! どうしたらいいのか!」
「あそこは<死の祝福>だったね」
サティスファクション都と一緒にゲーム部屋の和室にやってきたニシワタリは、悶絶している城茂美と、それを介抱する犬飼美咲を見た。茂美が何かにあまりに勝てないので変なムーブになっている模様である。
「なにしているんです、あれは」
「『シャドウバース』をしてるんだけど、城が勝てない勝てないうるさくてね」
「なんか時間軸おかしくないですか?」
「何言っているの?」
と。その声に跳ね起きる茂美。そして食いつく。
「都くん! これやっぱりデッキが悪い! 多数相手でわちゃわちゃにされる! 全体攻撃が欲しいよ!」
「その辺をどうにかするのがクラス<ネクロマンサー>の本領なんだけどねえ」
「どうにもできない! <デュエリスト・モルディカイ>までつなげられないよ!」
「と言う訳なの」
そう言うサティスファクション都に、ニシワタリはツーカーという感じで答える。
「これをどうにか勝たせないといけない、ということなんデスナ?」
「でも、どうしたらいいかと思ってね。三人揃えばなんとやら。頭数増やせばそれだけ行ける方向も増えるかなと思ったのよ」
「で、城は全体攻撃がお求め、ということデショウカ?」
「わらわらいるのは一気に倒したいよ! 気分爽快に!」
ちょっとテンションがおかしい城に面食らいつつ、ニシワタリはうむぅ、と悩む。
「全体攻撃ならクラス<ドラゴン>が多めの印象デスガ」
なんとかそう絞り出したところに、茂美が食らいつく。
「<ドラゴン>は全体攻撃多いのか?」
「たしか、スペルで3つ、フォロワーに3か4体、全体攻撃がありマスネ」
「なら決まりだ! 早速!」
「まあまあ」
サティスファクション都が逸る茂美を押さえる。自分でもがっつぎ過ぎたか、と理解しているのか、茂美は押さえられるとすぐに顔を赤らめる。
「ああ、すまない。勝てなくて逸ってしまった」
「分かればいいのよ。ということで、まずクラス<ドラゴン>について説明していくから、それを聞いて少し落ち着きなさい?」
ああ、と茂美が答え、サティスファクション都は説明を始める。
「クラス<ドラゴン>について、さっき話したけれど、覚えているかしら?」
「なんか詰め込められたからちょっと混乱してるかもだけど、PPをすぐ増やせるんだったっけ?」
美咲の答えに、「70点ね」とサティスファクション都。
「正確には、PPを増やす行動を持ち、またPP7から<覚醒>状態になって性能がアップする、ね」
ホワイトボードの文言をまた消してから、サティスファクション都は手を伸ばす無精をしながら書き込む。
<早く覚醒になりたい!>
「端的に言ってそれだけで良く分かったよ。とにかく<覚醒>を狙うデッキなんだな?」
そういう茂美に、「それもそうだけど」とサティスファクション都が続ける。
「<覚醒>になるより先に、相手より早くPPが溜るという点にも注目がいるわね」
「……、相手より先に、コストの大きいフォロワーとかが使えるんだね?」
脇から会話に入ってきた美咲の回答に、サティスファクション都は「そうよ」と。
「他にも、コスト半減させるのや、サーチしつつそのコストも下げるのもあるから、大型フォロワーが素早く出せるのが、他のクラスにはない特徴なの。コスト10のフォロワーとかも組み込み易いから、それら高コストのカードを中心にしたデッキはドラゴンに多いわね」
「成程。<覚醒>のパワーアップに、大型フォロワーの扱いやすさが、<ドラゴン>の利点なんだな」
茂美がこくりこくりと頷き、理解を示す。
それを確認してから、サティスファクション都は思考のギアを切り替えた。
「そこまで分かったところで、恒例の『コスト別この1枚+α』!」
「やっぱりやるんだな、それ」
半ば諦念が見える茂美に対して、ギアの替わったサティスファクション都は無視して続ける。
「まず、コスト1! スペル<ブレイジングブレス>!」
サティスファクション都のテンションに、ニシワタリがこれかあ、とか言いながら乗っかって話し始める。
「コスト1ながら2ダメージという、コストパフォーマンスが高いスペルデスネ。ドラゴンのどんな仕組みのデッキでもきっちり機能するお手軽な安定の一枚デス」
「コスト2! スペル<竜の託宣>!」
「PPをプラス1するスペルデス。クラス<ドラゴン>を象徴するカードと言えマショウ。PPが上限近くても、<覚醒>になっているならカードをもう一枚引けるノデ、手札にあって腐ることが少ないのも利点デス」
「ここでプラスαのコスト2! フォロワー<荒牙の竜少女>!」
「ステータスは平凡デスガ、カード破棄時に相手リーダーの顔を張れるのが大きいデス。ニュートラルフォロワーの<天翼を食う者>などと組み合わせると中々の火力を見せつけマスネ」
「次! コスト3! フォロワー<ドラゴンナイト・アイナ>!」
「ラストワードでPPプラス1は、クラス<ドラゴン>としては狙わない訳にはいきマセン。終盤に手持無沙汰になる点が難点ですが、それでも最低限の能力はあるので、積極的に混ぜておきたいフォロワーデスネ」
「コスト3のプラス1! フォロワー<プリズンドラゴン>!」
「コスト3枠ながら攻撃が4、体力が3で守護持ち、と高めのステータスが特徴デス。ただ、このフォロワーは進化しないと攻撃出来ないので、本当に盾要員だと思った方がいいデショウ。それでも十分の性能デス」
板書するサティスファクション都と、つらつらと語るニシワタリ。何故だか妙に息が合っている。
「どんどん行くわよ? コスト4! フォロワー<ドラゴンウォーリア>!」
「性能的にはコスト4相当デスガ、進化時に相手フォロワー1体に3ダメージを与えられるので、これと<ドラゴンウォーリア>の攻撃を合わせれば7ダメージが与えらえる、というのでかなり大きなフォロワーも確殺圏内なのが強みデスネ」
「コスト5! スペル<竜の闘気>!」
「コスト5と重めですが、PPプラス1、リーダー体力3回復、二枚カードを引く、の三位一体の効果デス。どのような局面でも効果があるので、積極的に入れたいカードデスネ」
「コスト5にプラス1! アミュレット<鳳凰の庭園>!」
「ファンファーレで自分も相手も、手持ちカードのコストが半額になる一大キャンペーンなアミュレットデスナ。コスト大なフォロワーを入れる場合が多いクラス<ドラゴン>では、相手より有利になれる場合が多いノデ、使い所を見極めないと、デスガ、強力デス」
「続けるわよ? コスト6! フォロワー<騎竜兵>!」
「手持ちカード1枚のコストをマイナス2する効果が地味ですが強力デス。ただでさえPPが早く上がり易いところに、更にコスト下げる効果なのデスカラ。コスト高めのキーカードがある時は特に重宝しマスネ。単にフォロワーとしても攻撃5に体力5で十分使用に耐えるところも高ポイントデス」
つらつらすらすら。
「コスト7! スペル<灼熱の嵐>!」
「敵味方、どちらのフォロワーにも等しく4ダメージを与える攻撃スペルデス。味方も、というのがネックデスガ、こちらの場が劣勢なら一気にふっ飛ばして更地にするのもあり、くらいのつもりで撃つといいデショウ」
「コスト8に行くわよ? フォロワー<マナリアドラコ・グレア>! ちょっと複雑よ?」
「まず、ファンファーレ能力でクラス<ウィッチ>のフォロワー<プリンセスマナリア・アン>を場に出し、それを進化させマス。この時、<プリンセスマナリア・アン>の進化時能力である相手フォロワー全てに1ダメージが発動しマス」
つらつらと書きながら、ニシワタリは更に説明する。
「そして、このフォロワーは進化すると二回攻撃が可能になりマス。性能自体は攻撃3の体力3、進化しても各々プラス1なので威力はバカみたいにはないので注意デスネ」
「長くなったけど更に行くわよ! コスト9! フォロワー<インペリアルドラグーン>!」
「これも全体攻撃持ちフォロワーデスネ。ファンファーレで手札を全部捨て、その枚数分のダメージを相手リーダーとフォロワーに与える能力持ちデス。持ち手札で威力が増減すること、手札を全部捨てるのでそこのフォローをしっかりしていないと厳しいことが難点デスガ、最大8ダメージの全体攻撃は魅力的デス」
「コスト9のプラス1! アミュレット<連なる咆哮>!」
「攻撃5で体力5、そして疾走持ちの<突風のドラゴン>をターン開始時に毎ターン出せる、わりと無茶なアミュレットデスネ。疾走持ちなので出たそのターンから攻撃5で相手の顔を張ることが可能デス。体力も5あるのでわりとタフなのもいい所」
「最後にコスト10! フォロワー<ジェネシスドラゴン>!」
「コスト10と劇的に重い代わりに、攻撃7あるのに疾走持ち、進化すれば9点も、というフィニッシャーとして生まれ落ちたようなフォロワーデス 単に性能としても攻撃7に体力9とコスト10であるのも分かる高性能さデス」
「ということで、『コスト別この一枚+α』、終了! ちなみにROB環境時なので悪しからず!」
サティスファクション都がそう締めると、ニシワタリは溜息一つして、ちゃぶ台にあった湯飲みの中身を飲み干した。
そして言う。
「クソタレ甘いデスネ、これ」
「あ、それ私のお茶よ。何で飲んじゃうのよ、ニシワタリ」
「喉乾いたからに決まってるデショウニ。というか、まだ甘い甘いので飲んでるんデスカ、サティスファクション」
「脳が糖分を求めているのよ。私、頭脳労働者だしね?」
「働かなくても生きていけるのによく言いマスヨ」
と、そこでさても、と他の二名を睥睨するニシワタリ。茂美は情報の雨にまだ混乱があるようだが、美咲はけろりとしている。
「美咲さん、さっきの分かりマシタカ?」
「色々あるんだなあ、って分かった」
(成程、ある程度聞き流していたんデスネ)
そう、ニシワタリは理解する。半ばお遊びなあれを、まともに聞いて取り入れようというのが無茶なのだ。その辺が分かっていて楽しんでいるサティスファクション都がちょっとおかしいのだ。
(まあ、加担したワタクシもワタクシデスガ)
と、そこで茂美が混乱から回復してきていた。
「えーと、とりあえずPPをブーストするのを入れていけばいいのか?」
「理解がいいわね、城。まずはPPを増やす<竜の託宣>、<ドラゴンナイト・アイナ>はフルの三枚は欲しいわね。<竜の闘気>はもりもり使うには重いから、量は加減が必要だわ。まあ三枚入れててもそれ程腐るカードでもないけど」
「全体攻撃がお好みデシタネ。スペルだと先に上げた<灼熱の嵐>、その1ダメージ版<竜の翼>、<エンハンス>で全体になる<サラマンダーブレス>が全体攻撃になりマスヨ。クラス<ロイヤル>なら<竜の翼>か<サラマンダーブレス>が効果的になるデショウ」
「大型の単体なら<ドラゴンウォーリア>の進化絡みの攻撃が有効になり易いわね。他にもさっき言った<ブレイジングブレス>とかコスト4で6ダメの<竜の怒り>辺りもコストのわりに強力な除去ね」
茂美は、自分のスマホ端末で該当カードを検索しながら、とくとくと聞いている。言われたカードをデフォルトのデッキに手を加えていく。
「後はフィニッシャーをどこに求めるかね。<ドラゴン>は比較的大型コストでも運用しやすいから、当然のように大型フォロワーで決めたいところね。<ジェネシスドラゴン>とか<連なる咆哮>からの<突風のドラゴン>ごり押しとかね」
茂美は得心した顔でこくりこくりと。そして問う。
「ということは、……どのカードを抜いたらいいだろうか」
「いいでしょう、ちょっと見てあげる」
そう言うと、サティスファクション都は茂美に画面を見せながら、デッキの組みをやり始める。
(好機、デスカネ)
ニシワタリはそう判断する。先ほどはいきなりやってこられて驚いて混乱したが、今ならすぐにはやってこないだろうし、それに言い訳の方もちゃんと使えるだろう。なら、行くべきだ。
(でないと、面倒デスカラネエ)
ニシワタリは思い出す。九十九眼のリリが言った言葉を。
「ちゃんと取ってこないと、あの屋敷に通っている人間、どうなるだろうね?」
(ああ、面倒くさい面倒くさい。これをただ面倒くさいで処理できない自分が面倒くさいデスヨ)
そう思いながら、ニシワタリは再度サティスファクション都邸の奥へと。
という時に、玄関のチャイムが鳴った。
「誰かしら? ニシワタリ、ちょっと見てきてよ」
「……分かりました」
ニシワタリは出鼻を挫かれたことへの感情をおくびにも出さず、玄関へと向かった。
そこには、サティスファクション都の仇敵、だったが今は旧友のパッション郷がいた。
「どうも」
そういう顔の微笑みが、ここまで嫌なものだったか、とニシワタリは思った。