第28枚 折角だからハイランダーデッキ作ってみよう
そこはとある県の住宅街。その界隈と言えるギリギリの位置にある屋敷に、そのゲーマー妖怪はいた。
サティスファクション都である。
そのサティスファクション都が、いつものゲーム部屋である和室に泰然と佇んでいた。というよりは、暇を持て余していた。
先日の事件以降、しばらく相手側の出方はない。捕らえたやつらを奪還しようというそぶりもない。件の未来見の水晶の方は、安全な場所にある。
「暇ね」
呟くと、余計にそうであるのが認識され、では、なんとかせねば。と思った所で、そこ場にいたワンコっぽいのがチャームポイントの犬飼美咲が動いた。
「あ、都ちゃん、今は暇なの?」
「私は大体暇だけどね」
「なら、相談に乗って欲しいんだけど」
「借金とかじゃなければどんとこいよ」
「借金だったら?」
「すっ飛んで逃げるわね。じゃなく、何の相談に乗ればいいのかしら?」
「『シャドウバース』の話なんだけど、<十禍絶傑>リリース時に自分の財布から課金したじゃない?」
「そうだっけ」
「そうなんだよ。でも、出てきたカードでこれだけが上手く考えられなくて」
そう言って、美咲はサティスファクション都にスマートフォンの画面を見せる。
そこに映っているのは一枚のカードの詳細である。
それを確認して、サティスファクション都は成程と頷く。
「<唯我の絶傑・マゼルベイン>ね。確かにこいつはどういうことを意味しているか分かってないとデッキに組み込めない、って三枚あるんだけど」
「そうなんだよー。実際は四枚来たんだけどね。流石にレッドエーテルにしたよ」
あちゃー、と天を仰ぐサティスファクション都。それから指摘をする。
「魅入られているというか、運が偏っているというか。でも、使えないと思うなら1枚残してレッドエーテルに変換しちゃったりすればいいのに」
「うーん、でも、折角揃ったんなら、使ってみたいとは思うじゃない?」
美咲の殊勝な言葉に、サティスファクション都はうんうんと頷く。
「その気持ちは分かるわ。なんだか盟友な気がするのよね。……なら、一緒にデッキを作ってみない?」
「というと?」
「こういうことよ!」
言うなり、ホワイトボードが湧いて出た。そこに、サティスファクション都は伸ばした髪でいい音をたてながら板書する。
そこには。
<マゼルベインのハイランダーを作ってみよう>
と書かれていた。
「そもそも、ハイランダーって?」
美咲の当然の問いに、サティスファクション都は答える。
「デッキ構築法の一つね。同名のカードを一枚だけしか入れない。そういうデッキよ」
「うーん、つまりは一枚制限がデッキの全てのカードに、みたいなもの?」
「そっちのが通りがいいならそっちでいいわ。とにかく、重複して持たないってことが重要よ。一枚のみ。それが語源と関係しているからね」
「語源の話は長くなりそうだから無視していいね?」
「……仕方ないわね。それは置いておくとして、その一枚のみ、というのが<唯我の絶傑・マゼルベイン>で作るハイランダーの肝なのよ」
美咲は、<唯我の絶傑・マゼルベイン>のカード記述を確認する。
「自分のデッキに重複するカード(唯我の絶傑・マゼルベインを除く)がないなら、このバトル中、自分のリーダーは「自分のターン終了時、自分の場のフォロワーが1体なら、ランダムな自分のフォロワー1体を+2/+2して、ランダムな相手のフォロワー1体に2ダメージと相手のリーダーに2ダメージ」を持つ。リーダーはこの能力を重複して持たない。
長くて訳分からないね」
「かいつまんで言えば、場に一体フォロワーがいれば、そのフォロワーのステータスを両方プラス2して、相手フォロワーにランダム2点、そして相手リーダーに2点ダメージ。これが、デッキに重複カードが無ければ発動する、かしらね」
「つまり、一枚制限していれば、毎ターンステータスアップと相手に打撃が与えられる、と」
「更に要約した辺り、飲み込めたようね、美咲」
美咲は頷くが、表情は晴れない。
「でも都ちゃん、一枚制限ってことは、どうすればいいのかな?」
「どうすればいいのか範囲が広すぎるわね、美咲。まずどこから分からないか、理解するところから始めましょうか」
と、言うと、サティスファクション都はホワイトボードに板書する。そして言う。
「まず、一枚だけという意味を理解しましょう」
「一枚だけ、というのは分かるよ?」
「いいえ、分かってないわね、その様子だと」
言われて、はてな、と首をひねる美咲。
予想通り、とばかりにサティスファクション都は続ける。
「一枚しかない、というのは逆に言うと、四十枚全部違うものに、マゼルベインのハイランダーの場合はマゼルベイン自身が三枚あってもいいから正確には三十七枚だけど、しないといけないってこと」
「あー、そういうことか」
美咲は得心した様子である。しきりに頷く。
「そういうことよ。そしてもう一つあるけど、マゼルベイン以外のカードは一枚しか入れられない、というのはつまり、シナジーやコンボ、まあ組み合わせだけど、それらが他のデッキより格段に、隔絶に使えないってことよ」
「あー、そういうことでもあるのか」
美咲は更に得心したようで、しきりにも程があるくらい頷いている。
「で」
と、サティスファクション都は切り出す。挑むように言う。
「その二つから、どういうタイプのデッキがいいか、というのは分かるかしら?」
美咲は答える。
「基本的なステータスが高いほうがいい、のかな?」
挑みに対して気負わず、というより単に気づかず、するっと言った言葉だったが、正鵠を射ていた。そのことに、サティスファクション都は楽しそうにするが、何故いきなり機嫌がよくなったか分からない美咲は、その表情にきょとんとする。
「何か違った?」
「ん? いやいや、そういうことはないわ。大体正答。最悪10ターン、フォロワーが出ていれば勝てる計算だからね。倒しづらいフォロワーが長く居座れば、それだけ勝率に影響するわ。だから大体正答」
「大体の外の部分は?」
いい疑問であると、サティスファクション都は更に笑みを深くしてから答える。
「除去能力があるフォロワーね。相手の場のフォロワーを減らせられれば、こちらのフォロワーやリーダーが生き残る率は高くなるのは、自明よね?」
「あー、成程」
「除去スペルも同じくらい重要ね。それと、守護持ちも有用だわ。リーダーに対する被弾が減るだけでも効果は大きいわね」
成程、と再度言う美咲。ホワイトボードには「一枚だから、<ステータス>、<除去能力>、<守護>!」と記載された。
「さて、とりあえず基本である、一枚だから、という部分は分かったようだけど、まだ分からないことはあるかしら?」
問いに、美咲は素早く答える。
「えーと、クラスはどうするか、というのは気にしないといけないかな?」
頷くサティスファクション都。
「その通りね。<唯我の絶傑・マゼルベイン>はニュートラルクラスのフォロワー。だから他のクラスに組み込まないといけないわけね」
「ニュートラルオンリーというのは?」
「ものぐるいか!」
初手で否定しつつ、サティスファクション都は続ける。
「で、美咲。どのクラスが相性がいいか、というのは分かるかしら?」
「一枚しか入れれないなら全部のクラスと相性悪くないかな?」
「ハイランダーの根源を潰すような話はしないように。でも逆に悪い方から入るのはいいかもね」
「相性が悪い、というと、フォロワーは1体の時だけ、というのだから、横に並べるタイプとは相性が悪いのかな? となるとロイヤルは相性悪そうだね」
「そうそう、その調子。他には?」
「コンボ的なのとは相性が悪いのと一枚制限なのとで、ウィッチは厳しいかもだね。スペルブースト、秘術、マナリア。どれも数が必要だし」
「分かってきたわね、美咲も。じゃあ向いていそうなのも分かってきたわよね?」
美咲は顎を撫ですさりながら答える。
「一体で強いのと除去が多い、となるとドラゴンは筆頭かな? PPブーストがちょっと難しい以外は、フォロワーがタフで除去スペルも多いから」
「いいわね、だいぶ理解してきたみたいで。じゃあここは話題に上がらなかった、ビショップでハイランダーを作ってみましょうか」
そう宣言すると、サティスファクション都は髪を伸ばして板書した。
<ビショップのハイランダー>と。
「話が急ターン、な上にこれは簡単にいかないというのが、あたしでも分かるよ」
「折角するんだから、簡単に出来たらつまらないじゃない?」
さも当然のように無茶ぶりするサティスファクション都に、美咲は困り顔ながら同意する。
「だけど、正直どうやったらいいかが読めないんだけど」
「そうね。まずは段階を踏むべきだわ」
「段階」
つまりね? とサティスファクション都は言う。
「まずこれは入れておいたらいい、という鉄板のカードから組み込んでいって、それから穴埋めていく感じにすればいいのよ。そういう段階を踏む、という訳ね?」
「成程。で、どういうのを入れていけばいいの?」
「そうねえ。まず<唯我の絶傑・マゼルベイン>の三枚は確定ね」
「今作るデッキの核だもんね」
スマートフォンアプリを立ち上げて、ローテーションルールのデッキ作成画面に移行した美咲は、まずビショップを選択したのち、<唯我の絶傑・マゼルベイン>を三枚、上のデッキ部分にスワイプする。
「次は?」
「さっき言ったことを復唱してみましょうか」
さっき? と頭にはてなを出す美咲に、サティスファクション都がくすくす笑う。
「書いてあるでしょ? ステータス、除去能力、守護、よ」
ああ、と美咲が納得するのを辛抱強く待ってから、サティスファクション都は続ける。
「……。ステータス、除去、守護。これを二つないし三つ兼ね備えたのが、まず選ぶべきカードになるわ」
「えーと、じゃあ<七宝石の姫・レ・フィーネ>はいいかな? ステータスはコストからしてそこそこで、守護持ち。回復も付くから、結構候補かも」
「そういう筋よ。他にも<ヘブンリーナイト>や<神の盾・ブローディア>も。どちらもアミュレットがあるなら使える能力持ちね、特にブローディアはリーダーの被ダメを軽減出来る、というのが大きいわね」
「<安息の従者>は?」
「回復効果を使うかを自分のタイミングで決められるから、悪くはないわね。エンハンスでステータスも上昇する点も評価出来る、けど、それならこれはどうかしら?」
そう言って、サティスファクション都はカード群をスワイプして、一つのカードに辿り着く。
「<蒼天の守護騎士・カタリナ>よ」
美咲は異を唱える。
「守護はある、けど、ステータスとしては若干貧弱じゃない?」
美咲の指摘に、サティスファクション都はびくともしない。
「普通ならね。でも能力を確認しなさい、美咲」
「えーと、このフォロワーへの4以上のダメージは3になる。ということは最低一回は攻撃が耐えられる訳だね。でも強い?」
「十分にね。マゼルベインを使っているなら、基本的に毎ターン2点回復するようなものよ? 進化してしまえば、相手のフォロワーを攻撃しても残体力が5点。除去的に動きつつ、後二回攻撃されないと倒せない」
「でもさ、確定除去には弱い気がするけど」
「それはマゼルベインハイランダーの基本的なネックだから、そこはされたらされた、と思うのが肝要ね。それと、同じような能力のが他にもいるでしょう?」
問いを与えられて、美咲はカードを繰る。そして見つける。
「えーと、ああ、<安息の絶傑・マーウィン>の進化時の能力だね」
「マーウィン自体、コストにしてはステータスはあるし、そもそもバフの固まりだから入れておいて損はない上に、倒しにくくなるのはありがたいわね」
「微妙に除去耐性とは違うけど、<ツタンカーメン>もありかな?」
「かなり倒し方が面倒臭いフォロワーだから、入れていいわね。ステータスアップと絡んで、復活しやすくなるから、トドメを狙えるしね」
さておき。とサティスファクション都は一段落打つ。
「次は除去能力があるのも入れないといけないわね」
「えーと、ビショップだと、自身の攻撃と進化時能力で二枚除去出来る<鉄槌の僧侶>とかかな?」
「<安息の使徒>や<ブリンディ>辺りもね。<安息の使徒>は進化が、<ブリンディ>はエンハンスが必要だけど、どちらも中々に使えるから入れたいところだわ」
それと、とサティスファクション都は続ける。
「スペルやアミュレットも忘れないようにね? スペルだと<漆黒の法典>、<破邪の光>、<清き殲滅>、<テミスの粛清>。消滅系は一枚でもあると違ってくるわね。アミュレットだと、ドロー&除去の<愚神礼賛>、3点と1点ダメージの<焼けた鉄靴>も除去できるカードが少ない中だから欲しいところね」
と区切ったところで、美咲がサティスファクション都に尋ねる。
「アミュレットというとビショップだけど、どういうのを入れたらいいのかな?」
「そうねえ」
と言いつつ、髪を動かしホワイトボードに板書する。
<アミュレットの選定の基準>
「アミュレットは、さっき言った<愚神礼賛>と<焼けた鉄靴>以外だと、まずドロー系。<愚神礼賛>もそれだけど、ここは都合二枚ドローの<星導の天球儀>と1ドローの<封じられた法典>も必要かもね」
板書するのを見ながら、美咲も相槌を打つ。
「どっちもドローソースとしては強いカードだものね」
サティスファクション都は得たりとばかりに続ける。
「次にフォロワーを召喚するタイプ。これは好みが出るけど、二体出すタイプはあまり有用じゃないから、単体のものね。特に<大翼の白竜>はステータスが優れているから、是非とも出したいところだわ。だから<詠唱:白竜降臨>と<詠唱:白牙の神殿>は入れておいて損はないわね」
<<大翼の白竜>重点>と記載しつつ、サティスファクション都は続ける。
「でも、フォロワーを出すのは二体出すのでないなら全部入れても問題ないけどね。あるいはまったく入れないのもあり。そこは趣味の範囲ね」
「つまり都ちゃんは白竜が趣味なんだ」
「6の6はシンプルに強いのよ?」
白竜強し。とホワイトボードに書くサティスファクション都。そのついでに、と一筆。
「<輝く熾天使・ラピス>もちょっと変則的だけどこの部類に入るわね」
「4ターン後勝利確定の<封じられし熾天使>が出せるんだっけ」
サティスファクション都はよく分かっているな、とばかりに笑んでから続ける。
「マゼルベインハイランダーだと、フォロワーに対してのダメージ除去があるから、相手の場をかき乱しやすいのが相性がいいところ。上手く守護を置ければ、熾天使がより成立しやすくなるのも重要ね」
さて、とサティスファクション都は一息いれてから、話を続ける。
「次に気にするべきは、コスト構成ね」
<コストを気にしろ!>
とホワイトボードに板書してから、サティスファクション都は言う。
「美咲。コストを気にする、というのがどういうことか、分かるかしら?」
「伊達にこのゲームやってないから、それくらいは分かるよ。コストのバランスをきっちり取れって話でしょ?」
「じゃあ、このマゼルベインハイランダーの場合はどういう構成が望ましいかしら?」
「え!? えーと?」
美咲はしばらく脳内で演算するが、すぐに口に出して整理を始める。
「基本は低コスト多めだけど、このデッキの場合は高コストが多い方がいいような? でも低コストいないと厳しいかもしれないし、うーん? どうしたらいいのかな?」
ギブアップした美咲を暖かく迎えながら、サティスファクション都は言う。
「これは低コストをある程度積んで、高コストもある程度積む、というのが一番いい解でしょうね。特に2から3コスト帯のフォロワーは重要だから、ここはきっちりしておきたいところね」
「でも、終盤に低コストがもりもり来ても厳しくないですか?」
「こればっかりは運だからねえ。でも、低コストが無いと前半が回らない。けど高コストは無くても後半は回るわよ?」
それに、とサティスファクション都は続ける。
「このデッキはマゼルベインが着地する6ターン周辺が肝だから、その辺りを上手く戦えるようにするのが基礎なのよ。だから、そのさばきが出来る低コストが、高コストより多い方がいい、といえるでしょうね」
「具体的に言うと?」
「三割くらいは低コスト帯のフォロワーが欲しいところね。でも、この辺の匙加減は完全に趣味の範囲だけどね」
サティスファクション都はホワイトボードにまとめる。
<低コストは意外に大事!>
さて、とサティスファクション都はまとめに入る。
「マゼルベインハイランダーはまず守護や除去力のある、あるいはステータスの優秀なフォロワーを選び、それからそれを補助するものを入れて、そこから低コストを拡充していく、という流れで、あとは感性で作る。というので出来たデッキだけど」
「どう?」
美咲のデッキをサティスファクション都は吟味する。言ったことを忠実に守っている、がそれだけではある。
「悪くはないわね」
「良くもないんだね」
「卑屈になる必要はないわよ、美咲。何せ最初のハイランダーだもの。まずはこれで試して、直したり覚えたりいけばいいのよ。何事も経験がものを言うからね?」
美咲は素直に納得したようで、「対戦してみようかな?」と言い出す。
「なら、ワタシが相手してあげるわ。どうせならマゼルベインハイランダーでお相手するのが筋よね」
そう言うと、サティスファクション都はスマホアプリを起動する。
そうして、二人は対戦をし始めた。
それを観察するものの存在に気づかずに。




