第24枚 アンリミテッド戦<制限カード>について
そこはある県のある町、その住宅街の隅にぽつんとある一軒家である。そこにはゲーマー妖怪が住んでいた。
そのゲーマー妖怪が気色ばんでいる。何故かと言えば、先刻、意味ありげに書かれた<城茂美>という文字列を見てしまったからだ。
ゲーマー妖怪であるサティスファクション都は見た目はうら若い女性であるが、その実は相当の年月を生きた妖怪である。当然、色々なことの、特に荒事の場数が違う。だが、この件はちょっと面倒なことになった、と勘が告げているのだ。長く生きた妖怪の勘である。それに、サティスファクション都は従うことにした。
サティスファクション都はゲーム部屋としている家屋中央の和室にやってくる。そこで、酔いつぶれた自分の従者で妖怪のニシワタリと、友人である人間の犬飼美咲の姿を見る。この場によくいるもう一人、先ほど名前のあった城茂美の姿は無い。
「ニシワタリ、用意はいいみたいね」
「あいさー。順調に酔っていマスヨー」
「それと、美咲がいるのね」
「どうしたの、都ちゃん? ちょっと見ない顔だよ?」
僅かに焦燥が顔に出ていたか、とサティスファクション都は理解する。同時に、もう一つの理解も。
(意外だわね、城のことも気がかりになったりするとは)
それは口には出さず、そして表情をも隠して、サティスファクション都は下知。
「ニシワタリ。城を探して連れてきなさい」
「脅威は?」
「当然、排除よ。それが無理なら城を連れて帰ってくるだけでもいいわ。全力であたりなさい」
「了解しましたデスヨー」
そういうと、ニシワタリは酔いの具合にしてはしっかりした、でもどこか危うい足取りで和室を出ていった。
「どうしたの、都ちゃん? ニシワタリさん、酔っぱらってたけど?」
「あいつはあれが一番いい状態なのよ。酒精を含んでいるくらいがね」
「ん? そもそもなんで一番いい状態で茂美ちゃんを探しに? その内来るんじゃないの?」
「これは話すと長いし、あなたにはあまり関係ないから、スルーしてくれないかしら」
美咲はしばらく頭にはてなマークが浮かんでいるようであった。それを無視して、サティスファクション都は話を強引に切り替えることにした。
「さて」
「美咲。『シャドウバース』にも<制限カード>が施行されたのは知っているわね?」
「あ、え、うん。<アンリミテッド>のルールだとそれが、<制限カード>が都度増えるって話だったけど、それがとうとう、だったね。今の所は、まだ3枚だよね?」
サティスファクション都は、喜ばしいと目を細める。
「いつもは情報に妙に疎い美咲にしては把握しているじゃない。それの内容の方は、分かっているかしら?」
「最初に<ヴァンパイア>の『ブラッドウルフ』と<エルフ>の『導きの妖精姫・アリア』。次に<ウィッチ>の『マナリアの知識』、だったね」
サティスファクション都は一段と目を細める。
「何、美咲。何かドッキリでも仕掛ける為に貪欲に知識を吸収したの?」
「都ちゃんが普段どういう風にあたしを見ているのかの片鱗が見えるんだけど? 私だって、情報を知ることはあるよ?」
「それもそうね、ごめんなさい。でも普段が普段だから、どうしてもね」
「まあ、いいけどね」
「で、美咲。その<制限カード>を、どう思うかしら?」
「……うーん、制限されるくらい暴れたんだなあ、くらいかな?」
「甘ちゃんねえ、美咲。甘々よ」
人差し指を左右に振ってチッチッチと舌を鳴らすサティスファクション都。そして言う。
「この<制限カード>の情報から、どういうカードが制限あるいは禁止行きになるか、考えないなんて甘ちゃんにも程があるわ!」
「……そこまで考えるものなの?」
「考えられることは出来る限り考える。基本よ?」
「なんの基本なんだか」
「さておき!」
サティスファクション都は一つ拍手を打つ。
「まずは<ブラッドウルフ>と<マナリアの知識>が何故制限になったのかを考えましょうか」
「えーと、<ブラッドウルフ>は<ヴァンパイア>の2コストフォロワー、だったよね?」
「そう。2コストフォロワーとしては数少ない疾走持ちで、でも出すとこちらに被ダメージ2点が入る、ね」
「で、<マナリアの知識>は<ウィッチ>の1コストスペル」
「効果は2コストスペルの<マナリアの魔弾>か<マナリアの防陣>のどちらかが手に入る、ね」
「……ぱっとではそこまで強かったのかな、って思えちゃうんだけど」
「そこを理解するには、何故それが強みになって、しかし制限で済んだのかを話さなければならないわね」
そういうと、ホワイトボードが顕現した。そこに、サティスファクション都はまず<ブラッドウルフ>と書く。
「<ブラッドウルフ>。これが入れられるデッキというのはどういうものかしら?」
「うーん、簡単に思いつくのはアグロかな? 速攻用のフォロワーだし」
「そうね。実際、1月下旬の調整で制限が入る前の<アンリミテッド>高ランク環境は、同じように<導きの妖精姫・アリア>が制限された<エルフ>と<ブラッドウルフ>のいる<ヴァンパイア>が二強の状態だったそうだし。特に<ヴァンパイア>は<邪悪なる妖精・カラボス>を用いるカラボスヴァンプと、<ベルフェゴール>から<カオスシップ>する類の復讐ヴァンプが主流だったみたいね」
「で、<ブラッドウルフ>が制限されたんだね?」
「細かな話を端折るとそうなるわね。それは、<マナリアの知識>も同じ。こっちは制限が入った後に<ウィッチ>のスペルブースト系、主に<次元の超越>を使う超越ウィッチと<次元の魔女・ドロシー>を使う<ドロシーウィッチ>が台頭したから、調整として制限入りしたのね。で、よ。美咲」
ホワイトボードに細かに記載していたサティスファクション都は、美咲に詰め寄る。
「さっきも言っていたわね? これそこまで強いカードかって」
「そうだね。際立って強いってカードじゃない気がするというか」
「確かに単体で見ればそこまで大したことはないカードだからね。でも、こういうカードゲームでは、カードが増えれば増えるほど、組み合わせの妙というのが生まれてくるのよ」
サティスファクション都は意味ありげにほほ笑んだ。
「組み合わせの妙?」
そうよ、と言ってサティスファクション都はホワイトボードにその言葉を書く。
「組み合わせの妙よ。まず<ブラッドウルフ>は単体では2点疾走でダメージも2点貰ってしまう、というカード。でも、カラボスヴァンプでは2コストというのが強みになる。カラボスの能力を使うと代償としてPPの上昇がなくなるから、大型のカードは使えない場合もあってどうしても低コスト帯が必要。そこにきっちり出せばすぐダメージを出せる2コスト帯は重要な訳」
<カラボスの代償と噛み合う>と記載される。
次に、とサティスファクション都。
「復讐ヴァンプでも、<ブラッドウルフ>は有用ね。出してダメージを食らう、というのが復讐ヴァンプではそのまま利点になるわ。あともうちょっとで、という時に2コストで自傷出来つつ攻撃も、と考えれば如何にお得か。それと、<カオスシップ>の能力である2コストフォロワーを場に出す、というのも、疾走持ちゆえに噛み合うのよ」
<復讐要素との噛み合いがいい>と記載される。
「つまり、<ブラッドウルフ>単体は単に使い易いフォロワーだけど、要素との組み合わせでデッキの強さに噛み合うのね。これは<マナリアの知識>だと露骨に分かるわ」
「というと?」
サティスファクション都は<マナリアの知識>と書いたところに付記していく。
「まず、単純に1コストスペルというだけで重用されるわ。超越もドロシーも、1コストスペルがあるならぶっこみたいしね」
<魅惑の1コスト>と記載される。
「そして、出てくるマナリアスペルがどちらとも2コストとしては破格の性能ね。フォロワーと顔へ同時にダメージの魔弾と、<クレイゴーレム>を出して守護持ちに出来る防陣。これが使われない訳がないのよ」
<高性能スペルが手に入るスペル>と記載される。
「しかも手に入るのがスペルだから当然それを使えばスペルブーストは回る。<ゴーレムアサルト>でも超越やドロシーは潤ったんだから、更にそれより使いやすいスペルが使われない訳がない。つまり制限行きはわりと当然の結果と言えるわね」
<スペルブースト系必携だった>と記載される。
「でも」
美咲が怒涛の中から口を開く。
「これ、<制限カード>なんだよね」
「そうね」
「そうはいっても、これらって一枚入っていたら強い、って感じのカードじゃないと思うんだけど」
サティスファクション都は目を細め直して言った。
「冴えているわね、美咲。その通り。この二枚に関して言うなら、行われたのは制限だけど、実質禁止みたいなものと言えるのよ。美咲の言う通り、数があって初めて価値があるカードなのね」
サティスファクション都は、<ブラッドウルフ>と<マナリアの知識>の間に<数がパワー>と記載する。
「<ブラッドウルフ>は言ってしまえば2コストフォロワー。そこまで極端に強くはない。<マナリアの知識>も、スペルブーストを回すならたくさん欲しい。そういうカードね。だから、制限で実質的に禁止に近いから、<禁止カード>まで行かなかった、というのが私の見解よ」
「成程ね。……それじゃあ、<導きの妖精姫・アリア>はどうなの? <制限カード>相応なの?」
「そっちは、一枚でも入れたいカードね」
サティスファクション都は、<導きの妖精姫・アリア>と書かれた近くに、<制限相応>と書いた。
サティスファクション都は、のたまう。
「まず、アリアがどういう理由で制限になったか、というのはその能力に起因するわ」
「エンハンス9で手札をフェアリーでいっぱいにすること?」
「そっちじゃないわ。それで強かったら<フェアリープリンセス>時代からちやほやされてたわよ。そっちじゃなく、ファンファーレ時と進化時で手札に<フェアリー・ウィスプ>を加える能力の方」
「ああ、そっち。確か0コストフォロワーだったっけ、<フェアリー・ウィスプ>」
「その通り。そしてそのウィスプの能力が、アリアが制限入りすることになる理由よ」
「能力って言うか、2プレイ、二枚カードを使っていると自壊するんだっけ。それ強くないんじゃない?」
またチッチッチ、とするサティスファクション都。
「甘いわね、美咲。これはむしろ長所なのよ。<エルフ>にとっては」
「うーん? 話が見えないんだけど」
「つまりね、場にフォロワーを残さずプレイ数を稼げる、というのが重要なの。で、質問。<エルフ>でプレイ数を稼ぐ理由は?」
「うーん? プレイ数が多いといい、というと……。ああ! そうか! <リノセウス>」
手のひらを打ち合わせて、美咲は続ける。
「そうかそうか。<リノセウス>を使うにしても今までは0コスト<フェアリー>とかがいると、場が埋まっちゃってたけど、それがなくなるわけだね?」
「そういうこと。アリア一枚進化入りなら、単純に2プレイ分が場を圧迫せずに出来る訳ね。進化しなくても、三枚あれば3プレイ分貯まる訳よ。だから、OTKエルフが台頭して、アリアは制限カード入りになった、ということね」
「成程なー。でも、それで制限相応な理由は?」
「これは、一枚でも入れておければ入れたいカードという意味で、前の二つとは対照的ということね。一枚制限で十分環境要因としては是正されるし、それでも使われる可能性はある、ということよ」
「成程なー」
そこで一拍空いた。不思議な間だった。サティスファクション都が妙に心をざわつかせる。何か、変な見落としがあるような気がするのだ。それが何か、という段になって。
そこに、声が響く。
「帰ってきやしたゼエ!」
ニシワタリだ。ついで声が聞こえる。茂美だ。
「都くん! なんでこんな酔っ払いを遣いに寄越した!」
「んレスカ、酔っ払いの何が悪いんレスカ」
「息がとにかく酒臭いのがだよ!」
そうやり取りしつつ、和室に入ってきたニシワタリと茂美。と、もう一体。
ニシワタリが肩に抱えているのは、牢から脱走していた男妖怪だった。
「色々状況が錯綜しているみたいだけど、端的に聞くわ。どういうこと?」
サティスファクション都の問いに、ニシワタリは奇妙な音を出して笑いながら言う。
「いや、城のとこについたら、城にのされていたんですよ、こいつ。全くお笑いなことですって」
そう言って男を畳の上に落とすニシワタリ。男が、ううむ、と覚醒する。
「んだこゲコ!」
起き上がろうとするその背中に、ニシワタリが座った。男はもがくが、まるで動けない状態である。
「ここが年貢の納め時ってやつレスヨ。さっさと色々吐いてもらいマショウカネエ」
男妖怪はニシワタリに踏みつけにされているのにやたら剛毅に振る舞う。
「拷問されている時も言ってたが、俺も大したことは知らん。この家にある未来見の水晶を手に入れてこいというのだけ命じられて色々してんだよ。ていうか姐さん重いからどいてくれよ」
「たとえ軽くてもどいてはやらんデスヨ」
「そうかよ。というか、そもそも姐さんが取ってくれば万事解決だったんだぞ?」
「あ、てめえ」
一瞬狼狽してしまったニシワタリに、目聡く耳聡く、サティスファクション都が反応する。
「どういうことかしら、ニシワタリ」
「えー、あー、そのー」
答えは男妖怪がする。
「こっちがここにいる人間をどうにかする、って脅して探らせていたんだよ。全く成果が無かったがな」
「成程、最近ちょくちょく行動に怪しみがあったのは、そのせいなのね」
サティスファクション都がいやらしく睨む。それを受けつつ、ニシワタリは抗弁する。
「こいつも言ってマシタガ、脅されてたんデスヨ? 聞くしかないじゃないデスカ」
「……まあ、それならそれでしょうがないと言ってあげましょうかね。でも、こんなものどうするの?」
そう言って、サティスファクション都が懐から何かを取り出す。見たところ、透明の水晶玉という感じであり。
「って、あんたが持っていたんデスカ!?」
「これは妖怪には危険性は低いけど、人間には危険性が高いからね。人間が出入りするここでは当然、肌身離さずよ。後、借り物だから適当なとこに置いて忘れるといけないし」
その時である。
「ふしゃー!」
そう怪声を上げて動いたのは美咲であった。サティスファクション都が持つ水晶玉を奪うと、状況が呑み込めない面々をあざ笑うかのように、そのまま脱兎の如く駆けだした。
女性陣が、一言。
「え?」
その言葉が届く間もあらばこそ、美咲の姿はあっという間に見えなくなった。バタバタと出ていく音が聞こえる段になって、サティスファクション都はもう一言。
「え?」
「じゃねえデスヨ、サティスファクション! 水晶が!」
そこで、サティスファクション都は我に返る。追いかけないと、とするがしかし、それは既に遅すぎた。
「すいませんね、行かせることは出来ません」
その声はひょろりとした妖怪から発された。美咲が消えた方向から出てきたのは、拷問吏アンロだ。
「どういうことかしら、アンロ」
「簡単なことです。私も、そこの男と同じ組織に所属している、ということですよ」
そう言うなり、アンロは懐中から紙片を取り出した。
そして言う。
「時間稼ぎに付き合ってもらいます」