第23枚 クラス<ネメシス>について
とある県庁所在地の住宅街。その外れの外れにその屋敷はあった。妖怪、サティスファクション都の住まう妖怪屋敷である。
そこで一つ、言い争いが起きている。
「どういう事かしら、パッション」
「どうもこうもないですよ、サティスファクション」
玄関において、屋敷の主人たる妖怪サティスファクション都と、やってきた妖怪パッション郷が睨みあっているのだ。
パッション郷は言う。
「状況が少し変わりましてね。今あなたが座敷牢に入れている妖怪を、私に引き渡していただきたい、と言っているのです」
「……それはあなたの意思? それとも、互助会の関係?」
「どちらでもあると答えておきましょう。で、ここはすんなり引き渡してくれますね?」
そう問われたサティスファクション都は、少ししどろもどろになる、
「えーと、それは別にいいんだけど、……でももうちょっと何があるか、話してくれてもいいんじゃない?」
「なんです、サティスファクション。あなたはこういうことに執着するタイプでしたか? さぱっと終わったら終わったのタイプでしょう」
「それはその……、全く事情も分からず右往左往は嫌だというか……」
なおもしどろもどろなサティスファクション都に、パッション郷は切り出す。
「アンロからも話を聞いています。特に有力な情報は持っていない可能性が高いと」
「なんであいつとツーカーなのよ……」
「一応、私のとこに所属している妖怪ですからね。で、それなら尚更もうほっぽり出してしまいたいというのがあなたでは?」
「そう簡単に、私の全てを知っているって面構えされるの心外なんだけど?」
「それもそうかもしれませんが、こういうことに関してはあなたは面倒を避けたがる質。長年の付き合いで知っていることです。それがここで、突然趣旨替えするとも思えません」
「……」
パッション郷はその沈黙に、何かを悟る。そして言う。
「即座に渡してもらいたいところですが、少々いきなり過ぎた感もありますね」
「……、そうよ。こちらとしても、まだ聞ける可能性があるなら聞いておきたいしね」
「なら、時間は明後日。それまでに聞き出せることを聞き出してください。アンロは変わらず使ってやって結構です」
「あんたと通じてるってのに使ったりしないわよ!」
「そうですか。なら自分で何とかしてください」
それだけ言うと、パッション郷は玄関から外へと。そして黒い日傘を差してから、言った。
「明後日。間違えないように」
「そこまで耄碌してないわよ! とっとと帰りなさい!」
くつくつという音と共に、黒い日傘が、遠ざかっていった。
「こんにちは、都ちゃん」
そう言ってサティスファクション都邸の和室(ゲーム部屋)に入ってきたのは犬飼美咲である。が、そこに居たのはサティスファクション都ではない。
「ニシワタリさん?」
呼ばれたニシワタリの姿は惨状というべき雰囲気があった。銀髪は千々乱れ、服も乱雑にされたようになっている。頬も赤く、瞳もトロンとしている。
そしてニシワタリは言う。
「うぃー」
酔っ払いだ。と美咲は気づく。近くに酒瓶も転がっているのでまず間違いない。妖怪が酔っぱらうのか、というのは美咲は知らない。だが見るからに酔っぱらっている妖怪の知り合いがいるので、妖怪でも酔うものは酔うのだろう、という理解をした。
「ん? あら、美咲さんじゃらいデスカ」
妙な舌ったらず感のある言い方で、ニシワタリは美咲に声をかける。そして同時に自分の惨状も見て、ケラケラと笑う。
「これはこれは。ややみっともない姿で申し訳らいデスネ」
どのラインがややなのか、と美咲は思ったが当然口にしない。何しろ相手は酔っ払いだ。少々のラインの杜撰さは織り込み済みとしないといけない。
そう考えながら、美咲は問いを作る。
「ニシワタリさん、都ちゃんは?」
「えー、いマセンカー」
ゴロゴロと転がって索敵するニシワタリ。基本的に生真面目な類のニシワタリの見せる別の側面。それに美咲は少し面白みを持ってしまう。
それはそれとして、美咲は質問を続ける。
「どこに行ったか知らないかな?」
「ワタクシはあひつの保護者じゃあらいデスヨー。どっかに行ったのを逐一知っている訳らいデス」
「思い当たる節は?」
「それはもう、星の数ホドー」
成程、かなり酔いが深いな。と美咲は結論付ける。普段のニシワタリのノリというか、気質とまるで違うものになっている。となると、自分でサティスファクション都を探さないといけないが、この屋敷の中を勝手にうろつくことは固く禁じられていた。
「普通の人間が入ったら命が危ない場所が多いからね」
とは、サティスファクション都の談である。普通の一般人ではない美咲の友達、城茂美にも同じことを言っていたので、それ以外の理由もあるのではあろうが、全くの嘘でもないだろうことは、美咲にも分かっている。
なので、探しに行くことも出来ず、美咲は途方に暮れる。
「どうしたものかなあ」
と。
「らんデスカ、美咲さん。都に何かご用件デシタカ?」
「ああ、うん。この間都ちゃんが言っていた、『シャドウバース』の新しいクラスについての話だけど」
「成程、<ネメシス>の。都がその話をする為に呼んでいマシタネ、そう言えば」
「だから来たんだけど、そうか、都ちゃんいないんだ」
少ししょぼくれる美咲。それを見かねたのか、ニシワタリはこう切り出した。
「それなら、ワタクシが代わりにお教えしマショウカ?」
ホワイトボードはニシワタリの言葉でも嬉々としているように見える。
そう思わせるくらいに唐突に登場したホワイトボードに、ニシワタリはややのたくった文字を記載していく。
「ということで、まずは<ネメシス>の特徴について確認しておきマスゾ!」
そう言ってホワイトボードを叩くニシワタリ。わりと強い一撃だったが、ホワイトボードは小動もしない。やはり並のホワイトボードではなくなっているようである。
それはさておき、ニシワタリがどこかから取り出した謎のビンゾコ眼鏡を調整しながら、まくしたてる。
「クラス<ネメシス>についてはまず語るべきは3つのクラス特性! 一つは<共鳴>、一つは<アーティファクト>、最後の一つが<操り人形>デスネ! 一つずつ見ていきマスヨ!」
大きな声でそう言うと、素早くホワイトボードに板書する。
<共鳴>。
「単純に言うと、デッキの枚数が偶数の時、能力が発動する、というものデスネ。基本的に元の能力からプラスになる能力が多いデスヨ」
<偶数で発動! 追加な効果!> と板書される。
「それだと、決まったターンに能力が発動する、という感じなのかな?」
「単純に言うとそうなりマスガ、そこが違うのが<ネメシス>の特徴なのデス」
「というと?」
「次に話します、<アーティファクト>が深く関係してきマスノデ、そちらから話しマショウ」
またも素早く<アーティファクト>と。
「<アーティファクト>というのは、ネメシスだけが持つトークンフォロワーのことデス。特定のフォロワーに<アーティファクト>フォロワーを追加する能力があるのデス」
「<エルフ>の<フェアリー>とかと同じようなもの?」
「その理解は半分ほど正しいデスネ。確かに、<フェアリー>のようなあるフォロワーなどから能力で出す、トークンフォロワーデスガ、その能力は様々にありマス。今回のカードパック<時空転生>では主に4種、正確には5種ですが、<アーティファクト>フォロワーが出せるようになりマス。これの<フェアリー>などとの違いは、明確にフォロワーとして能力が高いことにあります」
「<フェアリー>は半ば数合わせなところもあるけど、そういうのじゃないんだね?」
「ええ、突進持ち、守護持ち、疾走持ち、ラストワードで1ドロー。これが4種の主な能力ですね」
「成程、<フェアリー>より破格なくらいだね。でもそれが手軽に手札に入るって、おかしくない?」
美咲の当然の疑問に、ニシワタリは首を縦に振ってから、言った。
「そこデス。そこなんデスヨ! それだったら単なる壊れらんデスヨ!」
妙に力を込めたニシワタリに、美咲が少し怯えを含む。だがニシワタリは構わず続ける。
「この<アーティファクト>フォロワー、追加は手札にではないのデス。デッキに、なのデス!」
「……つまりデッキから引かないと、使えないんだ」
「その通り!」
パン! とニシワタリ拍手手を打ち、美咲を怯えさせる。それを気にせず、滔々と続ける。
「どれもコストより少し高い性能を誇る<アーティファクト>フォロワーデスガ、基本的にデッキから引かないとなんの意味もないのデス。その辺でバランスを取っている訳デスネ。で、美咲さん。デッキに加える、と聞いて何か思い出しマセンカ」
「デッキに加える、で? ……、あっ、そうか。<共鳴>! デッキ数で能力追加だったよね」
「その通り!」
またパン! と拍手を打ち、美咲をビックリさせるニシワタリ。またも意に介さず、話を進める。
「<アーティファクト>を追加することで、<共鳴>状態を操作することが出来る訳です。基本は2枚追加なので、その場で偶数にするのは難しいデスガ、進化時などでランダムながら<アーティファクト>フォロワーを1枚引っ張ってこれる能力持ちもいるノデ、その辺りと組み合わせて意図的に<共鳴>状態になるのも可能らのデス。また<アーティファクト>の数や使って破壊された数を参照する能力持ちもいマスカラ、元の高い能力とそれらを組み合わせていく、というのが<ネメシス>の一つの軸、<アーティファクト>軸らのデス」
「そ、そうなんだ」
一気にまくしたてるニシワタリの雰囲気に若干気圧されつつ、美咲は話の方向を変える。
「最後の一つ、<操り人形>っていうのは?」
「おお、そっちを忘れるところデシタ」
額に軽く平手してから、ニシワタリは続けて言う。
「<操り人形>というのはそういうトークンフォロワーのことデスガ、これを主体にした軸も作れる、ということで特筆しているのデス」
<操り人形>と記載される。
「<操り人形>もトークンフォロワー、ということはこっちも<アーティファクト>みたいに色々なタイプが?」
美咲の問いに、ニシワタリは首を横に振る。
「いえ、こちらは<操り人形>だけデス。ただ、<操り人形>は0コスト攻1体1突進持ちというわりと破格の性能を持っています。これにバフや能力付加する能力などもありマスネ」
え、と美咲。
「0コストフォロワーでそれって、危なくない?」
「普通に考えれば単なる製作者のバカタレ案件デスガ、一応抜け道としてお相手のターン終了時に破壊されてしまう、というものがあります」
「……というと?」
首を傾げた美咲に、ニシワタリはとくとくという。
「つまり、配置後の次の自分のターンには使えないフォロワー、ということデス。基本、出したら突進しないと意味がないと言う訳デスヨ。なので盤面処理以外では使いにくいデス」
ガ、とニシワタリは追記する。
「<操り人形>を疾走持ち且つ攻にプラス1する<復讐の人形遣い・ノア>がありますので、油断するといきなり疾走持ち<操り人形>がワラワラと、ということもあるのデス。なのでそれを狙った<操り人形>軸もある、と覚えておくといいデショウ。これでネメシスの特徴は終わり!」
言うと、ニシワタリは近場にあった酒瓶を持ち、ラッパ飲みで一瞬で飲みつくした。
「ぷは!」
ニシワタリは先ほどより更にとろんとした目つきでに変わる。
「さあて、ここで注目カードの紹介に移りたいと思いマース」
テンションも変な方向に向かい始めたが、美咲は、
(酔っ払いだし)
という理由でそのままにする。流石に突っ込み所だと思われるが、それはさておき、ニシワタリは述べる。
「まずはさっきも言いました<復讐の人形遣い・ノア>デスネイ。コストが9とお高いデスガネ、手札の<操り人形>に疾走と攻プラス1を付与出来る能力持ちデスヨ。そして自身も疾走持ちなので、終盤一気に詰める時に役に立つこと請け合いデス。<操り人形>軸の有力なフィニッシャーデスネ」
<復讐の人形遣い・ノア>と書いたところに<自分も人形も疾走!>と追加される。
「次は、<造られし獣人・サフィラ>」
<造られし獣人・サフィラ>とホワイトボードに記載され、その続きも書かれていく。
「このカードの効果はエンハンス10で発動しマス。それは進化して突進から疾走になるのと、ターン終了時まで攻撃力をそのバトル中に破壊された<アーティファクト>の数にする、というものデス」
「ということは、上手く<アーティファクト>をたくさん潰してたら、一気に大ダメージが取れる、ってことだね?」
「その通り!」
拍手。流石に三度目なので美咲も平然としている。
「上手くアーティファクトを使って攻撃力を上げて、どかん! というのが狙いデスガ、進化すれば疾走になるのを利用して、元のコストである6辺りで疾走4点が狙えるフォロワーとしても使えマスシ、それをしなくても突進持ち6コスト攻4の体6。除去役としてはいい性能デスヨ。この辺り、エンハンス能力持ちの利点デスネイ」
<突進でも、疾走でも、エンハンスしても。>と記載される。
「まだまだありますが、次で最後にしマショウ。<神秘の番人・スピネ>」
そう書いた横に、<アーティファクトの価値アップ!>と書かれた。
「どうアップするの?」
「<アーティファクト>フォロワーに、自分のターン終了時、相手フォロワー1体にランダム1点を与える、を付与するんデス。<アーティファクト>並べれば、それぞれにその能力を持つのでえ、かなりの殲滅力を得ることにらりマスネイ」
「さっきのサフィラと同じように、<アーティファクト>軸の一枚なんだね」
「そうなりマス。このカード自身でも、先ほど<アーティファクト>は正しくは5つと言いましたが、その5つ目である<スピネのアーティファクト>が出せるので、最低でも盤面に1点が狙えるのもおぼえておくといいデショウ。ということで、<ネメシス>の大体の話デシタ」
そう締めくくると、ニシワタリはまた酒瓶を瞬時に空にした。
そこで、美咲は疑問を持った。
「ああ、そう言えば」
「あんデスカ? 説明足りないデスカ?」
「いや、そっちじゃなくて、えーと」
どういうべきか、という美咲に対して、ニシワタリはフレンドリーだった
「なんデスカ? 答えにくい質問でも今なら答えちゃいマスヨ?」
「それなら聞くけど」
「ええ」
「そもそもなんで酔っぱらっているの?」
ニシワタリは答える。
「準備の為デスヨ」
「さて、どうしたものかしらね」
サティスファクション都がいるのは、自身の住む妖怪屋敷の一角。座敷牢である。妖怪を捕らえられるだけの力がある場所で、出来ればサティスファクション都も近づきたくない場所である。
その牢の中には、捕まえた男がいる。
はずだった。
男はいない。代わりにいるのは拷問吏のアンロだ。生きてはいるが、牢の力で妖怪としての力を阻害され、上手く動けないようである。
「牢の設定ミス、ではないわよねえ」
牢のそばにある目盛りを見ながら、サティスファクション都は呟く。そう言っている間にも、アンロがか細い声を上げていた。
「だ、出してください」
「そうしたいのは山々なんだけどね。牢に入れていた男が居なくて、あなたがいる。この状況で一番怪しいのは誰かしら」
冷徹な瞳に、アンロが震えあがる。それでも問う。
「私を、疑われますか?」
「冗談よ」
クスリ、とサティスファクション都は笑んで、牢の設定をいじる。そうすると、すぐにアンロの動きに力が満ち始めた。
「わざわざ捕まる状態でいる内通者って、間抜けにも程があるわ。してやられたと思う方が自然ね」
「そういうことです。いやあ、牢の力の分、油断してしまいましたよ。拷問吏として一生の不覚です」
「いいけど」
サティスファクション都は言葉を鋭くする。
「あの男、何か情報は残してないかしら? なんでもいいんだけど、覚えていることがあったら言いなさい」
「それは全く。すぐ昏倒させられたので」
使えない、とサティスファクション都は吐き捨てそうになるが、ぐっと堪える。当たり散らしても意味がない。
と。サティスファクション都は気づく。牢の中に入り、寝たままのアンロをどけると、そこに書置きがあった。布と血で出来たそれには。
<城茂美>
と書いてあった。