今日死ぬのなら何をする?
十二月二十五日、人生で十七回目のクリスマスの朝、病室のベッドで横になっている私、橋川恵に医師が深刻な顔で告げた。
「すまないが君は今日の夜中に死ぬだろう」
普通の人なら慌てふため理由を聞くだろうが私はそんなことなかった。だって薄々気づいていたから。
「驚かないんだな」
「いつ死んでもおかしくないと覚悟していましたからね」
私は二年前に謎の心臓病にかかり東京の病院に入院している。
別に苦しいとか痛いとかは無かったが唯一分かるのは日に日に心臓が弱ってるような感覚がある。
そうこの心臓病はゆっくりと心臓の動きを止める病気なのだ。
「本当にすまない。私が未熟なばかりに」
「謝らなくていいですよ。先生は全力でやってくれたのですから」
頭を下げる先生にそう告げるがやはり悔しそうだった。
この病気は恐らく私が初めてのはずで治療法もなければ特効薬もない。今、様々な場所でこの病気の研究が行われているらしいが一つも進展はしていないらしい。分かったと言えば発症してからどのくらいで死ぬのかとこの病気の名が心衰病となったことだ。
そもそもこの病気が何が原因でなるのかも分からないから研究が進展していないのだ。
「それで先生、私が何時ごろに死ぬかまでは分かりますか?」
「あ、あぁ恐らく早くて二十一時ごろにだと思う」
「思ったより時間はありますね」
時計を見ると針は七時二十分を指している。
「先生、どうせ今日死ぬなら病院の外に出て町に行っていいですよね?」
驚きを隠せず考え込む先生だったがすぐに答えが出たようだ。
「そうだな、二十時までに戻ってくるなら外出してもいいよ」
「本当! ありがとうございます!」
「喜ぶのはいいがあまり激しい動きだけはするなよ」
喜ぶ私に先生は念を押すように言ってきた。
「分かっているわ。貴重な十二時間なんだから一秒たりとも無駄には出来ないわ」
「お金の方は大丈夫か?」
早速着替えて出掛けようとする私に先生が少しからかうように言ってきた。
「先生だって知ってるでしょ、私がどれだけ持ってるのかを」
「あぁ知ってるよ。冗談で言っただけだから」
私には親がいないがお金はある。なぜなら私が心衰病にかかって一ヶ月後に親が交通事故にあい二人とも亡くなっている。
そもそも私の親はかなりのお金を稼いでいたらしく遺産として私に五億円以上のお金が手元にある。
ベージュのコートに身を包み少し頑張って青のスカートを穿き白のマフラーを巻き準備万端だ。
「かなり気合いが入ってるな。そのロングヘアーの髪とよく似合ってるよ」
「ありがとう。一度でいいからこの格好で外に出掛けたかったのよ」
この服は心衰病にかかる三日前に母親に買ってもらった服でこれを着て両親と一緒にクリスマスの日に遊びに行く約束をしていたが今となってはもう叶うことのない約束だ。
時計はもう八時を指していた。
「あっもうこんな時間。じゃあ行ってきますね」
「あぁ気を付けてな」
負担かからないように走りながら病院の外を目指していた。
別にずっと病室に居たわけでもなく、病院の庭までなら何回かは外に出ていたがそれ以上は出たことがなく今、私は二年間ぶりに東京の街中に足を踏み入れた。
二年ぶりの東京は思ってたよりも変わってなく街中にそびえ立つクリスマスツリーも変わっていなかった。
「思ってたよりも代わり映えしなくてつまらないわね」
辺りを見回しても変わっている建物とか店がなく少しガッカリしたがそんな時間も勿体無いので早速やりたいことを片っ端からやっていこうとしたが。
「いざこうして何かをしようとすると案外難しいものね」
病室に居たときはあれがしたいこれがしたいと考えていたのに外に出た瞬間やりたいことがあまり無かった。
「そ、そうだわ。折角だし最初は服でも見てみようかな」
近くにある服屋に入ってみたが十分ぐらいして思った。
「今日死ぬのに服を見たところで・・・・・・どうせ着るわけでもないし」
無駄な時間を過ごしてしまい後悔をしながら店を出た恵は次に何をするか考えた。
「よしっ、今度はカラオケに行こ。病院では思いっきり歌えなかったからね」
一時間ぐらい歌い満足してカラオケ屋を出た。
「有意義な時間だった。でもなんででしょうこんなにも満たされたはずなのに何か足りない気がする」
取り合えず悩んでも仕方がなかったので次に遊園地に行ってみた。
心臓に負担はかけてはいなかったためジェットコースターとかには乗れなかったがそれ以外の乗り物には乗ることができ最後に先生のためにお土産を買い遊園地を後にした。
「あ~楽しかった二時間ぐらいは遊んだかな。先生のお土産も買ったし・・・・・・でもこんなに楽しかったのにまだ何か足りない気がする」
時計を見るともうすぐ十二時になりそうだった。
「少し早いけどお昼にしましょ。はぁーこれが最後の昼食ですかー」
良さげなレストランを探している途中で葬式をやっている所をたまたま通りかかった。
最初はおじいちゃんかおばあちゃんの葬式かと思っていたがどうやら私より年下の子の葬式のようだった。
たくさんの人が悲しみで涙を流していたが私は無神経にも良いなと思ってしまった。だってあの子には悲しんでくれる人がたくさんいるけど私には悲しんでくれる人がいないから。
これ以上ここにいると楽しい気持ちがどんどん暗くなっていくためこの場所を離れた。
レストランで大好物のハンバーグを食べお腹を満たした恵は取り合えずすることが思い付かなかったので辺りを散歩していた。
ふと目についた場所はとある高校だった。その高校は恵が受験するつもりでいた高校で病気にかからなければ今頃はこの高校に通ってたのかなーと思っていたら少し周りが騒がしかった。
近くの人に何があったのか聞いてみたところ、この高校の生徒が屋上から飛び降り自殺をしたらしい。どうやらその生徒は苛められていたらしくそれに耐えれなくて自殺したらしい。
自殺現場の高校から離れた恵はイライラしていた。
「腹が立ちますわ。そんな理由で命を絶つなんて・・・・・・世の中にはもっと生きたい人がたくさんいるのに」
気づけば目から大粒の涙が流れていた。
「あれなんで泣いてるのかしら私は・・・・・・変ねとっくの昔に覚悟していたのに」
いくら拭っても涙は止めどなく溢れてくる。
「ねぇ大丈夫? よかったらこれ使ってよ」
急に声を掛けられ振り替えるとハンカチを差し伸べる私と同い年くらいの男性が立っていた。
取り合えず差し出されたハンカチを借り、涙を拭いた恵はハンカチを貸してくれた男性にお礼を言った。
「ありがとうございました。ハンカチは・・・・・・洗って返すのは難しそうなのでこれと同じのを買って返したので良いでしょうか」
「別にそんなことをしなくていいよ。」
「ですが・・・・・・」
何かのスポーツをしてそうな茶髪の男性はしばらく悩んである提案をしてきた。
「あっ! じゃあ今日俺とデートしない?」
まさかデートという単語が出ると思わずついポカーンとしてしまった。
「あ、あれ?」
「なんでデートなの?」
「いやーハンカチを君にあげるからその代わりに俺とデートしてほしいなーと思って・・・・・・」
普通に考えたらおかしなことだが今日死ぬ私にとってこれはまたとないチャンスだった。
「いいわ。このハンカチをもらう代わりに残り約七時間三十分は貴方とのデートに使うわ」
「えっ!? マジで! よっしゃー!! あっそういえば名前がまだだったな。俺の名前は海崎翔よろしくな」
「あっ、私は橋川恵と言いますこれからよろしくお願いします」
名前を確認し終えた翔は恵の手を握る。
「じゃあ行こっか」
まさか自分がこんなシチュエーションをできるなんて思っても見なかった。デートはやりたいことの中で一番と言っていいほどのものだ。
男友達もいなければ女友達もいないボッチな恵にとって誰かとこうして手を繋いで歩くなんて夢みたいだ。
「どこ行こうか」
「えーとじゃあ翔君が行きたいとこでいいよ」
「翔でいいよ俺も恵って呼ぶからさ」
初対面の人をいきなり呼び捨てで呼ぶのは少し抵抗があったが相手がいいと言っているのだから呼び捨てで呼ぶことにした。
「じゃ、じゃあ翔がどこに行くか決めてよ。今日はカラオケと遊園地に行ってみたけど他に行くとこが思い付かなくて・・・・・・」
「そうかー・・・・・・ならゲーセンに行かないか?」
「ゲーセン?」
「あれ? ゲームセンターって言うんだけど知らないの?」
ゲームセンターって言葉は聞いたことはある。ただゲームセンターは不良達の集まる場所だと思っていたため行ったことはない。
「大丈夫だよ。ゲーセンは君が思っているよりも楽しいところだから」
翔の言葉を信じ五分ぐらい歩いた先に看板に英語で“ゲームセンター”と書かれた建物があった。
「ここがゲームセンター?」
「うん、そうだよ。まぁ中に入ってみようか」
中に入るとそこはまるで別世界のようだ。大音量で響く機械の音、ガラスの中にある大量の人形、そしてたくさんの若い人達。
「すごい、こんなにたくさんの機械が動いてるなんて」
「喜んでもらえて嬉しいよじゃあ遊ぼうか」
それから十五時までゲーセンで遊んだ恵と翔は近くの喫茶店で休憩していた。
「ありがとうございます。ゲーセンがあんなに楽しいところだとは思わなかった」
「それはよかった」
カラオケや遊園地と違いゲーセンで遊び終わったときあの何か足りない感じはなくとても満足している。もしかして翔と一緒に居たからなのかは分からなかった。
「ねぇ、恵は普通なにして遊んでるの?」
「えっ!」
さすがにいつも病室で横になっているなんて言えずそれどころか翔に病気のことを話すべきなのかが悩む。
「どうしたの? もしかして俺聞いてはいけないことを聞いてしまった?」
「あっいえそんなことは・・・・・・私は普通、本ばかりを読んでいるの」
そうなんだと翔が答えてからしばらくして翔がどこの高校に通ってるか聞いてきた。
「えーと私は奈良の高校に通っているの」
翔に自分の病気を知られることで嫌われるのではないかという思いが過ってしまい咄嗟に嘘をついてしまった。
「へーじゃあ今日はこの冬休みを利用して旅行に来たってこと?」
「えぇそんなもんね。翔はどこの高校に?」
「ん? あぁ僕は今日自殺のあったあの高校だよ」
まさか翔があの高校の生徒とは思わなかった。もし自分が病気にかかってなかったら翔と同じ高校に通えたのにと何だか残念な気持ちになる。
「なんで自殺なんてしたんだろうね」
「え?」
「だって苛められて辛かったんなら誰かに相談すればよかったのに・・・・・・俺は自殺するやつは一番嫌いなんだ」
翔の言っていることはわかる。
「私も同じよ。辛いから自殺するなんて、必死に生きている人に失礼よ。病気で長く生きれない人だってもっと生きていたいと思ってるのに・・・・・・」
また涙が流れていた。死ぬ覚悟なんてとっくの前にできていたと思っていたのに。
「恵は優しいんだな。他人のために涙を流せるなんて」
違う。さっき言った病気の人は私のことだから。
「俺は将来、医者になりたいと思ってるんだ」
急に翔が将来の夢を教えてくれた。
「俺、昔父さんと母さんを病気でなくしてるんだ。だから他の人達が俺みたいな悲しい気持ちになってほしくないから医者になりたいんだ・・・・・・変かな」
「そんなことないよ。翔ならきっとなれると思うよ」
翔は何だか照れ臭そうにしている。
「変な感じだな。今日初めてあった人に励まされるなんて」
「何言ってるの? 先に誘ってきたのはそっちの癖に」
途中から楽しい会話に変わり気づけばもう十七時だった。
「恵は何時まで大丈夫なんだ」
「二十時までなら大丈夫ですけど」
「なら最後に行きたいところがあるんだけど」
お金を払い喫茶店を出た翔と恵は三十分近くかけ大きなクリスマスツリーの目の前まで来ていた。
「ここって・・・・・・・」
「少し早すぎたかな?」
どうやら予定より早く着きすぎたようで翔は困っているようだ。
「ごめん見せたいものがあったんだけど少し早かったみたい」
辺りはだいぶ暗くなり、街灯や建物についているイルミネーションに灯りが着いた。
「別に待つわよ。それにゆっくりとこの綺麗な街を見るのも悪くないし」
街を眺めている恵に急に翔が手を握ってきた。
「恵・・・・・・俺は君が好きだ! だから俺と付き合ってくれないか」
いきなりの告白にどう返事していいのか分からず戸惑う。
「えっ、なんで」
「何て言うんだろ一目惚れってやつかな。恵が奈良から来ているって聞いて告白するなら今日しかないと思って」
翔の告白を聞いて私はまた涙を流していた。
「ご、ごめん。さすがに無理だよな今日会ったばかりの人と付き合うなんて悪い」
「ううん違うの。ただ嬉しくてつい」
「えっじゃあ・・・・・・」
「でもごめんなさい」
本当に嬉しかった。けど今日死ぬ私にとって今付き合うのはきっと翔にとっても悲しいことになるに決まっている。
「そう」
フラれたと思い落ち込む翔に私は翔の唇に自分の唇を重ねたその瞬間、クリスマスツリーに飾られていたイルミネーションが一気に灯りがついた。
「勘違いして落ち込まないでこれが私の気持ちなんだから」
まさかいきなりのキスをされると思った無かった翔は動揺していた。自分も同じだ。体が勝手に動いたとはいえキスをするなんて。
「じゃあ恵、さっきのごめんって」
「それは私がもう翔に会えないから」
「それってどういう・・・・・・」
翔が訳を聞こうとした瞬間、足の力が抜け私はその場に座り込んでしまった。
「どうしたんだ」
心配する翔を押し退けるように黒服の男達が恵を抱え車に乗せていった。
出発する車を追いかける翔が見えたが人の足では到底追い付くことが出来ずにどんどん離されていく。
この車には見覚えがありこれは私が入院している病院の車だった。
あっもいうまに病室のベッドに連れ戻された私に先生がまた謝っていた。どうやら私のことが心配で見張りをつけていたらしい。
「別にいいですよ。私のことを思ってやったことだとわかっているので・・・・・・それよりもなんでこんなことになったんですか」
「すまないどうやら予定より早く病気が進行していたようでもう十分ぐらいしたら君は死ぬだろう」
「そうですか」
「本当にすまない。君の大切な時間をこんな形で終わらせてしまって」
確かに想定外の終わりだったが恵は満足していた。
やりたいこともできたし、何よりデートとキスをすることができただけでも上出来だ。
「恵これはどういうことだ!」
いきなりドアを開けて入ってきたのは翔だった。
「翔! どうやって」
「あの車にここの病院の名前が書いてあったから地図を見てきたんだよ」
あの一瞬で確認していたのに驚きを隠せなかったがそれよりも隠していたことがバレたのが嫌だった。
「ごめんなさい、実は私これから死ぬの詳しいことは後でそこの先生に聞いて」
「なんだよそれ・・・・・・まさかもう会えないからって死ぬからもう会えないってことなのか」
私に近づいてくる翔の顔は怖かった。
「なんで教えてくれなかったんだよ」
「ごめんね、翔に嫌われたくなくて」
急に私の顔に雫が落ちなんだろうと思ったらそれは翔の流した涙だった。
「嫌うわけないだろ、俺は恵のことが好きなんだから」
嬉しい。今すぐにでも抱きつきたいはずなのに体のいうことが聞かなかった。
「ありがとう。私のことを好きでいてくれてでもごめんねもう時間みたい」
「そんな・・・・・・」
翔が先生に何かを言っていたが全然聞こえなかった。どうやら本当に時間がないようだ。
今にも目を閉じそうな私に必死に翔が声をかけてくれていたが何も聞こえない。ごめんね悲しい気持ちにさして。
私は最後に翔にこれだけは言いたかった。
「ありがとう翔。今日あなたに会えたことは一生忘れないだから翔も私のことを忘れないでね」
翔はとても悲しそうに聞いてくれていた。
「翔ならきっと凄腕の医者になれるから私みたいな人を助けていってね」
ぐったりする左手を翔が握っていた。
「約束する俺は恵のことを忘れないし絶対に医者になってたくさんの人を救うから」
あぁ本当に素晴らしい一日だった。短い人生だったが今日のお陰で満足して死ねるだろう。
ありがとう翔あなたに出会えて本当によかった。
最後に翔に微笑み私はそっと瞼を閉じた。