ゆりちゃんの声はカラオケに向かない
「ヨウスケ!ちょっと付き合いなさいよ!」
この綺麗だけど甲高い声はゆりちゃん16歳。
クラスでも「不」人気のこの女の子は机に座っているぼくをギロリと睨みつけた。
顔は可愛いのにこの突き刺さる目つきがぼくは苦手だったが逆らえない。
彼女の性格は傲慢でガサツで突発的、自己主張が強く周りを振り回すものだから
クラスの誰も近づこうとしない。
渋々席を立つとぼくは伏し目がちに切り出す。
「またいつものカラオケでしょ?」
そう、彼女はカラオケが大好きなのだ。それも重度のカラオケ好き。
マイクを持てば大声で叫び、声が枯れるまでこの世のものとは思えない異様な声を出し続ける快感に
彼女はすっかりハマっているようだった。
たしかに声を出すのは楽しいのは分かる。歌を歌うのも分かる。でもあの声を聞くのはちょっと……
ことの始まりは1ヶ月ほど前。
カラオケに行った事の無いゆりちゃんはぼくを誘って初めてのカラオケに挑戦した。
受付はぼく、終わりの会計もぼく
ようは財布代わりに使われただけなのだがそれにプラス重要な(彼女にとって)役割がぼくに課せられていた。
「あんたはそこに立ってなさい!」
指を刺した先には窓のついたドアがあった。
どうもこの窓から中を見られるのが嫌なのでぼくを立たせて壁代わりにするつもりらしい。
「いや、べつに誰も見てないよ………気にしないで歌えばいいじゃん」
すると彼女はマイクを握り締め
「うるさあああああああああいいいっ!!!!!!!!」
「いいからあんたはそこにつっ立ってなさぁぁぁぁああああああああああいっ!!!!」
と鼓膜が破れるような大声でぼくを怒鳴りつけた。
確かに声の大きい女の子だとは思っていたけどマイクで増幅された声は身体の芯にまで響くようだ。
「わかった!わかったから大声を出すのはやめてよ!」
「ゼェ、ハァ、ハァ、いいから! そこで歌いなさい!」
「うん………え?」
マイクをぼくに渡し彼女はソファに座る。
「ゆりちゃんが歌うんじゃないの?」
「いやよ、まずはあんた、さぁ歌いなさいよっ!」
てっきり彼女が歌い続けると思っていただけに拍子抜けだった。
そういえばぼくもまともに歌うのって初めてだ。あれ? 何を歌えばいいんだろう? 緊張してきたよ。
とりあえず好きな曲を選びぼくは人生初のカラオケに挑戦してみた。
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気まずい空気
声の出し方も歌い方も分からないんだから最初はこんなものだと思いたい。
なのにあのゆりちゃんが黙って眼をそらしているだけでこっちまで気まずくなる。
「歌ったよ、次、ゆりちゃんの番」
「は? え? いやよ、次もあんたが歌いなさいよ」
「いやだよ、ぼくだって恥ずかしい思いをしたんだから次はゆりちゃんが歌いなよ」
「うぅっ……………」
立っているのも疲れたぼくはソファに座ろうとする。
「あーーーーー! 分かった! 分かったから! 座らないで!」
観念したゆりちゃんはマイクを持つとお気に入りの曲で歌い始めた。
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さらに気まずい空気。
ゆりちゃんの歌はぼくよりはるか上のレベルで音痴だった。
音程はずれ、声のタイミングも合わない。大きな声のわりに高い声は全くでないようだった。
顔を真っ赤にして横を向くゆりちゃん。
ぼくは彼女にどう声をかければいいのか分からなかった。
「えぇっと、じゃあ次はぼくが歌うね………」
そう言ったのもつかの間、彼女は席を立ち帰る支度を始めた。
「ちょ、待ってよ!まだ終了時間まであるよ??」
「もういいわよ! カラオケなんてちょっと体験してみたかっただけ! 1回やれば充分ですっ!!」
パニくったときだけ敬語になるゆりちゃんの癖が事の大きさをぼくに伝えてきた。
このままではゆりちゃんがカラオケ嫌いの無口女になってしまう!
「分かった!、分かったから! なら一緒に歌おう!? ね?」
彼女はピタリと止まりぼくに真っ赤になった顔を向ける。
「あ、あんたとなんて………」
「ぼくが大きな声で歌うから!ゆりちゃんは小さな声で歌ってみて? それなら大丈夫だから!」
「う、うん………まぁ……ものは試よね、いいわよ、歌ってあげるわよ」
その気になってくれた彼女はぼくの横に立った。
「あんたも大声で歌いなさいよ!? じゃないとすぐ帰るからね!」
はいはい、と頷きつつぼくは次の曲を入力した。
曲が始まる。
ぼくは意識して声を大きくして歌い、彼女もそれに続く。
消極的なぼくがこれだけ声を大きくするのは初めてのことだったが、おかげでゆりちゃんの声が聞こえない。
どうも音痴を気にして声が小さくなっているようだった。
「ねぇ、ゆりちゃん もっと声を出してよ」
「い、いやよ! 恥ずかしいじゃない………」
「大丈夫だよ、 ぼくも声を大きくするから、それに合わせて」
彼女は少しずつ声量を高くし、ぼくの声に合わせてきた。
すると少しずつ音程が合うようになる。
ゆりちゃんの視線がぼくを向く。
嬉しそうな笑顔にぼくは驚いた。
普段見せる表情とは違う、嬉しさが溢れ出る綺麗な女の子の顔。
ぼくはその顔を見て嬉しくなり、笑顔を返す。
そうだ、ゆりちゃんもこんな表情ができたんだ。
ぼくが音程を合わせ、彼女がそれに続く。
歌い終わったとき、彼女は満面の笑みを浮かべてこう言った。
「歌える! わたしもちゃんと歌えるわ!」
こうして初めてのカラオケはゆりちゃんの新しい趣味になった。
あれから1ヶ月、ゆりちゃんは一人で歌えるようになっていた。
相変わらず一人で歌うと音程がずれるけど、彼女はもう気にしない。
「ねぇヨウスケ! 今ずれてた? 次一緒に歌って!」
「うん、いいよ でももう少し声を小さくね」
ゆりちゃんは嬉しそうな表情で頷いた。
たしかに彼女の大きな声は耳に障る。
でもぼくと歌うときだけはいつもの声に戻ってくれる。
もしゆりちゃんの歌が上手くなったらぼくはどうなるのかな?
そんなことを考えながらぼくはゆりちゃんの横に座り一緒に歌う。
ぼくの壁の役目は終わっていた。
終
終りです。
短編で一本書いてみようと思いましたが纏めるのって難しい!
でも考えるのは楽しかったです。