二章・どうしたらいいのか分からない・1
「わ・た・し・でしょ」
バルト村を出て、魔物が棲むという山に向かう最中で、セーナはレナフレアにまた注意されていた。ついつい『僕』と言ってしまうらしい。突っ込まれてセーナは苦い表情だ。
「それも可愛いと思うよ」
男の子のように振舞いたいのか、それとも男勝りなのか、どちらにしてもセーナなら可愛らしく、ほほえましいと思うイズは素直にそう言ったのだが、女性陣の反応は彼が思ったようなものではなかった。
何故かレナは笑い出しそうになり、セーナは憮然としている。むくれた顔もとても可愛らしいもので、イズはちょっと見惚れてしまい、それどころではないとあわてた。
「俺、変なことでも言っただろうか?」
何か気に障ることを口にしたのかと焦るイズに、
「いえ、別に」
なにやらとても不機嫌にセーナが言ってくる。やはりなにか気に障ることを言ったらしい。凄腕の剣士としては女の子扱いされるのが嫌なのだろうか。これほどの美少女なのにもったいないことだと思う。
イズはこそこそとレナに話しかけた。
「何か変なこと言ったかな?」
「おほほほ、そうね、言ったかもね」
レナはとても楽しそうに笑っている。イズは頭を抱えたくなった。彼女は自分の味方ではないと痛感する。むしろ、最強の敵だ。彼女の頑強な防御をかいくぐり、やり過ごさないとセーナとの距離を縮めるのは不可能だろう。
背後を歩くレナとイズの会話は、前を歩くセーナに聞こえないように小声で交わされたものだったが、全体的に感覚の鋭いセーナには丸聞こえだった。
イズは心底困っていて、レナは心底楽しんでいる。セーナこそ頭を抱えたい気分だった。
可愛らしい女の子と言われたことは何度かあった。こんな顔をしているのだから仕方ないとある程度は覚悟もしていた。
が、まんま可愛い女の子と言われるのはさすがに困った。どうしたらいいのか分からなくなる。不快と言うのは言い方がきつくて相手が可哀想にも思えるし、
「……あまり女の子扱いしないでもらえますか」
振り返らずにとりあえずそう言った。他にどう言えばいいのか分からない。
「え、あ、分かった! ごめん!」
イズは理由が分かって安心したのかホッとしたように謝ってきた。謝られてもまた困る。
イズが悪いことを言ったわけではない。それはセーナにもよく分かっている。彼は何の悪意も無く、褒めてくれただけだろう。セーナの気を重くしているのがその褒め言葉だとは考え付きもしておらず、また、思いつくことも無いという予想はつく。
なおさら気が重くなるセーナである。
早くなんとかしたい。イズには悪いがプロポーズも迫られるのも心底ごめんだ。
いい人というのはよく分かっているし、外見も美男ではないが悪くはない。
でも、ごめんだ。
「あ、セーナちゃん。そろそろ山に入るから俺が前を歩くよ。君はレナフレアさんと後ろを頼む」
「え」
不思議そうにセーナはイズへ振り返る。
「俺は君たちの盾になるために来たんだ、前を歩くのは当然だろう?」
悪意なく言って、イズはセーナの前に出た。大剣を背負った広い背中が力強く歩いていく。たくましく、頼りがいのありそうな背中だ。普通の少女なら自分をかばうその背を眺めているだけで意識してしまうかもしれない。
「……いい人なんだよね」
「……いい人ね」
「いい人なんだけどなぁ……」
なにやら遠い目になるセーナに、レナは苦笑した。何もかも承知している身としては苦笑するしかない。
「ま、親切で言ってくれているのだし、今は甘えておきなさい。これも『女の武器』のひとつよ」
「……教えてもらっても全然嬉しくないよ、レナ……」
セーナがイズを意識している様子はちっともなかった。前を歩くイズに仕方なくついていく。レナは慰めるように少女の肩を優しく叩いた。
しばらくそうして歩き、山の中に入った。かなり深い森になっている。魔物が住み着いたという遺跡は、武器の心得のない村人が知っているくらい山の下腹部、すぐ近くにあるらしい。迷うことはないくらい近いと聞いていた。
山菜や木の実を取りに来た村人が目撃するくらいだ、相当近くにあるのだろう。
油断なく、いつでも武器を抜けるように体勢を整えながら三人は進んでいく。
注意深く見てみると、何かが通ったような跡が地面に残されている。人間大の何かの足跡や、何かを引きずったような跡だ。獲物を捕らえて引きずった跡ではないかと予想はできる。日にちが経っているようでそれ以上細かくは分からないが、どちらの方角に向かったかくらいは判別できた。
「これを追って行こう」
セーナの判断に、反論するものはいなかった。慎重に跡を追い、少しずつ進んでいく。幸い、途中で跡が消えていることもなく、追跡はかなり容易だった。
「……結構な数がいるわね」
進むごとに足跡が増えている。住処に近付いている証拠だ。最初は四、五匹程度かと思われた数が、近付くにつれて十は越えているのではないかと思われるくらいになった。
魔物の種類によっては三人では苦戦するかもしれない――イズはそう思っていた。
もし危険なようなら、自分が盾になって何が何でも彼女たちは逃がそう。そんな悲壮な覚悟まで心に決めている。
緊張を背負うイズの背を見て、レナは横のセーナをつついた。
小声で囁きかける。先ほどセーナが前にいたときイズと交わした会話は前を行くセーナに丸聞こえだったと分かっているが、今前を行くイズに彼女たちの会話は聞き取れないだろうと確信している。
イズとセーナではそれだけ感覚の差があるのだ。年若いセーナのほうが遥かにイズより鋭いとレナは知っている。
「あのひと、異常に緊張しているように見えるのだけれど、あたしの気のせいかしら?」
「ううん、ぼ……私にもそう見えるよ」
「まさか実戦初めてじゃないわよね」
「それは無いと思う。背中の大剣なかなか使い込んであるから」
「じゃあどうしてあれだけ緊張しているのかしら……?」
「うーん……魔物の数が多そうだからビックリしているのかな?」
前に立つ男の心意気を、後ろの彼女たちは全く理解していなかった。レナフレアのほうは勇者と共に魔王と戦った女性である。そこらの魔物が多少の数で攻めてきたとて彼女が怯えるわけがない。
セーナのほうも魔物の数が多いからと困った様子はなかった。自分の腕前にかなりの自信があるのだろう。そこらあたりがイズとは違う。彼女にはレナやイズを護って生き抜く自信があるのだ。三人で生きて帰る自信がある。
悲壮な覚悟など彼女には無縁なもの。だからイズが何に緊張しているかが分からない。
「イズさん、魔物の数が心配なら僕が前に出ますよ」
「セーナ、わ・た・し」
にこやかにレナに突っ込まれ、セーナは複雑な表情で言い直した。
「……前歩きますよ」
「いや! そんなことはさせられない!!」
華奢な少女に、何が出てくるか分からない森の中で前を歩かせるなど恐ろしくてさせられない。なにより少女の後ろにでかい図体の男が隠れるようでプライドが許さない。
「えーと、でも、ぼ……私、慣れてますから大丈夫です」
気負うイズ。分からないセーナ(笑)




