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トランスジェンダー  作者: 葵 春
4/5

うそつき

あれから一年が過ぎた。


「あの日」からの舞はいつも通りだった。

そして俺達は心も体もほとんど成長しないままに高校二年生になって。



舞はいつも通りに、俺を女として見ていた。


「美月、数学きいていいー?」


話しかけられる度に胸が嫌に高鳴る。

偶然なのか、いたずらなのか、

今年も同じクラスになってしまった。

心では喜んでいたけど、一緒にいても苦しかったから、

どうせなら離して欲しかったよ、神様。



「お、おうっ」

平静を装うとして声が上擦る。

「…ここ、このページの3番なんだけど…」

テキストをペラペラとめくり指さすと、俺の方を見上げる。

瞬間、目が合ってしまうから。


いつだってこれだけは避けたかった。


「ここは、そのまま公式使って…」

聞くのは、俺じゃなくてもいいんじゃないのかな。


舞はどうして俺を頼るの?

仲のいい友達だから?

話しかけやすい女だからかな?



…もういいんだ。


(舞の前では、いつまででも女友達。)


数学を少し教えると、舞は少し考えたように唸りながら席へと戻っていった。


高校生活が終わってしまえば舞はきっと他人同然になるんだ。

あとたった一年半じゃないか。

狭い世界にいるから、舞しか見えないんだ。


その頃から俺は地方への進学を考えていた。


とてつもなく長く感じる授業も終業時間を迎え、各々に部活、バイトに向かっていく。


無所属の俺は窓際の座席に座って、校庭を眺めた。


静かに時が流れる、

野球部がノックを打っているのが見えた。

羽振りのいい金属音と、逞しい掛け声とが放課後の晴れ空に広がった。


中学まではバスケ部に所属していた。

可もなく不可もない選手で、流れで部長になった。


推薦理由なんて今思えは、

俺が部活一男らしくて(もちろん当事者の男だと思っているが)声がでかかったからだろう。


この学校にもバスケ部はあったけれど、

俺は「女子」バスケットボール部には入りたくなかったから。


高二にもなって放課後にこれといって打ち込めるものもない。



(俺って、もしかして薄っぺらい人間なのかな笑)


自分で嘲笑してみても、虚しいだけだった。



ガラガラ


突然教室の扉が開く音がして、後方に目をやる。

「おっ、小野川まだいたん?」

呼ばれなれない名字に硬い声。


クラスメイトの長内 陸だった。

今年初めて同じクラスになって、数回だけ話したことがある。

長身でウルフカットに濃い目鼻立ち。

イケメンと呼ばれるに相応しいような見た目なのだと、クラスの女子が話しているのを聞いた。


俺にしてみればこんなのただの「男」だが。


「あ、うん…そっちも…?」

ぎこちないにしても、ここは普通に返した。


「サッカー部、今日はオフ!」


(こいつ、サッカー部か。まあいかにも)


長内は忘れ物をしたらしく、机の中をガサガサと漁っている。


「ねーなーーー、家かな?」


静まり返った教室で聞いた長内の低い声を、

不意に羨ましいと思ってしまう。

俺が頑張っても手に入れられないものをこいつは望まずとも持っている。


こんなふうに思うのは、もう何回目だろう。


「小野川さ、好きな男とかいる?」


長内の意外すぎる一言に思わず、は?と漏らしそうになる。


「いやー、このクラスしけてんじゃん?カップルもそんなにいねぇし。」

クラスメイトに干渉する趣味はないけど、言われてみれば長内の言う通りかもしれない。


「俺はいないかな…」

(好きな男ってなんだよ。俺女じゃないから。)


「まーじーか。おんなじ。ってか陸でいいよ」


いきなり話しかけてきて名前で呼べなんてたいそう図々しいと思ったが、

長内の憎めない態度に押されて負けた。


「ずっと思ってたんだけど小野川って男らしいよな!」

は、いまさら。


「う、うん…まぁ。」


触れないでくれ。触れないでくれ…。


「一人称も「俺」だしさ、恋愛対象も女だったりするの?」


俺ははじめてこんなに思慮に欠ける人間に出会った。

感情的になるつもりはなかったけれど、


「そんなの、どうでもいいだろ。」

思わず長内の目をぐっと見てしまった。


(トランスジェンダーとか言っても伝わらない…てかなんでこんなやつに教えなきゃいけない…)


「ふぅん、冗談のつもりだよごめんごめん」

長内は笑った。いかにも苦笑いという感じだった。



絶対おかしなやつだと思われたに違いないと思った。


だが俺はそれ以上に長内は変なやつだと思ったんだ。



それは長内の帰り際の言葉。





「男も女も結局は人なんだからさー、誰が誰を好きになったって受け入れるべきだし、隠す必要なんてないって俺は思う!持論だけどさ。」



変なやつだと思った。


同時に、自分の心を騙して、周りに隠したまま、


俺はうそつきなんだと思った。








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