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トランスジェンダー  作者: 葵 春
2/5

ゆくえ

チク…タク…チク…



家に帰ってから、何時間経ったのか。

帰り道での出来事が頭の中で堂々めぐりしていた。

俺は自室のベッドに大の字仰向けになったまま、ただぼうっとする。


舞は、俺を男の子としては見れない、と言った。


確かにそうだろ、と自分自身可笑しくなってしまって、ふっと息が漏れる。



俺は女だ。

正確には、生まれてきたとき、女として生まれてしまった。の感覚に近い。


小学生の頃までは自分は男勝りで活発な『女の子』だと思っていた。……思い込んでいたのかもしれない。

ランドセルも普通に赤だったし、着ていた服だって女児用。


ただ、スカートは履きたくなかった。


その頃の俺は、スカートを履きたくない自分というのを、単なる一つのポリシーぐらいにしか感じていなかった。

中学に入って、女子男子の区別がはっきりとして、境界線が出来た時、初めて気が付いた。



『俺は、女じゃない。』


皆同じ制服を着ている筈なのに、自分だけになぜか違和感があった。

友達の話すイケメンの基準も、女子が挙って可愛いという洋服も、俺にはその概念が分からなかった。


ましてや、日々女子として見られている自分、その為に女子と一緒に過ごす時間が長い自分に嫌気がさした。


それから私服は段々と男らしくなったし、

髪型だってもうずっとボーイッシュなショートヘアだ。そこころから一人称も、俺になった。


ただどこかで、親や友達にこのことを悟られてはいけない気がしていた。


気付かれてしまえば、離れて行くのがなんとなく分かったのだ。


だから必死で女のフリをした。

誰かがあの男子かっこいいと言えば自分も便乗したし。全ては今までどおり、活発で明るい女子でいようって。


中学二年まで、日々心の自分と外見の自分が対立し、葛藤していた。




そんな自分を思い出す度に、皆に嘘をついている気がした。

ふと、閉じていた瞳を開けて、仰向けのまま顎を引く。

すると自分の全身が一望できた。


微かにふくらんだ胸。

女らしい曲線を描く括れ。

今は全てが醜い。


「はぁ……」

深いため息だけが、さっきからずっと出てくる。



もし俺が、外見も男だったら、

舞は俺を受け入れてくれただろうか。

この恋心は、こんな悩みに巻き込まれなかったのだろうか。


そう考える。


俺の目からは、自然と涙が流れた。

すーっと、途切れることなく流れた。


嗚咽を出して泣き叫ぶのではない。


悔しくて、悲しくて、切なくて。


涙が止まらない。



俺が正真正銘の、誰が見ても男なら。

こんなに悩まなくて…済むのにな……。



どうして……。




その夜は、母親に夕ご飯だと呼ばれても食欲が起きることもなく、そのまま深い眠りについていた。



_________________________


「あら美月、早いわねおはよう。」

早朝目が覚めると母はいつものように台所に立って、トントントンと一定のリズムを刻む。

晴れ朝の日差しが部屋に差し込んでいたけれど、とても浴びる気になどなれず、

リビングへと降りてきた。


父親はいつも俺が起きるよりずっと早くに仕事へと向かう。

父の弁当を作る母は、もっと早く起きているのだと思うと頭が下がる。


俺は取り敢えずリビングの椅子に座りつつテレビをつけた。早い時間のニュースはなんだかつまらなく感じられた。


……。

俺は寝ると忘れるタイプの筈なのに、昨日のことは何も忘れていなかった。


そのうちゴトン、と眼前に朝食の目玉焼きが運ばれてくる。母は俺の顔を覗き込むと、


「目ェはれてるわよ。」

と苦笑いで俺に問いかけた。


「昨日夜通し戦争映画観ちゃったからかな、めっちゃ感動したーー…」


これが俺の精一杯のフォロー。

母はふぅんと短く返して、また台所に戻っていった。

気に留めてはいないようだった。


今日一日、どう過ごそうか。


いや、いつも通りでいいじゃないか。


昨日の事は、ジョーダンなんだもの。


少なくとも、舞にとっては。




目玉焼きに、醤油をかけすぎた。




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