ゆくえ
チク…タク…チク…
家に帰ってから、何時間経ったのか。
帰り道での出来事が頭の中で堂々めぐりしていた。
俺は自室のベッドに大の字仰向けになったまま、ただぼうっとする。
舞は、俺を男の子としては見れない、と言った。
確かにそうだろ、と自分自身可笑しくなってしまって、ふっと息が漏れる。
俺は女だ。
正確には、生まれてきたとき、女として生まれてしまった。の感覚に近い。
小学生の頃までは自分は男勝りで活発な『女の子』だと思っていた。……思い込んでいたのかもしれない。
ランドセルも普通に赤だったし、着ていた服だって女児用。
ただ、スカートは履きたくなかった。
その頃の俺は、スカートを履きたくない自分というのを、単なる一つのポリシーぐらいにしか感じていなかった。
中学に入って、女子男子の区別がはっきりとして、境界線が出来た時、初めて気が付いた。
『俺は、女じゃない。』
皆同じ制服を着ている筈なのに、自分だけになぜか違和感があった。
友達の話すイケメンの基準も、女子が挙って可愛いという洋服も、俺にはその概念が分からなかった。
ましてや、日々女子として見られている自分、その為に女子と一緒に過ごす時間が長い自分に嫌気がさした。
それから私服は段々と男らしくなったし、
髪型だってもうずっとボーイッシュなショートヘアだ。そこころから一人称も、俺になった。
ただどこかで、親や友達にこのことを悟られてはいけない気がしていた。
気付かれてしまえば、離れて行くのがなんとなく分かったのだ。
だから必死で女のフリをした。
誰かがあの男子かっこいいと言えば自分も便乗したし。全ては今までどおり、活発で明るい女子でいようって。
中学二年まで、日々心の自分と外見の自分が対立し、葛藤していた。
そんな自分を思い出す度に、皆に嘘をついている気がした。
ふと、閉じていた瞳を開けて、仰向けのまま顎を引く。
すると自分の全身が一望できた。
微かにふくらんだ胸。
女らしい曲線を描く括れ。
今は全てが醜い。
「はぁ……」
深いため息だけが、さっきからずっと出てくる。
もし俺が、外見も男だったら、
舞は俺を受け入れてくれただろうか。
この恋心は、こんな悩みに巻き込まれなかったのだろうか。
そう考える。
俺の目からは、自然と涙が流れた。
すーっと、途切れることなく流れた。
嗚咽を出して泣き叫ぶのではない。
悔しくて、悲しくて、切なくて。
涙が止まらない。
俺が正真正銘の、誰が見ても男なら。
こんなに悩まなくて…済むのにな……。
どうして……。
その夜は、母親に夕ご飯だと呼ばれても食欲が起きることもなく、そのまま深い眠りについていた。
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「あら美月、早いわねおはよう。」
早朝目が覚めると母はいつものように台所に立って、トントントンと一定のリズムを刻む。
晴れ朝の日差しが部屋に差し込んでいたけれど、とても浴びる気になどなれず、
リビングへと降りてきた。
父親はいつも俺が起きるよりずっと早くに仕事へと向かう。
父の弁当を作る母は、もっと早く起きているのだと思うと頭が下がる。
俺は取り敢えずリビングの椅子に座りつつテレビをつけた。早い時間のニュースはなんだかつまらなく感じられた。
……。
俺は寝ると忘れるタイプの筈なのに、昨日のことは何も忘れていなかった。
そのうちゴトン、と眼前に朝食の目玉焼きが運ばれてくる。母は俺の顔を覗き込むと、
「目ェはれてるわよ。」
と苦笑いで俺に問いかけた。
「昨日夜通し戦争映画観ちゃったからかな、めっちゃ感動したーー…」
これが俺の精一杯のフォロー。
母はふぅんと短く返して、また台所に戻っていった。
気に留めてはいないようだった。
今日一日、どう過ごそうか。
いや、いつも通りでいいじゃないか。
昨日の事は、ジョーダンなんだもの。
少なくとも、舞にとっては。
目玉焼きに、醤油をかけすぎた。