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ははのあじ

作者: 杭々

母は料理が上手かった。

母の料理は美味かった。



和洋中、私や父がリクエストした料理は、今まで作ったことがなくてもちょっと調べて簡単に調理した。

味は一級品で、自慢の母だった。

ただ料理がうまいというだけではなく、その味付けや材料に、家族が嫌いなものが入っていると、自己流にアレンジして食べやすくしてくれる。

そういう気遣いもできる人だった。

けれど、そんな母でも唯一苦手な料理があった。

「チャーハン」である。

母のチャーハンにはパラパラ感がない。彼女がチャーハンを作ると、みじん切りにした材料に炊いたご飯を混ぜ込んだだけの料理になる。ただの炒め飯になる。

最近は「パラパラチャーハン 作り方」で検索をかければ、ネット上にいくらでもコツが出てくる。

母だってそれを知っているはずだし、私は一度方法を調べて教えたことがある。

だけど母は実践しなかった。

ある日気になって母に尋ねてみた。すると、いつものように優しく笑って言うのだ。



「寂しくなるから。」



言っている意味が分からなかった。

だが、とにかく母には譲れない理由があるのだ、ということだけはわかったから、それ以上は言わなかった。

母が作るそのベタベタチャーハンも、嫌いではなかったからだ。



そんな会話から7年は経った。

私は大学を卒業し、無事就職もできた。

これからは私が両親に恩返しするのだ、と意気込んでいた矢先のこと。

母が他界した。父も私も、彼女の病気について知らなかった。

ずっと隠していたようだ。

気づいたときには病魔に全身を蝕まれていて、手遅れだった。



母が亡くなってから最初の2週間は泣いたし仕事もろくにできなかった。

けれどこのままでは母もあの世に行けないと思った。

だから、私はキッチンに立った。

これまではコンビニ弁当ばかりだったから、これからは忙しくても手作りにしよう。

そのほうが体にもいいし。

・・・そうだ、アレを作ってみよう。



材料は買ってきた。

ネットで調べたところによると、混ぜる食材が多いとそれらの水分でベタベタになりやすいらしいから、あえて材料は少なく。

今回試すのは、炒める前にご飯と卵を混ぜ合わせておく方法だ。

ネットのレシピサイトをノートPCの画面に表示して、それを見ながら分量など間違えないように調理していく。

母が生きていた頃、私も何度かキッチンに入ったことはある。

料理上手の母のもとで修行したから、母ほどではないにしろ私も料理が得意だ。

火加減、味加減を微妙に調節していく。

やはり料理は楽しい。隣に母がいるようだ。




「いただきます。」

完成した料理を、一人暮らしの部屋で食べる。

スプーンでチャーハンをすくうと、明らかに違いがわかった。

母が作っていたチャーハンとは比べ物にならないほどパラパラだ。

私にも料理の才能があるかもしれない。初めての挑戦でこんなに上手く出来たのだ。

銀のスプーンに乗った米を口に運ぶ。

美味しい。味付けも文句ない。

食材も喧嘩していない。絶品だ。


・・・だがなぜだろうか。とても寂しい。

一人で食べているから?

それとは違う寂しさだ。

噛めば噛むほど寂しくなる。まるでこのチャーハンからにじみ出ているかのようだ。しばらくすると涙が出てきた。

なぜ私は泣いているのか。こんなに美味しいのに。

そこから完食するまで、私はただただ泣いていた。



それから数ヵ月後、私は実家で父に手料理を振舞った。

料理はあのチャーハン。パラパラの方だ。

父は美味い美味いと言って食べてくれた。

・・・だが半分ほど食べ進めたあたりから、喋らなくなった。

そして完食し終える頃には私と同じように涙を流していた。



「寂しいな。」



父も言った。

こんなに美味しいのにどうして涙が出るんだろうか。

・・・ふと私は思い立つ。

余っているパラパラチャーハンはほかの皿に移してラップをする。

残った材料で、私はあのチャーハンを作る。

ベタベタだけど美味しかった、母がずっと作ってくれていたチャーハンを。




完成したものを、私と父は再び食べる。

美味しかった。案の定米はベタベタだけれど。



「美味いな。」

「美味しいね。」



だがそこに文句はなかった。

あんなに溢れていた寂しさが嘘のようだ。

母がキッチンに戻ってきた。そんな気がした。

私と父は、今まで避け続けてきた母の思い出を語った。

その日は母が亡くなってから初めての幸せな日だったと思う。




その後、母方の親戚から聞かされた話。

母の母、つまり、私にとっての祖母だが、彼女もまた料理が上手だったらしい。

和洋中なんでもこいで、近所の人々に振舞ったりもしていたとか。

ただ、そんな彼女には一つだけ苦手な料理があったと。

どんなにやってもパラパラにならず、その料理を作った時だけ、祖母は申し訳なさそうにしていたらしい。

確かにその料理は美味しいとは言えなかったらしいが、母だけは美味い美味いと言って食べていたという。

そんな祖母が亡くなったのは、私が産まれる少し前の話だ。


・・・。


もし、私が結婚して子どもができたとして。

例えば夕食にチャーハンを作ってくれとせがまれたら。

多分私は母のチャーハンを作ると思う。

そしてもし子どもや夫から何かしら言われたら、私も母のように笑って言うだろう。






「寂しくなるから。」

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