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後編

      4


 それからしばらくして、オレ達は運良くエリック王子を見つけることができた。


 木々の合間に流れる小川の側に馬を繋いで、冷たいせせらぎを手ですくっていた王子が、枯れ枝を踏みしめる音に気づいてこちらに視線を向ける。


 同時にその美しい顔立ちに驚きが走った。不意を打たれポカンとした表情だ。そしてそれがたちまちにして、熱にうかされたかのような陶酔の表情になる。


 オレにはその間の王子の心の動きが手に取るようにわかる。無理も無い、男なら誰だってこうなるだろう。


「--ほら。行けよ」

 もじもじしながらオレのマントにしがみついていたミシェルの肩を、励ますようにポンと叩いてやると、ミシェルは恥じらいに染まった顔をチラリとこちらに向けて、感謝のこもった視線をオレに送ってきた。


 ドキッ……オレは思わず胸が高鳴るのを抑えられなかった。服は相変わらず少年のものとはいえ、身体は華奢ながらも柔らかそうに丸みを帯び、清楚な美しさに輝いているかのようだった。


 しかしオレは知っていた。今のミシェルの美しさは単に女性の身体になったため、というわけではない。それはどんな苦難があろうとも、一途な愛を捨てることなく貫き通した、ミシェルの魂の純粋さが生み出したものなのだ。


 そしてミシェルの愛する男はそこにいる。そして今やミシェルは、堂々とその男の愛に応えることができるのだ。


 そう思った時、オレの胸にまたかすかな痛みが走った。だが、オレはそんな感情を押し殺して、ミシェルに微笑んでやった。何だか(もちろん経験はないが)娘を嫁にやる父親のような気持ちだ。


 そんなオレの笑顔に、何故だかミシェルが少しだけ寂しげな表情を浮かべたような気がした。でもそれもほんの一瞬で、ミシェルはすぐにオレに微笑み返すと、最後にもう一度だけ感謝のまなざしを残して、ゆっくりと愛する男のもとへと歩み寄っていった。


 ミシェルとエリックが向かい合った。エリックの視線は相変わらずまっすぐに前に向けられ、熱い視線を受けたミシェルがたまらず真っ赤になってうつむいてしまう。


 そのまましばらくもじもじとためらうミシェル。激しく脈打つ胸の鼓動が、ここまで伝わってくるかのようだった。オレも思わずギュッと拳を握り、緊張の息を飲む。


「あ、あの……!」

 ミシェルがついに勇気を振り絞って、桜色の小さな唇を震わせた。


 そのとき、不意にエリックが動いた。まるで抱き止めるかのように大きく腕を開いて、ぐんぐん歩み寄ってくる。


 それを見たミシェルが、ドキッと目をつむった。そして緊張に震えながらも、愛しいエリックの胸に抱かれる瞬間を待ちながら、頬をうっとりと上気させる。


 そんなミシェルの姿に、またオレの胸にチクリと痛みが走った。


 そして、そんなオレの目の前で、エリックがミシェルをその手に抱きしめた--


 ……かに見えた、


 が、


「……へっ?」

 エリックがスッとミシェルの横をすり抜ける。そして予想外の展開に唖然とするオレの前で立ち止まったかと思うと、しばらくオレに熱っぽい視線を向けた後、エリックは広げた両腕でヒシとオレを抱きしめてきた!?


「……ああ、何て私好みのひとなんだ……☆」


 一瞬--世界が凍り付いた。


 オレもミシェルも点目となり、ぼーぜんとその場で凝固している。


「間違い無い。君こそ私が求めていた人だ……どうだい、私の騎士団ハーレムに入らないか? 『女』なんかよりも、もっと素晴らしい世界があることを、君に教えてあげるよ……☆」


 その瞬間、凍てついた空間にピシッと亀裂が走り、そしてオレは全てを悟っていた。


 これほどの美形でありながら、エリック王子になぜ浮いた話が無いのか……なぜ王子はいつもお気に入りの騎士団員たちとばかり行動しているのか……そして、王子が趣味で領内を馬駆けして回るのは、本当は何のためなのか……!


 エリックがミシェルに声をかけたのは、決して『女の子』と勘違いしたからではない。逆に、ミシェルがとんでもない『美少年』だと見抜いたからだ。


 そして、エリックが先刻から見つめていたのは、今や『女』になったミシェルでは無い。何がどう好みなのかは知らないが、そのすぐ側にいた『男』のオレの方だったのだ!


「…………」

 同じくすべてを悟った様子のミシェルの瞳から、ツッ……と涙がこぼれ落ちる。だが、エリックはそれには見向き一つせず、ただオレの耳元で熱く口説き文句を繰り返すのみで--


 ぷつん、その瞬間、オレの中で何かが切れた。心の奥底から、凄まじいほどの怒りがわき起こってくる。


「そんなに『男』が好きなんだったらぁ-----っ!!」

 オレの拳が金色に光る。そしてこみ上げる怒りに突き動かされて、オレは叫びと共に拳を突き上げた!


「『女』になっちまえーーーーーーーっ!!!」


 バキィィィィィィ!! オレの強烈なアッパーカットがエリックの顎に突き刺さる!


 そしてエリックは金色の光に包まれたまま高々と宙を舞うと、そのままどっぽーんと小川の中に落ちていった。

 

     5


「ふぅ……」

 しばらくして、やっと怒りが収まると、オレはその場にぐったりと膝をついた。


 心臓の鼓動が割れるように速い。何せ一日にこんなに魔法を使ったのは、本当に久しぶりのことだったのだ。


 激しい体力の消耗に目まいすら感じる。だが、今はそんなことよりミシェルの事が気がかりで、オレは油断すれば飛びそうになる意識を無理矢理覚醒させると、そーっとそちらへと視線をやった。


 案の定、ミシェルはその場にただ呆然と立ち尽くしている。


(……弱ったな……)

 しかしこのままにしておくのも気まずいし、何よりミシェルが可哀相すぎる。オレはよろめきつつも立ち上がると、取りあえず慰めにかかった。


「あ、あのな、ミシェル」

 だが、ミシェルはてんで聞いている様子がない。かといって他にどうしようもないから、オレは必死になって続けた。


「ま、まぁその、何て言うかだな。その、気を落とさずに、あんなヤツのことなんか、早く忘れてだな……」

 その瞬間、ミシェルの瞳に再びじわっと涙が浮かんだ。


「あ、あわわ、その、何だ、泣くなって……」

 思わずたじろぐオレの胸に、ミシェルが飛び込んでくる。そして次の瞬間、ミシェルは堰を切ったように泣き始めてしまった。


 ……無理も無い。ミシェルは今や身も心も『女の子』だ。しかもまだ『女の子』になったばかりの不安定な精神状態なのである。

 そう思うと、胸にしがみついて泣き崩れるミシェルがとても愛おしくて、オレは優しくその柔らかな背中をさすってやった。


「安心しな。じきにあんなヤツよりずっといい男が現れるさ。そりゃお前は元は『男』だけど、大切なのは過去じゃない。今やお前は誰よりも可愛い『女の子』なんだから、絶対、将来はいいお嫁さんになれるって……」


 そのとき、オレは不意に口をつぐんだ。涙に濡れたミシェルのつぶらな瞳がオレをじっと見上げている。


「……な、何だよ、おい?」

 思わずドキッと息を飲むオレに、ミシェルは真剣な顔でささやきかけてきた。


「じゃあ……責任とってくれますか?」


「……え”?」

 突然のミシェルの言葉に、オレの思考がフリーズする。

 そんなオレの前で、ミシェルはポッと頬を染めると、もじもじしながら続けた。


「ボク……気が付いたんです。こんなボクのために一生懸命になってくれる、ロイアスさんみたいな人こそ、求めていた理想の男性なんだって……」

「お、おい、ちょ、ちょっと待てっ……!?」

 うろたえるオレに向かって、ミシェルがたたみかける。


「あら? だって『過去は関係ない』んでしょ?」

 ぐっ、と言葉に詰まるオレに、ミシェルはいたずらっぽい微笑みを投げかけてくる。


「それにボクを『女にした』のはロイアスさんなんだから、『男』として責任とってくれなきゃ☆」


「おい! それ言葉の意味違うんじゃないか!?」

と悲鳴を上げたものの、そんな抗議は華麗にスルーして、ミシェルは有無を言わさずオレにヒシと抱きついてくる。


「とにかく、これからもよろしくお願いしますね☆」


「………………」

 『女の子』になってフニフニと柔らかみを増したその身体に抱きつかれながら、しかしオレは複雑な心境だった。


 この小悪魔ぶり。どうやらミシェルは正真正銘、『女の子』になれたようだ。そして確かにこいつは将来、いい『お嫁さん』にもなれるだろう。その点については保証してもいい。


 だが……だが、確かに恋愛に『過去は関係無い』ものなのかも知れないが、しかしそのややこしい過去を知りすぎているというのはどうなんだ……!?


 思わず天を仰ぐオレの胸に、甘えるようにミシェルが頬をすり寄せてくる。


「ロイアスさん、だーい好き♪」


「……………………」

 そのあまりの可愛らしさに、何とも言えぬ複雑な気持ちを味わいながら、『幸せいっぱい☆』といったミシェルの笑顔を見下ろして、オレは大きく、深ーく、ため息をついた。


      ※      ※

 

 ちなみに、それからしばらくして、急遽、『実は女性であった』ことが明らかにされたセオデンのエリック『王女』と、ロイドの王太子との間で婚約が成立し、両国の全面戦争は無事に回避されたとのことである。まぁ、めでたし、めでたしということで!


(おしまい☆)

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