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中編

      3


 --が、3日もしない内にオレは疲れ果ててしまった。


 いや、別にミシェルが悪いわけではない。ミシェルはとても良いヤツである。炊事洗濯何でもするし、素直だし、明るいし、細やかな気配りも忘れない。こんな快適な日々など、果たして何年ぶりだろう?


 ……ただ、問題が一つある。オレにとって、大きな、大きな問題だ。


 それは他でも無い。ミシェルが余りにも、『女の子らしすぎる』ことだった!


 はっきり言って、普通の女の子なんかよりも、はるかに『女子力』が高いのだ! 行動といい、性格といい、そしてもちろん顔といい!!


 自慢じゃ無いが、オレのこれまでの人生に女っ気というものは全く無かった。もてないからではない。エリック王子とまでは言わないが、人並み以上の顔立ちだとは秘かに自負している。ただ、あまりにもこれまでの環境が悪すぎただけだ。


 だがその分、女の子への免疫というものが全然無いのも否定できない。こいつは女じゃない! オレにはそんな趣味は無いんだ~っ!! と心の中で絶叫しても、自然に胸がドキッとする瞬間がありまくるのだ。


 ある時なんか、ふとした弾みで水浴びをしているところを覗いてしまった(ふとした弾み、ふとした弾み!)のだが、濡れた淡い亜麻色の髪が、白い背中にしっとりと流れ、更にその下の瑞々しい桃のような……


 いや、そこまでしか見ていない。かろうじて理性がオレを止めてくれた。ただ悶々として、その夜一睡も出来なかったのは事実だ。


 そんなこんなで、このわずか3日間で、オレはもうげっそりとやつれてしまったのだった。


 毎日が全く理性との戦いだった。約束を何回投げだそうと思ったかわからない。なにせ真実さえ話してしまえば、すぐにこんなバカげた状態から脱出できるのだ。


 しかしそう秘かに思い詰める度に、タイミング悪くミシェルが信頼に満ちた視線を向けてきて、結果、毎回言いそびれてしまう。


(うう……しかし、何故オレはこんな目に……)

 軽い頭痛を覚えつつ、オレはミシェルが甲斐甲斐しくよそってくれたシチューを、ずずっとすすった。


「あの……美味しい、ですか……?」

 いつものように、少し不安げに上目遣いでミシェルが尋ねてくる。


「あ、ああ」

 その視線にどきまぎして、ぎこちなくうなづいてみせると、ホッとため息をつくとともに、心から嬉しそうな微笑みを返してくる。その笑顔がまたたまらなく可愛い。


 ……これでは泥沼である。


 こんなことではいけない! オレはついに覚悟を決めると、器をドンと地面に置いた。


 そんなオレをミシェルはキョトンとして見ている。オレを信じ切っているその顔を見ると心が痛むが、でもオレの精神衛生上、これ以上言わずにいるわけにはいかない。 

「……ミシェル。あのな……実はな……」


 そのとき、不意にミシェルの顔が驚きに一変した。まだ何も言ってないのに……? と戸惑うオレの前で、ミシェルはガタッと立ち上がると、林の木々の向こうをじっと凝視する。


 オレもまた気が付いた。木々の合間を駆ける白馬の騎士。輝くようなブロンドに凛々しい顔立ち--ミシェルとはまた別の意味で、男にしておくのはもったない程のすごい美形だ。


 そう言えば聞いたことがある。エリック王子は気ままに領内を馬駆けするのが趣味だそうだ。何でもそのついでに、これはと見込んだ若者をスカウトしては、自分の騎士団に加えているとも聞く。では、あれがひょっとして本物の……?


 その瞬間、止めるより早く、ミシェルはそちらに向かって駆け出していた!


「お、おい、待てっ!?」

 オレも慌てて後を追う。あの鈍そうなミシェルがこんなに足が速いとは思わなかった。情けない話だが、焦りもあって足がもつれて転んでしまう。


 愛するエリックのもとへと一途にひた走るミシェルの懸命な姿に、オレは軽く胸がうずくのを感じた。まさか……この感じは--?


(じょ、冗談じゃねぇ!)

 オレがぶんぶんと大きく頭を振った、まさにそのとき! 不意にミシェルの悲鳴がオレの耳に飛び込んできた!


「--!?」

 オレは一瞬で跳ね起きると、巧みに林をくぐり抜けて声の方向へ急いだ。


 その視界の先に見えてきたのは--!


「あ……あ……」

 驚愕のあまり立てなくなったらしい、尻餅をついたままじりじり後ずさるミシェルの前に、一頭の巨大な獣がいた。


 鋭く長い角が一本、頭部で血を求めて鈍く光っていた--スピア・タイガーだ!


「ミシェルッ!」

 ミシェルが涙でくしゃくしゃの顔で振り返った。だが、オレの叫びに反応して、野獣がミシェルに躍りかかる!


 剣では間に合わない、ならば手は一つ!


 ミシェルが大きく悲鳴を上げる!


 そして野獣の角が、ミシェルの無防備な胸に突き刺さる--刹那! オレの呪文が炸裂した!


「ギャヒィィン!?」

 オレの放った金色の光に包まれたスピア・タイガーの身体に異変が起こった。身体がみるみる小さくなり、鋭い角もまた同時に縮んでいく。


 --そして光が収まったとき、角も失い、身体も二回りは小さくなった野獣が、情けない悲鳴を上げて逃げ出していっていた。


「ど、どうなったんの……?」

 あまりに目まぐるしい変転に呆然とするミシェルに、オレは額に浮かぶ汗をぬぐいながら答えた。

「……メスにしてやったのさ」


「え……?」

「スピア・タイガーのオスは獰猛だが、その反面メスはすっげぇ臆病なのさ。だから、驚いて逃げちまった--」

 ハッと気が付いてオレは口をつぐんだ。


 が、もう遅い。

 ミシェルは信じられない……と言った顔でオレを見つめていた。


「じゃ、じゃあ、あなたが『伝説の魔法使い』……」

 あまりに意外だったらしく、そこで絶句してしまうミシェル。


 そう、その通りなのだ。これこそが、オレの持つ魔法の力--生命ある者の性別を逆転させる力。


「…………」

 オレは観念してため息をつくと、静かに口を開いた。


「--オレが《魔法使いの塔》に入ったのは7年前、15の時だった。村を野盗共に焼き払われ、オレは復讐のために魔法使いになろうと決意した……」

 重い告白にミシェルが息を飲む気配が感じられたが、オレはそれには構わず、今となっては遠くなった少年の日々を、苦さと共に振り返っていた。


 ちなみに良く誤解されるが、《魔法使いの塔》とは魔法そのものを教えるものではない。人がみな潜在的に秘めている《魔法の力》を、意志によって引き出すための訓練をする所である。


 もちろんそれは簡単なことではない。誰もが『魔法使い』になれるのなら苦労はないのだ。そこでの日々はまさに苛酷としか言いようの無いものだった。だが、オレは必至で耐えた。ただ一つの目的--自分の大切なものたちを壊した野盗どもに、それにふさわしい報いを与えるために……!


「5年間に渡る修行を終え、最後の試練を乗り越えたとき、とうとうオレの中に秘められていた《魔法の力》が発現した。それが、この力さ……」

 そう言うと、オレはグッと拳を握り締めた。拳が魔法の光に輝く。だが、オレが自嘲的に口元を歪めると、その光は一瞬にして消滅した。


「無責任な長老たちはどよめきやがった。未だ嘗て見たことも無いほどの、強力な《魔法の力》だ、ってな。おかげでオレは一躍、『伝説の魔法使い』様さ。有り難くもなんともねぇけどよ」

 オレはおどけた様子で、肩をすくめてみせた。


「ま、腹いせに野盗共は一人残らずオカマにしてやったがな。魔力を調整したらそんなこともできるんだぜ? そしてオレの復讐はおしまい。しかし、まったくお笑いぐさだぜ。さんざん苦労したあげくに発現したのが、《性転換》の能力だなんて……」


 が、オレはそこで言葉を切った。いや、切らざるを得なかった。


 ミシェルは泣いていた。しかもオレに気を遣うかのように、必死で声を出すまいとして--


「お、おい、ちょっと待てよ、何でお前が泣くんだよ!?」

 オレは思わず動転した。正直言って泣かれるとは思っていなかった。自分で思い返してもアホらしい思い出なのに、なぜ??


 唖然として見つめるオレに気づいて、ミシェルはムリに笑顔を作って見せる。

「ごめんなさい……でも……でも……」

 ミシェルの瞳からまた一筋、すっと涙が流れ落ちる。慌ててそれをぬぐいながら、ミシェルはポツリとつぶやいた。


「ロイアスさん、悲しそうだったから……きっと、すごく悔しかったんだろうなぁ、って……」


 涙に濡れた瞳がオレの胸を打った。そしてその言葉が、忘れかけていた、いや忘れようとしていた思いを、心の奥から呼び覚ました。


 そうだ.オレはムリして思い出すまいとしていただけで、ホントは少しだって忘れてやしない。あの日、自分の《魔法の力》を知った時に感じた、驚愕、絶望、そして空しさを--


 だからオレはこの《力》を捨てた。野盗共相手に、嫌がらせでしかないくだらぬ復讐を果たした後、もう生涯使うまいと決意したのだ。


 こんなバカな思いをした《伝説の魔法使い》など、間違い無くオレだけだろう。なら、逆に言えば他の誰にもこの空しさはわかるまい、そう思っていた。


 それなのに、ミシェルは泣いてくれた。まるで我がことのように……。


 それは限りない優しさでオレの心に染み渡った。まるで、母親に抱かれているかのような、不思議に満ち足りた感覚。


 オレはふと、ミシェルはどうして『男』なんだろうか? と思った。性別を決めるのは、生理的条件が全てでは無いのではないか? 誰よりも女の子らしいミシェル--心が『女の子』であるのなら、それを『男』という『性』に縛り付けておく必要は、一体どこにあるというのだ?


 --その瞬間、オレの思いは決まった。


「……本当に『女の子』になりたいか?」

 突然のオレの問いに、ミシェルは、えっ? と戸惑うように顔を上げた。


「どうした? 『女の子』になりたいんじゃなかったのか? だからオレを探してたんだろ」

「で、でも……」

 ミシェルは困惑気味にオレを見つめた。その瞳はかすかな期待を帯びつつも、オレの真意をはかるかのような、当惑の色を浮かべている。


「別にオレに遠慮はいらないぜ。ちゃんと『女の子』にしてやるさ。ただし……」

 オレは真剣な表情でミシェルの目を見つめた。


「オレの力はいわば神の摂理に逆らうものだ。そのためオレの魔法は同じ相手には一度しか効かない。だから二度と『男』には戻れない。それでもいいのか?」


 その言葉の重みに、さすがにかすかな迷いがミシェルに浮かぶ。

 しかし、わずかな逡巡の後、ミシェルは小さく、だがキッパリとうなづいた。


「……分かった。なら、もう止めない。お前の望み、叶えてやろう」

 オレは精神を集中させた。右手がほのかな光を放ち、オレはゆっくりとその手をミシェルの上にかざす。


 祈るような姿でひざまずくミシェルの身体は、小刻みに震えていた。だが、その顔にはほんの少しの迷いも感じられない。


 オレを信じ、不安に耐えるその姿がたまらなく愛しく感じられた。


 オレは一瞬ためらった。ミシェルが『女』になれば、間違い無くエリックのもとに行くことになるだろう。そのことが、何故だか無性に寂しい気がしたのだ。


 だが、オレはすぐに思い返した。ミシェルの不幸は、神が『女』の心を間違えて『男』の身体に入れてしまったことで生まれたのだ。そして、そのことでミシェルはこれまで、たくさんの悲しみに耐えてきたに違いない。


 もうこれ以上、ミシェルに悲しい思いをさせたくない。そして幸せになって欲しい。


 たとえ神がしたことであっても、それが間違いならば--オレの《魔法の力》で変えてやる!


 そしてその瞬間、まばゆい閃光が、ミシェルの身体を包み込んだ--

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