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言葉と意思の可能性

「立花照真のスカートは、何故めくれ上がらないのだろう」

ある日の朝。至極真面目な顔をして吉岡義仁がそう切り出した。

「この学校のスカートは比較的軽く、また彼女のスカートは短い。他の生徒の突風によるスカートのめくれ方から推測するに何度か彼女のスカートの中を垣間見る機会はあったはずだ。しかし・・・」

「・・・おはよう吉岡。時計塔修復はどうだったよ」

「少し能力を使えば造作もない。コントロールミスで何度か危ない目にあったがな・・・じゃない!俺のこの疑問を何とかしてくれ!」

「本人に聞け・・・と言いたいところだが、あいにく分からんでもない」

「本当なのか!?教えてくれ!」

「うおお・・・恐ろしい食いつきっぷり」

身を乗り出して迫る吉岡の顔面を掴み、距離を取る真崎。

「あのスカート、縁におもりが仕込んであるらしい。ちょっと前に北里と話した時に聞いたんだがな」

何故それを彼女が知っているかはスルーの二人。

「なるほど、考えるもんだな・・・」

「絶対領域を拡大しつつ、また恥じらいからその聖域を見せないための注意を払う・・・最高じゃないか」

幹本英次が現れた。

「出たな変態」

「ご挨拶だね、ゾクゾクするよ。でもできるなら女性の方に言って欲しかったなぁ」

「変態」

「アフゥヌ」

ドアを開けて登場した照真に罵られ、恍惚とした表情を浮かべる幹本。

「おはよう。今日は何の話?」

「なぜおまえのスカートがめくれないのかという疑問に答えてやってた」

「・・・まあいいけどね。この手の話題はいつでも出てるし」

一瞬だけすごく嫌そうな顔をしたが、照真は特に気に掛けることもなかった。

「じゃあついでにもう一つ聞いていいか?」

「何?」

「今日のパンツ、何色?」

「けだものぉぉぉっ!」

ドン、と銃声が響き渡り、吉岡の体がゆっくりと後ろに倒れた。

「それは勇気じゃない、ただの蛮行だ」

分かり切った結果をためらいなく歩んだ吉岡に、手向けの言葉を伝える真崎。

「一体何なのよ、いきなり・・・!」

「リサーチだ。俺らの、俺らによる、俺らのためのリサーチだよ・・・!」

名言を冒涜しながら、照真の開けていたドアから坂本が現れた。その顔にはすでに無数の手形の跡がついている。

「とりあえずロクなことを考えてないことは分かったわ」

「その上で敢えて何をしているかを聞こう」

「女子生徒のパンツの色を聞いて回っている」

「堂々となんてことを・・・」

「・・・何のために」

教室に入るなりとんでもない台詞を聞き、唖然とする御堂結城。そして、これ以上踏み込むことを若干敬遠しながらも聞く真崎。

「ある人が言った。『言葉には無限の可能性がある』と」

「・・・・・・」

「そう、まさにその通りだ!例えばおとなしげなかわいい女の子の下着が布面積の少ない『勝負用』だったら!我々はその女子生徒に対して新たな視点を見出すことができる!これも言葉によって切り開かれた可能性の一つじゃないか!」

「言葉というより・・・それはどっちかと言うと無駄な想像力が切り開いた可能性のような・・・」

「とりあえず妄想のネタにするために聞いて回ってるってのは分かったわ」

「誤解しないでもらおう、ただそれだけのために三学年全体を巻き込んだプロジェクトが発足するものか!」

「いや、九割はそのためじゃ・・・え!?三学年全体って言った!?」

誤解の余地もない目的よりも、それが異常な規模で進行していたことに驚く照真。

「今も既に百人を超える有志たちの手によって着々と情報が共有されつつある。そして、リアクション、受け答えの様子、実際に回答した下着の種類からパーソナルデータを解析し・・・」

坂本の演説を、まるでそこに汚らわしいものでもあるかのように距離を取りながら聞く女子勢。照真に至っては既に愛用の銃を取り出して安全装置を外している。

「解析し・・・?」

「それを見て興奮する」

規模が大きくなっても、することにあまり進歩はないようだった。

「こいつらのする事なんてそんなもんだ。・・・悪いことではないけど、な」

少なくとも、そのレベルで留まっているうちは平和なものだろう。大事にはならないと悟ってか、銃をホルスターに戻した照真。ただし、彼女含む女子勢の汚物を見るような視線はむしろ厳しくなっている。

「しかしまあ、まさかお前らにあの変質者じみた質問から情報収集に繋ぐほどの知能があるとは思わなかった」

「肝心の質問が酷すぎるけど、ね・・・」

「少なくとも街頭で言われたら即座に撃つと思うわ」

「いや、最初からまともに答えられることを期待していない質問の類でしょ?」

「何を言う、思いっきり期待した上での質問だ」

「お前らに高度な駆け引きなんかできないのは分かってたけどな」

むしろ、パーソナルデータの解析の方が後付である可能性が高い。いずれにせよ欲望にまみれた質問だ。

「とはいえ、こんな質問に素直に答えてくれる子なんてほぼいないのも分かっている。その場合の対応策もちゃんと用意してあるさ」

坂本のセリフにその背後の吉岡が頷く。同時に、坂本が高らかに言い放った。

「分からなければ・・・めくる!めくって中を覗き見る!それしかあるまい!」

「やめろ。それはマジでキチガイじみてるからやめろ」

欲望のために全てをかなぐり捨てる手段を取ろうとしている彼らを制止する真崎。しかし、走り出した劣情を止めるにはもはや言葉だけではどうにもならなかった。

「・・・待てこら、逃げんな!お前ら昨日食堂で暴れてペナルティ喰らったばっかりだろ!」

「俺たちは過去に囚われない男なのだよ!」

「歴史から何かを学べ!くそ、逃げ足早ぇ!」

「逃がさない!」

照真がスカートの下から銃を抜き出し、安全装置を外して構えた。

「無駄だ!俺に銃弾は効かんぞ!」

「さあ、どうかしらね!」

右目を隠していた眼帯を投げ捨て、ターゲットを坂本に絞る。

「行け!『魔弾』!」

「無駄だ!『全反射』!」

打ち出された弾丸は吸い込まれるように坂本へ向かい、『矢印』の応用である反射能力に弾き飛ばされた。しかし追尾性能を付与されたそれは、再び坂本を目指す。つまり――

当たる→反射→追尾→当たる→反射→追尾(以下ループ)

「・・・うっとおしい!痛くはないけど凄くうっとおしい!」

「何か、見ててイライラするんだけどっ!」

「ええい、やってる場合か!」

坂本をハイキックの一撃でノックアウトし、真崎は廊下を疾走する相原をターゲットに定めた。逃げるついでにパンツを見る目標を品定めしているのか、能力を使って逃げる気配はない。

「そのバカげた行動をやめろっ!さもなくば槍を使う!」

警告を放ちながら、たぐり寄せた自分の鞄から木製の槍を取り出す真崎。全長はおおよそ110センチ程度で、表面には呪術めいた紋様が彫り込んである。

「たかが槍一本で、女性への興味と劣情が抑えられるものか!」

「なら仕方あるまい・・・放たれたこの槍は、貴様の尻を正確に撃ち抜く!」

「なぁっ!?お前、何て恐ろしい物を出しやがる!?」

ぐっ、と上体を一度大きく反らせ、真崎は手加減抜きの構えを取った。

「待て!分かった!分かったから止めろ!」

そう叫びながらもじりじりと後退し、着実に距離を離してゆく相原。

「ターゲットは同学年だけにしておくからそれで」

「貫けっ!ゲイ♂ボルグ!」

ライフルの弾丸初速すら上回る速度で射出された槍は、愚かにも背を向けて逃げようとした相原との距離を一瞬で詰め、そして――

「アッ――!」

一言でいうと、大変なことになった。

「くそぅ・・・相原!坂本!お前らの犠牲は無駄にしない!」

「あ、一匹忘れてた!」

相原と逆方向に逃げてゆく吉岡を見て声を上げる照真。戦鬼の能力を発動しているらしく、すでに相当遠い位置にいるそれに狙いを定めて銃を構える彼女。

「今のあいつにその銃は効かん!使え!」

吉岡の能力は全身体能力を大きく底上げするものであり、当然ながら防御力も跳ね上がる。その状態の彼に当たっても痛いだけの照真の銃が効かないことを知っていた真崎は、彼女に自分のカバンに入っていた銃を投げた。

「助かる!」

それをキャッチした照真は吉岡に狙いを付け、安全装置を解除して両手で構えた。

「あんただけは・・・落とす!」

砲口に光が集束し、重々しい発射音が響き渡る。一般的なモビルスーツ程度なら掠めただけで撃破できてしまいそうな光の束が吉岡に向かって飛び、直撃寸前に曲がり角に飛び込んで回避した彼を追いかけて直角に曲がった。直後、響き渡る断末魔。

「・・・当たった?」

「直撃だ。間違いない」

こうして一応沈静化したこのクラスであるが、真崎には一つだけ気になることがあった。

「幹本、お前は何で逃げない?」

照真に銃を突き付けられたまま、幹本英次はいつもの表情で答えた。

「アンケートに参加するつもりではあったけど、めくるっていうのは違うと思うんだよ」

「どういう意味?」

逃亡の意思がないのを見て、真崎に借りた銃を返却しながら照真が聞く。

「スカートの中っていうのは、見るものじゃない。見えるものだ」

「・・・・・・」

沈黙する一同。

「自分でめくる?そんなことは簡単だ、いつでもできる。でも、いつでも見られるものに希少価値など付くものか。めったに見えないからこそ価値があるんだ!」

「・・・これが変態の矜持か」

「矜持を忘れた変態は、ただの公害だ」

「まさしくその公害が現在進行形で起きてるんだがな・・・」

真崎と照真によって制圧された坂本・吉岡・相原は、つまり今回に限って言えば幹本以下ということなのだろう。現在これらの同類が外に山ほどいるのを想像し、頭を抱えた真崎だった。

「ちょっと止めてくる。さすがにこれは行き過ぎだ・・・」

「あー、うん。お願いします」

「手伝おう」

自分がターゲットにされることを忌避して尻込みした女子陣に見送られ、自分の鞄を持った真崎は幹本を伴って教室を出ていった。




「今日のパンツ、何色?」

登校してきた北里愛理の質問に、クラスにいた生徒ほぼ全員が頭を抱えた。

「なんか外でそんなこと聞かれたから・・・って、何その顔」

「ついさっき、それで一騒動あったからね」

照真のセリフと地面に倒れる男子勢を見て、何が起きたかをなんとなく察する愛理。

「そういえば、珍しく調停官殿まで出動してたね・・・なんだ、思ったより大惨事じゃん」

「そんなわけで、これ以上ダメージの上乗せをするのはやめて欲しいところだけど・・・」

自分のセリフすら言い切らないうちに回答を悟る御堂結城。

「私がそんなお願いを素直に聞き入れるとでも思った?」

「・・・いや、微塵も」

「一切の質問に対して黙秘権を行使するわ」

「・・・・・・」

「なになに、何の話?」

不穏な会話を交わす三人に、新たに登校してきた日高姉妹・檜原花梨が注目した。

「えっとねー・・・」

「今日のパンツ、何色?」

「オレンジ!」

何とか真実の隠ぺいを図ろうとした照真、その隙をついて開口一番と同じ質問をした愛理、そしてあっさり答えた花梨。

「ねえ花梨・・・もう少しだけ包み隠さない?」

「えー?だって女の子同士なんだし」

「今目の前にいる生物はその『女の子同士』に最も反応するんだからね?」

「無意味な身体接触は控えるわ。・・・言葉の持つ無限の可能性を知ったから、ね」

「数分前に・・・同じ台詞を聞いたような・・・」

言葉には無限の可能性がある――なんだか良い言葉のようだが、今のところ一度もまともな人間に使われていない。

「さて、ここは流れに乗って皆も言ってみるべきじゃないかな?ちなみに私はリボン付きの白」

「あんたには流れも何もないでしょうに・・・」

「・・・僕は、赤の水玉」

「結城、あんたまでそっち側に行くつもりなの」

「だって・・・他の女の子がどんなのか、ちょっと気になるじゃないか。ほら、僕はこんなんだし・・・」

小さく呟いて胸元に手を置く御堂結城。ざっくりと短く切り揃えてある髪や凹凸の乏しい身体は、はっきり言ってしまうと女の子らしくはない。おまけに特異な一人称のことを考えれば、いわゆる『普通の女の子』に近い周囲の服飾品を気にかけるのも無理はない。敢えて自分の身に着けている物を申告したのは、人の物だけを一方的に聞くのはよくないという律義さからなのだろう。

「なるほどなるほど。女の子らしくないってのはあんたのコンプレックスなわけだ。あ、ちなみに私は肌色ね。地肌と間違えそうな色合いの」

「どこから手に入れたのよ、そんなの・・・」

余計なことしか言わなかった三浦を敬遠するように離れていく照真。

「で、照真は?」

「ぐぅ・・・絶対回ってくるとは思ってたけど・・・」

「人のは聞いておいて自分は黙秘ってのはないよねえ?」

「あんたらが勝手に言っただけでしょうに・・・!」

にじり寄る変態の集団に呻く照真。まずは無理やり確認されるという事態にならないよう銃を向けて牽制する。その最中、ふと御堂結城と目が合った。彼女の黙秘に対しては一切呵責の意志の無い、『そりゃあ言いたいわけないよね』的な瞳。しかし結城自身は既に下着の色どころかコンプレックスすら告白しているわけであって、そんな彼女の様子が照真の罪悪感を何より刺激した。

「・・・水色!柄無し!」

「ほほう、パステルカラー」

にやりと笑う三浦の視線の先には、いつも通り鏡写しの日高姉妹。

「で、お二人は?」

二人はこれまた鏡のようにお互いの顔を見つめ、同時に彼女らに向き直って答えを返した。

「「ぱんつはいてません」」

その瞬間、地面すれすれの超低空背面跳びで日高姉妹の足元に突撃してきた幹本に反応できた人間はいなかった。そう、その顔面に飛び乗って彼の狙いを阻止した真崎以外には。

「・・・やらせねーよ」

一瞬以下の攻防に誰もが唖然とする中、御堂結城が誰にいうでもなく呟いた。

「一体どこから・・・」

「姿が消えたからなんとなく戻ってきたら、ご覧の有様だよ」

日高姉妹をその場から下がらせ、真崎は足場を幹本の顔面から床へと移行した。

「油断も隙もあったものじゃねえ、と言いたいところだが・・・今回は全面的にお前らが悪い。油断と隙だらけだ!」

二人を指さす真崎に、成り行きを見ていた全員が同意。当の本人たちだけが頭に『?』マークを浮かべていた。

「ほう。ではそれはなぜ?彼女たちがパンツをはいていないことがなぜ悪いと言える?」

「黙ってろ」

「話くらい聞いてっ!」

未だ横たわる幹本の顔面をもう一度踏みつけて牽制する真崎。暴走させないための措置だが、一応話を聞く意思はあるようだ。

「彼女らは突撃された際、防御の意思を見せなかった。すなわちこれは『ノーガード』という彼女らの自由意思による選択だ!それを阻害する権利など、誰にもない!」

「ただの変態の癖に妙に論理的な・・・」

照真の呟きは、全員の心境を代弁したものだった。このまま説き伏せられ、突っ込み不在と化すことを危惧した真崎が切り返しを入れる。

「・・・自由選択なんてのは、十分な知識を持った上での判断のことだろう。こいつらのはただの常識の欠落だ!」

「なにげにひどいこと」

「言われてる気がする」

一方、どこまでも呑気な張本人たち。

「ならば問おう・・・常識とは何だ!」

顔面に靴跡をつけたままむくりと起き上がり、幹本は真崎に人差し指を突き付けて高らかに叫んだ。背後では目を覚ました坂本・相原・吉岡が三浦から状況説明を受けている。

「いいだろう、分かりやすく教えてやる。全員聞いておけ」

対するは、不敵な笑みの真崎。どうやら幹本を沈黙させる算段は既に整っているらしい。

「例えば現在、渡世学園大学部が全国各地に張り出しているアルバイト募集のポスター。この中で受けてみようという奴は何人いる?」

「いやー・・・あれはちょっと・・・」

「多分いないんじゃないかな。まともな人なら絶対受けないもん、普通」

ちなみにその内容は、

・日給一万円

・一週間いなくなっても誰も困らない人、優遇します

である。

「まあ明らかに怪しいわな。張り出した本人たちでさえ『あれはねーよ』なんて言ってるから」

この辺りで、すでに半数は言わんとしている内容をなんとなく察していた。

「もう一つ例えを出そう。そう遠くない将来、こいつらが少し金に困ったとする。その時にまだ学生をやっているならアルバイト情報誌でも読んでバイトを探すことだろう。そして、常識の不足からてっとり早く稼げる手段に出る」

真崎は手のひらに拳を打ち付けるしぐさをして見せ、限りなく本物に近い声真似でぽつりと言った。


「そうだ、体を売ろう」


「ぐぁぁぁぁぁぁぁっ!やめろぉぉぉ!想像したくないぃぃっ!」

「その純粋さを失わないでぇぇぇっ!」

「こいつらは・・・こいつらはそんなことしちゃダメなんだぁぁぁ!」

「やらせるもんか・・・ヤらせるもんかぁぁぁっ!」

「許さない!彼女たちをそこまで追い詰めた社会を許さない!」

たった一言で、まるで精神攻撃でも受けたかのような有様の取り巻き達。当然、幹本も例外ではなかった。

「ぐふっ・・・なるほど、凄まじい説得力だ。精巧な人形のような彼女らが性交のための人形に・・・興奮はするが、しかし想像したくないね・・・」

「なんで血を吐いた」

何故か彼だけは直接攻撃を受けたかような有様だった。

「もちろんそういう職業があるから今回の例えも出てきたし、何よりその仕事を良しとしている人もいるだろう。それでも、こいつらのそんな姿は想像したくないだろう」

「ああ・・・彼女たちにはできればまっとうに生きてほしいね・・・」

「常識というのはつまり、人が波風立てずに過ごすために蓄積された情報のなれの果てだ。まああくまで持論だが。答えになったか?」

「以後参考にするよ」

そう言葉を交わす二人の背後では、北里愛理が日高姉妹に常識の必要性について熱く語り聞かせていた。



「結城は、女の子らしくないことを気にしている」

限りなく変質者に近い笑みを浮かべ、三浦がそう言った。前回のパンツ騒動の中で垣間見えた御堂結城のコンプレックスの事を言っているらしい。

「くぅ、前回のあれこれに巻き込まれて流れたと思ってたのに・・・」

「甘いわ結城ちゃん!購買のカカオ93%チョコよりなお甘いわ!」

御堂結城に指を突きつけてそう叫ぶ北里愛理に、真崎の一言。

「その比較対象、あんまり甘くないからな」

「え?カカオが多い方が甘いんじゃないの?」

「実物を食べてみれば分かるさ」

それはさておき、誰かが密かに悩んでいることを敢えてオープンにしてみる。もちろん行き過ぎの無いよう配慮する必要はあるが、解決策となりうる手段の一つではあるだろう。

「では聞いてみよう、『女の子らしさ』の定義って何だと思う?」

真崎の設問に最初に答えたのは、吉岡だった。

「やっぱ、表情とか仕草って大事じゃないか?笑ってたり、ちょっと赤かったり、不機嫌だったり。なんかこう、女の子特有の動作ってあると思うんだ。ちなみに俺は純度の高い笑顔が大好きです」

「女の子特有の表情を何かの弾みで男が出すとカマっぽいとか言われちゃうんだよな」

「あるある。ボーイッシュってのも行き過ぎるとただの『ついてない』男だしな」

「男っぽくて悪かったね」

「御堂はなんかエロいから大丈夫。たぶん根底に女の子特有の動作みたいなのが残ってるんだろうな」

「ありがとうでも素直に喜べないよ」

吉岡の結論は『動きと表情』。ただしわざとらし過ぎるのはNGとのことだった。

「俺は・・・服装かな。エロい恰好をした奴がエロく見えるのは当然だろ?俺の言うのは単純な視覚情報に頼らないエロさというか、むしろ見えないからこそのエロさというか。制服って良いよな」

「こっち見んな」

次の回答者、相原の視線から逃れるように女性陣が移動。彼の前方だけ綺麗な空白地帯という奇妙な光景が出来上がった。

「逃げても無駄だぜ」

相原が首から上を部分転送、全員の頭上から俯瞰を取れる位置へ移動させる。

「何あれキモい」

「けっこう普通にホラーだよね、あれ。吉岡、頼んでいい?」

「任せろ」

「やめろっ!また前みたいに捨てる気かっ!(一話参照)」

吉岡の腕が戦鬼の能力の発動で変質するのを見た相原が首を戻す。そんな彼に、御堂結城の腋と肩に腕を回して三浦穂波がほほ笑んだ。その微笑はまさに先ほどの吉岡の台詞を表現するように美しく、しかし限りなく不吉なものであった。

「でも分かってるじゃない。無駄に露出の高い恰好をするだけじゃただのバカよ」

「あ、この流れってもう・・・」

「うん、逃げるだけ無駄だよん」

いかに速度特化の能力を持っていようと、拘束されればもう無意味だ。顔をひきつらせた御堂結城の頭の上に、半透明な一匹の黒猫が飛び乗る。三浦穂波の能力である幻覚の核をなす憑依体であり、これを取りつかせた相手の服装を自由に変えられる代物だ。予想通り、ぽんとチープな音を立てて御堂結城の服装が分かりやすいゴシックロリータに変貌した。ところどころに白いフリルの付いた真っ黒なドレスに、ご丁寧にヘッドドレスやチョーカー、ウィッグなどの小物まで付与されている。

「制服も悪くないんだけど、やっぱこういう非日常的な服装も大事よね」

「なるほど、最高じゃないか」

ガッと握手を交わす相原・三浦。心中穏やかでないのは西洋人形のようにされた本人である。

「いくらなんでも無理があるよ!キャラ的に!」

「「簡単に諦めんなよっ!」」

「!?」

「信じろ、人の持つ可能性を!」

「ワケが分からないよ!」

不可解な二人のテンションに気圧され、そのまま押し切られる御堂結城。ともあれ相原の意見は『ファッション』ということでまとめていいようだ。

「坂本は?」

「スタイル」

「今誰見て言った?」

凹凸に乏しい檜原花梨に視線を向けながらシンプル極まりない一言を発する坂本。

「確かに性格がどうの、顔がどうのというのもある。しかし体型が男のそれと変わらなかったりすれば女には見えない。当然だろう」

「だから!誰をガン見しながら喋ってるんだっ!」

「・・・はっ」

「焼いてやる!『お前って男と変わらない体だよな』って表情で語るあんたは丸焼きだ!」

「やってみろよ!俺の能力に外からの攻撃が効くと思ったか!」

そのまま二人はお互いの能力を発動し、実にアクロバティックな喧嘩を始めた。

「放ってていいの、あれ?」

「ああ、坂本の習熟度じゃまだ熱攻撃は防げないからな。それより他に『女の子らしさ』の定義はあるか?情報は多い方がいいだろう」

授業の合間で行なわれたこの小さな会議は、数分後に北里&幹本によって議題が粉砕されるまで続いた。

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