そうだ、購買へ行こう
3話をまとめたものとなっております。
その場所へ行くことになったのは、御堂結城の遭遇した事件からだった。
「まあ、大事にはならかったようだが・・・ちょっと問題だな」
「取り囲まれたせいで加速を使ってすり抜けるのもできなかったし、高等部の人が助けてくれなかったら危なかったかも・・・」
「誰かが何とかしてくれるもんさ、この街は。しかし前のトラックといい、なんだか命を粗末にする人間が増えてるな」
渡世以外では意味の通じなさそうな台詞を言った後、真崎は少し考えこむように視線を宙に向けた。
「・・・そういや、町の入口に立ててあった注意書きはまだあるんだろうか」
「これ以上進むなら遺書を用意した方がいいですよ的なあれ?そういえばここ最近見に行ってないなぁ」
「俺の家からは学校挟んで反対方向だしな。不審者ってのはどんなのだった?」
「んー、チャラそうな茶髪の兄ちゃん達だった」
「複数形か。となると、やっぱり事情を知らない一般人が紛れ込んじゃってるのかもな」
渡世がある位置は本州の端っこで、立地的には辺境の田舎と言える。しかしまだ歴史の浅い街なため町並みは総じて新しく、更に張りぼてだけの町ではないと主張せんばかりに人口も多い。そこそこに都会的、それでいて田舎特有のゆったりした雰囲気と自然とを残しているため、住むには非常に適している。ただ、一つの問題があることを除いては。
「そりゃ、ナンパ一つで死にかけるような街で不審な行動なんか取らないでしょ」
一つの問題、それはつまり渡世学園生である。
このクラスにしてみても知らない人間にのこのこついていくような生徒はいないし、万が一連れ出しに成功したとしても狼藉を働く事など出来はしないだろう。男性陣は言わずもがな、遠近問わず必中の照真、瞬間移動の愛理、サーチアンドデストロイの日高姉妹、燃えるボディの花梨。前二人はともかく、極めて殺傷力の高い能力を持つ後半の二人と一人など捕まえてしまった日には目も当てられない。それぞれ個別の対策法もないではないが、それを許さないのは何も本人達だけではない。
「例えうまく能力の弱点をついたところで、発見されりゃおしまいだしな」
人目に付かない場所というのがあまり存在しないこの街。放課後になれば毎日のように渡世学園の超能力者がいたる所を歩いており、前述の街の作りも合わせて悪意のある人間にとっては世界有数の危険地帯だ。例え一人の生徒を捕まえて車に放り込んだとして、それを目撃されていない可能性はゼロに等しく、速やかな連絡網によってこの不審者は車諸共丁寧に駆逐されることになる。結城に声を掛けたという人間も長生きは出来ないだろう。
「ま、不審者どうこうを脇に置いたとしても、お前は武器の一つも持っておいたほうがいい。これまで危機を感じたことが何回かあるだろう」
「危機?・・・うーん、いまいち心当たりが・・・」
「もう少し詳しく言うと、貞操の危機はなかったか。ごく最近」
「・・・そういえば、銃を持ってる照真はあんまり被害がないよね・・・」
現状において不審者よりも身近で危険な存在、北里愛理。本人に悪気はないのだろうが、彼女のハードスキンシップは激しく心身を摩耗する。さすがにクラスメイトに武器を向けるつもりはないとはいえ、威嚇の意味合いとして持っておかなければならない物なのかもしれない。
「むしろ、今の時点で持ってないのがどうかとも思うんだがな。ちょっと不用心だぜ」
「人を痛めつける為の物を持つっていうのが、なんというか・・・その」
「優しいだけじゃ身は守れない。それに使うかどうかをお前が決めれば済むことだろう。もっとも、金がないんなら話は違ってくるが」
「一応、お金はある・・・けど」
「昔、学校の誰かが『一番の危険物は人間である』って言葉を残してる。道具は所詮道具、あるだけなら何の害もない。それを危険なものにするのは人間ってことだ」
「う・・・一理ある、かも・・・」
「ま、決めるのはお前だ。好きにすればいいさ」
「・・・そうだね。じゃあ、行こう」
「よし、そうと決まれば急ぐぜ。かなり話で時間を使ってる」
「了解!」
人込みをかき分け、購買へと歩き出した二人。考えてみればこの人混みもほぼ全てが人知を越えた力を宿す人間で構成されており、真崎の引用した格言はもっと直接的な意味だったのではないかと結城は思った。
「うわー、すごーい。学校の中にコンビニ一個小隊があるぞー」
「話には聞いてたけど・・・なにこれ」
見取り図の上で購買と記されていた場所に辿り着いた二人が見たのは、真崎の言う通りコンビニエンスストアを数個連ねたような売店だった。
「学校の購買部って言ったら文房具とか体操服の予備とか、場所によってはパンくらいを売るものだと思ってたんだけど」
「弁当、飲み物、菓子、漫画。これじゃマジで本物のコンビニ・・・」
『プラモデル売り場→』
「コンビニですらないのか」
学校の購買部にあるまじき看板を視界に入れ、肩から鞄を下げた真崎がぼそりと呟いた。
「プラモデル・・・なんで仕入れたんだろうね」
「どっかの部活で使うとか?あ、そういや欲しいのがあるんだった」
言うが早いか、真崎は看板の指し示す方向へと歩き去っていった。
「あぅ、無責任な・・・」
筋違いな文句とは思いつつも、言わずにはいられなかった。
「・・・あ、時間は結構あるのか。僕も何か見ていこっと」
何気なく時計を見たのをきっかけに気を取り直した結城は、おおよそ学校の中とは思えないこの場所を探険してみることにした。
さて、そんな彼女が見たのは――
・トーテムポール(顔が渡世学園教師陣仕様。凄まじくリアル)
・木彫りの熊(材質が木ではない何か)
・生徒会長達のブロンズ像(今年度版。材質が銅ではない何か)
・幸せの白い粉(原材料不明)
・山吹色のお菓子(原材料不明)
・疲労が飛ぶお注射(原材料不明)
「一体何が目的の品揃えなんだ」
喋る気力すらも失った御堂結城の感想を、戻ってきた真崎が代弁した。正直、ターゲット層どころか陳列した目的さえよく分からない。用途があるかどうか、そして使っていいものかが微妙過ぎる。
「なんか金属質だな、この熊。ひょっとしてダマスカス鋼ってやつか?」
※ダマスカス鋼・・・木目状の模様を持つ金属。現代の科学では生産・加工はできず、また非常に高い硬度を持つ。
「このトーテムポールも、妙にプニプニしてる・・・まるで本物の――」
結城がおぞましきワードを口にしようとした瞬間、彼女の目の前にあった顔(数学教師の加納をモデルにしたと思われる)がにやりと笑った。
「◇□〒¥@+~・∀・\◎Λφ$%!?!」
「うわぁぁ・・・」
縦に連綿と積み重ねられたリアル過ぎる人間の顔(おまけに半数以上が知り合い)。一種の妖気にも似た何かを感じて距離を取っていた真崎はともかく、その感触をしっかりと確かめた後に間近で非生物にあるまじき変化を見た結城はたまったものではないだろう。
「・・・なぁ・・・スケベしようや・・・」
そしてとどめとばかりに、トーテムポールから音声が放たれたのだった。
「っつ・・・!!」
「・・・・・・」
一瞬の沈黙。そして、御堂結城の絶叫。同時に真崎はこの物体を直視することに限界を感じていた。
「砕け散れっ!気持ち悪いなんてレベルじゃねぇぞぉぉぉぉっ!」
「やめてっ!こんなものが飛び散ったら今度こそ発狂するっ!」
脊髄反射と思われるほどの速度で真崎が鞄から取り出したのは、物質破砕ハンマー『愛染』。物体に叩きつけると内蔵された謎の技術(バッテリー駆動)が対象に何らかのダメージを与え、粉砕するという一品だ。ただし破砕対象は爆発に似た砕け方をするので、この場合は周囲一帯に人間の顔の破片のようなものが飛び散ることとなる。
「・・・なら、離れるぞ」
「い、言われなくとも」
腰を抜かしたか、地面を這いつくばって移動する結城。正体不明の恐怖を物質化した存在が傍にあるとなっては無様などと言っている余裕はなく、またこの有様を見る人間は周囲にはいなかった。
思えば、この近辺になぜ人がいないのかを少し気に掛けておくべきだったのだ。
「バカねー、置物コーナーに入ったらそうなるわよ、そりゃ」
原始的恐怖のるつぼから抜け出した先では、ハンドガンを西部劇さながらに回転させる立花照真が呆れ半分の笑みを浮かべていた。
「不自然に誰もいないからちょっと変だとは思ってたが、なるほど人が近寄るわけねーよな」
「生徒が作った物も販売実習の目的で陳列されてるからねー。需要があるかどうかはともかく」
「需要以上に考慮するべきところがあると思う。ともあれ、お前は何をしてるんだ?」
「最近不審者が多いらしいからねー。一撃ノックダウンの強化品を一つ買っておこうと思って」
「現状じゃ当たっても痛いだけだしな。ついでに御堂の護身具も見繕ってくれないか?」
「いいわよ。あんたのは?」
「俺はいらない。武器なら足りてる」
「そうね。じゃ、レッツゴー」
妙にテンションの高い照真が結城の腕を引っ張って歩き、二人の後ろに真崎がついていく。なかなかに微笑ましい光景ではあるが、行き着く先は武器売り場である。
「結城の能力からするに、やっぱ近接仕様じゃない?ナイフとかの軽いやつ」
「ナイフ・・・」
この期に及んで武器に類する単語に難色を示す結城。一般的な女子中学生なら当たり前の感性だが、哀れここは渡世学園。環境と人間が彼女の平和主義を全否定するのであった。
「ありがとうございましたー」
購買部の生徒に見送られ、手元の袋に視線をやる結城。中にあるのはイミテーション機構を搭載したナイフ。物体を切断可能な実体の刃はなく、イメージとしては全長30センチ程の可視光線を噴き出す四角い懐中電灯といったものだ。しかし効果は銃型と同じく、皮膚に触れるとあたかも実際に切り裂かれたかのような激痛を与える。おまけに本物の刃物類と違って重さが無いに等しいので、取り回し性は抜群だ。
「うう・・・本当にいるのかな、こんなの・・・」
問題は、それを使う本人がとても不本意そうな顔をしていることだった。その様子を見かねて口を開く真崎。
「諦めろ。逃げる分には苦労しなくても、今度はお前が庇う側になるかもしれない。不審者が増えてるってんならなおさらだ」
「あ・・・」
真崎にそう言われ、結城は忘れていた視点に気づいた。
渡世にも人間の域を出ない人間は当たり前に存在するのだ。今まさに何らかの被害を受けんとしている人を見て、そのまま通り過ぎることができるだろうか?
「ま、俺は普通に無視するかもしれないけどな」
「嬉々として首突っ込むくせに何を。ま、気持ちは分かるけど」
次の真崎と照真の台詞は、偶然にも全く同じものだった。
「「能力を使う口実があるなら、存分に使わなきゃダメでしょ」」
「僕は絶対に君達側の人間にはならないっ!」
おもむろに銃を取り出す照真と、物質破砕ハンマー『藍染』を右手に構える真崎。遠距離攻撃と近接戦闘を役割分担によってこなせる完全な暴行犯の出で立ちだが、残念ながらこれでも力をふるうのに口実を必要とする分だけ平和な分類なのだ。
「こんな風に『守る側』にも色々な理由があるんだよ。お前を助けたっていう高等部の人だってどんな理由からかは分からないだろう?」
「僕が15歳未満の小さな女の子だから助けたって言ってた」
「なんで年齢まで割れてんだ」
そして言葉から滲む、そこはかとない危険人物臭。
「年齢は・・・見たら分かる、らしいけど」
「覚悟しとけ。最悪の場合その人も撃退するべき相手として見る必要がある」
不審者を撃退したのは変質者。もはや絶対的に頼れるものなど無い以上、自衛ないし救助の為には武器を持っているのが一番安全かつ確実な方法なのだろう。
「・・・世界は、非常に微妙なバランスの上に成り立っている」
「君は何を言っているんだ」
抽象的すぎてただの痛い人にしか思えない真崎の一言。しかし、住民の良識でかろうじて維持されているこの渡世町の現状を表現するにはふさわしい台詞ではあるのかもしれない。
「気をつけろよ。妙な連中が入ってきている以上、それに触発されて変なのが量産される危険性もある」
「変なのはもう山ほどいるけど」
“変なの”と言われて、むしろ該当しない方が少ない。それが渡世学園クオリティ。
「・・・言い直そう、危険な思想に害される人間が出てくるかもしれない」
「確かにね。私たちくらいの年代は特に危ないかも」
「口車に乗せられて武器を買うのもいるし、な」
「なんで僕の方を見る!?というか、口車に乗せたのは誰だっ!」
二人の視線を受け、泣きそうな顔で反論する御堂結城。
「まあ、お前は武器を持ってようと持ってまいと変わらなそうだからな」
「そうそう、何にも変わらないわよー」
「出たっ!」
“変なの”にカテゴライズされる人間の一人、重度の女好きという嗜好を持ったツインテールの美少女、北里愛理が現れた。
「く、くく、来るなっ!刺すぞっ!ほ、本気だからな!」
両手をいやらしく動かしながら迫る愛理に、《加速》の能力者らしい超高速で買ったばかりのナイフを構える結城。
「あらあらそんな虚しい抵抗覚えちゃって。照真ちゃんの差し金かしら?」
「こっちを見るな」
先程購入した一撃ノックダウンの強化品を構える照真。それを見た愛理は、更に怪しい笑みを浮かべた。
「ふふ、そんな物騒な物を持ち出す娘には・・・」
「言っとくけど、あんたの方がよっぽど物そ」
瞬間移動によって間合いを消した愛理が照真を抱きしめ、そのままどこかへとまた瞬間移動。照真がトリガーを引く間もない、たった一瞬の出来事だった。
「・・・どこへ連れていかれたと思う、御堂?」
「・・・人目につかない所、かな」
「分かったか。結局のところ、武器の有る無しなんて圧倒的な力の前では無意味なんだよ・・・」
「うん・・・あれは勝てない・・・」
手持ちの武器を使う間もなく連れ去られた照真を憂い、意気消沈する二人。ほぼ脊髄反射で取り出していたナイフを見て、このちっぽけな力を買うか買わないかでさんざん迷ったのがバカらしく思えてきてしまった結城だった。
「まあ、それでも一般人相手ならある程度の効果はあるだろうから、持っとけ」
「そうだね・・・」
もはや何をいう気力も残っていなかった彼女の背後には、ツインテールの髪形をした災厄が迫っていた。